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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
文久4年1月
88/506

梅見と雪見

「富沢 政恕まさひろさん、知っているだろ?」

 土方さんが突然言ってきた。

 知っているも何も、実は、私がこの時代にタイムスリップして、土方さんのところでお世話になっていた時に何回か会ってお世話になった方だ。

 今では、新選組の数あるスポンサーの一人として大変お世話になっている。

「とってもお世話になった方じゃないですか。忘れませんよ」

「お前なら忘れているだろうと思ったが、大丈夫だったな」

 そりゃどういう意味だっ!

「富沢さんがどうかしたのですか?」

「京に来るらしい」

 土方さんが普通に言うから、聞き流しそうになってしまった。

 この時代、江戸から京に来るには1か月近くかかる。

 現代のように、日帰りで京都に行ける時代ではないのだ。

 だから、京に行くということは、普通ではないということなのだ。

「何か、用事があるのですか?」

「さぁな。とにかく京に来るらしいぞ」

「いつ着くのですか?」

「そんなことわかるわけねぇだろう。江戸を出て1ケ月近くたったから、そろそろ着くんじゃないのか?」

 質問した私がばかだった。

 現代のように、通信機器が発達していないので、いつ出ていつ着くかなんて誰もわからないのだ。

「それで、お前に頼みがあるのだが」

「何ですか?」

「お前、京に詳しいらしいな。今は梅が見ごろだろう。京で梅が見れるところはないか?」

 梅って……

「土方さん、今は1月ですよ。梅は2月にならないと見れないと思うのですが」

「何言ってんだ。梅は1月が見ごろだろう」

 そうなのか?よく考えてみたら、江戸時代の1月は旧暦なので、現代で言うと2月になるのだ。

 だから、江戸時代では1月が見ごろだけど、現代では2月が見ごろということになる。

 どっちも正解なのだ。しかし、土方さんはもちろんそのことを知らない。

「お前、とうとう季節感も無くしたか?」

「季節感もって、まるで私が少しずつ何かをなくしているような言い方じゃないですか」

「……悪かった。無くしたんじゃなく、もともと無かったんだな」

 そうなんですよ、もともと無かったんですよ。あはは……

 って、そんなことあるわけないだろうっ!

「冗談だ。そんなムッとした顔をするな」

 ポンポンと叩かれるように頭をなでられた。


 京に詳しいだろう?と言われたけど、私の京に対する知識は、修学旅行で行ったぐらいの知識しかない。

 だから、梅の名所なんて全然わからない。

 困った時のお師匠様なんだけど、お師匠様はどこをほっつき歩いているのか、江戸時代ライフをすごく満喫しているみたいで、捕まえることができない。

 どうすれば?と考えていたら、島原に行くと張り切っている永倉さんにあった。

 牡丹ちゃんなら、わかるんじゃないか?

 というわけで、永倉さんと一緒に島原に行くことになった。

「梅の名所ねぇ」

 揚屋に来た牡丹ちゃんにお久しぶりという間もなく、梅の名所はどこがお薦め?と聞いてしまった。

「それなら、北野の天神さまやね」

「北野の天神さま?」

「北野天満宮や」

 天満宮ということは、菅原 道真をまつってあって、受験生に人気がある神社ということか。この時代に受験生はいないと思うけど。

 場所は、巡察をしているので、だいたいわかる。

「わかった、行ってみるね。ありがとう」

「誰と行くん?」

 牡丹ちゃんの隣にいた楓ちゃんに質問された。

「土方さんとだけど……」

 私がそういうと、楓ちゃんはにこっと笑った。

蒼良そらはんの恋は道ならん恋やけど、うまくいっとるみたいやね。良かったわ」

 もしかして、まだ誤解されたままだったのか?


「確かに梅の名所だな」

 土方さんを北野天満宮に連れてきた。

「菅原 道真公をまつってあります。当時もっとも権力のあった藤原氏の陰謀で大宰府に流され、その後、死んでしまいます。死んだ後、道真公を左遷に追いやった人々が急死し、清涼殿に雷も落ちたことが道真公の祟りだとおびえた人々が、それを鎮めるために建てたものです」

「お前、そういうことは本当によく知っているな」

 牡丹ちゃんから教わってすぐに調べたのだ。

 そして、道真公と言えば学校で教わったあの和歌だろう。

「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな」

「なんだ、それは。和歌か?」

「道真公と言えば、この和歌ですよ。大宰府に流される時に作ったとか。春の東の風が吹くようになったら、その香りを届けてほしい。私がいなくても、春を忘れないでほしい。という意味だと思います。誰かさんの俳句とはえらい違いですよね」

