表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
文久3年11月
76/506

松本 捨助さんが来る

 寒い毎日が続いていた。

 外に出ると白い息が出るぐらい寒かった。

 視線を感じて門の方を見ると、私と同じ年ぐらいの男の人がいた。

 私が門の方を見ると隠れてしまい、目をそらすと顔を出してのぞいていた。

 なんだだろう?

 そっと近づき、次に男の人がのぞいた時に目の前に行って

「わっ!」

 と、おどかしてやった。

「うわぁっ!」

 男の人は驚いてしりもちをついていた。

「さっきからコソコソとのぞいていますが、なんの用ですか?」

「あの……先生を……」

 先生?誰だ?

「どこの先生ですか? って言っても、ここは泣く子も黙る新選組なので、先生なんて大層な人はいませんよ」

「あ……やっぱりいいです」

 そう言って去ろうとしたけど、また戻ってきた。

「やっぱり、先生……」

 この人は一体なんなのだ?

「あれ?捨助じゃないか」

 外に出てきた源さんが声をかけてきた。

「知り合いなのですか?」

「遠い親戚だ。それにしても、なんでこんなところにいるんだ?」

「実は……その……」

 さっきからはぎれが悪い。

「ああっ! イライラするっ! いいですか? 男ならバシッと言いなさいっ! バシっと!」

 思わず男の人の背中をバシっと叩いてしまった。

「ゲホゲホゲホ……」

 男の人は、むせてしまった。

蒼良そら、乱暴にするな」

「す、すみません。でも、さっきからこうなので、イライラしちゃって」

「捨助、なんでここにいるんだ? お前は多摩にいるはずだろう」

「えっ、多摩って土方さんの実家があるあの多摩ですか?」

「それ以外ないだろう」

 そうか。源さんの親戚と言っていたし、土方さんと源さんも親戚のようなものだし、ということは、土方さんとも親戚になるのかもしれない。

「じゃあ、先生って、土方さんのことですか?」

「蒼良、歳が先生なわけないだろう。一番似合わない」

「確かに」

 思わず源さんと二人で笑ってしまった。

「誰が似合わねぇって?」

 うっ、その声は……

「地獄耳だ」

「誰が地獄耳だ、ばかやろう。自分の悪口は聞きたくなくても聞こえるようにできてんだ」

 それが地獄耳だと思うのだけど。

「で、二人でなんでコソコソやってんだ? ん? 捨助か? お前、なんでこんなところにいるんだ?」

「歳、朝出て見たら、捨助がいたんだ」

 みんなで騒いでいると、突然捨助さんが大きな声を出した

「新選組に、入れてくださいっ!」


「う~ん、困ったなぁ」

 近藤さんが、頭をかいていた。

「ダメなもんはダメだっ! 帰れっ!」

 土方さんは怒っていた。

 捨助さんの本名は、松本 捨助という。

 彼は浪士組が結成されて江戸を出るときも一緒に行きたいと言ってきたのだけど、長男という理由で返された。

 そして今回、単独で京まで来たらしい。

 近藤さんは、せっかく遠くから来たのだから入れてやってもいいのでは、という感じだったけど、やっぱり長男だからという理由で、土方さんは反対している。

「先生と一緒にいたいのです」

 先生とは、近藤さんのことを言っている。天然理心流の先生だからだ。

「その気持ちは嬉しいが……」

「ダメだ! 直ぐに帰れ」

「まぁまぁ。捨助も、江戸から京まで長い時間かけてきたんだ。このまま返すのもかわいそうだ。せっかく京に来たんだから、京見物したらどうだ?そこにいる蒼良が京に詳しいらしいから、案内してもらうといい」

「そうだな、源さんの言うとおりだ。せっかく京に来たんだ。ゆっくり見物でもしていくといい」

「よし、近藤さんの許しも出たし、捨助と蒼良、行くぞ」

 私と捨助さんは、慌ただしく源さんに部屋から出された。

 部屋を出る直前に、源さんと土方さんがうなずきあっていた。

 多分、江戸に帰るように説得してくれと言っているのだろう。


「ここが鹿苑寺ろくおんじといって……」

 う~ん……

「どうした蒼良」

「源さん、ここは金閣寺ですよね」

「よくわからんが、金閣寺なのだろう?」

 鹿苑寺といえば金閣寺なのだから、これは金閣寺なのだろう。

 しかし……

「私の知っている金閣寺じゃない」

 そうなのだ。私の知っている金閣寺じゃないのだ。

 金箔が貼られているのは貼られているけど、現代のようにキンキラとしてない。

 建物の形も何かが違う。

 現代よりも、新しいはずの金閣寺を見ているはずなのに、なんで現代よりも古く見えるのだ?

