富沢さん登場
四条大橋に高札がたてられた。
高札とは、みんなに知らせたいことがあるときは、人通りの多いところに看板のようなものを立てるもののこと。
大体が幕府からの連絡事項などが書いてあったりする。
しかし今回の高札は違った。
「ずいぶん無礼なことを書いてある」
斎藤さんが呟いた。
今回の文字は、ミミズのような文字じゃないので、私にも読むことができた。
「会津藩と、幕新徴士と自称する根元は無頼の者どもという人たちを非難した高札ですね」
それにしても、ずいぶんとひどいことをしている人たちだな。
金持ちのお宅に行って、脅してお金を借りたり、夜中に人を切ったり、挙句の果てには、遊郭などで暴れたり。
会津藩と、その関係者にそんなことする人たちがいるなんて。
「おい、誰を非難しているのか、知らんのか?」
斎藤さんが、信じられないという顔をして聞いて来た。
「わかりますよ。会津藩の家臣と、幕新徴士と自称する根元は無頼の者どもでしょう。書いてあるじゃないですか」
「その、幕新徴士と自称する根元は無頼の者どもは、誰のことを言っているか、わからんのか?」
それは……誰?
「会津藩の関係者じゃないのですか?」
そういう乱暴なことをする人たちがいるように見えないのだけど。
「ある意味、会津藩の関係者だな」
やっぱり関係者だったのか。
「どういう関係の人たちなのですか?」
「本当にわからんのか?」
「斎藤さんは知っているのですか?」
「新選組だ」
そうか、新選組か。って、私たちの隊じゃないかっ!
「驚いた顔しているが、本当にわからなかったのか?」
「幕新徴士と自称する根元は無頼の者どもなんて、遠回しな書き方をせずに、新選組って書けばいいじゃないですか」
「新選組って名前がわからなかったのだろう」
まだそんなに有名になってないからなぁ。
「ずいぶんと失礼なことを書いてありますね」
私の言葉を聞いて、斎藤さんが笑い出した。
「な、なんで笑うのですか」
「内容を知ってから怒るとは、お前らしいな」
内容を知らないと、怒れないでしょう。
「抜くぞ。手伝え」
斎藤さんに言われ、地面に刺さっていた高札を抜いて屯所に持って帰った。
次の日、高札は屯所で燃やされた。
巡察とかして一応京の治安を守っているつもりだけど、なんでこんなことを書かれないといけないんだろう。
高札の燃えている炎をぼんやりと見ながら落ち込んでいた。
「こんにちわ」
門の方から声がした。
ほとんど高札は燃え尽きていたので、火を消してから門の方へ行った。
「こんにちわ」
門の近くに行くと、また声が聞こえた。
「はい、なんの……」
用ですか?と聞こうとして、驚いて言葉が止まってしまった。
「蒼良じゃないか。元気だったか?」
「富沢さんじゃないですかっ!」
京に来るということは土方さんに聞いていたけど、いつ到着するのかわからなかった。
富沢さんとは、私がタイムスリップしてきたばかりの時、土方さんについて薬を売り歩いているときにとてもお世話になった人だ。
「京にはいつ着いたのですか?」
「昨日着いた。早くここに来たかったが、夜も遅かったから、今日顔出しに来た」
「とにかく上がってください。土方さんたちを呼んできますね」
「昨日着いていたなら、昨日来ればよかったじゃないか」
富沢さんを中に入れると、土方さん以外に沖田さんと源さんが顔を出した。
「早く会いたいのはわかるが、京は治安が悪いからな。夜は危なくて出歩けないだろう」
源さんがそういった。
「江戸と京って、どちらが治安が悪いのですか?」
小さい声で沖田さんに聞いてみた。
「どっちも似たようなもんじゃないの」
そうなのか?この時代に来て、江戸より京にいる時間の方が長いからよくわからない。
「せっかくだから、京を見て歩くといいよ。俺も付き合いたいが、仕事があって無理そうだ。源さんと総司と蒼良が暇だろう。案内してやれ」
この日を迎えるにあたり、前もって梅の名所である北野天満宮を下見した。
「頼んだぞ」
土方さんが私に視線を送ってきた。
まかせてください。
「富沢さん、恵方参りはしてきたのかい?」
屯所を出てすぐに源さんが富沢さんに聞いてきた。
1ケ月前に出てきたのなら、初もうでしたのかしないのか、微妙なところだな。
「それが、正月早々に出てきたから、まだなんだ」
「それなら、恵方参りに行こう。今年は、八坂神社がいい方角なんだ」
そう、それでお正月にみんなでお参りに行ったのだ。
「行ってみよう」
ということになり、八坂神社に行くことになった。
って、北野天満宮はどこに行ってしまったのだろう。下見までしたのに。
「今は梅が満開なのだな」
富沢さんが、八坂神社の庭を歩きながら言った。
現代で言うと、円山公園にあたる。
そう、梅が満開なのだ。
「蒼良は、行きたいところがあったんじゃないの?」
沖田さんが私に言ってきた。
「そうなのか、蒼良」
源さんが、悪いことをしたという顔をした。
「実は、土方さんに頼まれていて、北野天満宮に連れていくようにって言われていたのです」
「もしかして、梅の名所か?」
富沢さんが聞いて来た。
「はい、京で梅の名所と言えば、北野天満宮だそうで」
「歳らしいな」
富沢さんが豪快に笑いながら言った。
「歳のことだから、下見までしたのだろう」
なんで知っているんだろう?
