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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
文久3年12月
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すすはらい

 昨日は、夜の巡察だった。

 だから、朝が来たのを忘れて寝ていた。

 夜遅かったので、寝ていても誰にも文句は言われないはずだった。

 そう、はずだった……


 勢いよく雨戸が明けられた。少しだけ目が覚めたけど、布団にもぐりこんだ。

 バンッ!と、勢いよく障子があいた。

 冬の冷たい風がビューと入ってきた。さすがに目が覚めた。

 まぶしい……目を少しだけ開けてみると、八木さんが仁王立ちで立っていた。

「あんさんら、今日は何日かわかっているやろうな?」

「土方さん……何日ですか?」

 起き上がりながら土方さんに聞いた。

 土方さんも昨日寝るのが遅かったので、まだ布団にもぐっていた。

「ほらっ! 起きぃ!」

 八木さんは、土方さんの掛布団をはがした。

 な、なんて命知らずなことをっ!

「誰だっ! 布団取ったのはっ! 寒いだろうがっ!」

「わっ、私じゃありませんよっ! なんで私に向かって怒鳴るのですか」

「お前しかいないだろう、こんなことするの」

「わてどす! いつまで寝とるんやっ! 今日は何日かわかっとんのか?」

 八木さんは何回も今日は何の日?と言っているけど、特別な日なのか?

 もしかして……

「八木さん、お誕生日なのですか?」

 誰にも祝ってもらえないから怒って私たちを起こしたのか?

「そんなんやないっ!」

 そういえば、この時代は誕生日なんて言う代物はなく、お正月に一斉に年を取るのだった。

「じゃぁ、なんで起こしたのですか? ところで土方さん、今日は何日なのですか?」

 私が聞いたら、しばらく土方さんが考え込み、そうか。とつぶやいた。

「12月13日だ」

「そうやっ! 12月13日や」

「金曜日ですか?」

 私が聞いたら、二人からなんだそれは?という顔をされてしまった。

 12月13日って、何があるんだ?

「お前、もしかして、知らないとか……」

「何の日ですか? 誰か有名な人とかえらい人の誕生日なのですか?」

「お前は、なんでも誕生日だな」

 特別な日って言ったら、誕生日以外思いつかないじゃないか。

「じゃあ、逆に誰かの命日とか……」

 芹沢さんたちはまだ1年たってないし……

「あんさん、知らんのか? 珍しいわ」

「知らないですよっ! さっきからもっていぶってないで、教えてくださいよ」

 いつまでたっても教えてくれない二人に言った。

「すすはらい」

 二人は声をそろえて教えてくれた。

「すすはらい?」

「まさか、それまで知らんとは言わねぇよな」

「それは知ってますよ。鴻池さんのところでやってきました」

「ああ、あそこは大きいから一日では終わらんだろう。早めに始めていたな」

「というわけやっ! あんさんら、金も払わんと人の屋敷つこうてるんやさかい、すす払いぐらい手伝ってや。人数も多いさかい、一日で終わるやろう」

 八木さんは言うだけ言うといってしまった。

「で、今日はすす払いの日なのですか?」

「そうだ。すす払いの日だ」

 そうか、すす払いの日か……何をすればいいんだ?


 後で調べてみると、この時代、12月13日はすす払いと言って、江戸城ではこの日に年末の大掃除をしていたので、それが庶民にまで広がって、13日に大掃除をする日になったらしい。