「でも、ここは鹿苑寺だろう? ならあれは金閣寺だろう。おい、捨助。お前もなんとか言え」

「いや、俺に言われても……」

「あっ! そうか!」

 確か、昭和25年あたりに消失しているんだ。

 しかも、その後に昭和の大修復と呼ばれる修復作業が行われているから、私が知っている金閣寺は修復あとの金閣寺で、ここにあるのは修復前の金閣寺ということになる。

「なるほど」

「蒼良、一人で納得しているけど、なんだのだ?」

「えっ、謎が解けました」

「謎?」

「いや、こっちのことで。あ、金閣寺。足利 義満が立てたのですよ。室町幕府の3代目の将軍です」

「蒼良、そういうことは知っているのだな。ほかのことを勉強したほうがいいと思うぞ」

 源さんに言われてしまった。


「ここに、こんな石庭があるとは知らなかった」

 源さんが、龍安寺の石庭を眺めて言った。

「石庭が有名ですよ」

「あれ? 俺は鏡容池きょうようちが有名だって聞いたぞ。おしどりが来るらしい」

 えっ、そうなのか?

 あとで調べてみたら、源さんの言うとおり、昔は池がある庭園の方が有名だったらしい。

「水を感じさせるために水を抜くという考えで作られているみたいで、白砂は大海で、岩は山らしいですよ」

「蒼良は、本当に、そういうことはよく知ってるな」

「そういうことはって……あ、捨助さん、どうして新鮮組に入りたいのですか?」

 私は捨助さんに話をふった。

「さっきも言ったとおり、先生のそばにいたいからだ」

 出会った時はコソコソしていたけど、今は全然普通というか、この時代に不良というものがいたら、こういう感じなのかな?というような感じだ。

 ちょっと悪いことして遊んでいるよって、感じかな。

 年は私と同じ年らしい。

「お前は、どうして新鮮組に入れたのだ?」

「私は、お師匠様に口添えしてもらいました」

「お師匠様?」

「天野先生だよ」

 庭を見ながら私たちの話を聞いていた源さんが言った。

「ああ、天野先生か」

 この人もうちのお師匠様を知っているのか?どんだけ顔が広いんだ?

「新選組って、何をしているんだ?」

「簡単に言うと、京の治安を守っています。色々あるのですよ」

「色々?」

「今は、長州の人達が京から追放されているので、その人たちの捕縛をしたり、あとは、押し借りをしたりする浪士を切ったり」

「えっ、切るのか?お前が?」

「切らないと、こっちが切られますから、命懸けですよ」

「蒼良が顔に怪我をすると、歳が怒るから大変なんだぞ。少しは気をつけろよ」

 やっぱり、庭を見ながら源さんが言った。

「私でも怪我は少ない方ですよ。山南さんなんか、大坂で切られて大怪我したし。あ、大坂といえば、力士乱闘事件がありましたね」

「ああ、数ヶ月前の出来事なのに、ずいぶん前のできごとに感じるな」

「あの時は、私たち数人で50人近くの力士を相手にしましたよね」

「えっ、力士50人? 嘘だろ?」

「何言ってんだ、捨助。本当だよ。俺はいなかったが、たしかあの時は、こっちの怪我人はいなくて、力士が一人死んだんだったよな」

「そうです。その後、仲直りしましたよ」

「力士50人……」

 捨助さんは、驚いたようにつぶやいていた。


「ここが仁和寺にんなじです。徒然草の仁和寺にある法師が住んでいたところです」

「つれづれくさ?」

「源さん、知らないのですか? 吉田 兼好が書いたものですよ」

「ますますわからん」

「ここに住んでいた法師が、石清水八幡宮に行くのですよ。で、石清水八幡宮の一部だけ見て帰ってきて、人に『石清水八幡宮に行ってきた』って話すのですよ。『でも、みんな上の方に行ったけど、何があるんだろう』実は、その上の方にあるのが石清水八幡宮だったという話です。ちょっとしたことでも、案内する人は必要だ。という感じで終わってますよ」

「蒼良、もっと他の勉強をしたほうがいいと、本当に思うぞ。長州の場所は知らなかったらしいし、左之に聞いたが、伊予も知らなかったらしいな」

 江戸時代に必要な勉強をしないとダメらしい。

「お前、そんなんでよく新選組に入れたな」

 捨助さんもあきれたように言っていた。

「新選組は、筆記試験がないので大丈夫ですよ」

「えっ、ひっきしけん?」

 この時代は、やっぱりないのか?

