お座敷遊び
新選組の上司が変わった。
松平 容保公から松平 春嶽公へ。
「今日、京都所司代から話があったが、俺たちは従来通り、松平肥後守預かりになるらしいぞ」
土方さんが嬉しそうに言った。
「松平肥後守って、誰ですか?」
新しい上司か?でも、従来通りって言っていたけど。
「お前、本気で言っているのか? からかってるんじゃないだろうな?」
「何言っているんですかっ! 私がからかったことなんて、ありませんよ」
多分。
「松平 容保公のことだよ」
「ああっ! そうなのですね。なんだ、最初からそう言ってくれればわかりましたよ」
「役職名を言ったのだろうがっ!」
あっ、役職名か。すっかり忘れてた。
「ということは、今まで通り、容保公の下で働けるわけですね」
「さっきからそう言っているだろうが」
はい、すみません。
「ところで、お前今日は暇か?」
「非番ですから、暇ですよ」
「ちょっと付き合え」
どこに付き合うんだ?
「ここが清水寺か。清水の舞台から飛び降りるとよく言うが、ここから飛び降りるということか」
富沢さんが、清水の舞台から下をのぞき込んでいた。
「富沢さん、あんまり乗り出すと、落っこちるぞ」
源さんが、富沢さんの体を押さえた。
土方さんからちょっと付き合えと言われて屯所を出ると、源さんと先月に江戸から京に来ている新選組スポンサーの富沢さんがいた。
4人で行った先は清水寺だった。
清水寺からは、5分咲きぐらいまで咲いた桜がよく見える。
「お前は一度来たことがありそうな感じだな」
土方さんが私を見ながら言った。
「し……藤堂さんと昨年に来ました」
修学旅行と言いそうになった。
「なに、平助と?」
「はい。紅葉の季節だったかな?」
「お前、いつの間に、平助と来ていたんだ?」
「いつの間にって、昨年の秋ですよ」
「あ、蒼良。勇さんから話を聞いたが、藤堂とできているんだって?」
富沢さんが、私と土方さんの会話に割って入るように話した。
しまった、有馬温泉で近藤さんの誤解をとくのを忘れていた。
「お前、いつの間に?」
土方さんの顔が怖いのですが、気のせいか?
「いや、誤解ですよ、誤解」
「誤解されるようなことをやったんだろうがっ!」
誤解されるようなこと……たくさんありすぎてわからない。
「即答できないところを見ると、やったんだな?」
「歳も、少し落ち着け。蒼良が女でなく男とできているのは異常だが、本人同士がそれでいいならいいだろう」
富沢さんが、土方さんを説得するように言った。
「そ、そうだぞ、歳。いくら男同士だって、本人同士がそれでいいならいいだろう」
源さん、嘘つくのへただなぁ。
「確かに、男同士はよくねぇが、本人同士がそれでいいならいいのかもしれねぇなっ!」
だから、土方さん、顔が怖いです。
しかも、最後のなっ!が、えらい強調されて言ったので、なんか私が責められているような。
「どうなんだ?」
土方さんが聞いて来た。
「だから、誤解だって言っているじゃないですか」
「平助のことはどう思ってんだ?」
「普通に、仲間としか思っていませんよ」
「本当だな?」
「嘘をついてどうするのですか?」
「わかった」
最後のわかったという言葉が、嬉しそうに聞こえたのは気のせいか?
「なに二人でこそこそしているんだ?」
土方さんとこそこそ話しているのが気になった富沢さんが聞いて来た。
「いや、こっちの話だ。さ、行くぞ」
土方さんが何とかごまかしてくれた。
清水寺から祇園が近い。
祇園と言えば花街。現代で言うなら舞妓さんがいる町。
清水寺に参拝した後、みんなで祇園の藤屋というところに行った。
当然、花街なので、芸妓さんなどがいる。
スポンサーの富沢さんがいるせいか、いつもよりその人数が多い。
なぜか、土方さんのそばにたくさんいる。
「お酒注ぎまひょか?」
芸妓さんの一人が、土方さんにべったりとひっつきながら言った。
「一杯だけもらおうか」
土方さんも、飲めないくせに飲もうとしてっ!
