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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
文久3年10月
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連続通り魔事件

 今日は、斎藤さんと夜の巡察に出ている。

 昼間は秋らしくて暖かだったけど、夜は少し肌寒く感じる。

「ついこの前まで暑いと思っていたのに、すっかり秋ですね」

 斎藤さんに話しかけたけど、ああと返事が返ってきただけだった。

 そんな感じで歩いていると、目の前の路地から男の人が出てきて、私たちの姿を確認すると逃げていった。

蒼良そら追うぞ」

「はい」

 私たちの姿を見て逃げるとは、絶対に悪いことをしているに違いない。

 斎藤さんと追いかけたけど、逃げる方も必死だ。

 その結果、月が出ていない闇夜のせいもあり、あっさりと逃げられてしまった。

 逃げられたので、何をしようとして逃げたのか知るために、さっきの路地に戻った。

 男が出てきたところから入ると、狭い入り組んだ道があった。

 斎藤さんの後ろから一緒に歩いていくと、突然、前にいる斎藤さんが振り返った。

「蒼良は見ないほうがいい」

 えっ、そう言われるとすごく気になるのですが。

「なんですか?」

「女が死んでいる」

 ええっ、女が?

 斎藤さんの後ろからちらっと見ると、女性が、しかも裸で血まみれになって倒れていた。


「最近、女性を狙った辻斬りが増えているというが、お前たちが見た男がどうも犯人みたいだな」

 次の日、土方さんたちの報告をした。

 すると、土方さんがお茶をすすりながら言った。

「会津公も犯人を捕まえて欲しいと言っている」

 土方さんの横にいた近藤さんも言った。

「そんなに辻斬りが増えているのですか?」

「お前、知らなかったのか?もう5件目だ」

 斎藤さんがぼそりといった。

 知らないところで、そんなに起こっていたのか。

「隊としては、このまま黙って見ておくわけにも行かねぇな」

「土方さん、何か作戦があるのですか?」

「おとりでも使うか」

 おとりということは、誰か女性がおとりになるということなのだろう。

「誰をおとりに使うのですか?まさか、深雪太夫ですか?」

 女性といえば、深雪太夫か牡丹ちゃんしか思い浮かばない。

「お雪をおとりに使うとは、そんなことできるわけないだろう」

 近藤さんが勢いよく言った。

 って、お雪って言った?

「近藤さんは、この前出た報奨金で、深雪太夫を身請けしたんだ」

 耳元で斎藤さんが言った。

 この前出た報奨金というのは、芹沢さんを始末したのと、8月18日の政変で出たものだろう。

 土方さんはそのお金で角屋を貸しきったはずだけど、そのお金がまだ余っていたのか?私は、勘定をやっていないので、そこらへんはよくわからない。

 身請けとは、置屋から太夫や芸妓さん遊女などをお金を出して買い、自分のものにすることだ。

「ええっ、近藤さんは江戸にフガフガ……」

 江戸に奥さんがいるじゃないですか。と言おうとしたら、斎藤さんに手で口を塞がれてしまった。

「深雪太夫は、女性でも剣が使えねぇからダメだ。もっとふさわしいのがいるだろう」

 もっとふさわしい人?

「おお、女装もできて、刀も使える。そんな人間が近くにいたな」

 近藤さんもそう言っているけど、それは誰だ?みんな私を見ているけど……

「というわけだ、蒼良」

 斎藤さんがまた耳元で言ったけど、

「フガガ?」

 口を塞いでいる手は離してくれなかった。


「蒼良はんも難儀やな」

 私は、近藤さんの別宅で深雪太夫に着物を着せてもらっていた。

 それにしても近藤さん、いつの間に別宅まで作ったんだ?

「またお世話になります、深雪太夫」

「もう太夫じゃありませんのや」

 そうだった。近藤さんが身請けしたのだった。

「お雪と呼んどくれやす」

 またはかなげで雪のように白い深雪……いや、お雪さんにピッタリな名前だ。

「今回は、町娘風にと聞いとりますが、かんざしはあるんどすか?なければ買いに行かんと」

 かんざし?ああ、藤堂さんからもらったやつがあった。こんなに早く使う日が来るとは。

「あります」

 女装すると聞いたので、一応持ってきておいた。

「まぁ、可愛らしいかんざしや。誰かからもろうたん?」

「はい。私が物欲しそうに見ていたからでしょう。買ってもらっちゃいました」

「そうなん? でも、男性が女性にかんざし贈るのは、その人が好きやからだと言いますえ」

 女性?あ、私、女だった。って、ええっ!藤堂さんが私を?

