有馬温泉恋物語?
まだ有馬温泉にいる。
現代のようにすぐ行けてすぐに帰れるような状態ではないので、数泊するのが普通らしい。
それは別にかまわないのだけど、朝から温泉につかっていると、全身がふやけそうだ。
別なことをすればいいのだけど、現代のように遊べる施設というものがない。
他の人のように、朝から堂々とつかっていられる人はいい。私の場合、男装をしているのと、それを近藤さんにばれてはいけないので、温泉につかる時間も夜遅くと時間が決まっている。
近藤さんの護衛できたのだけど、
「お前たちは、お前たちで楽しむといい。俺達も、俺たちで楽しむから」
と近藤さんは言いながら、意味ありげに微笑んでくる。
まだ誤解がとけないらしい。何回か否定をしているのだけど……。
「蒼良?」
やることも特になく、なんとなく街を歩いていたら、藤堂さんの声が聞こえた。
「今、呼びました?」
「うん、何回か呼んだけど、聞こえなかった?」
「すみません。考え事してました」
「蒼良らしくないね。何を考えていたの?」
「近藤さんがなんか誤解しているなぁとか、いつまでここにいるのかなぁとか、色々です」
「なんだ、そんなことを考えていたんだ」
「そんなことって、だって、誤解されたままだと、藤堂さんが困りませんか?」
「私が? 何に困るの?」
「恋文が来なくなるとか、好きな人がいたのに、誤解されてふられるとか」
私が言うと、藤堂さんはクスクスと笑った。
「私は、土方さんのように恋文をもらったことはないから、そんな心配をすることないよ」
「えっ、ないのですか?」
藤堂さんも、なかなかかっこいいと思うのだけど。
「そんな、驚かなくても」
「す、すみません。でも、藤堂さんもかっこいいから、恋文の一通や二通もらっていると思ってました」
私が言うと、藤堂さんは照れていた。
「かっこいいって、蒼良は本当に思ってる?」
「思ってますよ」
「実は、相手から恋文を出されたことは何回かあったのだけど、断っているから」
断っているのか?もったいない。でも、それが普通なのかな。
自分あての恋文の処分に困って他人にあげる方がおかしいのだ。
「やっぱり、もらったことがあるのですね。でも、なんで断っているのですか? 受け取っても罪にはなりませんよ。他人にあげる方がよっぽど罪作りですけど」
「それって、土方さんのこと?」
藤堂さんが笑いながら聞いて来た。
「そうですよ。一生懸命徹夜して書いた、女の子たちの気持ちを、何だと思っているんですかね」
徹夜したかどうかまではわからないけど。
「私も、受け取りを断っているから、土方さんのことを言えないけど」
「でも、他人にあげるより、断った方が全然いいですよ。一番は、受け取ってあげることがいいのですけどね」
「蒼良は、なんで私が恋文を受け取らないか、理由を本当に知らないの?」
「えっ、理由があるのですか?」
知らなかった。どんな理由だろう?
「本当に知らないの?」
「他の人はみんな知っているのですか?」
私だけ知らないとか。
「いや、他の人も知らないと思うけど」
なんだ。この時代、私だけが知らないことが多いから、びっくりした。
「その理由は何ですか?」
私が聞いたら、藤堂さんの顔から優しく微笑んでいた表情が消えて、真面目な顔になった。
なんか悪いことを聞いてしまったか?
「蒼良」
真面目な顔をした藤堂さんに名前を呼ばれた。
「はい、何ですか?」
「その理由は……」
理由は?
「好きな人がいるからだよ」
好きな人がいるからか……って!
「ええっ!」
私は驚いてしまった。藤堂さんに好きな人がいたのか。
「なんだ、もったいぶらないで、早く言ってくれればいいじゃないですか。あっ! 近藤さんの誤解をとかないと、藤堂さん男色疑惑をかけられてふられますよ。京に帰るまでに何とかしないといけないですね」
「あのさ、誰とか聞かないの?」
あ、忘れてた。
「で、誰ですか?」
誰か聞けって言ってきたということは、私の知っている人なんだろうな。
誰だろう?あっ、もしかして……
「お雪さんとか? だめですよ、お雪さんは近藤さんに夢中ですから」
「いや、違うから。いくらなんでも、近藤さんの好きな女性を好きになるようなことはしないよ」
それもそうか。じゃあ誰だ?もしかして……
「牡丹ちゃんとか? 牡丹ちゃんはいい子ですよ」
「いや、それも違うから」
違う?じゃあ、誰だ?