 この日から年越しを迎える準備が始まるので、すす払いもその年越しの準備の一つになる。

 というわけで、この日はみんなで屯所の大掃除となった。


 原田さんが、障子を外していた。

「私もやります。こう見えても、障子の張り替えはやった事があるのですよ」

 鴻池さんのところで大量に張替えしたもん。

 障子にパンチをして穴をあけた。どうせ張り替えるものだし。

蒼良そら、そんな事したらダメだろう」

 えっ、ダメなのか?張り替えするからいいと思ったのだけど。

「障子のさんが折れたらどうするんだ? 桟は意外と弱いから、すぐ折れるぞ。こういうものは、はがし方というものがあるんだ」

「そうなんですか?」

「蒼良、張り替えしたことあるんだろう?」

「一応……」

 でも、はがし方があるなんて、知らなかった。

 原田さんは障子を外すと、端からきれいにはがしていった。

 私は、はがしたところを雑巾で拭いた。

「綺麗にはがれるものなのですね」

「ま、毎年のことだからな」

 確かに。この時代、障子のない家なんて、多分ないと思うから、ほとんどの人が当たり前にやっていることなのだろう。

 鴻池さんのところで張り替えしただけで、やったことがあるといった私は、なんか恥ずかしくなってきた。

「蒼良、顔が赤いぞ。風邪でもひいたか?」

「いや、原田さんと比べたら、全然障子の張り替えなんてやったことないのに、数回やっただけでやったことがある! なんて言ってしまって、恥ずかしくなりました」

「ははは。そんなこと気にすることないさ。いろんな人間がいるんだから、蒼良みたいな人間もいるだろう。俺は蒼良が手伝ってくれるだけでもありがたいさ。さっ、障子紙を貼るぞ」

 原田さんは、手際よく障子の張り替えをしていった。

 あっという間に障子の張り替えをすべて終えてしまった。

 障子を元のところに入れていると、突然拳が飛び出してきた。

「ぎゃっ!」

 あまりに突然のことなので、悲鳴を上げてしまった。

「俺だよ俺」

 永倉さんが出てきた。

「これから障子の張り替えするんだろう? どうせ張り替えるんだ。こうやって破ってもいいだろう」

 いや、あなたが破いたのは、張り替えが終わった後の障子ですから……

「あっ! 新八! 穴開けやがったな。せっかく張り替えたのに、この野郎っ!」

「えっ、張り替えたのか? なんだ、てっきり……おい、左之?」

 原田さんから、目に見えない怒りの波動が上がっていた。

 漫画で描くと、原田さんの体からメラメラと燃えるような物が出ている絵が描かれていただろう。

 その殺気を感じたのか、永倉さんは後ずさりし始めた。

「そ、そう怒るなよ、なぁ、左之」

「新八が怒らせたんだろうがっ! お前がこの破いた障子張り替えろっ! おいこら、逃げんなっ!」

 原田さんが言っている間に永倉さんが逃げてしまい、原田さんは永倉さんを追いかけて行ってしまった。

 ああ、また貼りなおしなのね。破けたところだけ障子紙を貼ったらダメかな?

 どうせ貼るなら、お花の形がいいかな?というわけで、適当に花の形に切って貼りつけた。


「わぁっ、畳まで外に出して干すのですね」

 すでに中にあった家具は外に全部出され、畳が外に運び出されて干されていた。

「そこにいると、ほこりが入るぞ」

 斎藤さんに言われたので、ほこりが入らないところに移動した。

 ほこりが入るって、何をやるんだ?そう思っていると、斎藤さんが、棒で畳をたたき始めた。

 畳から、もこもことほこりの煙が飛び出してきた。

「驚いた顔をしているが、もしかして、やったことがないのか?」

「畳をたたくなんて、初めて見ました」

 現代で畳を出してたたいている人なんていない。

 掃除機で掃除している人ならたくさん見るけど。

 斎藤さんが畳をたたいていると、裏から紙切れが一枚落ちてきた。

 つづり文字でぐにょぐにょっと書いてあるので読めないけど、10両と書いてあるのは墨で大きくかかれていたので読めた。

 10両。何が10両なんだろう?よく漫画で、畳の下から誰かのへそくりがっ!てことがあったけど、これはへそくりか?

