土方さんの罰ゲーム?
部屋に行くと、綺麗な桜の絵の描いた女物の着物が置いてあった。
誰か芸妓さんにでもあげる着物なのだろう。
もてる男は違うなぁ。
ちょっとイライラしつつ、その着物をながめていた。
「気に入ったか?」
土方さんが部屋に入ってきた。
「いい着物だと思いますよ」
人にあげる着物のことを私に聞かれても、知らんわっ!
「お前、なんか怒っているようだな」
土方さんは楽しそうに言った。
「別に、怒ってなんていませんよ」
イライラしているだけ。なんでイライラしないといけないんだろう?
「やきもちか?」
「なんで、土方さんに妬かないといけないのですかっ!」
「赤くなって否定しているところが怪しい」
えっ、赤くなってる?ほっぺに自分の手を置いてみた。
「嘘だ」
「はあっ?」
土方さんは相変わらず楽しそうだ。
からかわれている私は、イライラしっぱなしだ。
「用がないなら、行きますよっ!」
部屋を出ようとしたら、
「ちょっと待て」
と、呼び止められた。
「何ですかっ!」
「そう怒るんじゃない」
「怒っていませんよっ!」
「声が怒ってる」
怒ってますよっ!悪いですか?
「この前のお座敷遊び覚えているか?」
確か、富沢さんたちと一緒に初めてお座敷遊びというものをした。
その時のことか?
「覚えていますよ」
「俺と約束しただろう?」
約束?したような?
「俺に負けたら、俺のしてほしいことをお前がするって」
ああ、そうだった。
「お前、負けたんだよな」
うっ、そこまで覚えているとは。
「負けましたよ。何か文句でもあるのですか?」
思いっきり開き直ってみた。
「そう開き直るな。俺のしてほしいことは、あれだ」
土方さんは、桜の着物をちらっと見た。
あれが、どうかしたのか?
「わからんか?」
「わかるわけないでしょう」
あれでわかったら、私は超能力者になれるだろう。
「だから、あれだ」
「あれでわかったら苦労しませんよ。何ですか?」
「着物だ、そこに置いてある着物」
まさか、俺の代わりに芸妓さんに届けてほしいとかいうんじゃないでしょうね?
「嫌ですよ」
「お前、人の話を最後まで聞かねぇで……」
「自分で芸妓さんに届ければいいでしょう」
「はぁ? 芸妓?」
違うのか?
「あれ? あの着物を芸妓さんにあげるのではないのですか?」
「なんで俺がそんなことをしなけれならねぇんだ?」
「芸妓さんの心を自分のものにするためとか……」
「そんなこと、心配いらねぇ」
ああ、私はあなたが、とってももてる土方 歳三だということをすっかり忘れていましたよ。
「そうでした。島原の芸妓さんは、みんな土方さんにメロメロですもんね」
「メロメロ?」
「あ、いや、で、着物がどうかしたのですか?」
通じないカタカナ語を聞き返されたので、慌てて話をそらせた。
「その着物、お前にだ」
「えっ、私に?」
「早くそれを着ろ。花見に行くぞ」
なんで私に?そう思っていると、土方さんは部屋を出ていった。
着物を早く着替えろってことなのだろう。
「準備ができましたよ」
部屋のふすまを開けると、土方さんが待っていた。
「なかなかだな。着物が」
今、わざわざ着物がって言ったよね。
中身はなかなかじゃないんかいっ!
「かんざしが、気に食わねぇな」
桜の着物なので、桜の色に合わせて薄いピンク色の丸かんざしをした。
「桜なので、桜の色に合わせたのですが」
「平助からもらったやつだろう、それ」
「そうですよ」
「これにしろ」
土方さんが出してきたのは、丸かんざしだけど、丸い部分に桜の絵がかいてあった。
「あ、かわいい」
「気に入ったか?」
そう言いながら、私の頭にかんざしをさしかえる。
「これは、しまっておけ」
藤堂さんからもらったかんざしを土方さんが出してきた。
せっかく、土方さんが買ってきたのだからと思い、藤堂さんからもらったかんざしをしまった。
「準備ができたなら、行くぞ」
「はい」
というわけで、どこに行くのかわからないけど、出発をした。
ついたところは、なんと、嵐山だった。
「紅葉も時期が外れたけどよかったし、雪の日もよかった。こういうところは、春もいいところに決まっている」
土方さんがそう言った。
「嵐山は、日本の桜の名所100選に選ばれたのですよ」
「そんなものがあったのか?」
しまった、この時代はなかった。
「こんなに見事だから、横綱だろう」
横綱?相撲か?
後でわかったことなのだけど、この時代もなんでもランクを付けて発表することがあったみたいで、その番付が相撲の番付みたいな感じだったらしい。
だから、一番いいのは横綱なのだ。
でも、桜の名所だけあって、人も多い。
しかも、慣れない女ものの着物を着ていて、動きずらい。
小股でちょこちょこと歩いていると、人をよけることも難しく、ぶつかってしまった。
「あぶねぇっ!」
よろけて転びそうになる私を、土方さんが支えた。
何とか転ばないですんだけど、土方さんの顔が近いっ!
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「顔が赤いぞ」
これは、土方さんのせいです。
土方さんに起こされた。
「行くぞ」
そう言いながら、土方さんは手を出してきた。
なんだろう?何かほしいのか?