「もしかして……」
「もしかして?」
「永倉さんとか?」
仲がいいから。そうか、藤堂さんは男色だったのか。
「それは絶対にないから」
それもそうだよな。
「蒼良、私にも話をさせてくれないかな」
「あ、すみません」
ついつい藤堂さんの好きな人が誰か気になったもので。
「で、誰ですか?」
藤堂さんは小さく咳払いをしてから、
「蒼良だよ」
と、意を決したように言った。
そうか、蒼良か。
って、私じゃないか。
「藤堂さん、冗談を言ってないで、教えてくださいよ」
「だから、蒼良だって言ってるじゃないか」
「そうですか。私も藤堂さんが好きですよ」
「それって、友達として? 男性として?」
「もちろん、友達としてですよ」
胸を張って私が言うと、藤堂さんはなぜか落ち込んでいた。
「蒼良、私は蒼良のことを女性として好きだと告白したのだけど、わかってないかな?」
「そんなこと、わかって……」
ええっ!これって……
「告白じゃないですかっ!」
「だから、告白したのだけどって言っているんだけど」
ど、どうしよう?告白されたの、初めてなんですが。
あ、急に顔が熱くなってきた。きっと顔が赤くなっている。
どう返事をしたらいいんだ?どうすればいいんだ?いったい、どうすればいいんだっ!誰か教えてっ!
「困っとるな。そういう時は、とりあえずオッケーしておくのじゃ」
そうか、とりあえずオッケーしておけばいいのだなって、なんか違うような……
「そうやって色仕掛けを使って、現代に連れて帰るのも手だな」
ん?現代に連れて帰る?
声のした方を見ると、なぜかお師匠様がいた。
「おっ、お師匠様っ! なんでここにいるのですか?」
「わしが温泉につかりに来たらいかんのか?」
京にはいないと思っていたけど、どうやら江戸時代温泉巡りの旅に出ていたらしい。
人が真面目に仕事してんのに、このク……お師匠様はっ!
「これ、蒼良。何か不満があるような顔をしているな」
なんでばれてんだ?不満いっぱいなのに。
「そ、そんなことはないですよ」
人が一生懸命新選組のことを考えて動いているのに、あんたはなんでのんきに江戸時代を満喫してんだっ!って言いたかったけど、口の中に押しとどめた。
「それより、平助はお前に惚れとるらしいな」
それを本人を目の前にして言うか?
「それを利用して、現代に連れていけるだろう。そうすれば、平助は殺されなくてすむぞ。どうじゃ?」
なんていい考え。ってなるわけないだろうっ!
「人の心をそのように利用するようなことはできないです」
「そうか? 一番簡単な方法だと思うが、残念だ」
「私が、殺されるのですか?」
藤堂さんが、私たちの方を見ていった。
「藤堂さん、話を聞いていたのですか?」
「聞いていたも何も、私の目の前で話していたから」
そうだ、藤堂さんが目の前にいた。
「そうか、それなら話が早い」
お師匠様が、藤堂さんの方を見て言った。なんか、とっても嫌な予感がするのですが。
「わしらは、未来から来た」
一生懸命それを隠していたんだけど、あっさり言うのかっ!
「今からそうじゃな、150年以上先の未来からじゃ。だから、これからお前がどうなるのかも知っとるし、新選組がどうなるかも知っとる。な、蒼良」
そのタイミングで私に話を振るのはどうかと思うのですが。
うなずいていいものか、否定すべきか考えている間にも、お師匠様は話し続ける。
「わしは、新選組が大好きじゃ。新選組にいる連中も大好きじゃ。だから、お前たちが死ぬのを黙って見ていたくないんじゃ。わしらと一緒に、わしらの世界へ来ないか? もちろん、お前の好きな蒼良も一緒じゃ」
最後の一言でさとった。これが色仕掛け大作戦なのか?
「天野先生、面白いことを言いますね」
藤堂さんはいつも通りの微笑みを浮かべて言った。
絶対に信じてないな。いや、信じろっていう方が変だ。
「わしらと一緒に来んか?」
お師匠様の頼みを、
「わかりました。そのうち行きますね」
と、軽く藤堂さんは受け流したのだった。
お師匠様は信じてもらえなかったらしい。ぷっ、おかしい。
「蒼良、何故笑ってるんだ?」
あ、顔に出ていたか?