「それはありえないですよ。いつも男の格好をしているのに。きっと欲しそうに見ていたから、可哀想に思ったのですよ。やだなぁ、お雪さんは」

 そういう私を、納得できないような顔をしてお雪さんは見ていた。

「おっ、準備できたな」

 土方さんが入ってきた。

「今回もうまく女装ができたな」

「土方さん、私、女ですから。女装とは言わないと思いますよ」

「おお、そうだった。お前が女だということを忘れていた。って、お前、かんざし持っていたのか?」

「ああ、藤堂さんが買ってくれました」

「何? 平助が?」

「はい」

「なんであいつが? お前もしかして、平助にもバレたのか?」

「あれ? 言ってなかったですか?」

「聞いとらんぞ」

 あっ、報告するの、忘れてたかも。

「実は、芹沢さんの件で角屋に戻ったら、深雪太夫じゃなくて、藤堂さんがいて、それでバレました」

「お前、それでバレましたって、しれっとしている場合じゃないだろうが。まぁ、平助だからまだいいが、他の隊士、特に最近入ってきたやつらにはバレねぇようにしろよ」

「はい。気をつけます」

「あれ? 土方はん、かんざし持っとるけど、もしかして、蒼良はんに?」

 お雪さんに言われて土方さんの手を見ると、秋の空のように青い玉かんざしを持っていた。

「お前のことだから、かんざしなんて無いだろうと思って、一番お前らしいのを買ってきたのだが、あったな。これは無駄だったかな」

 手元のかんざしを見ながら土方さんが言った。

「かんざしは、女にとっていくつ持っとってもええもんやから、蒼良はんがよければもらったらええんと違う?」

「土方さん、次はそれ使いますので」

「いやいやもらうなら、やらんぞ」

「いえ、私の好きな色なので、ください」

 私の好きな、私と同じ名前の色のかんざし。それを買ってきてくれたのはすごく嬉しかった。

「本当なら、こっちをさしてやりたいが、もう付けちまっているからな。じゃぁ、次の時にでも使え」

「はい、ありがとうございます。大事にします」

 土方さんからかんざしをもらった時、斎藤さんが入ってきた。

「準備が出来たか?あっ!」

 私の頭にささっているかんざしを見て、慌てて手を引っ込めたけど、見えてしまった。

 斎藤さんの手には、赤い玉かんざしがあったのを。

「蒼良はん、もてるなぁ」

 お雪さんの言っていたとおりだとそうなるけど、こんな私がもてるわけがない。


「かんざし、持っていたのか」

 おとり作戦のため、夜、斎藤さんと一緒に歩いていた。

「はい、藤堂さんからもらったのがあったので」

「藤堂が?」

「はい。可愛いかんざしだなぁと思ってみていたら、よっぽど物欲しそうに見ていたんでしょう。買ってくれました」

「そうか。じゃぁ、俺のはいらないだろう」

 斎藤さんもかんざしを買ってきてくれた。

 お雪さんに、せっかくだから、もらったらいいと言われ、斎藤さんのももらうことになった。

 いっきに3つもかんざしを持つことになった。

「でも、せっかく買ってくださったものですから。あっ、他にあげる人がいるなら返しますが」

「そんな奴いるわけ無いだろう。お前にくれてやる。ほら、そろそろ仕事だ。後ろで見張っているから、行って来い」

「はい。行ってきます」

 私は路地にはいり、暗く狭くて入り組んでいるところを一人で歩いた。

 これがおとり作戦で、私が辻斬りの犯人が出そうなところをウロウロ歩き、犯人をおびき出す。

 一応私も刀を隠し持っているけど、斎藤さんも見ていてくれるので安心だ。


 しかし、数日それをやっても、犯人は出てこなかった。

 おとり作戦バレているんじゃないのか?