「手、出せ」
「えっ、手ですか?」
私が手を出すと、その手を握ってきた。
「一人で歩かせて転んで怪我でもしたら、隊務に差し障るからな」
なんだ、そんな理由で手を出してきたのか。って、私って、何を期待していたのだろう。
しばらく、手をつないで桜並木を歩いていた。
こんなに人が多いと、知っている人に会いそうだ。
そう思っていると、向こうから、永倉さんの姿が見えた。
「あ、永倉さんだ。永倉さぁんっ!」
私は手を振って呼ぶと、土方さんが、慌ててその手をおろしてきた。
「ばかやろう。自分が今どんな格好しているのか、忘れたか?」
女装をしていたのでした。
永倉さんも気が付いたのか、こっちに向かって歩いてきた。
「お前は、一言も口きくな。いいな」
こくこくとうなずいた。ここで女だとばれるわけにはいかない。
「あれ? 蒼良がいたと思ったが……」
永倉さんが、きょろきょろと見回しながら来た。
「気のせいだろう。人も多いしな」
「そうか、気のせいか」
何とかごまかせたらしい。
「ところで、土方さんは逢引か?」
逢引とは、デートのことだ。
「逢引?」
「そうだ。女と手をつないで歩いてるんだ。逢引以外何があるっていうんだ?」
永倉さんが言った。そうだ、手をつないでいたのだった。
「し、新八こそ、女をたくさん引き連れているじゃないか」
「二人だけだよ」
永倉さんは、両側に女の人を連れてきていたんだった。
「それに、俺は商売女を連れているだけだ」
商売女とは、芸妓さんとか遊女さんとかあたりのことだと思う。
「土方さんの女は、素人だろう? 商売女には見えないもんな」
じろじろと、永倉さんが私を見てくる。
「そんなにじろじろ見るな。怖がっているだろうが」
土方さんは、私を背中に隠した。
「綺麗な女だな。今度紹介してよ」
「ああ、早く行け」
「お邪魔しました~」
永倉さんは、すれ違いざまに私を見てきたけど、そのまま行ってしまった。
「何とかごまかせましたね。でも、すごいですね。両手に花でしたね」
「新八の奴っ! 両手に女連れて遊びすぎだ。今度きたえてやる」
永倉さん、かわいそうに。
夜になっても、土方さんは帰ろうとしなかった。
どうやら、宿までとっているらしい。
「夜桜も見たかったからな」
土方さんはそう言いながら、桜並木を歩いた。
手も、昼間から握られたままだった。
夜桜も、真っ暗な空に薄ピンクの花を咲かしている桜が目立って綺麗だった。
「清水へ祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢う人みなうつくしき」
「なんだ、短歌か? まさか、お前が作ったのか?」
「ま、まさかっ! 与謝野晶子という人が作ったのですよ。知りませんか? 有名な人ですよ」
「与謝野晶子……知らんなぁ」
しまった、この時代より後の人だった。
学校で習ったばかりで、夜桜の印象が大きかったので、つい口に出したのだけど。
「清水へか。ここは嵐山だぞ」
「そうですけど、こよひ逢う人みなうつくしきって、本当だと思いませんか? 私には、今、ここですれ違う人みんな綺麗に見えますよ」
「そういう意味じゃないと思うのだがな」
「どういう意味なのですか?」
「この歌を作った人間は、恋をしていたのだろう。歌に詠まれている夜は、自分も好きな人に会いに行くところで、すべてが輝いて綺麗に見えたのだろう。恋をするということは、そういうことだ」
そうなんだ。学校ではそこまでは教えてくれなかったなぁ。
「土方さんは、恋をしたことがあるのですか? なんか、知っているような感じがしたので」
「俺のことはいいだろう」
そう言いながら、土方さんは照れていた。
「ところで、罰ゲームはいつあるのですか?」
「罰ゲーム?」
「あ、お座敷遊びの、負けたら相手のしてほしいことをするやつですよ」
「ああ、あれか」
あれかって、忘れていたのか?
「今しているだろう?」
「えっ、今?」
女物の着物を着て、土方さんと桜並木を歩きながらお花見をしている。
どこが罰ゲームなんだ?
「俺がお前にしてほしかったことだよ。花見に行きたがったが、男二人で行くのも変だろう?」
変なのか?
「そういえば、斎藤さんも同じようなことを言っていたような気がします」
「俺は、あいつとは違うだろう」
確かに、違いますけど。やっていることは同じような感じがするのですが……。
「とにかく、女と花見がしたかったんだ。それだけだ」
「なんだ、それだけでしたか。色々あるのかと思っていましたよ」
「色々ってなんだ?」
罰ゲームと言えば、嫌なことだから……
「このまま渡月橋から飛び降りろとか、俺が渡したものは全部返してから帰れとか」
「俺は、そんなに鬼じゃないぞ。よくそんな下らんことを考えるな。本当にそういうことをしてやろうか?」
「ええっ! やめてくださいよ。冗談ですよ、冗談」
慌てる私を見ながら、土方さんは優しく笑っていた。
嵐山の桜を思う存分堪能してから、屯所に戻ってきた。
なんか、罰ゲームと思えない罰ゲームだったな。
「あ、蒼良、いたいた」
永倉さんが私を見つけて近づいてきた。
「何ですか?」
「土方さんに女がいたの知っているか?」
「えっ、女?」
誰だ、それ。
「嵐山に行ったときにあったんだけどよ、綺麗な女と手をつないで歩いていたぞ」
「あ、それ、私です」
「はあ?」
しまった。ここはとぼけるところだった。
「嘘ですよ、嘘。そんなことあるわけないじゃないですか」
「そりゃそうだよな。あんな綺麗な女が蒼良であるわけない」
そりゃ、悪かったな。
「蒼良、気を落とすなよ。土方さん以外でも、いい人はたくさんいるからな。あ、これを機会に、女を好きになれ。それが一番いい」
必死で慰めてくれる永倉さんをありがたいと思いつつ、ちょっとだけ笑ってしまった。




