バラバラ殺人事件
寒い、寒すぎる。
エアコンとまでは言わない。せめてこたつとストーブぐらいは欲しい。
「おい、こらっ!」
暖房機械がなさすぎるのもどうなの?
「出てきやがれっ!」
京って盆地なのよ。ただでさえ寒いのに、暖房が火鉢のみってどうなの?
「ばかやろうっ!」
「あっ」
火鉢を抱え込んで、上から布団をかぶって暖をとっていたのに、土方さんに布団を取られてしまった。
「寒いじゃないですかっ!」
「冬だから、寒いのは当たり前だっ! お前、今日は巡察の当番だろうが。いつまで布団をかぶっていやがる。巡察に行けっ!」
土方さんに蹴りだされた。
蹴るってどうなの?もしかして、私を追い出した後、こっそりと布団にもぐっているんじゃないだろうな?
そおっと障子を開けてのぞく。
土方さんは、黙々と書物をしていた。
「何してる?」
「いや、土方さんは寒くないのかなぁって」
「寒いに決まっているだろう。お前も走って巡察したら、体が温まるぞ」
そうか、この時代の人はそうやって温まっていたのか。
「土方さんも、一緒に巡察して温まりますか?」
「俺は遠慮しておく。早く行け」
やっぱり、巡察で温まるわけないか。
「蒼良、今日はずいぶん歩くのが早いが、何かあるのか?」
一緒に巡察している原田さんが言った。
「寒いのですよ。原田さんは平気なのですか?」
「寒いが、歩くのを早くするほどではないぞ」
この時代の人たちは、寒いのも平気なのか?私には部屋の外も中も寒く思える。
「蒼良は、寒がりか?」
現代ではそんなに寒がりでもなかった。この時代が寒いのだ。
「唇がふるえているぞ」
原田さんは、自分の上着を脱いで、私の上にかぶせてきた。
「これを着ろ」
「大丈夫です。原田さんが寒くなりますよ」
「俺は大丈夫だ。少しでも温まるなら遠慮せずにそれ着てろ。着物一つ増えたぐらいで温まるかわからないが」
「ありがとうございます」
原田さんの気持ちが暖かかった。
しばらく歩いていると、草むらに倒れている人がいた。
「あそこに人が倒れているみたいです」
草むらから手が出ていて、それで気がついた。
「本当だ。ほっといたら凍死するな。ここで寝ているってことは、酔っぱらいか?おい、起きろ」
原田さんが手を触った。しかし、起きる気配がなかった。
「ほら、起きろって言っているだろう」
原田さんが手を引っ張った。
しかし、手の後についているはずの体がなかった。
原田さんが持っているのは、腕付きの手だけだった。
「は、原田さん、その人、体がないようなのですが……わ、私の見間違いでしょうか?」
「いや、体がないな。手だけだ。でも、なんで手だけなんだ? 体はどこだ?」
周りを探してみたけど、体は見つからなかった。
屯所に戻ると、他の隊士達がもう片方の腕と両足と胴体を別々に持ってきた。
「バラバラにされて、あっちこっちで捨てられていたのか? 一体何のために?」
土方さんの前でバラバラのパーツを組み立てると、首のない男性の死体になった。
「これが世に言うバラバラ殺人事件か」
「お、その名前いいな。よし、そのバラバラ殺人事件、一体何のためにこんな手間をかけたんだ?」
確かに、これは手間だわ。
殺すなら、刀でさせばいい。
これをバラバラにするとなると、刀は刃がボロボロになって使えなくなるし、血で濡れて切れにくくもなる。
「土方さん、なんで首がないんだ?」
原田さんが死体を見ながら言った。
「たぶん、顔が分かれば切った人間がわかるから、わざと隠しているのではないかと思いますが」
推理小説だと、そういうのが多いけど……。
「お前! たまにはいいこと言うな」
土方さんに褒められた。って、たまにはってなんだ?
「でも、なんでこんな手間をかけたのかがわからんな」
土方さんは、また考え込んでしまった。
よく推理小説とかドラマとかであるのは、
「見つけた場所を地図で調べて、そこに印をつけると、何かの印になったり……」
でも、あくまで小説やドラマの話だから、そんなことはないよね。
「おいっ!絵地図を持って来い」
土方さんが、他の隊士に命じた。
この時代は、現代のような地図がない。
大まかな場所と名前とかが書いてある絵のような地図があるだけだ。
「いや、土方さん、単なる思いつきなので間違っているかも……」
「思いつきでも、やってみる価値はあるだろう」
そういうわけで、発見した場所を聞き、地図に印をつける。
すると、上に長い横棒が一本と、その下に点が二つできた。
「これは、毛利氏の家紋だ」
土方さんがつぶやいた。
「長州か?」
原田さんもつぶやいた。
毛利氏=長州なのか?
