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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治元年3月
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花見

 屯所の周りの桜の木も満開になってきた。

「花見、やりませんか?」

 土方さんに話をしてみた。

「それどころじゃないだろうがっ! 何が花見だっ!」

「俳句を作る人は、季節に敏感じゃないと、いい句が作れませんよ」

「お前に言われたくない」

 花見、駄目そうだな。そう思っていると、近藤さんがやってきた。

「どうした、近藤さん」

「屯所の周りの桜が満開になってきたし、花見でもしないか? 隊士たちも骨休めになるだろう」

「あ、それどころじゃないらしいです」

 さっきそう言っていたから。

「そうなのか? 歳」

「いや、花見をするゆとりぐらいはあるだろう」

「えっ、さっき私が話をしたら……うぐっ、うぐっ」

 話の途中で口を押えられてしまった。

「やっぱり駄目か?」

「いや、大丈夫だ。俺も、花見をしたいと思ってたんだ。俳句を詠む人間は、季節に敏感にならないとな」

 それ、さっき私が言っていたセリフなのですが。

「よし、やるなら早い方がいいだろう。いつ天気が悪くなるかわからないからな。明日でどうだ?」

 近藤さんも、ずいぶんと急な話だなぁ。

 でも、この時代、明日の天気予報を教えてくれる親切なところがない。

 善は急げということなのだ。

「わかった。明日だな。俺が準備しておくよ」

「頼んだぞ、歳」

 近藤さんは上機嫌で部屋を出ていった。

「うぐっ! うぐっ!」

 いつまで人の口を押えているんだっ!

「あ、すまん、すまん。忘れていた」

 土方さんの手が、私の口から離れた。

「花見ができるのですね」

「お前は嬉しいだろう」

「はい、嬉しいです」

「準備はまかせたぞ」

「はいっ! ……っえ?」

 勢いに任せて返事をしてしまった。

「返事したな。取り消し話だぞ。そんなことしたら、武士らしくないからな」

「私の準備でいいのですか? 好きにやっちゃいますよ」

 脅かしてみたけど、

「かまわん。好きにしろ」

 っと、投げやりな返事が返ってきたのだった。


 料理は佐々山さんに頼んで、お酒は……どれぐらい頼めばいいのだろう?

蒼良そら

 足りなくなって文句言われても嫌だし、でも、たくさん頼んで酔っ払い続出するのもちょっとなぁ。

「蒼良」

 あと、敷物も用意しないといけないよな。大家さんである八木さんに頼めば何か出してきてもらえるかな。

「蒼良!」

 突然私の耳元で大声で呼ばれ、耳がキーンとなった。

「な、何ですかっ! 驚いたじゃないですかっ!」

 耳を押さえてみてみると、沖田さんが立っていた。

「さっきから呼んでいたけど、蒼良、全然反応してくれないから」

 呼んでいたのか?全然知らなかった。

 あ、そうだ。

「沖田さん、暇ですよね。手伝ってくださいよ」

「忙しいよ」

 嘘つけっ!思いっきり暇そうにブラブラしているじゃないかっ!