「一言余計だ。お前、俳句を見たのか?」

 この前のお正月の時に……と言おうとしたけど、本人も忘れていることだし、内緒にしておこうと思った。

「見ていませんよ」

「なら、うまいとか下手とか、わからんだろうが」

 そういうことにしておこう。

「そうそう、飛梅伝説なるものがあるのですよ」

 話をそらせるために話題を変えた。

「飛梅伝説?」

「道真公の家の庭にあった梅の木が、大宰府まで飛んで行ったという伝説ですよ」

「なんでそんなことが?」

 そんなことあるわけないだろうっ!って言われるかなと思ったいたけど、意外な反応だった。

「主人である道真が恋しくて、後を追って大宰府まで飛んでいったらしいですよ」

「なるほどな。道真公と言えば梅なのだな」

「道真公のこと、知っているのですか?」

「お前、人を馬鹿にしてるのか? 天神さまと言えば、道真公だろうがっ!」

 知っていたか。

「受験生の神様なのですよ」

「受験生?」

 やっぱり、この時代にはなかった。

「学問の神様ということです」

「農耕の神だろう」

「学問の神様ではないのですか?」

「俺は、農耕の神だと聞いたぞ」

 あとで調べてみると、天満宮というものは、天神、いわゆる雷をつかさどっていて、雷は雨とともに来るもので、雨は農耕には欠かせないものということで、農耕の神様としてもまつられていたらしい。

 だから、これも両方正解なのだ。

「せっかくここまで来たのだから、嵐山の方まで行ってみないか?」

 北野天満宮の梅を満喫した後、土方さんが突然言い出した。

「でも、嵐山まで遠いですよ。今日中に帰れないと思うのですが」

 同じ京の中にあるけど、電車とかバスとかがあるわけなく、当然移動手段は徒歩だ。

 今は昼過ぎぐらいだから、歩きだと日が暮れてしまう。

 冬で日が暮れるのが早いから、着いたら真っ暗だったということになってしまう。

「お前、明日非番だろ?」

「はい」

「なら、一泊すればいいだろう」

 なるほど、一泊すれば……

「ええっ! お泊りですか?」

「何驚いてんだ?」

 驚くでしょうっ!男女が宿に一泊って。それってすごいことでしょうっ!

「部屋は、別ですか?」

「別だと金が高くなるだろう」

 ど、同室だよっ!どうする?

