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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
文久3年10月
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意趣返し

 あの日から、稽古に没頭した。

 相手になってくれる人なら誰でも捕まえて相手をしてもらった。

 強くなって仕返しをしてやるんだ。そんな気持ちに支配されていた。


「かんざしを持って、近藤さんの別宅に行け」

 ある日突然、土方さんに言われた。

「でも、これから斎藤さんと稽古が……」

「斎藤には俺から言っとくから、行け」

 なんか強引だなぁと思いつつ、返事をして近藤さんの別宅に行った。


「要件は伺っとりますえ」

 近藤さんのお妾さんになったお雪さんが出迎えてくれた。

 お雪さんは用件を伺っているらしいけど、私は聞いていない。

 一体なんなんだ?

 そんなことを考えていると、あっという間に町娘に変身をした。

「今日は、空色のかんざしなんね」

 土方さんに言われたから、土方さんからもらったかんざしをさすか。という、安易な考えで選んだ。

「用意は出来たか?」

 タイミングを見ていたかのように土方さんが来た。

 かんざしを見ると、照れくさように笑っていた。

「今日は、何の仕事ですか?」

「いいから、黙って付いて来い」


 黙って土方さんについて歩いた。

 普段とは違い、ちょこちょこと小股でしか歩けないので、普段よりも歩くのが遅い。それでも、土方さんが歩調を合わせてくれたみたいで、土方さんが遠ざかることはなかった。

 大きな京屋敷の前に止まった。

 京屋敷とは、各国にいる大名が、参勤交代で江戸に出てくるので江戸に屋敷を構えた京版で、京も帝がいて御所もあるので、京に屋敷を建てる大名もいた。

 一言で言うと、大名の京にある別宅かな。

「今日は、ここに用があるのですか?」

「奴はここにいる」

 奴?

「この前、辻斬りをした男だ。ここの次男坊だそうだ」

「えっ? 大名の息子だったのですか?」

「ここは大名の屋敷じゃないぞ」

「えっ、こんなに大きくて立派なのに?」

「大きくて立派なのが大名の屋敷じゃない。奴の父親が、幕府で権力を持っているから、こんな大きな屋敷に住めるんだろうよ」

「で、この屋敷になんの用ですか?」

「男が殴ったら問題になるが、女に殴られたとなりゃ醜聞になるから、向こうも問題にはしないだろう」

 そうなのか?

「お前、一発殴りたいと言っていただろう。殴ってこい」

 えっ?殴っていいのか?でも、斎藤さんに言われる前なら喜び勇んで殴っていたのかもしれないけど、今は、そんな男を殴る気力がなかった。

 そんな奴を殴る暇があれば、稽古をしたほうがいい。

「お前が殴らなければ、俺が殴るぞ」

 土方さんは屋敷の中に入ろうとした。

「ち、ちょっと待ってください。男が殴れば問題になるのでしょう」

「だから、お前に女の姿をさせて殴らせてやろうと思ったが、お前は殴る気がないのだろう。なら俺がやる。俺も、一発殴ってやろうと思っていたんだ」

「いや、でも、問題に……」

「生まれた時から武士なのに、その身分を汚した奴が俺はどうも許せねぇ。俺なんて、生まれた時は百姓で、武士になりたくてもなれねぇで、京に出てくれば何とかなると思ったら、与力や同心みてぇな仕事ばかりで武士になるどころの騒ぎじゃねぇ。それなのに、奴はなんの苦労もしねぇで武士なんだぞ。腹が立つだろう」

