江戸時代でハロウィン
もう10月も終わりだ。
最近は朝と晩だけでなく、昼間も寒いなぁと思う日が増えてきた。
屯所にある木を見てみると、ハロウィンらしくガイコツとかが飾ってあった。
そうか、ハロウィンか。
そんな景色をぼんやりと見ていると、藤堂さんの声が聞こえてきた。
「だ、誰のいたずらだろう? 木に人骨がぶら下がっている」
「イタズラじゃないですよ、ハロウィンです」
「はろうぃん?」
ちょっと待て。この時代の日本にハロウィンなんてものがあったのか?いや、ないだろう。
じゃぁ、この飾りは?やっぱりいたずらか?
「かぼちゃまでぶら下がっているけど」
沖田さんがやってきた。その手に持っているものは、
「ジャックランタン」
「じゃっくらんたん?」
沖田さんと藤堂さんが声を揃えて言った。
ジャックランタンまであるなんて、どうして?
「気に入ったか?」
その声は、お師匠様。
随分久しぶりに会う。
「お師匠様、今まで何をしていたのですか?」
「温泉めぐりじゃ。楽しかったぞ」
人がせっせと働いている時に、温泉めぐりとは。なんていい身分なんだ。
「どうじゃ、気に入ったか? 蒼良が頑張っているから、ハロウィンをして驚かせてやろうと思ってな」
「気に入ったもなにも、この時代にはハロウィンはないですよ。沖田さんと藤堂さんが驚いていますが、どうするのですか?」
「うーん、どうするんじゃ?」
どうするんじゃって、あんたが用意したことだろうが。最後まで責任をもて。
「お師匠様がやったことでしょう」
「わしは蒼良を喜ばせようと思ってやったのじゃ。気に入らんかったんか?」
お師匠様は、目をうるうるさせながら言った。
「いや、そういうわけではないですよ。ここでハロウィンが見れると思ってなかったので、嬉しいですよ。ですが……」
この状態をどう説明すれば?と言おうとしたら、
「おっ、急用ができた。また来るぞ」
そう言って、お師匠様は素早く去っていった。
もしかして、逃げたのか?
「蒼良、これ、なに?」
沖田さんがジャックランタンを持っている。
「この人骨、偽物らしい。なんでこんなものが?」
藤堂さんは骸骨を持っている。
「おい、こりゃ一体何だ?」
土方さんが現れて、よく理科室に置いてある人体模型を持っている。って、なんで人体模型?
「これは、ジャックランタンといいます。この中にロウソクを入れると、提灯のようになるのです」
「へぇ、またなんでわざわざかぼちゃをこんなふうにするの?」
沖田さんが、ジャックランタンを見ながら言った。
「異国の鬼火のようなものですよ。元は光る着物を身にまとい、かぼちゃ頭の男の幽霊なんですよ。これを家の前に置いて、悪い霊を追い払うのです」
「へぇ、幽霊なんだ、面白い顔しているなぁ」
「この人骨は?」
藤堂さんが、骸骨を見ながら言った。
「本物じゃなくて、偽物です。お化けに仮装をしたりするから、それで置いてあったのか、ジャックランタンと同じで、悪い霊を追い払うために置いてあったのか、よくわからないです」
お師匠様が置いたものだし。なんで置いたんだか。
「おい、これはなんだ?色々中身が出てくるぞ」
土方さんが、人体模型の内蔵を色々取り出していた。
「これは、人間の体の中を表したものですよ。土方さんが持っているのは、胃ですよ」
「い?」
私はみぞおちあたりを指さした。
「ここら辺にありますよ」
「なんでこんなものが?」
それこそ、お師匠様に聞いてくれっ!しかも、どこから持ってきたんだ?
「でも、なんでこんな色々なものが置いてあるんだ?悪い霊が本当に来るの?」
沖田さんが鋭い質問をしてきた。
「ハロウィンと言って、簡単に言うと、異国のお盆です。死んだ人も帰ってくるのですが、悪い霊も帰ってくるので、それを追い払うためにこういうものを家の前に置いて追い払っていたみたいです」
「異国にも、お盆があるのか?」
土方さんが聞いてきた。
「日本とは少し違いますが」
「他に何かやるの?」
藤堂さんが楽しそうに聞いてきた。
「そうですね、子供たちがお化けに仮想をして近所の家をまわり、トリック・オア・トリートと言うのです。意味は、ご馳走をくれないといたずらするよ、ですね」
「すると、ご馳走がもらえるの?」
沖田さんまで楽しくなってきたみたいだ。
「ご馳走というか、お菓子ですけど」
「そりゃ面白い。早速やってみよう」
沖田さんは近所の子供たちを誘いに行ったのか、部屋を出ていった。
「そんな行事があったとは知らなかったな」
土方さんが言った。そりゃそうでしょう。現代でも最近やりだした行事だから。
「とりっく・おあ・とりいと」
「とりっく・おあ・とりいと!」
沖田さんが近所の子供たちを連れてやってきた。
「土方さん、とりっく・おあ・とりいとですよ」
沖田さんが土方さんに言った。
「そんなもん、ない」
「よし、いたずらするぞ!」
沖田さんの声を合図に子供たちは部屋を散らかし始めた。
「おい、なにすんだっ!」
「お菓子をくれなきゃいたずらするに決まっているでしょう」
さっそくハロウィンを楽しんでいるのが沖田さんらしい。
「いいか、このすきに、句集をさがすんだぞ。見つけたら、僕に持ってきてね」
どさくさに紛れて、土方さんの句集探しているし。
「わかった! どうすればいたずらをやめるんだ?」
「お菓子ちょうだい」
子供たちがいっせいに手を出してきた。
「蒼良、そこの棚にあるやつ配れ」
棚を見ると、金平糖があった。数がそんなになかったので、ひとつずつ配った。
「わーい、ありがとう」
子供たちと沖田さんは去っていった。
「金平糖があったのですね」
「ああ、お前に土産で買ってきたんだが、仕方ねぇな」
えっ、私の物になる予定だったのか?
「じゃっくらんたんなるものを作ってみたよ」
藤堂さんが、ジャックランタンを持ってきた。
「夜になったら、ロウソクを入れてみよう。楽しみだな。異国にもお盆があるとは知らなかったな」
「ケルト人という人達がいて、その人たちの自然崇拝から始まったものらしいですよ。それがキリスト教とかから影響を受けてこういう形になったらしいです」
「えっ、キリスト教?もしかして、切支丹?」
この時代は、キリシタンって呼ばれていたのかも?って、もしかしてまだ……
「禁教なのですか?」
恐る恐る藤堂さんに聞いてみた。
「開国をして、異国の人間が多数来たから、それほど厳しくはないけど、あまりいいものではないかも。もしかして、蒼良は切支丹?」
「いや、仏教徒です」
「じゃあなんでこんな行事を?」
現代は、キリスト教が発祥の行事も普通にやるしなぁ。
「お、お師匠様が教えてくれたのです」
この行事をここに持ってきたのもあのジ……いや、お師匠様だから、お師匠様のせいにしてしまおう。
「そうか、天野先生が。でも、近藤さんには言わないほうがいいかもしれない。もし、異教の行事と知れたら……」
そんなに深刻なことなのか?
ちょっと心配になってきた。
「とりっく・おあ・とりいと!」
深刻になっていると、近藤さんのとびっきり明るい声が聞こえてきた。
「ほら、お菓子を出せ。出さないと、いたずらするぞ!」
近藤さんが、そう言って他の隊士にお菓子をもらおうとしていた。
なんやかんや言って、近藤さんが一番盛り上がっているように見えたのは、気のせいか?




