阿芙蓉
家茂公が上洛するということで、正月早々大坂に待機することになって数日がたった。
まだ沖に船が見えない。そろそろ着くはずだと思うのだけど……とみんな言っているけど、いつ着くのか正確な日付はわからない。
この時代だから仕方ない。
現代なら、直接電話かメールでもして、着いたら連絡ちょうだいって言えるのになぁ。
でも、家茂公は徳川の将軍様なので、そんな人に電話やメールもできないか。
というわけで、本日も暇な一日になりそうだ。
大坂の町は、お正月が来て、家茂公も来る事で、いつもとは違う賑わいを見せていた。
家茂公が来るということは、攘夷するぞ!と暴れる浪人も増えるということだ。
そんなときにこの事件が起きた。
「おいっ! 新選組はいるかっ!」
大坂の船宿で、新選組が大坂に来ると利用している旅館、京屋の玄関から、えらそうな声が聞こえた。
あまりにえらそうだから無視してやるか。
「いるのはわかってんだっ! 出て来いっ!」
なんだ、わかっているなら、聞かなきゃいいのに。
誰か他の人が出るだろうと思っていたら、誰も出る気配がなかった。
本当に誰もいないのか?
仕方なく、私が玄関に出る。
そこには、昨年あった顔がいた。
確か、内山 彦次郎とかいう奉行所の人だ。
力士乱闘事件の時、近藤さんと一緒に奉行所に報告に行ったら、ものすごい腹が立つことを言われたのだった。
そんな人が、何の用なんだ?
「いるなら、早く出て来いっ!」
相変わらず、腹が立つ態度だ。
「何か用ですか?」
私が聞くと、その奉行所の人は、顔色の悪い浪人風の男を突き出してきた。
「こいつ、お前らの隊の人間だと言っている」
こんな人いたか?
「こいつが町で暴れていたから、保護した。隊士の教育もしっかりしてもらわんとこまる」
余計なお世話だ。
「間違いなく送り届けたからな。今度お前らの隊の人間が暴れているところを見たら、ただじゃおかないから覚悟しておけ」
そんなこと知るかっ!と、心の中で叫んどく。
奉行所の人は、言いたいことだけ言うと、その顔色の悪い人を残して行ってしまった。
「あの……」
失礼ですが、本当にうちの隊にいましたか?そう聞こうとした。
だって、私は土方さんじゃないから、隊士全員を知っているわけじゃない。
しかも、京に来た時から比べると、隊士は着実に増えている。
一人一人の顔を覚えるほど、私は暇じゃない。
隊士と言われた人は、青白い顔で突然苦しみだした。
「だ、大丈夫ですか? どうしたのですか?」
「く……薬を……」
「薬?」
どこにあるのだ?
薬を探していると、その人は震える手で自分の懐から紙包みを出してきた。
その中には白い粉が入っていた。
「こ……これを……」
これを飲むのか?
「お水を持ってきましょうか?」
私がお水をもらいに行こうとすると、
「うわぁぁぁぁっ!」
と、震えながら叫びだした。
「く、来るなっ!来るなっ!」
そう叫んだと思ったら、刀を出してきた。
誰もいない方向へ一生懸命刀を振り回している。
この人、いったい、何なの?
「どうした?」
奥から斎藤さんが出てきた。
「あっ、いたのですか?」
「いたら悪いか?」
「いや、そういう意味じゃなくて、さっき、奉行所の人が来た時は誰も出なかったので」
「めんどくさくて、出たくなかったのだ」
めんどくさくてって……
「で、こいつはなんだ?」
そうだ。まずはこの人を何とかしないと。
「奉行所の人が、うちの隊の人だと言って連れてきたのですよ」
「こんな人間がいたのか?」
それは、私も聞きたいです。
私と斎藤さんの間に刀が入ってきた。
まだ暴れていたらしい。っていうか、この人いったい何なのさっ!
斎藤さんは、素早く自分の刀を出し、その人を切った。
「切って大丈夫なんですか?」
うちの隊の人だって言っていたけど。
「知らん」
斎藤さんは、刀をしまいながら奥に行ってしまった。
玄関には、自称隊士という変な人が切られて倒れている人間と、私しか残っていなかった。
これを一体どうしろっていうんだっ!
