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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
文久4年1月
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いかのぼり

 京で巡察中、空を見上げるとたこが上がっていた。

「凧が上がっている。面白そうだな」

 一緒にいた沖田さんが呟いた。

「沖田さんは、あれをしたことがあるのですか?」

「あるに決まっているじゃん。もしかして、蒼良そらはないとか?」

「電線がいっぱいあって、あんなふうにあげれませんよ」

「えっ、電線?」

 江戸時代には、まだなかった。

 空が綺麗だなぁと思うときがあるけど、空気がいいせいだけじゃない。電線がないのだ。

「蒼良、電線ってなに?」

 まだその質問に答えてなかった。

「聞かなかったことに」

「いや、聞いたから、教えてよ」

 この時代にないから、教えようにも教えられないよ。

「あのですね、電気が通っている黒い線ですよ。空に黒い線がまっすぐに何本もあるのですよ」

「それって、なに?」

 やっぱりわからないじゃないか。

「とにかくですね、空を見上げると、黒い線があるのです。それが電線です」

「ここにはないけど」

「ここにはないですよ」

「どこにあるの?」

「み……私が昔住んでいたところですよ」

 危うく未来というところだった。

「蒼良は変わったところに住んでいたのだね」

「よく言われます」

 あまり言われないけど。

「あっ」

 沖田さんが凧を指さして声を上げた。

「どうしたのですか?」

「あれは、凧じゃなくて、いかだ」

 何をくだらないことを言っているんだ?そう思いながら見てみると、上がっているのは凧ではなく、いかだった。

 いや、正確には凧なのだ。でも、凧の下に紙が10本ぐらいついていて、まるでいかが上がっているように見える。

 沖田さんは、疑問に思ったみたいで、凧揚げしている子供たちに近づいていった。

「なんで、凧なのに、いかが上がっているんだい?」

 なんか、質問がおかしいような感じがするのだけど……

「たこ?」

 子供たちは、不思議そうな顔をしていた。

「この、今空に上がっているの、凧だよね?」

 私が空を指さしながら言うと、

「あれは、凧ちゃう、いかや」

 と、子供たちは普通の顔で言った。

 凧上げならぬ、いかあげか?


「あはは。そういうことだったんだ」

 沖田さんは、凧を作りながら近所の子供たちと笑っていた。

 話を聞いてみると、どうも京などの関西では凧のことをいかと言っていたらしい。

 なら、関東では凧と呼ぶことにしようと思ったのかどうかは知らないけど、江戸ではやっぱり凧と呼ぶらしい。

 両方とも、凧の下に細長い紙を数枚垂らすのだけど、それが風になびくと、たこやいかの足のように見えるから、そういう呼び名になったらしい。

 ちなみに、関西の方では凧上げをいかのぼりという。

「沖田さん、手が器用ですね」

 沖田さんは、慣れた手つきで竹ひごを作って糸で結んでいく。

「昔よく作ったからだよ。蒼良は……作ったことなさそうだね」

「はい、作ったことないです」

 できた凧が白いものだった。

「何か絵は描かないのですか?」

 真っ白だと、寂しいと思うのは、私だけか?

「蒼良兄ちゃん、絵がうまいんでしょ? 何か描いてよ」

 子供たちに言われたので、一つできると、その凧の持ち主になるこの絵を描いた。

 子供たちはとっても喜んだ。

「最後は僕のね」

 沖田さんが白い凧を出してきた。

「沖田さんの絵を描きますか?」

「それじゃ、つまらないな」

「じゃあ、新選組の旗みたいに、誠って、大きく書きますか?」

「それもつまらない」

 ならどうしろと?

「誰か、隊士の絵を描いてよ。巡察に出て、壬生の方を見てみたら、自分の顔が上がっているって、なんか楽しそうじゃない?」

「それなら、沖田さんの絵にしておきましょうか?」

「この年で自分の顔の絵の凧を上げるのもなぁ」

 誰の顔を書いても、同じだと思うのだけど。

 とりあえず、土方さんでも書いておくか。

 最近、家茂公が京に入って忙しそうだから、空を見るゆとりもないだろう。

「土方さんか、面白そうだね。それなら、蒼良は近藤さんの絵を描いて凧あげてよ」

「なんでまた近藤さんなのですか?」

「副長が上がって、局長が上がらないのって、どっちがえらいかわからなくなるじゃん」

 凧にしなくても、どちらがえらいか充分わかると思うのですが。

 結局、近藤さんと土方さんの凧が上がることになった。


 凧上げをしに、いざ。という感じで、外に出たのだけど……

「蒼良兄ちゃんの凧、全然上がらへんよ」

 子供たちの言う通り、みんなは余裕で凧を上げて楽しんでいるけど、私の凧は上がらないのだ。

「みんな、どうやってあげているの?」

「普通にあげとるんや」

 その、普通がわからない。

「あ、蒼良は、凧上げたことがなかったんだっけ? それなら、僕の凧あげててよ」

 沖田さんから上がっている凧の糸をもらった。

「落とさないようにね」

「落としたら、ごめんなさい」

「落としたら、後でたっぷり稽古をしてあげるよ」

 それって、ものすごく怖いような感じがするのは、気のせいか?

 私が持っていた凧を沖田さんが持つと、さっきと同じ凧なのか?と思うぐらい軽々と上がった。

「違う凧みたいですね」

「蒼良、そんなこと言っている場合じゃないよ。凧が落ちそうだよ」

 ひいいっ!落ちたら怖いわ。

「風を読んで、糸を調節するんや」

 子供たちが教えてくれた。

 なるほど。風で上げるからね。

 私が上げている凧は、何とか落ちないでいてくれた。良かった。

「おい、俺が空を飛んでいるように見えるが、気のせいか?」

 後ろから、土方さんの声がしたのは気のせいか?

