焼き芋
庭に落ちている落ち葉が気になったので、ほうきで庭をはき始めた。
はき始めると、庭のあっちこっちにある落ち葉が気になり、なかなかやめられなかった。
気がつくと、集めた落ち葉で山になっていた。
「あ、蒼良。随分と気の利いたことを」
沖田さん声が聞こえたので見てみると、沖田さんは芋をたくさん抱えていた。
「どうしたのですか?」
「壬生の子供たちと遊んでいたら、その親からもらった。採れたてだって。落ち葉の山もあるし、焼き芋でもしようか?」
わーい。またしても秋の味覚だ。
沖田さんは、芋を落ち葉の中に埋めた。
「火はどうやって付けるのですか?」
「台所からもらってくる」
沖田さんが台所からもらってきたものは火ではなく、石だった。
「なんですか? その石」
「えっ、もしかして蒼良、知らないの?」
知りません。初めて見ました。
「火打石だよ」
そう言うと、沖田さんは石と石をぶつけあわせて、火花をおこした。
その火花が落ち葉について火が付いた。
「そうやって火をつけるのですね」
「やっぱり、知らなかったの?」
「はい。使ったことがないので」
「そうだよね。女性なら台所仕事で使うけど、男はあまり使わないものなのかもしれないね」
そうなのか?っていうか、私、女なんだけど、知ってないといけないものなのかな?
「それって、知っておいたほうがいいのですか?」
心配になって私は聞いた。
「別にいいんじゃない。蒼良が火を使うことはそうないでしょう」
それはそうだけど。いいのなら、いいか。
それにしても、よく燃えるなぁ。って、ここで物を燃やしてもいいのか?
「大丈夫だよ。みんなやってる。火の始末に気をつければ問題ない」
みんなやっているのか。現代だと、煙が出るから外で燃やしたらいけないって言われるけど、この時代は大丈夫なんだ。
「蒼良は、どうしてそういうことを気にするの?」
「煙がよそにいって、迷惑にならないかなぁと思って」
「火事じゃなくて、煙を気にするんだ。面白いな」
「えっ、火事も気になりますよ」
木と紙でできている江戸時代の家は、火事になるといっぺんに燃え広がって、街中を焼き尽くす大火になることもある。
だから、火の始末はきちんとしないといけないし、煙よりも火の方を気にするものなのかもしれない。
「でも、煙も気になるのでしょう?」
「まぁ、そりゃそうですけど……」
沖田さんにやり込められたような感じがするのは、気のせいか?
「おっ、焚き火か。もうそういう季節か」
「土方さん、一首読みますか?」
沖田さん、それは禁句な一言ですよ。
「うるさい」
と、言われてしまった。
「あ、そうだ。ついでに燃やしてもらうかな」
土方さんはそう言うと、部屋に戻っていった。
「何を燃やすのだろう?」
「失敗した俳句とかかな?」
「もしかして、沖田さんは土方さんの句集見ました?」
「全然見せてくれないよ。もしかして、蒼良も?」
「はい。豊玉発句集なる句集まで作っておいて、全然見せてくれませんよ」
「それは知らなかった。ますます見たくなるね」
「そんなに隠していても、いずれ公になるものなのに」
現代では、一部のファンによってネットに掲載されていたりする。
まさか本人は、そんなことになるであろうとは思ってないだろうな。
「えっ、公になるの?」
「はい。一部のファンの……」
って、これは現代の話で、ここで話す話ではない。
「一部のふぁん?」
「あ、いえ、見つかれば、みんなにバレるのにねって意味ですよ」
「そりゃ、そうだけど」
「待たせたな。なんの話をしてた?」
土方さんが、たくさんの紙くずを持って来た。
「それ、みんな燃やすのですか?」
私が聞くと、その紙くずを沖田さんに渡し、
「頼んだぞ」
と言って、部屋に戻っていった。
「沖田さん、何をしているのですか?」
沖田さんは、土方さんからもらった紙くずを広げていた。
「もしかしたら、俳句が書かれているかもしれない」
おおっ、それは是非見てみたい。
しばらく二人で、紙くずを綺麗に広げる作業に熱中した。
「沖田さん、墨で塗りつぶされているような感じがするのですが」
「土方さん、そこまでして見られたくなかったのかな」
「機密に関わることだからな。捨てる時も、気をつけて捨てねぇとな」
土方さんの声が聞こえたような……
「お前らみたいなのがいて、書いたのを見られると困るだろう」