 しかし、この時代のへそくりなら小判だろう。

 じゃあこれは、この紙をどこかにもっていくと、そこで10両がもらえるというものかもしれない。

 これぞまさにへそくりだ。

「斎藤さん、いいもの見つけましたよ」

 斎藤さんに見せると、畳をたたく手を休めて紙を見た。

「どこかに持っていくと、10両もらえるかもしれませんよ。でも、どこに持っていけばいいのだろう。後で一緒に行きませんか? 10両山分けで」

「遠慮する」

 そういって、その紙を私に返してきた。

「10両ですよ。価値はわかりませんが、もらえるものはもらっといたほうがいいですよ」

「この紙のどこに10両もらえると書いてあるんだ?」

「えっ、ここに10両って書いてあるじゃないですか」

「この字は読めないのか?」

 斎藤さんは、ぐにゃぐにゃと書いてあるところを指さしてきた。

「私には、墨で波線を書いてあるようにしか見えないのですが……」

「波線……」

 第一、これ本当に字なのか?習字の練習で書いた線にしか見えないけど。

「いいか、これは字だ」

 そうか、字なのか。字なんだろうな。

「10両を貸したと書いてあり、返さないと刀をもらうと書いてある」

 ということは……

「10両もらえるのではなく、10両払わないといけないのですね」

「そういうことだ」

「なんでこんなところにそんなものを隠してあったのですか。紛らわしい」

「禁則に引っかかるからな」

 そうだ。勝手に金策をしてはいけないという決まりがあった。

 もちろん、破ったら切腹。

「誰なんですか? そこに名前は書いてないのですか?」

「書いてあるが、偽名だろう。畳の下に隠すぐらいだから、返す気もなければ、返してもいないはずだ。誰の物かもわからん」

 返す気があれば、畳の裏なんかに隠してないよね。ああ、誰かのへそくり見つけたと思ったのに。

「そんな残念そうな顔するな。あっちのほうに行くと、もっと面白そうなのがあるぞ」

 斎藤さんが屯所の中を指さした。

 中に何があるというのだ?


 中に入ると、藤堂さんが押入れの襖の張り替えをしていた。

 ここが面白いのか?

「あ、蒼良。手伝いに来てくれたの?」

 面白いものを見に……と言おうとしたけど、今は大掃除の真っ最中だった。

「何か手伝うことありますか?」

「それより、襖の下張りから懐かしいものが出てきたよ」

 下張りとは、襖は紙でできているけど、縦に切ってみると、何枚も紙が重なっている。その重なっている紙の部分のこと。

 その紙は色々な種類のものが使われている。そして、穴が開いたりした時も、適当にそのときあった紙を使っている。

 それに瓦版とかも使われていることが多く、大掃除に思いかけず懐かしいことに遭遇し、読みふけってしまって時間が経ってしまったという状態に、今おちいろうとしている。

 斎藤さんが言っていた面白いものって、このことか。

 藤堂さんが指さしてきたものは、火事の絵が描いてあった。

「火事じゃないですか」

「江戸で大地震があった時のことだと思う」

 関東大震災じゃなく、それより前に地震があったのか?いや、あってもおかしくないだろう。

「私が小さい時のことだけど、あの時の地震は大きかったな」

「江戸で地震があったのですか?」

「江戸だけじゃない。あっちこっちであったよ」

 あっちこっちで?それはきっと余震というやつか?よくわからない。

 現代みたいに、すぐに震源地がわかって震度がわかってという状態じゃないので、わからないことのほうが多いのかもしれない。

「蒼良は知らないの?江戸にいなかったとか?」

「そ、そうです。そのときは、確か……と、土佐のほうにいたと思うのですが……」

 適当に、思いついた地名を出した。確か、坂本 龍馬のいたところだ。

「土佐の方も、次の日に大きな地震があったって聞いたよ」

 えっ、そうなのか?

 後で調べてみたら、この地震は安政の大地震と呼ばれ、あっちこっちで地震が多発したらしい。

「地震は、ナマズがおこしたものなんだよ」

 真面目な顔で、藤堂さんが言ったので、思わず吹き出してしまった。

「何がおかしいんだい?」

「本当に、ナマズがおこしたと思っているのですか?」

「ここにも絵があるよ」

 藤堂さんが指さした、下張りを見てみると、ナマズが暴れている瓦版があった。

「大ナマズが暴れたから、地震がおきたんだ」

「いや、違うと思うのですが……」

「じゃあ、どういうふうに地震がおきるんだい?」

「プレートがあって、それが動いておきるのですよ」

「ぷれーと?」

 しまった、カタカナ語だった。

 でも、この時代はまだそういう解釈がないと思うから、やっぱりナマズがおこしたことにしておくのが無難なのか?

「やっぱり、藤堂さんに言う通り、ナマズですよ、ナマズ」

「いきなりどうしたの?」

「いや、よく考えたらナマズだなぁって。確かに暴れているところを見たことを在りますよ」

「えっ、どこで見たの?」

 調子に乗って言ってしまったけど、ナマズすら見たことないと言ったら怒るだろうか?