 そりゃあごもっともです。

 ちなみに、与力や同心とは現代でいう警察と消防の仕事。

「でも、いずれ努力が認められて武士になれますよ」

 もう少し後の話だけど、幕府が倒れそうになっている時に幕臣になる。

 こんな時に幕臣になっても……という感じなのだけど。

「いつまでこんなことをしていればいい? 便利屋みてぇなこともしているんだぞ」

「でも、ここで殴っても武士になれないじゃないですか。殴って武士になれるっていうのなら、何発でも殴ってきますよ」

 拳をブンブンと振り回し、屋敷の門に入ろうとしたけど、閉まっていた。

「わかった、もういい。お前も、やけになって稽古をするのはやめろ。そんな状態で稽古をしても、上達しないぞ」

 やけになっていたのか?なっていたかもしれない。

 何もしないと、あの時の悔しさを思い出すから、思い出さないように暇さえあれば稽古していた。

 口では平気なことを言ったけど、心の底では私も悔しさいっぱいなのだ。

「帰るぞ。こんな所にいてもいいことないからな」

 土方さんが歩き始めたので、私もあとについて行った。

 帰りに墓場を見かけた。その時にいいことを思いついてしまった。

 そのことを土方さんに話すと、

「お前、なかなかいいことを考えるな。よし、早速やってみよう」


「土方さん、出かけました。帰りは夜遅くになりそうです」

 隊士が土方さんに報告をしに来た。

「よし、今晩作戦を実行するぞ」

 その言葉で忙しくなった。


 夜、奴の住んでいる屋敷の前に、土方さんと斉藤さんと一緒にいた。

「まだ帰ってこねぇな」

 隠れて門のほうを見ている土方さんが言った。

「もしかして、準備しているあいだに帰ってきてしまったのかもしれない」

 頭巾をかぶったの斎藤さんが言った。

 斎藤さんの役は、頭巾をかぶったとても霊感のある占い師という役だ。

 霊感のありそうな人なら誰でも良かったのだけど、土方さんが、

「占い師で頭巾をかぶって顔を隠せばバレねぇだろう」

 と言ったので、そうなった。

 というのも、奴を捕まえた時に顔を見られているからだ。

「いや、それはない。他の隊士に見張らせたから奴はまだ帰っていないのだろう。おい、蒼良。頼むからその顔で俺をにらむな」

「にらんでいませんよ。見ていただけです」

「見ているだけでも迫力がありすぎる」

「そうですか?」

 そんな私の姿は、白い肌襦袢を少し乱れさせ、髪はモジャモジャ。顔から露出している体の部分は白いというか、青白くてかなり顔色が悪い。そして口からは紅をたらしているのだけど、見る人が見たら血をたらしているように見える。手には短剣を持っている。

 私は女の幽霊役だ。

「それにしても、面白いことを考えるな」

 斎藤さんも楽しそうにしていた。

「そうでしょ。どうなるか楽しみですよ」

「おい、その顔で笑うな。怖い」

 斎藤さんにまで言われてしまった。


「おい、帰ってきたぞ」

 土方さんの声で門の方を見ると、奴がフラフラと帰ってきた。

 家来がお供をしているのではないかと思ったけど、出かけた時も一人だったので、それはないだろうということになっていた。

「作戦実行だ」

 土方さんの声で私は飛び出した。


「うらめしや~。私の命を奪った、お前が憎い」

 私は男に近づいた。

「だ、誰だ?」

 男は怖いのか、声が震えていた。

「お前に殺された女だよう。お前が憎い。この手で殺す」

 私は男の首を腕で締め上げ、短剣を刺すふりをした。

「ひいいいぃ、ゆ、許してくれ」

「そんな簡単に許せるか。同じ思いをすればいい」

「おい、大丈夫か?」

 そこで土方さんが登場した。ちなみに、土方さんの役は通りすがりの人だ。

「顔色が悪いぞ。大丈夫か?」

「女が……」

 奴は私を指さして言った。

「えっ、女?そんなものいないぞ」

 土方さんは私の顔を見ていった。土方さんには、私の姿は見えないことになっている。私の役はやつに殺された女幽霊なので。

「ここにいるだろう!」

「いや、誰もいない」

「そ、そこの人!」

 この時に斎藤さんが登場した。

「あんた、女の霊がついているよ。それも相当恨みの強いやつだ。もしかして、その女を殺したのかい?」

 斎藤さんが奴に近づいて言った。

「こ、殺してなんかいない」

「嘘を言ってはいけない。女の霊が証拠だ。恨みも強そうだから、もしかして一生つきまとって、祟られるかもしれない。あんた、この先いいことないよ」

「ど、どうすればいいんだ?」

「そうだな。同じ思いをして死ぬか、仏門にでも入って一生をかけて死者に償うかどちらかしないと、あんた、相当苦しむことになるよ」

「あっ、この占い師、当たるって評判の人だよ。お前さん、相当悪いことしたんだね」

 土方さんが斉藤さんを指さして言った。

 私が腕に力を込めて短剣を近づけると、ひいいいぃと悲鳴を上げていた。

「とにかく、どっちか選んで早く何とかしたほうがいい。なんせ、当たる占い師が言うんだ。本当なんだろうよ。じゃ、お大事に」

 土方さんは、奴の肩をポンっと叩くと、軽い足取りで去っていった。

「霊の力が強いからな。簡単な除霊でもしておく。ただ、これも1日しか持たないから、明日中にどっちか選んで実行することだな。目を閉じろ」

 やつが目を閉じると、偽占い師斎藤さんの除霊が始まった。

 私は、音を立てないようにその場を去った。


「おい、辻斬りの犯人だった幕府のおえらいさんの息子だが、出家したそうだ。やっと反省をしたらしいな」

 近藤さんが嬉しそうに言った。

 私の作戦がうまくいったのだった。

「殺された女の霊にでもとりつかれて、脅かされたんじゃないのか?」

 土方さんが面白そうに私を見た。

 私も、吹き出しそうになるの必死で我慢した。

「あの近くによく当たる占い師がいるそうですよ」

 私も負けずに言うと、斎藤さんがむせていた。

「どうした、斎藤?」

 何も知らない近藤さんは、斎藤さんを心配していた。

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