「いつも一緒に寝てんだろうが。今さら別にしてどうすんだ?」

 そうだった。江戸時代に来てから、いつも枕を並べて寝ていたのだった。

 色気もへったくれもないや。

「何がっかりしてんだ? 嫌か?」

「いや、色気がないなぁって、思っていただけです」

「お前に色気なんてものがあるわけねぇだろう」

 そうでした。


「うわっ、雪が積もっていますよ」

 嵐山についたときは、予想通り日が暮れていた。

 宿につき、いつもより少し豪華な料理を食べ、ぐっすりと寝た次の日。

 雨戸を開けると、一面の雪があった。

「土方さんが珍しいことを言うから、雪が積もってしまいましたよ」

「うるせぇなっ! そんなことあるわけねぇだろうが」

「でも、珍しく泊まるなんて言うから」

「ずいぶんと積もっているな」

 土方さんも、私の横で雪を見た。

「今日は帰れねぇな。もう一泊するか」

 まだチラチラと雪が降っているので、積雪がもう少しだけ増えそうだ。

「大丈夫ですか? そんなにゆっくりして」

「大丈夫だろう。お前と俺がいなくなったぐらいでなくなるもんじゃないだろう」

 それはそうだ。

「そうと決まったら、散策しに行きましょう!」

「なに張り切ってんだ?」

「雪が積もっていると、いつもと違う景色が見れるものですよ。せっかく嵐山に来たのだから、行ってみましょう」

 というわけで、嵐山散策に出かけることになった。


 この前、紅葉を見に来たのだけど、時期が早すぎて残念ながら紅葉が見れなかった天龍寺に行った。

 雪の中の庭園を歩いた。

 雪がチラチラと舞っていた。

 私たち以外はほとんど誰もいなかった。

「紅葉がいいと聞いて来たことがあるが、雪もなかなかいいな」

「いい俳句が浮かびそうですか?」

「お前は、すぐ人の俳句の話になるな。俺の俳句は俺が何とかするから、ほっといてくれ」

 はい、わかりました。でも、気になるんだよなぁ。

「今度は春に来てみてぇな」

「春も、桜がきれいでまたいいところになっていると思いますよ」

「こういうところは、季節を通していいところなんだ」

 そうなんだ。

「ところで、なんで急に嵐山何ですか?」

 嵐山に来てからずうっと疑問に持っていたことを口にした。

「江戸を出てからもうすぐ1年たつだろう」

 そういわれてみると、そうかもしれない。というか、そうじゃないか。

 私が江戸時代に来てからもう1年がたつ。早いものだ。

「お前と会ったときは、本当に世間知らずで大丈夫か心配だったが、ま、それなりに何とかなるものだな」

 それは悪うございました。

「毎日、必死でしたよ。駆け回っていたような気がしますよ」

「お前なんか女なのに他の隊士以上に頑張っている。最近そう感じてな」

「なんか、そういうこと言うの、土方さんらしくないですね」

「うるせぇっ! 真面目に話してんだから、真面目に聞け」

 はい。

「これは、お前に休日を与えてやろうと思ってな。俺からの褒美だ」

「えっ?」

「一度しか言わんっ! どうせ雪で帰れねぇから、ゆっくりしていくぞ」

 土方さん、ずうっと見ててくれたんだなぁ。と思ったら、じんわりと胸に来るものがあった。

「お前っ! 何涙流してんだ?」

 えっ?私、泣いてた?全然気が付かなかった。

「土方さんが、変なこと言うから、感動して泣いちゃいましたよ。本当に、らしくないことをするから、雪が降るのですよ」

「悪かったな」

 土方さんが、私をぬかして先に歩いていった。

 私は、土方さんの背中に

「ありがとうございます」

 と、礼を言った。

「おう」

 土方さんは、私に背中を向けたままそう言った。


 それから、嵐山が見渡せる高台のようなところに行った。

 嵐山の町中が真っ白だった。

「すごいっ! 真っ白ですね」

「雪が積もっているからな。こういう景色も、普段と違ってなかなかいいな」

 しばらく、無言で景色を見ていた。

 少し飽きてきて、ふと見上げると、土方さんの上に雪がかぶさっている木があった。

 この前の雪の時、沖田さんにやられたことをやってやろう。

 私は雪玉を作って、土方さんの頭上の木に向かって投げた。

「お前、どこに雪を投げてんだ?」

 そう私に聞いて来た時、ばさぁっ!と音がして、木の上の雪が土方さんに落ちてきた。

「屯所で沖田さんにやられてから、いつかやってみたいと思っていたのですよ」

「お前っ! それは総司に向かってやれ。俺は全く関係ねぇだろうがっ!」

 げんこつを落とされそうになったので、慌てて走って逃げた。

「おいっ! 走るとすべるぞ」

 私を捕まえるためにそう言っているのに違いない。

 そう思って、無視して走っていたら、本当にするっと滑った。

 しりもちをついて、はかまがぬれちゃうな。宿に帰ったら急いで乾かさないと、明日着るのがなくなる。

 そんなことを一瞬で考えていたけど、しりもちはつかなかった。

「あぶねぇぞって言っただろうが」

 しりもちはつかなかったけど、土方さんに後ろから抱き止められていた。

 土方さんの匂いを感じて、急にドキドキとしてしまった。

「立てるか?」

 耳元でそう言われ、よけにドキドキしてしまう。静まれっ!私の心臓。

「おい、大丈夫か?」

 ボーとしていたみたいで、少し大きな声で言われてしまった。

「だ、大丈夫です」

「顔が赤いぞ。熱が出たか?」

 えっ、赤い?なんで土方さん相手に赤くなっているのだろう。

「そろそろ寒くなってきたし、宿に帰るか。おい、そろそろ立てるだろう?」

 そうだ、抱き止められていたんだ。

「は、はい、立てます」

 私は、ギクシャクと自分の足を地につけて立ち上がった。

「あ、ありがとうございます」

 そして、ギクシャクとお礼を言った。

「本当に大丈夫か? 熱でもあるんじゃないのか?」

 おでこに手を当てられた。

「ちょっと熱いぞ」

 それは、あなたが触っているからです。

 ああ、なんで土方さん相手にこんなになっているのだろう。

「だ、大丈夫ですよ。ちょっと走ったから、あったまったのですよ」

「そうか? そんなに走ってるようには見えなかったがな」

 えっ、そうなのか?

「とにかく、雪も降ってきたことだし、宿に帰りましょう」

 本当に、雪がチラチラからボソボソと降り出したので、そういった。

「そうだな。宿に行くか」

 結局、この雪は夜まで降り、積雪をさらに増やしたのだった。

 そしてもう1泊増え、3泊ぐらいしてしまった。


「歳っ! どこに行っていたんだ? 歳がいない間、色々と大変だったんだぞ」

 屯所に帰ると、待っていたのは近藤さんだった。

「土方さん、俺がいなくてもなんてことないみたいなこといってましたが、やっぱりいないと大変みたいですよ」

「そうみたいだな。もうちょっと組織を整えねぇとだめだな」

 土方さんがため息交じりに言った。

 土方さんには、しばらくお休みはなさそうだ。

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