 自分が寝起きしている部屋に行くと、沖田さんがいた。

「沖田さん、何をしているのですか?」

 声をかけたら、沖田さんが飛び上がらんばかりに驚いていた。

 その驚き方に私も驚いてしまった。

「蒼良、突然声かけないでよ」

「何をしているのですか?」

「いつもお世話になっているから、土方さんの部屋を掃除してあげようと思ってね」

 そう言ってはいたけど、どう見ても、何かを探しているようにしか見えない。

「何を探しているのですか?」

「いや、何も探してないよ。掃除だよ、掃除」

 そんなことを言いつつも、文机をあさっている。

 何かやましいものでも隠れているのか?

「あっ、あった!」

 突然沖田さんが叫び、歌集のようなものを出してきた。

「なんですか、それ」

「豊玉発句集だよ」

 そ、それはっ!

「土方さんの俳句集じゃないですかっ!」

「探してたんだよ。土方さん、全然見せてくれないしさ」

「だ、大丈夫ですか? 勝手に見て」

「ばれなきゃ大丈夫だよ。蒼良も見る?」

 ここは断るべきなんだろう。でも、見たいという誘惑もある。どうしよう?

「見なければ、一人で見るけど」

「み、見ますっ!」

 誘惑に負けてしまった。こんな機会、めったにないじゃん。

「じゃあ、見ようか」

 沖田さんが豊玉発句集の最初のページをめくった時。

「お前ら、何見てんだ?」

 後ろからものすごく覚えのある声が。

「ひ、土方さん?」

「あっ! お前らっ! それどこから出してきたっ!」

 ばれてしまったじゃないかっ!

「それは蒼良が見つけ出してきたのですよ」

「えっ、私のせいにするのですか? 沖田さんが探し出したんじゃないですかっ!」

「僕はやめようと止めたのだけど」

 いや、違うだろう。

「お、沖田さんがっ!」

「どうでもいいから、その俳句集を返しやがれっ!」

 沖田さんと二人で豊玉発句集を差し出した。

「そういえば、僕は近藤さんに呼ばれていた」

 沖田さんは行ってしまった。逃げたな。

「おいっ!」

 そおっと逃げようとしていた私の背中に、土方さんの声がささった。

「な、なんでしょう?」

「中身を見たか?」

「表紙しか見てませんよ。中を見ようとしたら、土方さんが来ちゃったので」

「俺が来たら悪いような言い方だな」

「い、いや、そんなことはないですよ。もうちょっと遅かったら中までゆっくり見れたとか、そんなこと全然思ってませんから」

「思ってんじゃないか」

 ばれてるし。って言うか、自分で言っちゃったし。ダメじゃん、自分。

「見てないならいい」

「見られたくなければ、作らなければよかったじゃないですか。そういわれると、余計見たくなりますよ」

「うるさいっ! お前の頭の中もすすはらいしてやるぞ」

「いや、遠慮します」

 ここは逃げるが勝ち。さささと逃げるように去った。


 すす払いも無事に終わった。

 なぜかみんな外に出ていた。

「誰がいいかな?」

 みんなの口からそんな言葉が出ていた。

「そりゃ、局長の近藤さんがろうが」

 土方さんが当たり前だろうといわんばかりの口調で言った。

「俺じゃなくてもいいぞ。他の奴誰かいないのか?」

 近藤さんは遠慮しているようだ。

「それなら、副長の土方さんでしょう」

 沖田さんが楽しそうに言った。

「俺も、遠慮する。他の奴にしろ」

 みんなが遠慮することをするらしいけど、何をするんだ?

「あ、こいつがいいだろう。体が小さいし、ちょうどいいだろう」

 土方さんが私をみんなの前に差し出した。

 えっ、私?第一何をやるの?

「そりゃいい。そうしよう」

 永倉さんの言葉を合図に、私は宙に舞ったのだった。


 この時代、理由はわからないけど、すす払いを終わった後は、なぜか胴上げをやったらしい。

 その胴上げをされたのが私だった。

 なんで私なんだ?

 数回宙に舞った後、無事にすす払いは終了したのだった。 


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