やっぱり土方さんがいた。しかも、してやったりという得意げな顔をしていた。
「土方さん、ずるいですよ。こんな墨で塗りつぶして読めないようにして」
「総司、そりゃ、こっちの言葉だ。こそこそと人が書いたのを見ようとしやがって。早く燃やしちまえっ!」
そう言って、土方さんは綺麗に広げた紙くずを、全部火の中に入れた。
「何を書いたのですか?」
私が聞くと、
「お前は、直接聞いてくるのだな」
と、おかしそうに笑いながら言った。
「お前に言えるものなら、墨で塗りつぶしたりしねぇよ」
土方さんは、今度こそ部屋に帰ったようだ。
「びっくりしたぁ」
「まさか戻ってくるとは。土方さんも油断できない人だ」
沖田さんは、なぜか感心をしていた。
「そろそろ焼けたかな?」
沖田さんが、焚き火の中に棒を突っ込んでほじくっていた。
「大きかったから、中までは時間がかかりそうですよ」
「そうかもね。焼けたら、山南さんにも持っていこう」
「私も、一緒に行きます」
山南さんは、風邪をひいて寝込んでいる。
京に来てから京の空気が合わないのか、風邪をひいたりしては寝込んでいる。
芹沢さん暗殺の時は元気だったのだけどなぁ。
病気といえば……
「沖田さんっ!咳とか出ませんか?」
「いきなりびっくりしたなぁ。突然どうしたの?」
「いや、咳が出て止まらないとか、そういうことないですか?」
「別にないけど」
よかった。まだ発症していない。でも、感染していて発症していないとか?
ああ、労咳なんて病気、よく知らないからわからないよ。
分かることは、私は予防接種しているから、この時代の人よりかはかかりにくいということだけ。
沖田さんも、予防接種してもらいたいけど、無理だろうな。
「蒼良、何考えこんでいるの?」
「いや、大丈夫ですよ」
あなたは労咳にかかるなんて、言えないしなぁ。
「もしかしたら、組織図かな?」
沖田さんが突然言いだした。
「えっ、何がですか?」
「さっきの紙くず。組織図かなって。芹沢さんが亡くなって、近藤さんが一人局長になったから、また組織を考えないといけないだろう」
「ああ、山南さんが総長になるのですよね」
「なんで蒼良は知ってるの?」
ええっ、まだ公にはなってなかったのね。
芹沢さんが亡くなってから、近藤さんが局長で、山南さんが総長という、近藤さんの相談役のようなものになる。そして、土方さんも一人副長になる。
でも、まだみんなは知らないということは、また歴史を先読みしてしまった。
「あ、蒼良は、土方さんと同じ部屋だから、覗き見したとか」
「そ、そうなのですよ。見たくなくても見えちゃうというか」
「そうだよな。見ちゃうよな。でも、俳句は見てないのでしょう?」
うっ、鋭いところをついてくる。
「そ、それは、土方さんが必死になって隠しているから」
「そんなに見られるのが嫌なら、作らなけりゃいいのに」
なんとかごまかせたらしい。
しばらく時間が経ち、沖田さんが芋を棒で突っついてみた。
「もう少しかな」
「やっぱり、大きいから時間もかかりますね」
「暇だから、気長に待とう」
「そうですね」
二人で火をぼんやりと眺めていた。
「そういえば、芹沢さんが亡くなったとき、勇之助くんが怪我していたのですが、それは治ったのですか?」
「うん。綺麗に治ったよ。剣先がちょっと触れただけだったみたいだから、傷は深くなかったのだけど、僕か土方さんか、どっちがやったのかはわからない」
「暗かったみたいだし、芹沢さんも必死に逃げていたみたいだから、仕方ないですよ」
「でも、悪いことをしちゃったなあ」
殺してしまった芹沢さんにではなく、勇之助くんにそう思うところが沖田さんらしいなぁと思った。
「沖田さんは、芹沢さんを切るときは、何を思ったのですか?」
前から聞いてみたいと思っていた。
私だったら、知っている人間は切れない。ましてや局長なんて絶対に切れない。
普通に人を切るときも、一瞬戸惑ってしまうけど、やらねばやられると思い、守るために切るってわりきっているけど、もし相手が芹沢さんだったら、やっぱり切れないな。
「蒼良、芹沢さんは長州の間者に殺されたのだよ」
沖田さんは、いたずらっ子のような顔をして笑った。
「さっき、僕か土方さんって言ったじゃないですか」
「しょうがないな。じゃぁ、特別に教えるよ」
私は、それを聞くために身構えた。
「何も考えなかったよ」
えっ?