「蒼良、そうなのか?」
源さんが心配そうな顔で聞いて来た。
「はい……。でも、下見は私も楽しんだから、気にしなくても大丈夫ですよ」
「そうだよ。土方さんの言うことばかり聞いてられないですよ。ね、富沢さん」
沖田さんが富沢さんに言った。
「北野天満宮というところは、今度案内してもらうよ」
「ところで、富沢さん。いつまで京にいられるんだい?」
源さんが聞いた。
「数か月ぐらい滞在するつもりだ」
来るまでに一か月ぐらいかかっているので、滞在もだいたいそれぐらいいるのがこの時代では普通なのかもしれない。
「それなら、ゆっくりできるね」
沖田さんが喜びながら言った。
それから源さんに案内されて、祇園の料亭に入った。
その料亭の料理がとてもおいしかった。
「源さん、意外といいお店知っているのですね」
私が言うと、源さんは、
「巡察の時に見つけたんだ」
と言った。えっ、巡察しながら見つけたのか?
「こういういい店を探しながらじゃないと、巡察もつまらないよ」
沖田さんが、口をもぐもぐと動かしながら言った。
「それにしても、お前たちも立派になったな。特に蒼良」
富沢さんに、突然名前を出されたのでびっくりした。
「お前に初めて会ったときは、なんか女っぽくて大丈夫か?と心配したが、りりしくなったじゃないか。それが一番うれしいぞ」
富沢さんは、私の頭をなでながら言った。
私は、女なのに、りりしくなってとても複雑なのですが。
「新選組の仕事は大変なのか?」
富沢さんが私たちに聞いて来た。
「今は、家茂公が京に滞在しているから、攘夷を訴える浪士たちが増えて忙しいな」
源さんが言った。
「攘夷、攘夷って、騒ぐわりには、暴れるだけで何もしないのですよ」
「そういうやつらに限って、弱いし」
私が言った後に、沖田さんが言った。
いや、沖田さんの手にかかったら、みんな弱いから。
「そうか、忙しいことはいいことだ」
富沢さんがそういった。
料亭を出た時、
「せっかく歳がすすめてくれたんだ。北野天満宮に行ってみようか」
と、富沢さんが言った。
「しかし、ここから遠い。町をはさんで向こう側だ」
源さんが、北野天満宮の方向を指さして言った。
「そうか。日暮れまでまだ時間もあると思ったんだが、そうか、遠いか」
「蒼良、ここらへんでいいところないの?」
沖田さんに言われた。
そういわれても、私の知識は修学旅行で来た程度なんだけど。
それでも、京に着て巡察をして積み重ねた知識も組み合わせて考えた。
「銀閣寺は?」
銀閣寺ならここから近い。
修学旅行で行ったことあるし、ガイドもできそうだ。
「銀閣寺?」
3人で声をそろえて聞き返されてしまった。
なんだ、3人とも知らないのか?
