偽隊士
「岩崎 三郎って隊士はいなかったよな?」
突然、土方さんに聞かれた。
「全部の隊士の名前を覚えてないですよ」
「お前に聞いた俺がバカだった」
「そういう土方さんは隊士の名前全部言えるのですか?」
私が聞くと、ご丁寧にあ行から名前を言い始めた。
「土方さんが、隊士の名前を全部知っていることは、よ~く分かりました」
か行あたりで止めた。こんなことを聞いていたらきりがない。
「で、その岩崎 三郎さんが何かあったのですか?」
「大文字屋源蔵宅で金を借りたらしい」
「隊則を破りましたね。切腹ですか?」
勝手に金策をしてはならないと、隊則で決められている。破ったらもれなく切腹が待っている。
この切腹が嫌で、何とか隊則を守ろうと思っている私だ。
「それが、どうもうちの隊の人間じゃないらしい」
「えっ?」
「壬生浪士を名乗って金を借りたらしいんだが、そういう名前の奴がいないんだ」
「そもそも、新選組なのに、壬生浪士を名乗るのが怪しいですね」
「うちの隊の人間じゃねぇから、残念ながら、切腹はさせられねぇな。でも、うちの名前を出されて黙って見ているわけにもいかねぇ」
「そうですよ。最近イメージアップしてきているのに……」
「いめいじあっぷ?」
しまった、カタカナ語だ。
「いや、評判が良くなっているというか……」
「でも、京の人間のほとんどが、俺たちのことを壬生狼と思っているぞ」
近藤さんのポスターかなんか作って、イメージアップ運動をしたいわ。無理だけど。
「とにかく、うちの名前を出して金を借りたんだ。それなりの覚悟は出来てんだろう」
土方さんが、指をボキボキと鳴らした。
「だから、大文字屋源蔵さんにお金を借りた岩崎 三郎さんを探せって言ったって、無理がありますよね。顔とか知っているならともかく」
土方さんの話を聞いたあと、藤堂さんと京の街に出て、岩崎 三郎なる人物を探すことになった。
「とにかく、周りの家に聞いて回るしかないね。大文字屋さんも、顔を覚えていればなんとかなったかもしれないけど、顔も覚えていないみたいだから」
覚えていないというか、壬生浪士の名前を聞いて怖くなり、目を合わせなかったらしい。
そんなに評判悪いのか?この際手書きでポスターでも作ろうかな?土方さんあたりなら結構いい男だから、女の人たちに人気が出るかもしれない。
そしたら、少しは好感度が上がるかな?
「蒼良、何考えているんだい?」
ポスターのことを考えていたら、藤堂さんに言われた。
「えっ?」
「遠い目をしていたよ」
「ああ、どうしたら新選組の好感度が上がるかなぁって。ほら、評判が悪いじゃないですか。ここで好感度をあげとかないと、と思ったので」
「蒼良は、本当に面白いことを考えるね。好感度を上げるためにここにいるわけじゃないから、そんなこと気にしなくてもいいのに」
そうだった。武士になるためにいるのだった。
「新選組ですが、岩崎 三郎って人、知りませんか?」
大文字屋さんの家の周りを聞いて歩いた。
「新選組?」
「壬生浪士組です」
「ああ、新選組なんて言うから、どこの組みかと思ったよ。なんだ、壬生浪士組か」
やっぱり、壬生浪士組の方が知名度が高いらしい。
新選組に名前を変更しましたキャンペーンでもしないかぎり、いつまでたっても壬生浪士組かもしれない。
原田さんもいい男だから、ちり紙か何か配らせようかな?でも、この時代、ちり紙は高級品なのよね。よく駅前にいる宣伝の人みたいに、気前良く配れるものではない。
「蒼良、今度は難しい顔をしているよ」
藤堂さんに言われてしまった。
「新選組なのに、みんなは名前を覚えてくれないのですね」
「京の人達にとって、私たちが新選組であろうと壬生浪士組であろうと、あまり関係ないからじゃないかな」
そう言われれば、そうだよね。
「はぁ、新選組の知名度まで低いとは」
現代なら、この時代よりも知っている人は多いと思うけど。
「そう落ち込まない。新選組だろうと、壬生浪士組だろうと、やることはあまり変わらないからね」
ま、たしかにそうだ。
「岩崎 三郎という男を知りませんか?」
もう数件回ったが、手がかりは全くなかった。
ちょっと大きめなお店の人に声をかけた。
「そのお人なら、今見えてますえ」
えっ、居るのか?今、ここに?
