お正月
ズルズルズル……
みんなでそばを食べている。今日は大みそか。
現代でも大みそかはそばを食べるけど、この時代もそばを食べるのかと思った。
いつもなら、島原とかに行く隊士が多いのだけど、この日は誰も出かけるという雰囲気がなかった。
みんな屯所の中にいた。
「今日は、出かけないのですか?」
いつも島原に遊んで歩いている永倉さんに聞いた。
「今日は、大みそかだぞ。出かけるわけないだろう」
大みそかだと、出かけないのか?
「もしかして、蒼良は知らないとか……」
話を聞いていた原田さんが言ってきた。
何かあるのか?大みそか。
詳しく話を聞いてみると、大みそかとは、欲を断って身を綺麗にして神様を迎える神事をしているのだとか。
だから、どこにも出かけないで、家にこもって大みそかを過ごすらしい。
「ところで蒼良は明日初日の出見るの?」
沖田さんが聞いてきた。
この時代も初日の出があるのか。
「見れたら見たいです」
「なら、一緒に見よう」
「はい。ところで、初もうではしないのですか?」
「はつもうで?」
私の話を聞いている人たちから、聞き返されてしまった。
もしかして、この時代はなかったとか……
「元旦詣のこと?」
藤堂さんが聞いてきた。
「そ、そうです。それです。」
元旦詣というものがどういうものかわからないけど、多分そうなのだろうと思い、返事をした。
「今回は、どの方角だっけ?」
えっ、方角?
「確か、甲子だと思ったぞ」
私が迷っている間に原田さんが答えた。
きのえね?それってどこ?
「それなら、八坂神社がいいかな」
藤堂さんが言った。
なんか、私がわけがわからないうちに決まってしまった。
後で調べてみると、この時代は初もうでという風習はなく、恵方参りと言って、その年の方角にある寺社にお参りに行っていたらしい。
今回はその方向が甲子ということで、その方向にある八坂神社に行くことになった。
ちなみに、大みそかの夜に行く除夜詣と、元旦に行く元日詣があるらしいけど、話を聞いている限りだと、元日詣に行くみたいだ。
朝になり、初日の出を見るために外に出た。
思っていたより寒くない。
山のところが明るくなり、出てきたのはなんと、大きい大福だった。
そういえば、最近大福を食べていない。
「おいしそう。食べれないのかな?」
手を伸ばしたら、不思議なことに、その大福をつかむことができた。
「わーい、いただきま~す」
食べようとしたら、
「おいっ!」
土方さん声がした。
もしかして、大福を食べたいのか?絶対にあげませんよ。私の物です。
でも、食べようとしたら、必ず
「おいっ!」
という声がする。
「土方さん、邪魔しないで下さいよ。大福が食べられないじゃないですか」
私がそういうと、場面はがらりと変わった。
私は布団の中。それを土方さんが上からのぞきこんでいる。
「あれ?」
「あれ? じゃねぇっ! 何が大福だ。お前は食べ物の夢しか見んのか?」
「いや、ちゃんと普通の夢も見ますよ」
私の夢が見せれるのなら、見せてあげたい。
「ところで、土方さん。何か用があったのではないのですか?」
「もうすぐ日が出るから、起こしてやったんだ」
あっ、初日の出。
屯所の外に出たら、すでに数人が東の方の山を見ていた。
朝だから、かなり寒い。吐く息も白い。
「おはよう、蒼良。よだれのあとがついているよ」
沖田さんに言われ、慌てて口元をぬぐった。それを見て、また沖田さんが笑った。
「食べ物の夢でも見ていたの?」
な、なんでばれたんだ?
そんな話をしているうちに、東の山のてっぺんがまぶしくなってきた。
「山の間から出る初日の出なんて、初めてだな」
土方さんが、東の空を見ながら言った。
「海があれば、海から見る初日の出もなかなか良かったのだけど」
ちょっと残念そうに沖田さんが言う。
「京は海がねぇから仕方ねぇだろう」
「海があっても、今まで初日の出なんて見なかったじゃないですか。今回はどういう風の吹き回しなのですか?」
沖田さんが土方さんに言った。
「そうなんですか? いったいどうしたのですか?」
「俺が初日の出見ちゃいけねぇか?」
「いや、別にそこまで言ってないですよ。ただ、何か思いがあってみるのかなぁと思っただけですよ」
私が言うと、土方さんは、白い息を吐いた。
「京に出てきてもう1年になろうとしているが、あまり変化がない」
「変化がないということは、平和なことでいいことじゃないですか」
「武士になるために出てきて、新選組を結成したが、仕事は便利屋みたいなことばかりだ。これで本当に武士になれるのか?」
「それで、珍しく出てきたんですか?」
沖田さんが聞いてきた。
「悪いかっ!」
「誰も、そこまで言ってませんよ」
土方さんは、土方さんなりに新選組の未来が心配なのだろう。
「大丈夫ですよ。そのうち大きな仕事が入ってきて、とっても有名になりますよ」
池田屋事件はいつだったか?元治元年と聞いたけど。今年は文久4年だ。
「お前、なんか知っているような言い方だな」
ドキッ!
