自分の人生を行く
気がつくと、蔵のようなところの中だった。
周りを見てみると、一箇所、血のかたまりがあった。
ここで死体をバラバラに切断したのか?何のために?
そう、私は聞きたいことがたくさんあったのだ。
「んんっ」
大久保さんの後ろ姿に向かって話しかけたつもりだった。しかし、猿ぐつわされていて、話ができなかった。
「気がついたか?」
大久保さんは、楽しそうに振り向いた。
「気絶している人間を切ってもつまらないしな。意識がもどるのを待っていたのだ」
にやりと笑って、大久保さんは刀を抜いた。そして刀を振り下ろした。
やられた。そう思って目を閉じた。しかし、どこも痛くなかった。
猿ぐつわがぱらりと落ちた。
「最後に言いたいことがあれば、聞いてやろう」
何がそんなに楽しいのだろう?そう言いたくなってしまった。
「大久保さん、あなたが犯人なの?」
「冥土の土産に教えてやるよ。あれが証拠だ」
刀で地面についている血のかたまりをさした。
「なんでそんなことを?」
「つまらない質問だな。人を切りたいからに決まっているだろう」
そんなことで、一人の命を消したってこと?
「じゃあ、なんで長州の紋を使ったのですか?」
「そこまで分かったのか。長州のせいにしておけば、俺が犯人だと思う奴はいないだろう」
要するに、目くらましということか。
「言いたいことはそれだけか?」
「そんなことをして許されると思っているのですか?」
「さぁ、どうなんだろうな。俺は別に許してもらおうとは思っていないよ。ただ、人が切りたいだけだ。だから新選組に入った。ここに入れば、切りたいだけ切れるしな。でも、実際は違ったな。まさか切るなと言われるとは思わなかった」
大久保さんは、刀を振り回して遊びながら言った。
この人は、狂っている。目が普通じゃない。
「よし、そろそろはじめるか。俺は、生きている人を切り刻むのが好きなんだ。お前一人消えても、誰もなにも思わないさ」
私一人消えても、誰もなにも思わない。
私一人消えても、歴史は変わらない。
たしかにそうかもしれない。いや、そうなのだ。
にやりと、大久保さんが笑いながら、刀を振り上げた。
「まずは腕からだ。腕一本無くなっても、死にはしない」
そう言い残すと、私の右腕に向かって刀を振り落とした。
もうどうでもいいや。私一人ぐらい。
そう思いつつ、私は固く目をつぶった。しかし、聞こえてきたのは原田さんの声だった。
「蒼良大丈夫か?」
目を開けると、大久保さんは原田さんの槍で切られたみたいで倒れていた。
大久保さんが倒れている姿を見てほっとしたせいか、全身の力が抜けて気を失ってしまった。
ずうっと夢の中にいた。たまに心配そうな顔をしたみんなが出てきた。でも、一番多く出てきたのは、土方さんだったのかもしれない。
体が熱かったけど、たまにおでこのあたりが冷たくなって、気持ちよかった。
そんな状態が長く続き、ふと気がつくと、土方さんと原田さんがいた。
「おい、大丈夫か?」
原田さんが心配そうな顔をして言った。
「目が覚めたか?」
土方さんが、濡れた手ぬぐいを私のおでこに乗せてくれた。おでこが冷たかったのはこれだったのか。
「何か食べたいものはないか?3日間も飲まず食わずで寝ていたんだ。腹がへっているだろう?」
原田さんに言われたけど、お腹はすいていなかった。
そうか、もう3日も寝ていたんだ。私はちょっと夢見ていただけのつもりだったのだけど。
「熱が出たんだ。あんなことがあったあとだから仕方ないがな。なにか飲むか?」
土方さんが聞いてきたけど、喉も乾いていなかった。
大丈夫です。声に出して言おうと思ったけど、声が出なかった。だから、静かに首を振った。
そんな私の姿を見て、さらに心配そうな顔をした二人。
しかし、土方さんが事件のことを話し始めた。
「左之に言われて、お前が見ていた首を見た。そして犯人がわかった。しかし、既に大久保はお前を連れ去った後だった。どこに連れて行ったのか、少しでも手がかりが欲しくて、左之と考えてた」
「そこに、八木さんが通りかかったんだ。バラバラ事件の方の首を見て、『あんさん達はもう殺したんか?』ってあきれたように言ったから、『八木さん、こいつを知ってんのか?』と聞いたんだ」
「そのバラバラ事件の被害にあった奴は、数日前にうちの隊の入隊希望でここに来たらしい。八木さんが話しかけられて、副長である俺を探したらしいがその時俺はいなかったから、どうしたらいいか考えていたら、大久保が出てきて、自分が案内するから。と言って、そいつをどこかに連れ去ったというわけだ」
「八木さんは俺たちが殺したと思っていたわけだ。最近じゃ、俺たちもおとなしくなったと思っていたがな」
原田さんはそう言うとハハハと笑った。
「実際は、大久保が殺していた。奴は人が切りたくてたまらなかったらしい。狂っていたのかもな」
土方さんもそう思っていたんだ。狂っているって。
後は、私が話を聞いたとおりだろう。自分の犯行がバレないように長州の紋の形通りに、バラバラにした手足を埋めた。
「奴がこの作業をしたのは、屯所の中だろうと思った。死体を遠くまで引きずって切るのは手間がかかる。獲物を作業するところに案内して、そこで処理したほうが早いからな」
「土方さんの言うとおり、屯所の中で一番怪しいのは蔵だろうということになり、蔵を調べたら、蒼良がいたんだ。もう一足遅かったら、手遅れになっていたな」
そうだったのか。私は二人に感謝した。感謝の言葉を言いたかったけど、声が出ないので言えなかった。
そのまま、また気が遠くなってしまった。
しばらくはまた同じように、色々な人の心配そうな顔が夢に出てきた。
ふと目が覚めると、斎藤さんがいた。
斎藤さんは、ただ無言で見つめていた。
「大丈夫か?」
コクンと私はうなずいた。
再び意識が遠くなりかけた時、
「もう目を覚ませ!」
という、斎藤さんの声がした。その声に驚いて、目が覚めた。
「夢に逃げるな」
逃げているつもりはない。自然と目が重くなって夢の中へ行ってしまうのだ。
「お前がそのつもりがなくても、どこかでそういう意志が働いて夢の中に逃げ込んでしまうのだ」
そうなのか?
