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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
文久4年・元治元年2月
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節分

 八木さんが、焼いたイワシの頭をひいらぎにさして、玄関にさしていた。

「何ですか? これ」

「あんさん知らんのか? 江戸にはこういう風習がなかったんか?」

 それはよくわからないのですが……

「今日は節分やろう。魔除けや」

「でも、臭くないですか?」

「それが魔除けなんや。ひいらぎの葉がギザギザやろう? それが鬼の目を指し、イワシの匂いで鬼を寄せ付けないんや」

 そうなんだ。

「ほんまに、江戸にはこういう風習がなかったんやな」

 私の反応で、勝手に江戸にはこういう風習がなかったと決めつけてしまった八木さん。大丈夫なのか?

 自分で言うのもなんだけど、私をそういう判断の基準にしない方が……。


 庭の方がにぎやかだったので、そっちに行ってみると、みんなで何かもめていた。

「誰が鬼をやるんだ?」

 永倉さんが、豆がたくさん入ったますを持って言った。

「そういう新八がやれよ」

 原田さんが、永倉さんを突っついた。

「俺は投げる方がいいんだ」

 永倉さんが胸を張って言う。

「土方さんでいいんじゃない?」

「総司っ! なんで俺が鬼なんだよ」

「それは、鬼副長だから」

「誰が鬼副長だって?」

「ああ、そういえば、みんな言っているかもしれない」

「おい、平助まで言うか?」

 誰が鬼をやるかでもめているらしい。

「こういうものは、平等にくじ引きで決めたらどうですか?」

 私が言ったら、

「よし、平等にくじびきだ」

 と、土方さんが言った。

 私は半紙でこよりを作り、

「先にしるしがついているものを引いた人が鬼ですよ」

 というと、みんな一斉にくじを引いた。

 そして鬼は……

「あ、土方さんだ」

 みんなで一斉に土方さんを見た。

「さすが鬼副長」

 沖田さんがからかうように言った。

「うるせぇっ!」

「よし、行くぞっ!」

 永倉さんがそういうと、みんな一斉に屯所の中に入ってしまった。

 これって、かくれんぼなのか?

「お前はここにいるよな?」

「えっ?」

 しまった。みんなと一緒に中に入りそびれた。

「まさか、俺を見捨てて中に入ったりしねぇよな。一緒に鬼をやるんだろう?」

 そんな土方さん顔を見ていたら、いやだと言えなくなってしまった。

 自動的に一緒に鬼をやることになってしまった。

「入っていいぞ~」

 永倉さん、はりきっているように見えるのは気のせいか?

「これって、かくれんぼじゃないですよね?」

「節分だ」

「鬼のお面とかかぶらなくてもいいですか?」

「そんなもの、かぶってられるか」

「土方さんは、かぶらなくても鬼副長だからいいですけど、私は……」

「ああ? 今なんて言った?」

 土方さんから怒りのオーラがっ!

「い、いや、何でもないです」

「中に入るぞ」

 土方さんが戸を開けると、中から大量の豆が飛んできた。

「きゃあっ!」

 あまりに大量なので、悲鳴を上げてしまった。

「鬼は外、鬼は外、鬼は外」

 それしかセリフが聞こえないのですが。

「おいっ! お前らっ! 手加減っていう言葉を知らんのかっ!」

 土方さんが怒鳴っても、

「鬼は外、鬼は外、鬼は外」

 という言葉とともに、大量の豆が飛んでくる。

 中に入ることもできない。

 土方さんは無言で戸を閉めた。

 豆攻撃から解放された。

「あいつら、調子に乗りやがって」

「でも、私たち鬼だから、仕方ありませんよ」

「お前、悔しくないのか?」

 悔しいも何も、鬼だから仕方ないと思うのですが。

「これから反撃をする」

 えっ、反撃?節分で鬼が反撃してきたなんて話、聞いたことがないのですが。

 しかし、その間にも、土方さんは地面落ちている豆を回収している。

 その量は、結構な量になった。

 台所から別なますを借りてその中に入れた。

「よし、反撃だ」

 土方さんの声とともに、戸が開けられた。

 すると、再び豆が飛んできた。

「黙ってやられてなるかっ! 反撃だっ!」

 土方さんがすごい勢いで豆を投げる。

「あっ、土方さん、鬼が豆を投げるなんて、反則だ」

 原田さんの声が聞こえてきたけど、やめる気配はない。

「よし、そっちがその気なら、こっちも容赦しないよ」

 沖田さんの楽しそうな声が聞こえてきた。

 豆は容赦なく飛び交う。その豆に当たると、地味に痛い。

「敵の大将をとらえるぞっ!」

 土方さんはそう言ったけど……

「敵の大将って……」

「近藤さんに決まっているだろう」

 えっ、そうなのか?っていうかいつの間に決まったんだ?