「ほら、あそこ」
お店の番頭さんに指さされた方を見てみると、浪人風の男がいた。
「壬生浪士組のお人やろ?」
「それが違ったりするんですよ」
私が番頭さんと会話しているうちに、藤堂さんは素早くその男のそばに行った。
「鈴木 三郎とは、お前か?」
藤堂さんが声をかけると、その男は胸を張って振り返った。
「そうだ。壬生浪士組の鈴木 三郎だ」
「あいにく、壬生浪士組から新選組に名前が変わったのだけど、知りませんか?」
私が言うと、その男はお店を飛び出した。
私と藤堂さんで急いで追いかけた。
幸い、その男はすぐに捕まえた。
「壬生浪士組の名前を語り、お金を借りましたね。観念しなさい」
私は後ろからその男に飛びついた。
よし、捕まえた。そう思った。
しかし、男が腕を振り回し、そのひじが私の鼻に思いっきり当たった。
「うわっ!」
私は、鼻を押さえて地面に倒れた。
男は逃げ出した。しかし、すぐに藤堂さんが追いつき捕まえた。
藤堂さんは、男の手に縄をかけた。
「この男を西町奉行所に頼む」
さっきのお店の番頭さんに男をたくした。
「えっ、屯所に連れて行かないのですか?」
私が聞くと、藤堂さんは手ぬぐいを私の顔に押し付けた。
鼻からなにか出てくる感じがするので、きっと鼻血でも出ているのだろう。
「隊士なら捕まえて切腹させるけど、隊士じゃないから、奉行所に任せたほうがいいだろうと土方さんが言っていたから」
そうなんだ。って、藤堂さんはなんで私を抱き上げているんだ?
しかも、これが俗に言う、お姫様抱っこじゃないかっ!
「藤堂さん、降ろしてください」
「いや、降ろさない。蒼良は怪我しているから」
「怪我って、鼻血ですよ」
「鼻が骨折してたらどうする?とにかく、冷やそう」
「でも、鼻なら歩けますよ。足があるのですから」
しかし、藤堂さんは降ろしてくれなかった。
京の街中でお姫様抱っこって、恥ずかしい。
しかも、今の私は外見男だし、男が男をお姫様抱っこって、どうなの?
もう言っても聞かないから、黙っていた。
いつまで抱っこしているんだ?
着いたところは、鴨川の河川敷だった。
なんで鴨川?と思っていると、私から手ぬぐいを取り、それを川の水に浸してから再び鼻をおさえてきた。
「蒼良、女の子なのに、顔に青あざが出来てしまったよ。冷やせば治るかな?」
冬の川の水は冷たいみたいで、手ぬぐいも冷たかったし、藤堂さんの手も冷たさで赤くなっていた。
「青あざなんて、怪我のうちに入りませんよ。大丈夫です。数日経てば治ります」
「鼻血は止まったけど、青あざはやっぱり薬がいいのかな?」
藤堂さんは、私の鼻の横を優しくなでていた。たぶん、そこに青あざができているのだろう。
藤堂さんの顔がアップになっていて、妙にドキドキしてしまった。
「それより、手ぬぐいを汚してしまって、すみません。洗って返します」
「いいよ、気を使わなくても」
「いや、ちゃんと洗って返しますよ」
私は、藤堂さんから手ぬぐいをとった。
「お前っ! また顔にあざを作りやがってっ!」
屯所に帰ったら、土方さんに怒られた。
「鈴木 三郎という男は西町奉行所に送ったという話が来たから安心していたら、ばかやろう」
何がばかやろうなのだ?ちゃんと捕まえて送ったからめでたしじゃないか。
「お前は、女だって自覚がないのか?」
「そんなもの持っていたら、人は切れませんよ」
「それはそうだがな。でも、少しは自覚しろ。顔の怪我が治らなかったらどうするんだ?」
「青あざだから、数日で治りますよ」
「蒼良、薬もらってきたよ」
土方さんと言い合いしていたら、藤堂さんが来た。
「数日で綺麗に治るらしいよ」
藤堂さんはそう言うと、その薬の蓋を開け、優しい手つきで青あざのところに薬を塗ってくれた。
「妙に優しい手つきで塗るじゃねぇか?」
「怪我なので、痛くないように塗っているのですよ」
「こんなもんは、こうやってな」
そう言いながら、土方さんがグリグリと指で押すように薬を塗ってきた。
「いっ、痛いじゃないですかっ!」
「そんな怪我する方が悪いっ!」
なんで土方さんは急に不機嫌になったんだ?