しばらくしたら、土方さんが戻ってきた。
玄関の惨状を見て驚いていた。
「なっ、何やってんだ? お前っ!」
今までのいきさつをすべて話した後に土方さんが言った一言は、
「こいつは、隊士じゃない」
だった。
隊士じゃなきゃ、いったい誰なのさっ!
「お前は、自分の隊にいる人間といない人間の区別がつかんのか?」
「隊も人数が増えたし、覚えている暇もないのでわかりませんよ」
「まるで、俺が暇人だって言われているような気もするが」
「いや、そんなつもりで言ってませんよ」
心で思っていましたが……。
「で、この人はいったい誰なんですか?」
「知らん」
えっ、知らん?
「隊士じゃないということはわかっているが、誰かまでは知らん」
それもそうか。
いくら土方さんだって、大坂にいる人間すべてを知っているわけではない。
土方さんは、薬売りをしていた経験のせいか、そばに落ちていた白い粉が気になったらしく、手に取って見ていた。
「これは、阿芙蓉だな」
「あふよう?」
「これで清が戦争になっただろう」
「アヘン戦争ですね」
「それは知っているのか?」
「はい。イギリスでは、ち……清産のお茶の輸入の増大で銀が流出することを防ぐために、インドからアヘンを清に密輸させ、銀を手に入れていました。しかし、清はアヘンの密輸を阻止するために誓約書を書かせるのですが、イギリスがそれに応じず、戦争になりました。結果はイギリスが勝ち、領土を取られたり、不平等条約を結ばれたりしたわけです」
それを見た日本は、清のようにならないように必死に努力の真っ最中なわけで。
「……お前、なんでそこまで知ってんだ? 俺もそこまでは知らんぞ」
「あ、歴史の授業で習ったので」
「はぁ?」
「あ、いえ、お、お師匠様に教わりました」
何かあった時のお師匠様だ。
「妙なところで俺より詳しいくせに、当たり前のことを知らん時があるが、もしかして、俺をからかってるのか?」
「と、とんでもないっ! 土方さんをからかうなんて、そんなことしませんよ」
「本当か?」
「それより、なんでここにアヘンがあるのですか?」
私は、慌てて話を逸らした。
「それは、俺にもわからん。わかることは、こいつは阿芙蓉を飲みすぎて中毒になっていたことぐらいだな」
中毒になるぐらい飲んでいたということか?
「これは、昨日今日の話じゃないぞ。このままほっておくと、日本も清国のようになっちまうかもしれん。早いうちに何とかしないとな」
「大丈夫ですよ。日本は清のようになりませんよ」
「何の根拠があってそう言えるんだ?」
「それは……」
と理由を言おうとして気が付いた。
私の話はここから未来の話で、当然土方さんたちは知らない話だ。
また色々と疑われるかもしれない。
「それは、なんだ?」
「か……勘ですっ! 私の勘っ!」
「一言言っていいか?」
「はい、何でしょう?」
「それが一番あてにならないことは、自分で言っていてわからんか?」
そ、そんなっ!失礼なっ!
なんでこの人が中毒になったのか知る必要があるということで、人相書きを書いて、聞き込みをすることになった。
すぐに彼の素性が明らかになった。
「名前は、弥七。大坂の医者だ」
斎藤さんが土方さんに報告していた。
えっ、医者?この時代、刀を2本差していたら武士か浪人だろう。
「なんで2本差しなんだ?」
土方さんも疑問に思っていたのか、斎藤さんに聞いていた。
「阿芙蓉の症状の一つである幻覚に悩まされると、新選組の隊士を名乗って暴れていたらしい」
ずいぶんと迷惑な奴だな。
「俺が切った日も暴れていたから、内山という与力にここに連れてこられた」
そうだったのか。
「やっぱりな。医者か薬売りかと思っていた」
土方さんが言った。
「やっぱりって、土方さんは弥七さんが医者だと思っていたのですか?」
「阿芙蓉をこれだけ服用できるということは、医者か薬売りしかいないだろう」
それが謎なんだけど。
後で調べたことなんだけど、アヘンは麻薬であるけど、手術する前の麻酔としても使われていたらしい。
少量なら痛み止めに処方することもあるとか。
だから、それを使う医者と思ったらしい。
「どうしますか?」
斎藤さんが土方さんに聞いてきた。
「そうだな。まず、その弥七というやつの家に行って調べるしかねぇな。おい、お前たち、頼んだぞ」
「えっ、土方さんは行かないのですか?」
「家茂公がいつ来るかわからんのに、副長が隊を留守にするわけにはいかんだろう」
そうなのか?