「強くなれ。俺は前にそういったのを覚えているか?」
あれは、確か通り魔事件の時だ。
「あの時よりは強くなっているが、まだ足りない。だから、このような目にあうのだ。強かったら、あんな奴、刀ひと振りで倒していただろう」
「私は、斎藤さんや沖田さんみたいに強くないから無理です」
あ、声が出た。自分の声に驚いてしまった。
「声が出たな。ひとつ聞く、なんで逃げていた」
私が、逃げていた?
「夢の中に逃げていただろう。なんでだ?」
「逃げていません。勝手に眠くなって寝ていただけです」
「お前がそう思っていなくても、体が勝手にというのだな。なら、自分の体をちゃんと支配しろ。今回のことをちゃんと受け止めろ。それまで夢の中に行かないようにしろ」
なんか、むちゃくちゃなことを言われているような……
「そして、もっと強くなれ。お前なら強くなれる。これを乗り越えたら今より強くなれるだろう」
「今までも、稽古をちゃんとしていましたよ」
「刀ではない、心を強くしろ。ここは、女だからって特別扱いしてもらうようなところではない。男以上に強くならないとここにはいられないぞ」
「心を強くするには、どうすればいいのですか?」
「そうだな、まずは飯を食え。生きることを考えろ。今のお前は死人みたいだぞ」
そういえば、お腹がすかないから、全然食べていなかった。何日ぐらい食べていないのだろう?
「5日目だ。何も食べなくなって、5日間。ずうっと寝ていた」
そんなに寝ていたのか?
「死ぬつもりだったのか?」
「そんなつもりはないです」
今回のことが精神的にすごくショックだったのかもしれない。それしか考えられない。
「いいか、今回みたいなことは、これからたくさんあるぞ。その度に寝ていたら、いつか死ぬぞ」
確かに、その度にご飯食べないようなことをしていたら、体力が落ちて死んでしまう。
「だから、今回みたいなことがあるたびに、生きる! 絶対に生きてやる!そう思え。強く思えば思うほど強くなれる。蒼良、命を簡単に投げるな」
そんなつもりはなかった。でも、投げやりになったことは確かだ。
私一人ぐらい……って。
「お前は一人しかいない。誰もお前の代わりはいないから、お前はお前の人生を歩まなくてはならない。それがたとえ険しくても、投げ出すことはできないのだ。わかるか?」
自然と、目から涙が出てきていた。
自分を、自分の人生を投げ捨てるな。そう言われているんだ。
「分かりました。もう誰に何を言われても、人生を投げるようなことを考えません。私は、自分の人生を生きます」
私がそう言うと、斎藤さんは安心したように枕元に置いてあったお粥を出した。
私はゆっくりと起き上がった。ずうっと寝ていたので、少しめまいがしたけど、大丈夫だ。
久しぶりに食べたお粥が、とっても美味しかった。
食べることができてから元気になるまで回復が早かった。
「斎藤さん、今日も寒いですね」
今日から巡察に復帰した。
「ああ」
斎藤さんがそう返事をして空を見た。
私も空を見てみると、青い空が広がっているのに、白いものが降ってきた。
「えっ、雪? でも、晴れているのに」
「風花だ」
「かざばな?」
「山の向こうで降っている雪が、風に乗ってこっちに流れてきたのだろう」
山の向こうは雪なんだ。京は雪が降らないのかな。
「積もりますか?」
雪が積もったら、楽しいな。あんなことして、こんなことして。そんなことを考えながら斎藤さんに聞いた。
「風で流れてきているだけだ。すぐにやむ」
なんだ、積もらないのか。残念だな。
そんなことを思っていると、斎藤さんが笑っていた。
「ようやく、お前らしくなってきたな」