「あのですね、明日花見をするのですが、お酒をどれぐらい頼めばいいかわからなくて」

「適当で大丈夫だよ。じゃあね」

 沖田さんはそこから立ち去ろうとしたので、私は素早く沖田さんの袖をつかんだ。

「じゃぁねって、酒屋さんまで付き合ってくれてもいいじゃないですか」

「僕は忙しいって言ったじゃん」

「いや、顔にひまって書いてありますよ」

「さっき鏡見たけど、そんな文字は書いてなかったよ」

「いいから付き合ってくださいよ」

「僕、これから行くところがあるんだ」

「どこですか?」

かわや

 なんだ、トイレか。

「終わるまで待っていますよ」

「長いよ」

「長くてもいいですよ」

「やっぱり、お使いがあるんだ」

「厠じゃないのですか?」

「お使い」

「じゃあ、そのお使いにも付き合いますから」

「やっぱり、巡察」

「沖田さん、非番ですから」

 さぁ、もう逃げられないぞ。

「頼むからさぁ、僕じゃなくて他の人をあたってよ」

「沖田さん以外誰もいませんよ」

「仕方ないな。行こうか」

「ありがとうございます」

 沖田さんは快くじゃないけど、付き合ってくれることになった。


 酒屋に行き、お酒を頼んだ。

 量が多いから届けてくれるそうで、それも頼んできた。

 屯所に向かって街中を歩いていたら、肉が売っていた。

「めずらしいものが売っているよ」

 沖田さんが肉が売っている店に近づいていった。

「沖田さん、肉食べますか?」

「蒼良、何言ってんだ。あんなもの食べれるわけないじゃん」

 この時代、肉は薬の一種として扱われていたらしい。

 一部の人は食べていたけど、ほとんどの人が食べたことがない。

「沖田さんは食べておいた方がいいですよ」

 今年の6月に血を吐いてしまう。

 結核を予防するならBCGが一番いいのだけど、この時代にはない。

 それなら、栄養のいいものを食べて、力をつけて予防するしかない。

「なんで、僕が食べないといけないんだ?」

「滋養が付きますよ」

「滋養なんてつかなくてもいいよ」

「いや、つけといて損はないですよ」

「蒼良こそ、滋養つけなよ」

「私は大丈夫ですよ。あまるぐらいついていますから」

「僕も、あまるぐらいあるけど」

「いや、ないですよ」

「どうしてそんなことがわかるんだい?」

 どうしてと言われても……

「勘ですよ、勘っ!」

「自分の勘が一番あてにならないの、わかっていて言ってる?」

 そんなセリフを以前誰かに言われてたような……


 なんやかんやと支度も進み、次の日、雨戸を開けてみたら春の日差しが差し込んできた。

 絶好の花見日和だ。

 というわけで、今日は朝から屯所近くの桜の木を占拠し、花見の宴が始まったのだった。


 お銚子をもって、お酌して回った。

「俺に酌はいらんぞ」

 直接お銚子から飲んでいる斎藤さんが言った。

「そんなことだろうと思って、お銚子1本持ってきましたよ」

「気がきくな」

 にやりと笑った斎藤さんは、勢いよくお銚子を傾け、一気に酒を飲んだ。

 そんな飲み方していて、全然酔わないのが不思議だわ。

「蒼良、俺にも注いでくれ」

「永倉さんは、お銚子ごと飲まないのですか?」

「酒はな、一気のみじゃなくて、ちびちびと楽しみながら飲むのが一番だ」

 私もそれがいいと思います。

「それにしても、斎藤は強いよな。あんな飲み方していて、全然顔色が変わらないもんな」

「そうですよね。永倉さんなら、酔って暴れてますよね」

「俺は、酒乱じゃないから。誰にも迷惑かけたことないぞ、な、平助」

 永倉さんは、隣にいた藤堂さんに話をふった。

「新八さんは記憶にないだけで、私たちは何回新八さんをかついで帰ってきたか、数え切れませんよ」

「でも、一緒に酒飲んで、楽しい思いもしているだろう?」

「そんなときは、必ずかついで帰ることになってますね」

 そうなんだ。

 そう言えは、私にもそんな危険が忍び寄ってきたことがあったわ。

 あの時は、原田さんとかもいたから、大丈夫だったけど。

「蒼良、私にも注いで」

 藤堂さんに、おちょこを出された。

 この前の告白を思い出してしまい、あれから顔を合わせて話をしたことがない。

「は、はい」

 お酒を注ぐだけだけど、なんかドキドキしてしまう。

 そのせいで、ちょっとこぼしてしまった。

「あ、ごめんなさい」

「いいよ、大丈夫だから。だから、私を避けないでほしいのだけど」

 いや、避けたつもりはないのだけど、なんか話しずらくて……

「すみません」

「謝ることはないよ。蒼良は何も悪いことはしていないから。謝るのは私の方だよ」

「えっ、なんで藤堂さんが? 何も悪いことをしていないじゃないですか」

「いや、蒼良が私を避けるようなことをしてしまった」

「それは、私が勝手に意識してしまっているだけで……」

「あ、意識してくれてたんだ」

 藤堂さんが嬉しそうに言った。

「い、意識しますよ、そりゃ。あんなこと言われたの初めてですから。どうしていいかわかりませんよ」

 私が言ったら、藤堂さんが私の顔をのぞき込んできた。

「な、何ですか?」

 やっぱり、意識してドキドキしてしまう。

「意識してもらえてうれしいよ。ありがとう。でも、避けられるのは嫌だな。私が悪いことをしたならともかく、していないと思っているなら、避けないでほしいのだけど」

「いや、避けているつもりはないですよ」

「でも、私から見ると、避けられているように見えてしまうんだな。蒼良は何も考えないで。今まで通りの蒼良でいてほしい。私も、今まで通りでいるから」

 藤堂さんが私の顔に手を当て、自分の顔の方へ向けた。

 私が目を閉じない限り、藤堂さんが視界に入っている状態だ。

「わ、わかりました。今まで通りにしますから、手を離してください。他の人に変に思われますよ」

「蒼良となら構わないよ」

 いや、男色疑惑かけられるから、よくないと思いますよ。

「今まで通りにしてくれる?」

「わかりました。しますよ」

 できる保証はないけど。

「もし、また避けたなら、今度は何をするかわからないよ」

 ええっ!な、何をするつもりでいるんだっ!

「蒼良、顔が赤くなってる」

 藤堂さんが私の顔を見て笑った。

「冗談だよ、冗談」

 なっ!冗談?本気にしたじゃないかっ!

「藤堂さんも、人が悪いですよ。まったく!」

「あ、いつもの蒼良だ」

 えっ?