というわけで、私と斎藤さんで、弥七さんの家に行くことになった。
弥七さんの家にはなんと、奥さんがいた。
「実は辻切りにあって、助けようとしたが間に合わなかったのだ」
斎藤さんが奥さんに説明をした。
まさか、暴れていたから自分が切ったとは言えないだろう。
「そうでしたか。たまに暴れたさかい、こうなるやろうとは思うてたけど」
奥さんは涙ぐみながら言った。
「ご遺体を中に入れていいですか?」
実は、自然に家の中に入れるように、弥七さんの遺体をちゃんと処置して運んできたのだ。
「お願いします」
奥さんのその声で、遺体を運んでいた隊士数人と家の中に入った。
家の中一部を病院として使っていたみたいで、結構広い家だった。
中庭に、見たことがない植物が大量に植えられていた。
「けしだな」
けし?けしという植物なのか?
私が見たことがないのはもっともなことで、現代の日本ではここに植えられているけしは栽培禁止になっている。
だから、私が見たことがあるとすれば、それは犯罪を見たことと同じになってしまうのだ。
「けしからアヘンができるのですね」
「知らなかったのか?」
知りませんでした。
「でも、ここに植えられている物を全部阿芙蓉に加工したとして、中毒になる量にはならない」
ということは?
「他から手に入れて服用していた可能性があるということですね」
「そうだ」
どこから手に入れていたのだろう?
そんなことを考えていると、表がにぎやかになった。
なんだろう?そう思って表に出てみると、一人の男の人がいた。
「弥七さんが亡くなったから、わからないって、そんな……」
そう言って、その人は絶句していた。
「申し訳ないです」
奥さんが謝っていた。
「どうしたのですか?」
私が聞くと、男の人が興奮して言ってきた。
「ここで処方してもろうた薬が無くなったさかい、また処方してもらおうと思ってきたんや」
「その薬は、どんな薬だ?」
斎藤さんも出てきて聞いてきた。
「飲むと、腰の痛みが嘘みたいになくなるんや。それに、なんか気分が爽快になるんや」
それってアヘンじゃないのか?
思わず斎藤さんと顔を見合わせてしまった。
「その薬、やめた方がいいと思いますよ」
私が言うと、
「なんやって? 万能薬を飲んだらいかんというんかい?」
と、男の人が怒り出した。
「自分が飲んでいる薬がどういうものか知らんのか?」
斎藤さんが静かにその男の人に聞いた。
「万能薬や」
男の人は胸を張って答えた。
「違う。お前が飲んでいたのは、阿芙蓉で麻薬だ。最初は痛みも引くし気分も爽快になる。だが、飲みすぎると物を食べることもできなくなり、痩せて幻覚も見る。そして最後は死ぬ。それでもいいなら、いくらでも飲むがいい」
斎藤さん、静かにものを言っているけど、内容はかなり怖い。
男の人は、首を横にぶるぶると振っていた。
「そんなものやなんて知らんかったわ。うちの隣の家の人も、ここでもろうた薬はよう効くって言うとったんや」
「あなたのほかにも、その薬を飲んでいる人がいるのですか?」
「たくさんいると思うで。万能薬やって評判が良かったさかい。でも、そんな恐ろしいもんやとは知らなんだ」
「ここの患者のことを記録したものはあるか?」
斎藤さんは素早く奥さんに聞いた。
奥さんはうなずいて家の中に入って行った。
「ところで、わては大丈夫なんかな?」
「お酒と一緒で、常に飲んでないと気が済まないという症状がなければまだ大丈夫だと思いますよ」
「それならないわ。良かった。ええこと聞いたわ」
その男の人も去っていった。
弥七さんの家に入り、ここの患者のことを記録した帳簿を見せてもらった。
「思っていたより、広がっているな」
斎藤さんが呟いた。
弥七さんだけだと思っていたら、弥七さんが周りに広めていたらしい。
ということは、思っていたより中毒患者がたくさんいるということだ。
「どこから手に入れているんだ?」
斎藤さんがまたつぶやいた。
こんなにばらまくとは、相当な量が必要だ。その量をどこから調達していたのだろう。
「すんまへん」
また表で声がした。
出てみると、薬売りが立っていた。
「お前か?」