この鈴木 三郎という人物、堀田 摂津守家来、西条 幸次郎という人であることが判明した。
「で、どういう人なんですか? その人」
摂津守は官職名であり、実際の摂津とは全く関係ないことは分かるのだけど、それがどういうことかと言われると、どうもわからない。
「お前、本気で聞いているのか?」
いつものように、土方さんに言われる。
「簡単に言えば、堀田家の家来ということだ」
「なんだ、それならわかりますよ。摂津守なんて付けるからわからなくなるのですよ。で、またなんでそんなところの家来がお金を借りたのですか?」
「家来なんて言っているが、ま、浪人だろう」
元家来ということか?浪人ということは、この時代、勝手に国をでることは違法なので、国を出た人を牢人と呼んでいたけど、それがいつの間にか浪人になったらしい。
「鈴木 三郎なんてとこにでもある名前をつけて、結局偽名だったのですね」
「その名前は、どこにでもあるのか?」
えっ、逆に聞かれても困るのだけど、あるのか?
「あ、これがいいかな?」
私は、手ぬぐい屋さんの前で物色をしていた。
藤堂さんから借りた手ぬぐい、洗ったのだけど、時間が経ってしまったせいか、血が落なかった。
それなら、新しく買って返そうかなと思い、手ぬぐい屋さんに行ったのだけど、たくさんの柄があって迷ってしまった。
この時代は、手ぬぐいが大活躍なのだ。ハンカチとかタオルとかがないから大活躍なのだけど。
私が選んだのは、紺色で薄い水色で麻の葉模様という模様がある手ぬぐいだ。
これがなんとなく藤堂さんらしかった。
屯所に帰ると、藤堂さんがいた。
「藤堂さん、この前の手ぬぐい、汚れが落ちなかったので、これでよければ使ってください」
「蒼良、わざわざ買ってきたの?別に良かったのに」
「藤堂さんが良くても、私が良くないので」
「ありがとう。いい柄だね」
「手ぬぐいがたくさんあって、それが藤堂さんらしいなと思ったので」
「大切にするよ。蒼良からもらった物だから、簡単に使えないな」
「使ってくださいよ。そのために買ったのだから」
「いや、大事にしまっておく」
藤堂さんは、懐に手ぬぐいをしまった。
なんで使わないでしまっておくのだろう?
「土方さん、土方さんにも手ぬぐいを買ってきましたよ」
「にもってことは、他の奴にも買ったな?」
「藤堂さんにですよ。手ぬぐい借りたら汚してしまったので」
「じゃぁ、俺のはついでかっ!」
今日の土方さんも不機嫌か?なんでいきなり怒鳴るのだろう?
「ジャン!」
私は、土方さんに買ってきた手ぬぐいを出した。
その模様は、唐草模様。簡単に言うと、よく泥棒が背中に背負うものを包んでいるあの布の柄だ。
緑色だし、全くそのまま泥棒の柄だ。
この前、青あざをグリグリした仕返しだっ!
「おおっ、唐草模様か。縁起がいい柄だ。ありがとな」
えっ、そうなのか?