「いつも、そういう感じでいてほしいな」

 にっこりと何事もなかったかのように微笑みながら、藤堂さんは言った。

 私も、その笑顔を見て力がふっと抜けてしまった。何を自分は意識していたんだか。

「わかりました。これからは、こういう感じで接しますからね。覚悟しててくださいね」

 私も、少し冗談を入れていったら、

「了解」

 と、藤堂さんは笑顔で返してくれた。

「おい、お前、いつまでそこにいやがるっ! 俺のところにもこいっ!」

 向かい側から土方さんの声が聞こえた。

「はいはい、今行きますよ」

 まったく、私はあんたの女中じゃないわよっ!


 土方さんのところに行くと、すでに目がすわっていた。

「土方さん? 何杯飲んだのですか?」

「そんなに飲んでないぞ」

 嘘つけっ! 一つ、空のお銚子が転がっているじゃないかっ! 

「誰がこんなに飲ませたのですか?」

「ああ、わしだよ」

 隣にいた富沢さんが言った。

「歳は、飲ませると面白いからな」

 突然俳句読み出したり、確かに面白い……いや、面白くないです。

 夜中に起こされたこともあるからなぁ。

「面白いって、駄目ですよ、弱いのにこんなに飲ませて」

「お前っ! 俺に意見するのか?」

 すでにレロレロ口調になっている土方さんが私に言った。

「意見じゃないですよ、心配しているのですよ」

「俺は酒に強いんだっ! 酔ってないぞ」

「酔っ払いはたいていそう言いますよ」

「うるせぇっ!」

 土方さんは、俺は酒が強いというところを見せたかったのだろう。

 命知らずなことに、お銚子ごと飲み始めた。

「あ、ひ、土方さん? そ、そんな飲み方……」

 私が止めようとしたときには、口に当てたお銚子が倒れていくのと同じ角度で土方さんは倒れていった。

「ひ、土方さん?」

 恐る恐る近づいてみると、土方さんは寝ていた。

「ちょっと飲ませすぎたか?」

「富沢さん、ちょっとどころじゃないですよ。結局、お銚子2本も空にしているじゃないですか」

「あ、本当だ。お銚子2本で倒れるやつも珍しいな」

 確かに。


 次は原田さんのところに。

 そう思って原田さんを探したけど、いなかった。

 どこに行ったんだろう?こっそり花見の宴を抜け出して、探しに行った。

 原田さんは、すぐ近くの桜の木の下にいた。

「原田さん、どうしたのですか?」

「蒼良。この桜の木、覚えているか?」

 あっ!昨年、この木の下で原田さんと花見をしたのだった。

「覚えてますよ」

「蒼良が、桜の木の下に死体が埋まっているのどうのって言っていたよな」

 ま、まさか、掘って死体を探すとか……

「蒼良、固まっているけど、どうした?」

「まさか、掘らないですよね」

 私が聞くと、原田さんはあははと声を出して笑った。

「そんなことしたら、桜の木が台無しになるだろう」

「そうですよ、だから、そんな怖いことしないでくださいね」

「怖がりだな、蒼良は」

 死体を怖がらない人なんていませんよ。

「昨年の願いがかなってよかったな」

 そうだった。

 昨年は、来年こそみんなで花見ができるといいななんて言い合っていたんだ。

「よかったです」

「来年も、ここで花見ができるといいな」

 来年はどうなっているのだろう?池田屋事件があるということは知っているけど、来年の春は何しているのかまでは知らない。

 分裂の原因になる伊東さんはいるのだろうか?山南さんは?沖田さんの病気はどうなっているのだろう?

「蒼良、顔が怖いぞ。何か考え事していたのか?」

「あ、大丈夫です」

「来年も、きっと出来るさ」

「えっ?」

「花見だよ。蒼良が不安そうな顔をしていたから。大丈夫だ。できるから」

 原田さんのその言葉が、頼もしく聞こえた。

「そうですね。来年もきっと出来ますね」

「ああ、出来るよ」

 原田さんは、落ちてくる桜の花びらを捕まえた。

 風に飛ばないように、包み込んだ手のひらをそぉっと開いて私に見せる。

 その中には、桜の花びらが入っていた。

「蒼良にやるよ。今年もいいことあるといいな」

 私は、桜の花びらを受け取って、手拭いで包んだ。

「ありがとうございます」

「よし、そろそろ戻るぞ」

「はい」

 原田さんと花見の宴に戻った。


 花見は夜になっても続いていた。

 朝からやっているので、斎藤さん以外のほとんどの人が出来上がっていた。

 土方さんは、昼間倒れたままの状態で寝ていたので、屯所から布団をもってきてかけてやった。

「すまないな」

 布団をかけると、そう言われた。

「弱いのに、あんなにお酒を飲むから……」

 倒れるんですよっ!と言おうとしたら、土方さんからいびきが聞こえた。

 さっきのは、寝言だったんかいっ!

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