「近藤さんは、渡しません」

 藤堂さんが立ちはだかって豆を投げてくる。

 いつの間に、豆まきから戦になっているような……

「平助っ!近藤さんを死守しろっ!」

 永倉さんも、なんか本気になってるし。

「近藤さんを奪われたらおしまいだ」

 原田さんも、豆を投げつつそんなことを言っている。

 近藤さんを私たちの方に連れてくれば、勝ちってことだな。

蒼良そら、すき見て近藤さんを奪って来い」

「わかりました」

 土方さんに言われ、豆の投げ合いをかいくぐって近藤さんのいる部屋へ。

 途中で藤堂さんと原田さんの攻撃にあったけど、豆で抵抗しつつ、二人に比べると小柄な私の体質を生かし、二人の間を素早くすり抜けた。

 近藤さんの部屋のふすまを勢いよく開けた。

「うわっ! 蒼良か。びっくりしたな」

 近藤さんは、のんきにお茶をすすっていた。

「近藤さんっ! 何も聞かずに私と来てください」

「なんだ、どうした?」

「いいから、来てください」

「わかった」

 近藤さんは不思議そうな顔をしつつも、私の後についてきてくれた。

 土方さんのところに行くと、まだ豆の投げ合いをしていた。

「近藤さん連れてきました」

「よし、でかしたぞ。俺たちの勝ちだ」

「何やってんだ? おおっ、豆まきか。俺にもやらせてくれ。なに、新八が鬼か?」

 近藤さんがそう言いながら、永倉さんに豆を投げ始めた。

 大将が味方を攻撃し始めたぞ。

「こ、近藤さん、鬼は土方さんだから」

 近藤さんから投げられる豆をよけながら、永倉さんが言った。

「歳が鬼か?」

「俺は勝ったんだから、お前らが鬼だろうがっ!」

 そうだ、これは豆まきだった。

 それに気が付いた時、

「なんやこれはっ!」

 という、八木さんの声が聞こえた。

「こない豆だらけにしてどうするつもりやっ!」

「あ、八木さん。隊士たちと季節の行事を楽しもうと思ってだな」

「季節の行事もかまわんけど、これどうするつもりやっ!」

 近藤さんの言葉を八木さんは言葉でさえぎった。

「あんさんら、夕方までにこれかたさんと、追い出すで! ただで置いてやってんやさかい、ちゃんとかたしてやっ!」

 その言葉を聞いて、急いで片付け始めたのだった。

 ここを出だされたら行くところがないのは一番よく分かっているので。しかも、宿主の八木さんを怒らせたら一番怖いのも。

 急いで豆を片付け始めたけど、私たちもそうとう派手に投げ合ったようで、綺麗になった時には日が暮れていた。


「今年は、甲子きのえねの方向だそうですよ」

 佐々山さんがのり巻きを配っていた。

 それも、切ってない長いまま。

「何ですか?これ」

 またお前知らんのか?とか言われそうだなと思いつつ聞いたのだけど、

「さぁ。俺も知らん」

 と、土方さんも言っていた。

「恵方巻です」

 山崎さんが教えてくれた。

 現代ではスーパーとかで騒がれるから、なんとなく知っているけど、この時代、関西の方で盛んで江戸はそういうことはやらなかったらしい。

 だから、江戸出身の土方さんたちは知らず、関西出身の山崎さんは知っていたのだ。

「今年は、甲子の方角がいいので、そっちを向いて無言でこれを丸かじりすると、いいのですよ」

 というわけで、みんな一斉に甲子の方角、東北の方を向いて食べ始めた。

 みんなが同じ方向を向いて、無言でのり巻きを食べるって、なんかおかしくて、途中で何回も吹き出しそうになってしまった。

 1回吹き出したら、佐々山さんに無言で新しいのり巻きを差し出された。

 えっ、無言で食べれなかったら、もう1本食べないといけないのか?


 節分はこれだけでは終わらなかった。

「蒼良、女ものの着物ある?」

 沖田さんが聞いて来た。

「女装用に数枚ありますが。何に使うんですか?」

「着せてくれる?」

 えっ、沖田さん、女装の趣味があったのか?