 かんざしは、日替わりで差した。2回目のローテーションで今日は土方さんからもらったものをさしている。

「こう出てこないと、イライラしますね」

「お前、そういう格好しているときは、大股で歩くな」

 斎藤さんに注意されてしまった。

 いつも袴をはいて歩いているからつい癖で。

「それと、座っている時も、股を開くな」

 それもつい癖で。

「こら、走るときは小股でちょこちょこと走れ」

 そんなに注意されると、女としての自信がなくなってしまう。普段男の格好をしているから余計ダメだわ。

「もしかして犯人は、私を男だと思っているのかもしれないですね。おとり作戦失敗ですかね」

「お前はなぜそう思う?」

「こんな女らしくない女はいないでしょう」

 私がそう言うと、斎藤さんは私のあごに手を添えて、クイッと上に顔を上げた。

 これって、キスする直前にする動作にすごく似ているのですが。

「こんなにいい女もいないと思うぞ」

 目に月が写っていた。私の顔も月明かりに照らされていた。

「ほら、自信を持って言って来い」

 斎藤さんは、いつもどおりに送り出してくれた。

 びっくりしたぁ。慰めてくれるためにしてくれたのか。変にドキドキしてしまった。

 ドキドキしていたけど、その後いつも通りだったので、ホッとしてため息をついた、その時、後ろで気配がした。

 後ろにいる。斎藤さん以外の人間が。

 隠していた刀をもって振り向くと、刀を振り上げている男がいた。

 しかし、その男は刀を振り上げたまま崩れ落ちた。

 あれ?そう思っていると、崩れ落ちた男の後ろから斎藤さんの姿があった。

「大丈夫か?」

 さすが斎藤さん。私が刀を出すまでもなかった。

「怪我はないか?」

「はい、大丈夫です。男を切ったのですか?」

「いや、生け捕りにしろって言われたから、気を失わせただけだ。他の隊士に頼んで、こいつを京都奉行所に届ける。お前を一人にしたくないからな」

「私なら、大丈夫ですよ。一人で帰れます」

「こんなことが起きたのに、その女を一人にして平気な男じゃないからな。近藤さんの別宅まで行けばいいのだろう?一緒に行こう」

 倒れた男を斎藤さんがかついで歩いていると、他の隊士が巡察で歩いていたので、その隊士に男を任し、私たちは近藤さんの別宅に行った。


「ええっ! 男が釈放された?」

 次の日の朝、土方さんから男が釈放されたことを聞いた。

「なんでですか? あんなに苦労して捕まえたのに。もしかして、辻斬りの犯人じゃなかったとか?」

「いや、全部あいつの仕業だ」

「なら、どうしてですか?」

 斎藤さんも納得できないようだった。

「実は、あいつは幕府のお偉いさんの息子らしい。そのお偉いさんから、今回のことは決して他言するな。という命令が会津藩を通じてきた。だから、今回のことは他言するな。なかったことにしろ」

「その男がまた辻斬りしたらどうするのですか?」

「お偉いさんがさせねぇように見張るらしいから、もう辻斬りもなくなるだろう」

 なんか、納得できない。

 私は立ち上がって部屋を出た。

 土方さんがそう言うけど、私は一発殴らないと気がすまないわ。

 一発いや、数発殴ってやるっ!

 そう思って勢いよく外に飛び出したら、強く左手を後ろに引っ張られた。

 振り向くと、斎藤さんがいた。

「離してください。一発殴りに行くだけですから」

「いや、離せない。土方さんがああ言ったんだ、我慢しろ」

「でも、私は納得できません」

「わかった」

 そう言って手を離してくれたけど、

「ところでお前は、そのお偉いさんの息子がどこの誰でどこに住んでいるのかわかるのか?」

 あっ……

「わかりません。教えてください」

「俺にもわからん」

 うう、悔しい。

「でも、お前の悔しい心なら分かる。俺も同じ思いをしたから」

 えっ?

「俺は、京に来る前に旗本の息子をさした。相手が喧嘩を売ってきたからそれを買ったらさしてしまったのだ。しかし、相手が悪かった。旗本の息子だからな」

「斎藤さんは、どうしたのですか?」

「江戸にはいられないから、先に京に逃げた。俺は悪いことをしていないのに、相手が旗本の息子というだけで俺は悪者扱いだ」

「悔しかったですか?」

「ああ。だから、強くなってやると思った。強くなって、俺を悪者あつかいした奴らを見返してやる。そう思った」

「斎藤さんは、十分強いですよ」

 沖田さんと並んで強いと言われている人だ。

「蒼良。悔しかったら、強くなれ。わかったか?」

 私も強くなって、見返してやるときが来るのだろうか?いや、見返してやるっ!だって悔しいもん。悪いことを見逃すなんて。

「分かりました。私も、見返してやります」

 斎藤さんは少し笑って、私の肩を叩いた。

「それなら、今から稽古だ。くだらない奴を殴ろうと思う暇があるなら、稽古して強くなれ」

「はい、分かりました」

 斎藤さんが道場の方へ行ったので、私もあとをついて走った。

 気が付けば、さっきの悔しさは消えていた。

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