「おお、俺も空に上がっているぞ。気持ちよさそうだな」

 振り向くと、満足そうに空を見上げている近藤さんと、不機嫌な顔で見上げている土方さんがいた。

「なんで凧に俺の絵が描いてあるんだ? あの絵はお前だな」

 ひいいっ!ばれてるし。忙しそうだから空見上げないだろうと思ったら、思いっきり見上げているし。

「忙しいんじゃなかったのですか?」

「忙しいに決まってるだろう? その忙しい時に京の空に自分の顔が浮かんでいたら、どんなに忙しくても、様子を見に行くだろうが」

 おっしゃる通りです。

「歳、そんなに怒らなくてもいいじゃないか。悪いことに使っているわけじゃないし。それに、空飛んでいるんだぞ。縁起がよさそうじゃないか」

 近藤さんは心が広い。

「縁起がいい、悪いの問題じゃない。自分の顔が空に上がって嫌な奴だっているんだ」

「土方さんはいい顔しているからいいじゃないですか」

 私が言うと、

「そうか?」

 と、土方さんはちょっとだけ嬉しそうな顔をした。

「ここに、こんなにかっこいい人がいますよ~って、宣伝になりますよ」

「お前も、たまにはうまいこと言うな」

「あ、なるほど」

 沖田さんが、何かを思いついたらしい。

「人探しの時は、蒼良に絵を描いてもらって、それを凧にしてあげたら、すぐに見つかりますよ。こういう人間を探していますみたいに」

「あはは、人相書きか。面白そうだな」

 近藤さんは楽しそうに笑っていたけど、

「おい、総司っ!それじゃぁ、今上がっている凧は、人相書きになるのか?」

「悪いことすれば、すぐに捕まりますよ」

 沖田さんも、そこでやめておけばいいのに、楽しそうに言った。

「総司、まるで俺や近藤さんが悪いことをして、人相書きとして凧にしてあげてこいつらを捕まえろって言っているように聞こえるが」

「土方さん、嫌だなぁ。僕はそこまで言ってないでしょう」

 確かに。でも、心の叫びでそう聞こえるような気がするのだけど。

「おい、今すぐ下ろせっ!」

「嫌ですよ。ほら、もうこんなに高く上がったんだから、もうちょっと楽しまないと」

「いいから下ろせ」

「い、や、で、す」

 土方さんの言葉に負けない沖田さんって、ある意味すごい。

「歳も許してやれ。子供の遊びなんだから」

 近藤さんは苦笑いしながら言った。

 それにしても、凧上げって、意外と面白い。

 下から凧を見ると、もう消えそうなぐらい高く上がっているのがわかる。

 測る機械があれば、何メートルの高さにあるか調べてみたい。

「蒼良は、凧上げ初めてか?」

 近藤さんが聞いてきた。

「はい、初めてです」

「そうか、そうじゃないかと思っていた。手つきが何となくな。ちょっと貸してみろ」

 近藤さんは、他の人と違ってなんで?とか聞いてこなかった。聞かれた場合の理由をいろいろ考えていたので、ちょっと気が抜けたけど、安心した。

 もしかしたら、これがみんなから好かれている理由なのかもしれない。

「いいか、凧上げというのはな、風を読みながら、糸を調節するんだ」

「子供たちからも教わったのですが、なかなかできなくて」

「最初からできる人間なんていないさ。やっているうちにわかってくるものだ」

 こうやってだなと、つぶやきながら近藤さんは上手に凧を上げていく。

「近藤さん、そんなに上げると、糸が切れて飛んでいくぞ。ちょっと貸してくれ」

 今度は土方さんが糸を手に取った。

 土方さんも、楽しそうに凧を上げている。

「ほら、どんなもんだい」

「歳は、凧上げも自己流だな」

「凧上げに流派なんてあるものか。楽しけりゃいいんだよ」

「それが一番だな」

 みんな、なんやかんや言いつつも、童心に戻って遊んでいた。


「で、いかのぼりというらしいですよ」

 夜になり、土方さんに、京では凧上げと言わないでいかのぼりというんだということを説明した。

「だから、空にいかが浮かんでいたのか」

 なんだ、ちゃんと空見てるんじゃん。

「そういえば、春の季語にもあったな、いかのぼりって」

 俳句の季語にもなっているのか。

「そういえば、俳句の制作は進んでいるのですか?」

「最近忙しくてな。って、なんでお前に聞かれないといけねぇんだ?」

「ちょっと気になったもので」

「人の趣味を気にするな」

「そうだっ! 今度土方さんが俳句を作って、その俳句を書いた凧を上げるのはどうですか?」

「ばかやろう」

 げんこつが落ちてきそうになったので、よけた。

 土方さんは、悔しそうだった。

「いい宣伝になると思いますよ」

「なんで宣伝しないとならんのだ」

「俳句を作って人に見せないのって、おかしいですよ」

「余計なお世話だ」

「自分の楽しみで作っているのですか?」

「文句あるか?」

 句集まで作っといて人に見せないってどうなの?

 今度こっそりと探って……いかん、いかん。それじゃあまるで沖田さんだ。

 正面から頼まないと。

「土方さんの俳句の凧を上げさせてくださいっ!」

「何頼んでんだっ! ばかやろう」

 今度はよける暇なくげんこつが落されたのだった。

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