「蒼良、顔が怖いぞ」
源さんにつんつんと指で突っつかれた。
ん?怖い顔していたか?それにしても、なんで女の人が土方さんにひっついているだけでこんなにイライラしないといけないんだ?
私がイライラする必要ないだろう。
そんな私に気が付いたのか、土方さんが、私の方を見てにやりと笑った。
わ、わざとか?わざとベタベタとひっついてイチャイチャとしているのか?
私も、負けないぞっ!
「あ、いい香りがしますね。春らしい香り」
私がそういうと、私の隣にいた芸妓さんが反応した。
「わかりますか?」
「ええ、わかりますよ。お香を焚いたのですか?」
「着物に香りをしみ込ませたんや」
「春らしい、桜の香りがします。素敵ですね」
「そんなに言われると嬉しいわ」
「なら、わての香りはわかりますか?」
別な芸妓さんがそばに来た。
「こちらも春らしいですね。桃の香りですね」
「すごいわぁ。ようわかってはるなぁ」
「こんな旦那はん、初めてや」
土方さんのそばにいた芸妓さんたちも何人かこっちに来た。
勝ったな。にやりと土方さんに向かって笑った。
土方さんは、ふんっという顔をした。
って言うか、なんで土方さんと競ってんだ?こんなこと競ったって、私は女なんだから、どうにもならないじゃん。
「歳は顔がいいから女に人気があるな。蒼良も、男にしては綺麗な顔をしているから人気がある。少しは、わしらのところにも来ないか?」
富沢さんがうらやましそうに言った。
「今日の勘定は富沢さんだからな」
源さんがお酒を飲みながら言うと、
「ほんまに?」
「そうなん?」
と言いながら、芸妓さんたちが富沢さんのところに集まった。
いつの時代も、お金の力が強いのだなと、改めて実感したのだった。
「ところで、蒼良は花街にあまり行かないみたいだが」
富沢さんが、芸妓さんにお酒を注いでもらいながら言った。
「はい。あまり興味がないもので」
興味がないというか、女の私には無縁のところだ。
「蒼良、健康な男子がそれだといかんぞ」
いや、女子だ。
「わしが花街の楽しさを教えてやる。よし、お座敷遊びでもやるか」
お座敷遊び?
「いや、だ、大丈夫です。このままでも十分楽しいですし」
そもそも、お座敷遊びって何?
「遠慮するな。楽しいぞ」
芸妓さんたちがたくさんいるのだから、何かいやらしいことなのか?
「私はけっこうなので、富沢さんが遊んでください」
「わしか? わしは遊び飽きたから、蒼良が遊ぶのを見る」
飽きたって、どういう生活してたんだ?
私がオロオロとしている間にも、お座敷遊びの準備は進められる。
土方さんと源さんに目線で助けを求めたけど、二人とも無反応だった。
私はどうすればいいんだっ!そう思っていると、目の前に屏風が置かれた。
「とらとらやりますえ」
屏風の向こうから芸妓さんの声が聞こえた。
とらとらって何なのさっ!
「最初は俺がやるよ。お前は見てろ。どうせわからんだろう」
土方さんが私の隣に出てきた。
しばらくすると、土方さんは槍を持った人のポーズをとった。
なんだ?ジェスチャークイズでもやるのか?
そんなことを思っていると、目の前の屏風が少し移動して、少しだけ屏風の向こう側が見えた。
向こう側では、芸妓さんが四つん這いになっていた。
「歳の勝ちだ」
富沢さんの声が聞こえた。
これって、いったい何なんだ?