「蒼良、なんか変な顔しているけど、そういう趣味はないよ」

「じゃあ、なんで?」

「近所の子に聞いたんだけど、節分お化けをやるんだよ」

「えっ、節分お化け?」

 着物を着せながら、沖田さんが教えてくれた。

 これも江戸にはない風習なので、沖田さんも初めての経験らしい。

 いつもと違う格好をして、神社やお寺にお参りをするらしい。

 いつもと違う格好というのは、子供なら、大人の格好をしたり、逆に大人は子供の格好をする。女性は男性の格好をしたり、逆に女性は男性の格好をする。

 その格好でお参りをすることで、厄払いになるらしい。

 すっかり女性になった沖田さんが

「蒼良も、一緒に行く?」

 と、誘ってくれたので、私も一緒に行くことになった。

 私は、普段は男性の格好をしているから、女性でいいんだよね。

 着物を着換えようとした時、沖田さんの視線を感じた。

「すみませんが着替えるので……」

「男同士だから、見ていたっていいじゃん。どうやって着るのか興味あるし」

 いや、見られても困るから。

「私は、見られるのがいやなのです」

「ああ、そうか。蒼良はやけどの痕があるんだっけ?」

 沖田さんはそう言いながら、部屋から出てくれた。

 私が着替え終わるのと同時に、

「平助も誘ったから、頼むね」

 と、藤堂さんが入ってきたのだった。

「えっ、蒼良が着せてくれるの?」

 藤堂さんは、私の性別を知っているので、照れていた。

「平助、何照れてんだよ。僕も着せてもらったんだ。だから、平助も着せてもらうといいよ。女ものの着物は、男の物と比べると、帯の結び方とか複雑だしね」

「藤堂さんが照れると、私も照れてしまうので……」

「あ、ごめん」

 というわけで、藤堂さんも女装をすることになった。


 女装3人で、っていうか、私は女なので女装とは言わないのだけど。

 3人でお正月に行った八坂神社に行った。

 本当にこんな風習があるのか?と、藤堂さんと私は沖田さんを疑っていたけど、八坂神社に行くと、私たちのように変装した人たちが結構いた。

「なんか、あの人は着物は完璧ですが、ひげが青くて気持ち悪いですね」

「蒼良は厳しいな」

 沖田さんがクスクスと笑いながら言った。

「私たちも、気持ち悪いと思われているかもしれないね」

 藤堂さんは周りを見渡しながら言った。

 でも、沖田さんも藤堂さんも、元がいいので、それなりに綺麗だ。

「蒼良は全然違和感ないよね」

「それは、蒼良はお……」

 藤堂さんがうっかり言いそうになったので、下駄で藤堂さんの足を踏んだ。

「いっ……」

「どうした、平助」

「あ、すみません。私、間違えて踏んでしまったみたいで」

 そう言いながら藤堂さんの方を見ると、藤堂さんの目がごめんと言っていた。

 あぶない、あぶない。


 屯所に戻ると、土方さんがいた。

「な、何だお前らはっ!」

「節分お化けですよ」

 沖田さんが言うと、土方さんも初めて聞く言葉だったみたいで、

「節分お化け?」

 と、聞き返していた。

 私は、節分お化けを説明した。

「なんだ、俺はてっきりお前らがそういう趣味があるのだと思っていた」

「そういう趣味って、なんですか? 土方さん」

 沖田さんがからかうように言った。

「あ、土方さんも誘えばよかったですね」

 私が言うと、

「遠慮する」

 と、あっさり言われてしまった。

「土方さんなら、かっこいいから、女装しても綺麗だと思いますよ」

「そうか、土方さんも誘えばよかった」

 沖田さんが残念そうに言った。

「今からでもやりますか? 結構楽しかったですよ」

 藤堂さんが誘うと、

「断る」

 と、土方さんは言った。

「土方さんの女装、見たかったなぁ」

「蒼良もそう思う? 僕もそう思うよ。誘えばよかった」

「今からでもやってみようか?」

 3人でこそこそと話していると、

「なにこそこそしてんだ?」

 と、土方さんに言われてしまった。

「3人で押さえつけて女装させるというのはどうでしょう?」

「それは、後が怖そうだ」

 藤堂さんがそう言った。確かに、後が怖そうだ。

「来年はちゃんと作戦を立てて、実行しよう」

 沖田さんがそう言った。

 はたして、来年は節分している余裕があるのだろうか?

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