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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
文久3年11月
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自分の人生を行く

 気がつくと、蔵のようなところの中だった。

 周りを見てみると、一箇所、血のかたまりがあった。

 ここで死体をバラバラに切断したのか?何のために?

 そう、私は聞きたいことがたくさんあったのだ。

「んんっ」

 大久保さんの後ろ姿に向かって話しかけたつもりだった。しかし、猿ぐつわされていて、話ができなかった。

「気がついたか?」

 大久保さんは、楽しそうに振り向いた。

「気絶している人間を切ってもつまらないしな。意識がもどるのを待っていたのだ」

 にやりと笑って、大久保さんは刀を抜いた。そして刀を振り下ろした。

 やられた。そう思って目を閉じた。しかし、どこも痛くなかった。

 猿ぐつわがぱらりと落ちた。

「最後に言いたいことがあれば、聞いてやろう」

 何がそんなに楽しいのだろう?そう言いたくなってしまった。

「大久保さん、あなたが犯人なの?」

「冥土の土産に教えてやるよ。あれが証拠だ」

 刀で地面についている血のかたまりをさした。

「なんでそんなことを?」

「つまらない質問だな。人を切りたいからに決まっているだろう」

 そんなことで、一人の命を消したってこと?

「じゃあ、なんで長州の紋を使ったのですか?」

「そこまで分かったのか。長州のせいにしておけば、俺が犯人だと思う奴はいないだろう」

 要するに、目くらましということか。

「言いたいことはそれだけか?」

「そんなことをして許されると思っているのですか?」

「さぁ、どうなんだろうな。俺は別に許してもらおうとは思っていないよ。ただ、人が切りたいだけだ。だから新選組に入った。ここに入れば、切りたいだけ切れるしな。でも、実際は違ったな。まさか切るなと言われるとは思わなかった」

 大久保さんは、刀を振り回して遊びながら言った。

 この人は、狂っている。目が普通じゃない。

「よし、そろそろはじめるか。俺は、生きている人を切り刻むのが好きなんだ。お前一人消えても、誰もなにも思わないさ」

 私一人消えても、誰もなにも思わない。

 私一人消えても、歴史は変わらない。

 たしかにそうかもしれない。いや、そうなのだ。

 にやりと、大久保さんが笑いながら、刀を振り上げた。

「まずは腕からだ。腕一本無くなっても、死にはしない」

 そう言い残すと、私の右腕に向かって刀を振り落とした。

 もうどうでもいいや。私一人ぐらい。

 そう思いつつ、私は固く目をつぶった。しかし、聞こえてきたのは原田さんの声だった。

蒼良そら大丈夫か?」

 目を開けると、大久保さんは原田さんの槍で切られたみたいで倒れていた。

 大久保さんが倒れている姿を見てほっとしたせいか、全身の力が抜けて気を失ってしまった。


 ずうっと夢の中にいた。たまに心配そうな顔をしたみんなが出てきた。でも、一番多く出てきたのは、土方さんだったのかもしれない。

 体が熱かったけど、たまにおでこのあたりが冷たくなって、気持ちよかった。

 そんな状態が長く続き、ふと気がつくと、土方さんと原田さんがいた。

「おい、大丈夫か?」

 原田さんが心配そうな顔をして言った。

「目が覚めたか?」

 土方さんが、濡れた手ぬぐいを私のおでこに乗せてくれた。おでこが冷たかったのはこれだったのか。

「何か食べたいものはないか?3日間も飲まず食わずで寝ていたんだ。腹がへっているだろう?」

 原田さんに言われたけど、お腹はすいていなかった。

 そうか、もう3日も寝ていたんだ。私はちょっと夢見ていただけのつもりだったのだけど。

「熱が出たんだ。あんなことがあったあとだから仕方ないがな。なにか飲むか?」

 土方さんが聞いてきたけど、喉も乾いていなかった。

 大丈夫です。声に出して言おうと思ったけど、声が出なかった。だから、静かに首を振った。

 そんな私の姿を見て、さらに心配そうな顔をした二人。

 しかし、土方さんが事件のことを話し始めた。

「左之に言われて、お前が見ていた首を見た。そして犯人がわかった。しかし、既に大久保はお前を連れ去った後だった。どこに連れて行ったのか、少しでも手がかりが欲しくて、左之と考えてた」

「そこに、八木さんが通りかかったんだ。バラバラ事件の方の首を見て、『あんさん達はもう殺したんか?』ってあきれたように言ったから、『八木さん、こいつを知ってんのか?』と聞いたんだ」

「そのバラバラ事件の被害にあった奴は、数日前にうちの隊の入隊希望でここに来たらしい。八木さんが話しかけられて、副長である俺を探したらしいがその時俺はいなかったから、どうしたらいいか考えていたら、大久保が出てきて、自分が案内するから。と言って、そいつをどこかに連れ去ったというわけだ」

