本庄宿
事の発端は本庄と言う宿場町に着いたとき、近藤さんが芹沢さんのところに謝りに来た。
「芹沢さん申し訳ない。こちらの手違いで宿を取り損ねてしまった。本当に申し訳ない」
近藤さんは一生懸命芹沢さんに謝っていた。
「ということは、今晩は野宿だな。何、気にすることない。おい、火を焚きたいからまきにする木を集めてこい」
と、芹沢さんから言われたので、私たちは木を集めに行った。
これで一晩持つだろうというぐらいの量の火を集めて芹沢さんの前に出すと、全部の木をまとめ火をつけた。
ええっ、全部いっぺんに燃やすのか?もちろん、一晩の量をいっきに火をつけて燃やしたため、火の勢いはすごい。
またたく間に大きく燃え広がった。
いくらなんでも、野宿にこんな大きな火はいらないだろう。
「近藤さんへのあてつけかな?」
沖田さんがつぶやいた。
「あてつけですか?」
「自分が野宿なのが気に食わないのだろう。だから、こんなに大きな火を燃やしているんだよ」
「でも、近藤さんちゃんと謝っていたし、芹沢さんも気にすることないって。言っていたじゃないですか」
「蒼良は心の裏がわからないんだね。気にすることないって本当に思っていたら、あんなことはしないよ」
確かに。
「それなら、素直に怒ればいいのに」
と、私がつぶやくと、
「それができないから、こういうことをしているんだよ」
と、ため息混じりで沖田さんが言った。
宿場町でこんな大きな焚き火をしていて気にならない人なんていない。
火事になって街が燃えてしまうかもしれないと、心配するのが住人だ。
もちろん、ここにもそういう住人がいて、芹沢さんに火を燃やさないで欲しいと頼みに来た住人がいた。
しかし芹沢さんは、
「我々はここで寝るのだ。火を燃やさないと寒くて寝れんだろうがっ! つべこべ言うんじゃないっ!」
と怒鳴り、鉄扇で住人を殴りつけた。
これは完全な八つ当たりだ。
私は我慢ができなかった。
「芹沢さん!」
気がつくと、私は芹沢さんの前に出ていた。
「この住人は何も悪くないじゃないですか。火が大きすぎます。小さくしてはどうですか?」
「小さくしたら、眠れんだろう」
「でも、これは大きすぎます! なんのためにこんな大きな焚き火をするのですか? 何が気に食わないのですか? 近藤さんも謝っていたじゃないですか。それに対し、あなたも許していたじゃないですか」
「うるさいっ! お前も殴られたいか?」
「殴ればいいじゃないですかっ! 殴ったら、宿が出来て泊まれるのですか? 火を小さくしてくれるのですか? あなたのやっていることは八つ当たりじゃないですかっ!」
その時に、何人かに止められたけど、私も怒りが頂点だったので、自分で自分を止めることができなかった。
「京の治安をよくするためにここにいるのに、この小さな宿場町の治安を悪くする人間が、大きな京の治安を良くすることができるとは、私は思いませんっ! ここから引き返したらどうですか?」
私がそう言うと、芹沢さんは鉄扇を出してきた。
殴られる。
そう思った私は目を閉じた。
しかし、鉄扇は私の顎のしたにあり、鉄扇で顔を上げられた感じになった。
「お前、女みたいな顔しているが、言うことは立派なことを言うな。」
「お、女じゃありません! 男です!」
「そうだ、男だろう。ここに女などいない。それなのに、なんでわざわざ女じゃないっていうのだ?」
芹沢さんは、面白そうにニヤニヤと笑っていた。
バ……バレたか?私の顔は多分蒼白になっているのだと思う。
そんな顔を見て、芹沢さんがまたまた楽しそうに笑っていた。
「名前は?」
「あ、天野蒼良です」
ど、どうしよう?