斎藤さんが勢いよく出てきてそういうと、その薬売りも何か危機を察したらしく、逃げ出した。
斎藤さんと私で追いかけた。
長い時間追いかけていたと思う。ずいぶん逃げ足の速い人だ。
しかし、こちらにチャンスが巡ってくる。
薬売りの逃げた先が行き止まりになっていた。
「これ以上逃げると、切るっ!」
斎藤さんが刀を出し、先を相手に近づけた。
「ひぃいい」
薬売りは座り込んだ。
薬売りが持っている薬を調べると、アヘンが大量に入っていた。
「これをどこで手に入れた?」
「それは、言えん」
「言わないと、切るぞ」
斎藤さんは、刀の先を薬売りに近づける。
「み、港にいる人間から手に入れたんや。万能薬やさかい、みんなに広めるといいって」
「あなた、本当に万能薬だと思っていたのですか?」
私が聞くと、薬売りは首が壊れるんじゃないか?というぐらい激しくうなずいた。
「嘘をつくな」
斎藤さんは刀を近づける。
「ほんまや。異国の人間が異国の言葉で言うて、その隣にいた日本人がそういうたんや。嘘やと思うなら、港に行ってみい」
どうやら本当の話らしい。
「どうやら、お前は騙されていたようだな」
斎藤さんは刀を出したまま言った。
「騙されたやって?」
「お前が売り歩いていた薬は万能薬ではない」
「嘘や。現に痛みが取れた言う人がおったで」
「そういう人間は薬を売りに来るたびに買っていただろう。そして、売るたびにその人間の顔色が悪くなっただろう。最後はとうとう見かけなくなった。そうじゃないのか?」
「そういわれてみれば、そうや。うちの売っているのはほんまに万能薬やろうか?思うて、港に行って聞いたことがある。でも、万能薬やって言うてたんや」
「あなたが売っていたのは、アヘンという名前の麻薬です。薬を売ってい歩いているのだから、それがどういうものかわかるでしょう?」
私が言うと、薬売りは信じられないという顔をした。
「嘘や。万能薬って言われたんやっ!」
「お前は、騙されたんだ」
斎藤さんが少し刀を動かした。
「万能薬と言って騙されて渡された。それを信じたお前は売り歩いた。確かに効き目があるから評判が瞬く間に広がった。その評判を聞いた弥七がお前から薬を買い、患者に与えていた。おそらくそっちも評判がよかったのだろう。弥七も体のどこかが悪くなり、試しに飲んでみた」
それでやめられなくなって中毒になり、ああいうことになったのか。
「そ、そんな……」
薬売りはショックを受けていた。
「悪いことをしたと思うなら、俺と一緒に奉行所に来い」
斎藤さんは刀をしまった。
薬売りはおとなしく一緒に奉行所に来た。
「何だと? そんなことがあるわけないだろう。話を作りやがって」
奉行所にいたのは、運悪くあの内山という人だった。
全部あったことを話したけど、信じてもらえなかった。
「新選組は、話を作るのがうまいからな。昨年の力士の件もあるしな」
あれは本当だったのに。
「わかった」
斎藤さんはそういった。わかったって、納得したってこと?
「そちらがそういうなら仕方ない。ただ、我々は進言はしてやった。信じるも信じないも、そちらの勝手だ。ただ、それが原因で清国のようになったのなら、そちらの責任になるだろう。その時は止められなかった責任を取って、切腹か斬首になるだろう。我々は痛くもかゆくもない。帰るぞ」
斎藤さんは静かにそう言って帰ろうとした。
「ち、ちょっと待て」
斎藤さんの話を聞いて内山という人は私たちが帰るのを止めた。
「その、阿芙蓉が異国から流れてきて、大坂の町に広がっているというのだな」
信じる気になったらしい。
「それは、さっきも言っただろう。だから、港の警備と、どれだけ中毒者がいるのかの把握と、中毒者がいたら、直ちに解毒の処置をするようにと。それはそちらの仕事で、我々の仕事ではない」
「わかった。すぐにやる」
どうせこうなるなら、最初から信じればいいのに。本当に嫌な奴だ。
その後、アヘンがどうなったのかわからないけど、清国のようにならなかったということは、それなりに処置をしたのだろう。
私たちの方は、1月6日にようやく家茂公の乗った船が見え、8日についたので、警護についた。
やっと新選組らしい仕事ができた。




