下諏訪宿
あんなことがあったけど、芹沢さん達と直接関わらないようにしていたので、特に何事もなかったし、話すこともなかった。
そして、長久保宿から下諏訪宿へ行く時に近藤さんが来た。
「今日からこの隊の小頭になった」
「えっ、芹沢さんは?」
私が恐る恐る聞いたら、
「芹沢さんは、この前のことで小頭を外されて浪士取締役付きになった」
要するに、この前の焚き火事件を聞いた上の人たちが浪士組の秩序を乱すからということで、芹沢さんを小頭から外したらしい。
「近藤さんっ! 嬉しいです!」
「蒼良君、そんなに喜ばなくても……」
でも、一緒に旅するなら、芹沢さんより近藤さんの方が断然いい。
「よかったなぁ。お前、怖い顔してたもんな」
土方さんが言った。そんな怖い顔していたかな。
近藤さんが戻ってきて、みんな嬉しそうだった。
「今日泊まる下諏訪宿だが、温泉が出るらしい。みんな、今日の夜は温泉で疲れを癒すぞ」
近藤さんが歩きながらそう言うと、みんなさらに喜んでいた。
温泉かぁ、嬉しいなぁ。
よく浸かって疲れを取ろう。
わぁ、楽しみだなぁ。
頭の中は温泉だらけで歩き、ようやく下諏訪宿に到着した。
「よし、温泉行くぞ」
誰かが言ったその声に、みんな喜んで温泉に入る支度をし始めた。
「蒼良、もしかして、温泉に入るつもりじゃァないだろうな?」
「当たり前じゃないですか、土方さん。とっても楽しみにしていたんですよ」
「お前……まさか、男湯に入るのか?」
「なに言ってんですか。女湯ですよ」
「……お前、よぉ~く考えてみろ。みんなは男湯に入る。お前は女湯へ行く。しかし、みんなお前を男だと思っている。すると何が起こる」
お前、何考えてるんだよ~と言われ、男湯に入れられるよね……。
「しかも、今は浪士組貸切状態だ。女湯も男湯もないぞ」
そういう土方さんの一言でいっきに現実へ戻ってきた。
私は、温泉に入ることができない。
入った日には、女だとバレてしまう。
すると、お師匠様から頼まれたこと、新選組に入ってみんなを助けることができなくなる。
そして、鍵はお師匠様がもっているので、馬鹿もんっ!と言われて、きっとこの時代に置いてかれる。
「あれ? 蒼良は、温泉行かないのか?」
原田さんに聞かれた。
こういう時の理由は、学校のプールをズル休みするときに使うあれが一番。
「生理なので、行けません」
みんな、一瞬の沈黙。
そのあと、合図でもあったかのようにいっせいに
「はぁ!?」
と言う声を聞いた。
土方さんが、怖い顔して来た。
「お前、何が生理だっ! 男にそんなもんがあるかっ!」
と、みんなに聞こえない声で言ってきた。
そういえばそうだ。
女だから温泉には入れないけど、外見は男だから、この理由はダメなのね。
ああっ!めんどくさい。
「蒼良は、ちょっと風邪気味だから、大事をとって入らない。入れないから、ちょっとすねて冗談言ってみただけだ。なぁ、蒼良」
土方さんの視線には、ここでうなずかんとどうなるか、分かってんだろうな。と言う怖い思いが込められているような……
「は、はい、生理なんて、冗談ですよ。みんな、本気にするんだから」
「な、なんだ。そうだよなぁ。蒼良は女みたいな感じだから、本当にありそうだけど、あっはは」
原田さんがそう言うと、みんなそうだよなぁと言いながら笑っていた。
そして、みんなは行ってしまった。
私は一人でふて寝していた。
少しだけ、ほんとに寝たみたいで、気がつくとみんな帰ってきていた。
「あれ? 早かったですね」
「蒼良、寝てたから、そう思うんだよ。結構長くつかっていたよ」
沖田さんが言った。
みんな、顔が赤くてあったかそうだなぁ。
温泉、気持ちよかったんだろうなぁ。
「あ、蒼良君起きたか? お土産。これ食べて、早く風邪を治すといい」
山南さんが、大福を出してきた。