「ということは、首はここになるか?」
土方さんが、既に印をしてある二つの点の真ん中の少し上のあたりに点を書いた。
「ああ、これ、見たことありますよ」
時代劇で見たことある。
「だから、長州だって言ってんだろうがっ!」
「蒼良、まさか、知らなかったのか?」
原田さんが驚いていた。そんなに驚くことなのか?
土方さんが点をたした場所を実際に調べると、首が出てきた。
「バラバラ死体、完成しました」
バラバラ死体なんて、あまりお目にかかりたくない。
「顔に覚えがあるか?」
土方さんに聞かれたけど、全然覚えがなかった。
「地図の印からすると、この死体が長州の関係者か、殺した人間が長州の関係者になるかもしれねぇな。そうなると、黙って見過ごすわけにもいかねぇ」
長州の人達とその関係者は、8月18日の政変以降、京への出入りが禁止されている。
その関係者と思われる物が出てきたということは、出入り禁止を破っているということになり、京の治安を守るものとしては、黙って見ているわけにもいかなくなる。
「蒼良!」
珍しく、土方さんに名前で呼ばれた。
「はい、何ですか?」
「お前、絵がうまかったな?」
過去に、人相書きを書いて犯人を捕まえたことがある。
「この首の絵を書け。それを見せて聞きこみすれば、なにか出てくるだろう」
「えっ、首を見ながら絵を描くのですか?」
「見なきゃ描けんだろう」
あまり首に関わりたくないのですが……
そんなのんきなことを言うわけにもいかず、私は首を置いて、それを見て絵を描くことになった。
ああ、どうせなら、生きていて、ちゃんと体もある人間を描きたかった。
「蒼良、差し入れだ。冷めないうちに食べろ」
原田さんが、暖かいおしるこを持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
私は首から目をそらしておしるこを食べた。
「それにしても、この首は嫌な顔をしているな」
「原田さんもそう思いましたか?」
そう、この首、最後に思いっきり苦しんで叫びました。という顔をしている。あまりいい顔ではない。夜中に夢に出てきたらどうしてくれる?
「蒼良も、疲れるだろう」
「あまりいい仕事じゃないですね」
おしるこ、甘くて美味しいな。こういう仕事の合間だから、余計に美味しく感じる。
「蒼良は、本当に甘いものが好きだな」
「甘いものは別腹なんですよ」
「なんだ、そりゃ。それにしても、よく描けてるな」
原田さんが、私の描いた絵を見た。
「でも、こんな顔して歩いている人はいないですよね。この顔を参考にして、普段の顔を想像して描いたほうがいいのかな?」
「そんなことができるのか?」
「やったことはないですけど、この顔見せても誰だかわからないと思いますよ」
「確かにそうだな。そこは蒼良に任せる。俺たちが仕事しやすいように頼む」
「分かりました。やってみますね」
首と向き合う時間が増えたかも。
でも、早く犯人を見つけるためだ。頑張ろう。
「おおっ! お前にしては上出来だ。普段の顔まで描くとはな。見直した」
「この首が夢に出てきたら、土方さん恨みますよ」
寝ぼけたフリして叩いてやろうか。
「お前、今変なこと考えただろう」
な、なんでわかったんだ?
「顔に書いてある」
えっ、顔?