「まったく、平助めっ! 後悔しても知らんぞっ!」
藤堂さんと別れて、お師匠様と二人でお師匠様が泊まっている宿に行った。
私たちが泊まっている宿より、少し豪華だった。
「お師匠様、いきなり未来から来たとか話しても、誰も信じませんよ」
私だって、最初お師匠様からタイムスリップするぞと聞かされた時は、とうとうボケたかと思ったから。
「やっぱり、色仕掛け作戦だ。頑張れ蒼良」
「それは絶対に嫌です」
何が色仕掛け作戦だ。
私が綺麗だったらそれができたかもしれないけど、男装しているのに、どうやって色仕掛けをするんだ。
「残念だな。ま、せいぜい頑張れ」
なんか、すごい他人事のように聞こえるのは、気のせいでしょうか?
お師匠様とそんなやり取りをしていると、一人の男性が入ってきた。
「失礼します」
「おお、来たか。頼むぞ」
お師匠様は、うつぶせに寝転がった。
「お師匠様、どうかしたのですか?」
「せっかく温泉に来たんじゃ。日頃の疲れを取ろうと思って、針師を呼んだんじゃ」
な、なんて贅沢な……
それにしても、この針師、さっきから私の顔を避けるようにしているのは気のせいか?
避けられると、気になって見てしまう。
でも、私が見れば見るほど、向こうも避けてくる。
なんで?
その理由はわかった。
「あっ! 山崎さんじゃないですかっ!」
その針師は、なんと、京にいるはずの山崎さんだった。
私の声に山崎さんが驚いたのか、針を刺されているお師匠様が、
「痛てっ!」
と言った。
「なんで山崎さんがここにいるのですか?」
お師匠様の針治療が終わり、ひと段落してから私は話した。
「こんな形で見つかってしまうとは……副長にどう説明していいのか」
「土方さんに? あっ、土方さんに頼まれたのですね」
私と藤堂さんの護衛じゃ不安だったのだろう。
「はい、副長に頼まれました」
見つかったから、もう言い逃れしても無駄だと思ったのか、素直に山崎さんが言った。
「私じゃ近藤さんの護衛が務まらないと思って、山崎さんを送ったのでしょう。まったく、失礼しちゃう」
「いや、それは違う」
山崎さんは否定した。違う?
「近藤さんじゃなくて、蒼良さんが心配だから、頼まれたのだ」
私のことを心配して?
「蒼良さんが女性であることが近藤さんにばれたらどうしようと、ずうっと考えていた様子で、それで私に陰で見ていてやってほしいと言われた。危なくなったときは、助けてやってほしいとも言われた」
「私をですか?」
私が聞いたら、山崎さんは無言でうなずいた。
「なるほど、土方も蒼良にぞっこんというわけじゃな」
お師匠様、それはないと思うのですが。
「よし、色仕掛け作戦じゃ」
それも絶対に嫌です。
「でも、蒼良さんに見つかってしまいました」
山崎さんは申し訳なさそうに言った。
「土方さんには、内緒にしておきます。近藤さんたちにも。その代わり、何かあったら、お願いします」
そうした方がいいのかもしれない。そう思った。
「わかりました。そうしてもらうと助かります」
山崎さんも、了解してくれた。
「蒼良、何か忘れてない?」
あれから宿に戻り、部屋に入って夜になってから藤堂さんに言われた。
「なにかって、何をですか?」
何か、重要なことを忘れている?
「ああ、やっぱり忘れている。一応、私は蒼良に告白をしたのですが」
ああっ!そうだった。
それでどうしたらいいか悩んでいたら、お師匠様が登場して……ああっ!すっかり忘れていた。
「す、すみませんっ!」
慌てて謝った。それに、返事もまだしていない。
「返事を聞いていいかな?」
藤堂さんが、緊張している様子で聞いて来た。
「どう返事をしていいのか、わからないです」
自分の思いを素直に言おう。そう思った。
「わからない?」
「はい。私、今まで恋愛のことを考えたことがないので。藤堂さんのことは、素敵な男性だと思っています。でも、恋愛感情は? と聞かれると、ないです。藤堂さんだけでなく、誰に対しても今はそういう感情が持てないのです」
「ということは、蒼良は、心に思う男性がいないということだね」
「そういうことです」
「わかったよ」
藤堂さんは、なぜか嬉しそうだった。
「それなら、蒼良が私を好きになる可能性もあるということだね。絶対に、蒼良が私を好きになるようにして見せるから、覚悟しておいて」
なんか、藤堂さん、気合入っているように見えるのですが……
覚悟しておいてって、言われた方が照れてしまうのですが。
「蒼良、顔が赤いよ」
藤堂さんに、両手で顔をはさまれてしまった。
それでさらに顔の熱が上がったのだった。