「蒼良、占い師みたいだよ。蒼良の占いが当たるかな?」
沖田さんも楽しそうに言っているけど……当たったらどうするのだろう?
「あっ、出てきた、出てきた」
みんなが東の空を指さした。
東の山から、ちょうど太陽が出てきたところだ。
みんなが手を合わせたので、私も手を合わせた。
屯所に戻ると、お雑煮ができていた。
「あっ、丸餅だ」
雑煮を見て思わず声に出してしまった。
「しかも、味噌が入っている」
お餅を突っつきながら藤堂さんが言った。
「京の方は、みんな丸餅で味噌が入っているのですよ」
台所を預かっている佐々山さんが言った。
江戸時代だから丸餅というわけではなかったんだ。良かった。
お雑煮はとってもおいしかった。
「よし、お参りに行くぞ」
原田さんが声をかけてきてくれた。
一緒に行く人は、藤堂さんと沖田さんと原田さんと私だけかと思いきや、
「俺も一緒に行く」
と、土方さんも出てきた。
「本当に珍しいや。いったいどうしたのですか?」
沖田さんが不思議そうに聞いてきた。
「そんなに不思議なのですか?」
「土方さんは、正月は寝て過ごす人だからね」
そうなんだ。
それだけ、新選組の未来が気になるのだろう。
「俺が行ったら悪いか?」
「誰もそこまで言ってないですよ。でも、明日は雨が降りそうですね」
沖田さんが楽しそうに言った。
「雨でも、なんでも降りやがれっ!」
「雷は嫌だなぁ……」
私が呟くと、それが聞こえたみたいで、
「冬に雷なんて、聞いたことねぇよっ!」
と言われてしまった。
神社はさぞかし人がいっぱいだろう。
しかも八坂神社は、祇園祭で有名な神社だ。
ものすごい混雑を覚悟していたのだけど、予想に反してものすごくすいていた。
「混雑してないですね」
私が言うと、みんなが不思議そうな顔をした。
「なんで混雑していると思ったんだ?」
原田さんが、優しい口調で聞いてきた。
「お正月の神社って、混むじゃないですか。みんなお参りに行くから」
「そんなお参りに来ないよ。それに恵方参りなら、みんなそれぞれ場所が違うし」
藤堂さんが歩きながら言った
そうだった。この時代は初もうでという風習がなかったのだった。
そういう風習がなかったけど、やることは現代と変わらない。
お賽銭を入れて、お祈りをする。
私は何をお願いしようかな。
文久4年って、1864年で、何があったんだ?
沖田さんの健康状態も気になる。まだ元気みたいだけど。
藤堂さんが殺される油小路の変は?まだ先かな?
「おいっ!」
ぽかっと頭を軽くたたかれた。
「少ない賽銭で、いくつお願いしているんだ?」
土方さんがいた。
「行くぞ」
そう言って行ってしまったので、私も後についていった。
そういえば、色々考えていたわりに、何もお願いしていなかった。
屯所に戻ると、永倉さんたちが宴会をしていた。
「正月の楽しみはやっぱりこれだな」
永倉さんが、私たちの姿を確認すると、みんなにおちょこを配り、お酒を注いでくれた。
もちろん、私のはなかった。
「蒼良は来年の正月には飲めるな」
永倉さんがそういった時に気が付いた。
そう、この時代はお正月に一斉に年を取る。
ということは……
「私は19歳になったのですね」
「どうしたんだ? 突然」
原田さんに、不思議な顔をされてしまった。
「みんな一つずつ年を取るから、土方さんは30歳だ」
沖田さんは、お酒が入ると陽気になるせいか、けらけらと笑いながら言った。
「悪いか?」
「30って、おじさんだ……」
私のつぶやきがまたしても聞こえてしまったみたいで、
「うるせぇっ! ガキに言われたくねぇよ」
と言われてしまった。
「まあまあ。正月なんだ。土方さんも飲みなよ」
永倉さんがお酒をもってまわってきた。
「俺はいいから」
土方さんは断っていたけど、
「正月なんだからさぁ」
という永倉さんの一言に負けたみたいで、くいっとおちょこの中身を空にした。
そういえば、土方さんが飲んでいるところって、初めて見たかも。
「おおっ、飲みっぷりがいいね。はい、もう一杯」
そういいながら、永倉さんは土方さんにお酒を注いだ。
「土方さんって、お酒強いのですか?」
あまりに飲みっぷりがいいので、沖田さんに聞いてみた。
「そんなに強くないよ」
何が楽しいのか、けらけら笑いながら言った。
えっ、弱いのか?弱いのに、そんなに飲んで大丈夫なのか?