そう思っていたら、顎の下にあった鉄扇が離れた。
見ると、土方さんが芹沢さんの腕をつかんで、私から鉄扇を遠ざけていた。
「芹沢さん、近藤さんから宿とれたから案内しろって言われてるんだけど」
「おお、そうか。分かった。おい、お前。命拾いしたな」
芹沢さんはそう言い残して去っていった。
た、助かったぁ。
私は、へなへなと座り込んでしまった。
「お前、全く、命知らずな奴だなぁ。どうなるかと思ったぞ」
「土方さん、すみません」
「いや、でも、俺も見ていてスッキリした。だが、こんなことはこれっきりにしてくれ」
土方さんは、座り込んだ私を立たせてくれた。
そして頭をわしゃわしゃとなでてくれた。
「みんな、すまなかった」
近藤さんが謝っていた。
「俺が、ちゃんと宿をとっていれば、こんなことにならなかったのに」
「いや、近藤さんは悪くない」
「でも、歳、俺のせいで今日はみんな野宿だぞ」
「ずうっと野宿というわけじゃない。という訳で、今日は野宿だからな」
と、土方さんが言った。
私たちの宿を芹沢さんたちに譲ったらしい。
野宿と決まると、たまにはこういうのもいいなとか言いながら、みんなで楽しく準備した。
私も、なんだか楽しくなってきた。
だんだん暗くなってきて、夜になった。
二月とはいえ、旧暦の二月なので現代になおすと三月の下旬ぐらい。
昼間は暖かだったけど、夜になると肌寒くなってきた。
でも、火もあるし、寝られないほどではなかったので、ゴロンと横になった。
そして夜空を見て感動してしまった。
星が、とっても綺麗だった。プラネタリウムにいるみたい。
この時代、電気がないので当たり前のようにこんな綺麗な夜空が見れる。
でも、こんなにじっくり見たのは初めてだった。
「星が綺麗」
思わずつぶやいてしまった。
「そうか? 俺にはいつもどおりに見えるぞ」
近くで同じく横になっていた原田さんの声が聞こえた。
「いつもどおりでも、綺麗です」
「おまえ、女みたいなことを言ってるなぁ」
ドキッ、バレたのか?
「ま、顔も女みたいな顔してるから、仕方無いな」
「仕方ないって……」
「おっ、気にしてたか? 悪い悪い」
「いや、別に気にしてませんが……。星が綺麗だから、許してあげますよ」
「なんだ、そりゃ」
「あ、あれが、北極星だから、あれは北斗七星かな」
「北斗七星?」
「原田さん、あの一番光っている星が北極星で、動かない星なのです。旅とかするときにあの星を目印にするらしいです」
「星って、動くのか?」
「動きますよ。絶えず動いているのですよ。で、あそこに大きな星が七つありますよね」
「ある。あれだろ?」
原田さんは、指をさした。
「そう、あれです。あれ、つなげるとひしゃくにみえませんか?」
「おお、見える見える」
「昔の人は、夜になると暇だから、こうやって空を見上げて、星と星をつなげて絵を作ったんですよ。その一つがひしゃくの形の北斗七星です。おおくま座のしっぽの部分なのですが」
「へぇ、しっぽか。俺も何か絵を作ろうかな」
「あ、面白そうですね。眠れないから、ちょうどいいですよ」
しばらく星を眺めて、あれとあれをこうして……なんてやっていた。
「蒼良、あの星とこの星とこれつなげると、三角形になるぞ」
「さすが原田さん。あれは、春の大三角形というんですよ。これが見えると、春になった証拠です」
「それにしても、蒼良は、天文学でもやっていたのか? 星に詳しいが……」
あっ、横浜の英語の時と同じことをやってしまったか?
「い、いや、お師匠様の知り合いに天文学やっている人がいて、教わりました」
「ああ、天野先生か。顔広いもんな」
お師匠様、あなたどんだけ顔が広いのですか?土方さんの時も同じようにごまかしたけど、2回も同じごまかしがきくって……
しばらく星うんぬんとやっていると……気が付けば朝になっていた。
「蒼良、お前、どこでも寝れるんだな」
土方さんが呆れていた。
あれ?起きていたはずなんだけどなぁ……。
本庄宿たき火騒動
本文にもある通り、なぜか芹沢さんたちの宿をとり忘れ、芹沢さんたちが木を大量に集めて大きなたき火をするという事件。
本庄宿は大きな火事の多い宿場町だったようです。