しばらくやり取りを見ているうちにわかってきた。
とらとらというのは、簡単に言うと、じゃんけんのようなものだ。
近松門左衛門の浄瑠璃『国性爺合戦』というものが元になっていて、土方さんがとった槍を持っている人が主人公の和藤内という人。
この人は、和人すなわち日本人と、唐人すなわち中国人との間に生まれたので、和でも唐でもないという洒落で和藤内というらしい。
この、和藤内という人が、じゃんけんのグーにあたる。
芸妓さんがした四つん這いのポーズ、実はこれは虎で、どうして虎が出てくるのかというと、この和藤内という人が、猛虎を従えて虎刈りの兵士たちを降伏させたという話からこの遊びが来ているかららしい。
この虎は、じゃんけんで言うとチョキになる。
もう一つのポーズは、杖をついている人。
この人は、和藤内のお母さんでじゃんけんで言うとパーになる。
二人の間に屏風があり、屏風が移動するまで相手が何を出しているかわからない。
でも、勝負している二人以外はみんな見えるので、みんなの反応を見ながら判断することもできる。
ある程度分かったので、私も参加してみた。
「蒼良、相手は和藤内だぞ」
富沢さんが楽しそうに言う。
実は、さっきもこれにだまされた。
「今度はだまされませんよ」
私は虎のポーズをとる。
屏風が移動すると、芸妓さんは富沢さんの言う通り、和藤内だった。
「蒼良の負けだ」
楽しそうに源さんが言った。
「わしの言うこと信じないからそういうことになるんだ」
「富沢さん、さっきはだましたじゃないですか」
「だまされる方が悪い」
「ひどい」
私たちのやり取りを見て、みんな楽しそうだ。
「よし、今度は歳と蒼良で勝負しろ」
「えっ、土方さんとですか?」
「不服か?」
土方さんがそう言いながら屏風の向こう側に行った。
「いや、土方さんに負けそうだなと思ったので」
自信なさげに言った私の言葉が聞こえたみたいで、富沢さんがとんでもないことを言い出した。
「よし、蒼良。歳に勝ったら、歳に何をしてもらいたい?」
えっ、土方さんに?
「そうですね。俳句を見せてほしいですね」
「なっ、なんだとっ!」
だって、豊玉発句集、なかなか見せてもらえないんだもん。
「わかった。歳、負けたら蒼良に俳句を見せてやれ」
「富沢さん、そりゃないだろう」
「なんてことない。お前が勝てばいいんだ」
そういうことだ。
「片方だけだと不公平だからな。歳は蒼良に何してもらいたい?」
えっ、そっちもありなのか?
「そうだな」
屏風の向こうから、楽しそうに考えている土方さんの気配がする。
「勝ってから考えるとしよう」
「えっ、それってずるくないですか?」
「お前が勝てばいいのだろう」
ま、そうなんだけど。
「よし、勝負だ」
富沢さんの声で勝負が始まった。
色々ポーズをとってみんなの反応を見てみるけど、みんな同じように微笑んでいるので、わからない。
ええいっ!これで行こう。和藤内のお母さんだ。
屏風がゆっくりと移動する。
あっ……
「負けた」
土方さんは虎だった。
ああ、俳句が見れない。
「俺が勝ったぞ」
「私にしてもらいたいことは、何ですか?」
私が聞くと、楽しそうに笑ってから、
「それはゆっくり考えるとしよう」
と言った。要するに、保留ということか?
藤屋を出て、富沢さんを宿に送って行った。
今は、屯所への帰り道だ。
「蒼良、初めてのお座敷遊びはどうだった?」
源さんが聞いて来た。
「楽しかったですよ。ああいう遊びがあるなんて知らなかったです」
「他にも色々あるけどな」
土方さんはきっとお座敷遊びの全部を知っているのだろう。
「ところで、私にしてもらいたいこと、決めましたか?」
「ゆっくり考えると言っただろう」
まだ決めてなかったのか?
「歳も意地悪だな。すぐにできることにしてやればいいのに」
源さんが困ったように言った。
えっ、すぐにできないものなのか?
「それは、どれぐらいかかるものなのですか?」
「それは、決めてからのお楽しみだ。近いうちに決めるから、心して待ってろ」
いや、心配で心して待てませんからっ!