心配している間にも、3杯目が注がれる。
3杯目を飲み終わると、土方さんはそのまま横に倒れた。
「あ、倒れた」
沖田さんが指さして笑っていた。
いや、笑いごとじゃないから。
「土方さん、大丈夫ですか?」
私が土方さんのところに行くと、土方さんからは、寝息が聞こえた。
えっ、寝てる?
「土方さん、酒が入るとすぐ寝ちゃうんだよ」
だから沖田さん、笑っている場合じゃないから。
「新八、飲ませすぎだろう」
原田さんが永倉さんに言った。
「飲ませすぎって、まだ3杯しか飲ませてないぞ」
「普段飲まないから、土方さんにしてみれば、飲んだ方なんだろう。部屋に連れて行こう」
原田さんが土方さんを担ぎ上げた。
私も部屋に戻って布団を敷いた。
「布団敷きましたよ。ここに寝かせてください」
私が言うと、原田さんが土方さんを布団に寝かした。
「酒が弱いと聞いていたが、こんなに弱いとは思わなかったな」
原田さんが土方さんの寝顔を見ながら言った。
私も一緒に寝顔を見ていると、突然土方さんが目を開けた。
「ひぃっ!」
驚いて、思わず悲鳴を上げてしまった。
「なんだ、土方さん。起きているなら起きてるって……」
原田さんが途中で黙ってしまった。
それもそうだ。土方さんはむくりと起きだして、ふところから紙と矢立を出し、障子を開けて外を見ていた。
「土方さん、どうしたのでしょうか?」
「俺にもさっぱりわからん」
原田さんと顔を見合わせながら、土方さんを見る。
土方さんは何かを思いついたらしく、紙にさらさらと筆を走らせた。
それが終わると、そのままバタンと倒れた。
「土方さんっ!」
原田さんと二人で土方さんのそばに行った。
土方さんは寝息をたてていた。
なんだったんだ?
二人で土方さんを布団に入れた。
土方さんが何かを書いた紙が気になり、その紙を見た。
「何か書いてあるか?」
原田さんが聞いてきたけど、土方さんの文字は流れ文字と言って、ミミズのような字なので全く読めない。
私は無言で原田さんにその紙を見せた。
「梅の花 一輪咲いても 梅は梅。 豊玉」
原田さんは、その紙を見ながら言った。
「それって、何ですか?」
「俺に聞かないでくれ。俺にもわからない」
豊玉って最後に書いてあるということは……
「もしかして、俳句ですか?」
「俳句らしいな。俺にはよくわからないが」
「梅って、咲いてましたっけ?」
俳句に梅という字が3つも出てきているので、聞いてみた。
「まだ咲いてないだろう」
確かに。
お正月は、現代で言うと2月にあたるから、咲いていてもおかしくないのだけど、まだ咲いている姿は見たことない。
「一輪咲いても梅は梅って、当たり前じゃないですか」
「蒼良、俺に俳句の話はしないでくれ。よくわからない」
「大丈夫ですよ。私もこの俳句、よくわかりませんから」
わからないというか、今まで教科書に出ていた俳句と比べても、どう反応していいのかわからない。
「人の趣味のことだ。その人が楽しければいいのだろう、きっと」
原田さんの言う通りかもしれない。
もしかしたら、豊玉発句集も、こういう俳句の集めたものなのか?
見たくもあり、見たくなくもあり……正月そうそう複雑な気分になってしまった。