「蒼良、慈照寺と言ってもらわないと、わからないだろう」
沖田さんがそう言った。
銀閣寺の別名を、慈照寺という。いや、逆だ。慈照寺の中に銀閣と呼ばれる建物があるから、銀閣寺というのだ。
「足利幕府の8代目将軍、義政が作りました。3代目将軍の義満が作った金閣寺……鹿苑寺が寝殿つくりなのに対し、こちらは書院つくりと呼ばれる作りになっています」
「本当に、そういうことはよく知っているな」
源さんが感心したように言った。
「京に来たことがあるのか?」
富沢さんに聞かれた。
「はい、し……お師匠様と昔来たことがあります」
修学旅行と言いそうになってしまった。
「ああ、天野先生か。お元気にしておられるか?」
富沢さんも、お師匠様を知っているのか?どれだけ顔を広げているんだ?
「元気すぎて、どこかに遊んで歩いています」
なんせ、お師匠様は江戸時代ライフを満喫中だ。
今ごろどこを旅しているのやら。
「蒼良は、最近のことをあまりよく知らないけど、この建物はどうだとか、どうでもいいことをよく知っているよね。なんで?」
沖田さんに聞かれた。
「その、どうでもいいことを学校で習ったのですよ」
「えっ、学校?」
3人で声をそろえて聞き返されてしまった。
「て……寺小屋ですよ、寺小屋」
「面白い寺小屋だな」
富沢さんがそう言った。何とかごまかせたぞ。
「そういえば高札の時も、斎藤が笑っていたぞ」
源さんがそう言った。何を笑っていたんだっ?
「ああ、それ僕も聞いた。幕新徴士と自称する根元は無頼の者どもって書いてあったのを見て、どこの誰だ? って言った話でしょう?」
「そうそう、それ」
源さん、沖田さんに同調しなくてもいいから。って、隊内で話が広まっているのね。
「そんなことがあったのか」
富沢さんが言った。
そうだ。昨日来たばかりの富沢さんは知らない。
「高札を立てられてしまって、今日焼いて処分をしていたのです」
「そうだったのか。蒼良、落ち込んでいるのか?」
「はい。一生懸命、京の治安を守るために働いて来たのに、京の治安を守るどころか乱しているみたいなことを書かれたので。悔しいじゃないですか」
「蒼良、それは俺たちも同じ気持ちだ」
源さんが、私の肩に手を置いた。
「夜中にこそこそと高札たてるなんて、文句があれば堂々と屯所に来ればいいのに。こそこそとやられたんじゃ、何もできやしない」
沖田さん、何をやるつもりだったんだ?
「お前たちが江戸をたって1年がたつな」
富沢さんがそう言った。
そうだ、もう1年が過ぎた。この前土方さんともそういう話をしていた。
「1年で認められようなんて、そんな甘い世界じゃない。それに、京は古い街だと聞いた。古いものほど、新しいものは受け入れにくいものだ。まだまだ時間がかかるだろう」
富沢さんの言う通り、有名になるまでまだ時間がかかる。
「でもな、いつかお前たちのやっていることが認められる時が来る。だから、その時までこの悔しい思いを忘れるんじゃないぞ」
「はいっ!」
3人で声をそろえて返事をしてしまった。
富沢さんを宿まで送った後、屯所に帰った。
「いつか、認められる日が来るものなのかな」
沖田さんが、帰り道でそうつぶやいた。
「来ますよ。大きな仕事が舞い込んでくる日が絶対に来ますよ」
「蒼良は、知っているような言い方だね」
沖田さんの言葉にドキッとしてしまった。
ばれたか?
「し、知っているように聞こえたのでしょう」
そう言って、何とかごまかした。
「俺は、有名にならなくてもいいから、人を斬らなくてもいい時が来るといいな」
「源さん、そんなこと言っていると、僕たちの仕事がなくなるでしょう」
「でもよ、俺は人を斬るのがどうも苦手でさ」
そんなもの得意な人なんているわけない。
「人を斬らなくてもいい世の中も、きっと来ますよ」
「蒼良、人斬らなくて、新選組が有名になる世の中ってどんな世の中なの?」
百数十年後の未来。そう言いそうになってしまった。
「どんなって、そんなこと私が知るわけないでしょう。それを作るのですよ」
「おおっ、蒼良、大きく出たな。よし、俺もその時まで長生きするぞ。頼んだぞ、蒼良」
源さん、私に頼まれても、どうしろというのだ?
そんな話をしているうちに、高札の悔しさはどこかに飛んでいった。