顔をゴシゴシこすっている私を見て、土方さんは笑った。
「夢見ている暇はないぞ。これを見せて、聞き込み開始だ」
確かに。のんびり夢見る時間もなさそうだわ。
みんなで聞き込みをし、死体の身元がわかった。
長州と全く関係のない浪人だった。
しかも、最近一人で京に来たみたいで、縁のある人もいなかった。
この事件は、迷宮入りになった。
「今日も寒いですね」
この日も原田さんと巡察だった。
「京は盆地だから寒いとは聞いていたが、これほど寒いとはな」
「結局、あの事件の犯人はわからないままですね」
「蒼良が意外と鋭い発言してたから、すぐに解決すると思ったんだがな。駄目だったな」
意外とって……
でも、犯人が捕まらないのは残念だ。
そんな話をしながら歩いていると、前から他の隊士の人が走ってきた。
「向こうで、商人の家に入り込んで押し借りをしている浪人を見かけました」
「よし、捕縛しろ。俺もすぐ行く」
原田さんが走り出したので、私も一緒に走った。
その商人の家に着くと、既に浪人が息絶えていた。
しかも、首を切り落とされていた。
「捕縛しろと言われただろう」
その惨状を見ながら原田さんが言った。
新選組は人斬り集団なんていう人もいるけど、ここ最近は、相手が長州の人間か調べる必要もあるので、切るのではなく、捕縛をして奉行所などに届けることにしている。
しかし、血の気の多い隊士もいて、捕縛ではなく斬り殺してしまうこともあり、土方さんから、捕縛するようにと改めて注意されていた。
「すみません。つい力が入ってしまって」
刀についた血を振り落としながら、隊士が出てきた。
「またお前か。新入りだから仕方ないが、気をつけろよ」
「はい、すみません」
その隊士は謝ったけど、悪いことをしたとは思っていないように見えた。
人を切って楽しんでいるような……いや、気のせいだろう。
でも、殺そうとしない限りは、こんな綺麗に首は切れない。最初から殺す気だったとしか思えない。
「あの隊士の名前は、なんというのですか?」
私は気になったので、原田さんに聞いた。
「大久保って名前だったと思う。俺も入ってくる隊士の名前を覚えている間もないしな」
「でも、土方さんは、全員覚えているみたいで。この前は隊士の名前を全員言おうとしてましたよ」
「あの人は、それが仕事だからな」
原田さんは苦笑いをしていた。
「それにしても、あいつは血の気が多いやつで、切るなって言っても手加減なしで切ってくる。人を切るのに抵抗を感じる奴もいるのにな」
大久保さんという人は、もう何回も人を切っているのか。
首の切り口が、バラバラ事件の首の切り口とよく似ているような感じがするのは気のせいか?
気になるから、嫌だけど、首をお持ち帰りして見てみようかな。
原田さんに聞いてみたら、
「この浪人が長州の者か調べないといけないから、屯所でじっくり見れるぞ。それにしても、死体を見たいなんて物好きだな。俺はごめんだけどな」 私もできれば見たくない。でも、ちょっと気になるから。
結局、この浪人は長州の人間でもなく、お金がないので押し借りをしたというだけだった。
なら殺すまでもないと思うのだけど。
「おい、首を持ってきたぞ」
原田さんが、その浪人の髪の毛をつかんで首を持ってきた。
私は、原田さんから首を受け取った。
「意外と重いのですね」
その重さに驚いてしまった。
「一番重い頭がついているのだから、重いだろう。それにしても、何に使うんだ?」
私は、台の上に首をおいた。台の上には、この前のバラバラ事件の首も置いてある。
最近寒い日が続いたので、数日たっても腐ることはなかった。
バラバラ事件の首と、今回の首を仰向けに寝かせ、切り口を表に出して置いた。
「やっぱり、切り口が一緒だ」
バラバラ事件の首を一番見ているのは私だ。だって、人相書きを書いたから。
だから今回気がつくことができたのだ。切り口が似ていることに。
「本当だ。似ているどころじゃなく、一緒じゃないか」
「違う人が同じ刀で切っても、こんなに同じように切れないですよね」
「これは間違いなく、同じ人間が同じ刀で切ったのだろう」
ということは、この浪人を切った人間と、バラバラ事件の犯人は同じということになる。
この浪人を切ったのは大久保さんという隊士だから、バラバラ事件の犯人は……。
「俺、土方さん呼んでくる」
原田さんは、慌てて呼びに行った。
まさか、バラバラ事件の犯人が、うちの隊の人間だったなんて思わなかった。
じゃあ、なんで長州の紋だったのだろう?なんで被害者はこの人なんだ?様々な疑問が浮かんでは消えていく。
「蒼良!」
私のことをそう呼ぶ人は隊の中でもごく一部の人だ。
私は思いっきり油断していた。
いつもの通りに振り向くと、みぞおちに強烈な痛みが走り、気を失った。 気を失う寸前に、大久保さんの冷徹な笑い顔が見えた。