「これで、風邪が治るかわからないが……。一人で留守番してて寂しいだろうと思ったから、買ってきた」
「山南さん、ありがとうございます。早速、いただきます」
甘いものも久しぶりだ。
山南さんのところで食べて以来かもしれない。
一口食べると、大福の餅とあんこが口の中に広がって甘くて美味しかった。
「蒼良君、やっと笑ったね。さっきは温泉は入れなくて本当に残念そうな顔してたから」
「そんなに残念そうな顔してましたか? 山南さん」
「一人居残りになると、寂しいからな。とにかく、早く食べたほうがいい。狙っている人間がたくさんいる」
「えっ、狙っている人間?」
なんだろう?と思っていると、沖田さんがやってきて
「蒼良、ひとつもらうよ」
と言って、大福をもって行ってしまった。
それを見ていた永倉さんが、
「あ、総司ずるいぞっ! 蒼良、俺にもくれっ! 俺、我慢してたんだぞ」
と言って、またもやひとつ持っていってしまった。
山南さんは、結構たくさん買ってきてくれたみたいで、みんなの分ありそうだったので、
「じゃぁ、みんなで食べましょう。ひとつずつ分けますから」
と言って、私はみんなに一つずつ大福を配った。
多分、山南さんが入れてくれたのだろうと思うお茶も、どこからか出てきて、みんなで楽しく食べた。
やっぱり、みんなと一緒の方が楽しいし、美味しい。
温泉は残念だったけど、帰ったら死ぬほどつかってやるっ!と思うことにしよう。
そんなことを思いながら就寝した。
大福を食べている夢を見た。
土方さんが、
「蒼良! 遠慮しないで食えっ!」
と言いながら、目の前に山盛りに大福を積み上げていく。
「もう、お腹いっぱいで食べれないです」
「蒼良! 蒼良!」
食え、食え!と、ほっぺた叩かれたところで目が覚めた。
目が覚めると土方さんがいた。
辺りはまだ暗い。
「あれ?土方さん、何かあったのですか?」
「お前、何がお腹いっぱいで食べれないです。だ」
寝言を言っていたのか?
「お前のことだから、大福を食べる夢でも見ていたのだろう?」
「えっ、なんでわかったのですか?」
「本当に見てたのか。ま、いい。夢の話をしている場合ではない。蒼良、温泉に入る準備してこい」
「えっ、私、女だから温泉には入れないって、土方さんが言ったんじゃないですか?」
「この時間なら、入っている人間もいないだろう。今のうちにさっさと入れ」
お、温泉に入れるっ!喜び勇んで準備した。
もちろん、女湯に入った。
浴場の前で土方さんが
「誰も入る奴はいないと思うが、念のため」
と言って、見張っていてくれた。
温泉から出ると、なぜか源さんもいた。
「あれ、源さんまで、どうしたのですか?」
「一人で女湯の前に立っていたら怪しいだろう。だから、呼んできた」
「土方さんなら、大丈夫ですよ~。普通でも充分ですから」
「何が充分だっ! ばかやろう」
そのやりとりを見て、源さんは笑っていた。
「歳と蒼良のやりとりは、相変わらず面白い」
「蒼良、源さんには本当のことを話してある」
本当のこと?
「お前が女だということだ。これから先、なにがあるかわらかねぇ。俺に何かあったときは、源さんを頼れ」
「大丈夫です。土方さんに何かあるってことはそうそうないですよ」
土方さんは、蝦夷まで行く。
それを知っているからそう言ったけど、土方さんは
「冗談で言っているんじゃないぞ」
と、私の冗談ととったようだ。
私のことを、色々と考えてくれているんだなぁ。
何やかんや言いつつも、温泉に入れてくれたし。
「土方さん、色々ありがとうございます」
「蒼良、突然なんだっ!」
「歳、照れることないだろう」
源さんが、ツンツンと土方さんを突っついていた。
「て、照れてないわいっ! いつまでもここに立ってちゃ、湯冷めしちまうだろっ! 行くぞっ!」
という訳で、夜遅くに再び寝たのだった。
今度は心も体も暖かだった。