「私のように、多少物事を知らなくても大丈夫ということです」

「こら、歳が聞いたら怒られるぞ」

 もしかしたらいるんじゃないかと思って、周りを見回したけど、いなかった。

 ここまで来るわけないか。

 仁和寺を見たあとは、源さんが寒いから甘味処で温かいものでも食べようということになり、甘味処に入った。

 ここに来るまでの間、捨助さんと新選組の話をしていた。

 捨助さんが色々と聞いてきて、それに私が答えるという感じだ。

「捨助、新選組のことわかったか?」

 甘味処に入って椅子に座りながら源さんが言った。

「はい、なんとなくわかりました。でも、なんで俺はダメなんだ?」

「まだわからないか?」

 源さんはそう言った。私もなんで捨助さんが新選組には入れないのかわからない。

「わかりません。長男だからダメだという話は聞いたことがあるが」

 この時代の長男は、家を継がないといけない。だから新選組の隊士も次男、三男が多い。

「それだけじゃない」

 それ以外の理由?なんだろう。

「まず新選組は、毎日が命懸けだ。斬るか斬られるか。毎日がそれだ」

「捨助さん、新選組には死に番というものがあるのですよ」

「死に番?」

「御用改めとかで最初に乗り込む奴のことだ。出入り口に横一直線に並んで入ることは出来んだろう。一番最初になった奴が一番斬られやすいから死に番って呼んでんだ」

 源さんが詳しく説明してくれた。

「お前は、それに耐えられるのか?」

「俺は、耐えられる」

「お前が耐えられても、歳が耐えられんのだろう」

 えっ、土方さんが?

「歳は素直じゃないから言わないが、捨助、お前が好きなのだよ。お前にそんなことをやらせたくなくて隊に入れないんだ」

 そうなのか?

「それと、これは俺の思いも入っているが、俺たちに何かあって江戸に帰った時、故郷まで無くなっていたら悲しいぞ。お前には、俺たちの故郷を守ってもらいたい。そういう思いもあると思うぞ」

 源さんに言われ、捨助さんはうつむいていた。

「捨助さん、家を守ることもすごく大事なことだと思います。土方さんたちの実家を守ってください。お願いします」

 源さんの思いがわかったから、私も捨助さんの頼んだ。

 いつの間にかおしるこが3人分来ていて、湯気が上がっていた。

「わかったよ。俺は江戸に帰る」

「そうか、わかってくれたか」

「でも、先生たちに何かあったら、その時は俺も新選組に入るからな」

「わかった。その時は頼んだぞ。よし、しるこが冷めるから食べるぞ」

 3人でおしるこを食べた。

 ちょっと冷めていたけど、食べるのにはちょうど良かった。


「えっ、明日にはもうたつのですか?」

 屯所に戻り、土方さんと話をした捨助さんが、明日の朝出発すると言ったので、驚いた。

「まだ来たばかりじゃないですか」

「でも、これ以上ここに居ると、江戸に帰りたくなくなって、俺の決心も鈍るから」

 そうなんだ。

「わかりました。気をつけて行ってくださいね」

「蒼良も、色々ありがとな」

 現代みたいに新幹線で数時間で行けるところじゃない。1ヶ月近く歩いてやっと着くところだ。

 捨助さんが江戸に着く頃にはもちろん月が変わっているだろう。

 次の日の朝。

 土方さんと一緒に、捨助さんを送りに行った。

 別れる時に、土方さんが手紙の束を渡した。

「これを多摩のみんなで読んでくれ」

「わかりました。お元気で」

 手紙の束を受け取った捨助さんは、私たちに背を向けて行ってしまった。

「この道を行けば、江戸に帰れるのだな」

 遠くなっていく捨助さんを見ながら土方さんが言った。

「帰りたいのですか?」

「帰れるわけないだろう」

「ところで、いつの間にあんなにたくさん手紙を書いていたのですか?」

「俺は書いてないぞ」

「えっ、じゃあ、あの手紙の束は?あっ、近藤さんの分も入っているのですね」

「いいや、入ってないぞ」

 じゃあ、あの手紙の束は一体?

「あれは、俺が書いたのではなく、俺のことを思って書いた女からの手紙だ」

 えっ?ますますわけがわからないぞ。

「全部俺宛の手紙だ」

 俺のことを思って女が書いた俺宛の手紙って……

「それは、土方さんあてのラ……恋文ですか?」

「ま、そういうことだ」

「わっ、俺はモテるぞって、自慢ですか? 最低ですよ」

「女から文をもらうぐらい元気にしているぞ。って意味だ」

「それなら普通に手紙に書けばいいじゃないですか。自分宛の恋文って、しかもあんなにたくさん。いつの間にもらっていたのですか?」

「お前、妬いてるのか?」

「や、妬いてなんかいませんよ。ますます最低だ」

「そう怒るな」

 そういった土方さんは、なんか嬉しそうだった。

 私は、なんだかわからないけど、イライラしていた。

 いつの間に、あんなにもらっていたんだ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