「八木さんは俺たちが殺したと思っていたわけだ。最近じゃ、俺たちもおとなしくなったと思っていたがな」

 原田さんはそう言うとハハハと笑った。

「実際は、大久保が殺していた。奴は人が切りたくてたまらなかったらしい。狂っていたのかもな」

 土方さんもそう思っていたんだ。狂っているって。

 後は、私が話を聞いたとおりだろう。自分の犯行がバレないように長州の紋の形通りに、バラバラにした手足を埋めた。

「奴がこの作業をしたのは、屯所の中だろうと思った。死体を遠くまで引きずって切るのは手間がかかる。獲物を作業するところに案内して、そこで処理したほうが早いからな」

「土方さんの言うとおり、屯所の中で一番怪しいのは蔵だろうということになり、蔵を調べたら、蒼良がいたんだ。もう一足遅かったら、手遅れになっていたな」

 そうだったのか。私は二人に感謝した。感謝の言葉を言いたかったけど、声が出ないので言えなかった。

 そのまま、また気が遠くなってしまった。

 しばらくはまた同じように、色々な人の心配そうな顔が夢に出てきた。


 ふと目が覚めると、斎藤さんがいた。

 斎藤さんは、ただ無言で見つめていた。

「大丈夫か?」

 コクンと私はうなずいた。

 再び意識が遠くなりかけた時、

「もう目を覚ませ!」

 という、斎藤さんの声がした。その声に驚いて、目が覚めた。

「夢に逃げるな」

 逃げているつもりはない。自然と目が重くなって夢の中へ行ってしまうのだ。

「お前がそのつもりがなくても、どこかでそういう意志が働いて夢の中に逃げ込んでしまうのだ」

 そうなのか?

「強くなれ。俺は前にそういったのを覚えているか?」

 あれは、確か通り魔事件の時だ。

「あの時よりは強くなっているが、まだ足りない。だから、このような目にあうのだ。強かったら、あんな奴、刀ひと振りで倒していただろう」

「私は、斎藤さんや沖田さんみたいに強くないから無理です」

 あ、声が出た。自分の声に驚いてしまった。

「声が出たな。ひとつ聞く、なんで逃げていた」

 私が、逃げていた?

「夢の中に逃げていただろう。なんでだ?」

「逃げていません。勝手に眠くなって寝ていただけです」

「お前がそう思っていなくても、体が勝手にというのだな。なら、自分の体をちゃんと支配しろ。今回のことをちゃんと受け止めろ。それまで夢の中に行かないようにしろ」

 なんか、むちゃくちゃなことを言われているような……

「そして、もっと強くなれ。お前なら強くなれる。これを乗り越えたら今より強くなれるだろう」

「今までも、稽古をちゃんとしていましたよ」

「刀ではない、心を強くしろ。ここは、女だからって特別扱いしてもらうようなところではない。男以上に強くならないとここにはいられないぞ」

「心を強くするには、どうすればいいのですか?」

「そうだな、まずは飯を食え。生きることを考えろ。今のお前は死人みたいだぞ」

 そういえば、お腹がすかないから、全然食べていなかった。何日ぐらい食べていないのだろう?

「5日目だ。何も食べなくなって、5日間。ずうっと寝ていた」

 そんなに寝ていたのか?

「死ぬつもりだったのか?」

「そんなつもりはないです」

 今回のことが精神的にすごくショックだったのかもしれない。それしか考えられない。

「いいか、今回みたいなことは、これからたくさんあるぞ。その度に寝ていたら、いつか死ぬぞ」

 確かに、その度にご飯食べないようなことをしていたら、体力が落ちて死んでしまう。

「だから、今回みたいなことがあるたびに、生きる! 絶対に生きてやる!そう思え。強く思えば思うほど強くなれる。蒼良、命を簡単に投げるな」

 そんなつもりはなかった。でも、投げやりになったことは確かだ。

 私一人ぐらい……って。

「お前は一人しかいない。誰もお前の代わりはいないから、お前はお前の人生を歩まなくてはならない。それがたとえ険しくても、投げ出すことはできないのだ。わかるか?」

 自然と、目から涙が出てきていた。

 自分を、自分の人生を投げ捨てるな。そう言われているんだ。

「分かりました。もう誰に何を言われても、人生を投げるようなことを考えません。私は、自分の人生を生きます」

 私がそう言うと、斎藤さんは安心したように枕元に置いてあったお粥を出した。

 私はゆっくりと起き上がった。ずうっと寝ていたので、少しめまいがしたけど、大丈夫だ。

 久しぶりに食べたお粥が、とっても美味しかった。


 食べることができてから元気になるまで回復が早かった。

「斎藤さん、今日も寒いですね」

 今日から巡察に復帰した。

「ああ」

 斎藤さんがそう返事をして空を見た。

 私も空を見てみると、青い空が広がっているのに、白いものが降ってきた。

「えっ、雪? でも、晴れているのに」

「風花だ」

「かざばな?」

「山の向こうで降っている雪が、風に乗ってこっちに流れてきたのだろう」

 山の向こうは雪なんだ。京は雪が降らないのかな。

「積もりますか?」

 雪が積もったら、楽しいな。あんなことして、こんなことして。そんなことを考えながら斎藤さんに聞いた。

「風で流れてきているだけだ。すぐにやむ」

 なんだ、積もらないのか。残念だな。

 そんなことを思っていると、斎藤さんが笑っていた。

「ようやく、お前らしくなってきたな」

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