「何もですか?」
「うん、何も。ただ、切ることしか考えなかった」
「そうなのですか」
「もっといろいろ考えているかと思った?でも、そんなものだよ。僕には切ることしか能がない。ただ、切ることは誰にも負けない。それは自信ある。だから、切るときは何も考えずに切る。考えるのは、土方さんに任せているから」
いい意味で、開き直っている。と言っていいのか?
でも私には、沖田さんのような考え方はできない。
さすが、新選組一番の剣客、沖田 総司だ。
私みたいに、色々考えている人間は、剣客なんてなれない。改めてそう思った。
「蒼良、黙っちゃってどうしたの?」
「いや、沖田さんってすごいなぁって思っていました」
「別にすごくないよ。目の前に切らなければいけない人間がいたら、ただ切っているだけだよ」
「私は、そこまで割り切れないです」
「割り切れなくてもいいよ。それが蒼良のいいところだから」
そうなのか?
「おっ、焚き火だ。もしかして、この中に何かが?」
巡察から帰ってきた永倉さんが来た。
「新八さんは、目ざといなぁ」
「こら総司、お前年下のくせに、このやろう」
永倉さんは、沖田さんにげんこつを落とそうとした。それを沖田さんは素早くよけていた。
「焼き芋ですよ」
沖田さんは、火の中から一つ棒を刺して芋を出してきた。
「おお、焼き芋か。もうそんな季節なんだな。いただきます」
「永倉さん……」
まだ熱いと思いますよ。そう言おうとしたけど、遅かった。
「うまいな、これ」
熱くないのか?
「蒼良も食べる?」
沖田さんからお芋をもらって食べたら、ものすごく熱かった。
「あふい、あふいでふ」
「蒼良、食べるかしゃべるか、どちらかにしろよ」
永倉さんに言われたけど、熱くて食べられないのですよ。
よくこんな熱いの平気で食べてるなぁ。
「蒼良、新八さんの口の中は石でできてるから、熱さを感じないのだよ」
「ふぇ?ほんほうですか?」
本当ですか?と言ったけど、芋が入っている口から出た言葉はそんな言葉だった。
「そんなわけ無いだろう。本気にするなっ!」
永倉さんに背中を思いっきり叩かれ、今度はむせてしまった。
焼けた芋をいくつか持って、沖田さんと一緒に山南さんの部屋に行くと、藤堂さんも来ていた。
「焼き芋かぁ。そんな季節なのだな」
布団の上で起きていた山南さんが言った。
「まだ熱いので、気をつけて食べてください。藤堂さんも、どうぞ」
お芋をすすめると、二人共手にとって食べ始めた。
「そういえば、土方くんが来たよ」
「土方さんがですか?」
「そう。私に総長になって欲しいって。私は病気ばかりして寝込んでいるから、降格だと思っていたら、昇格になっていた。でも、総長って何をすればいいんだ?もしかして、表向きは昇格だけど、お払い箱になってしまったのかな」
「そんなことないですよ」
藤堂さんが言った。
「土方さんは口が足りないから。きっとゆっくり休んで、元気になったら近藤さんのそばで働いてくれってことですよ」
沖田さんも言った。
考え方によっては、山南さんが言っているように考える人は現代にもたくさんいる。
後からだとなんでも言える。だって、事が終わったあとだから。
でも、今はそういう考え方は言えない。もしかしたら、ここで言う私の一言によって、山南さんが近い未来、脱走して切腹しなくてもすむかもしれないから。
「山南さん、総長になって、土方さんの相談にものってください」
「えっ、土方くんの?」
「はい。あの人は、一人でなんでも背負い込んじゃうところがあるから、山南さんが早く元気になって、総長として、土方さんの荷物を半分背負ってください。これは、総長しかできない仕事だと思うのですが」
みんな、驚いた顔で私を見ていた。
「蒼良の言うとおりですよ。とにかく、早く元気になってください」
藤堂さんが山南さんを慰めた。
「蒼良は、たまに面白いことを言うね。蒼良の言うとおり、土方さんはなんでも一人でやろうとするから、山南さんが総長になって見張らないと」
「沖田さん、見張るって……」
土方さんが悪いことをしている人みたいなのですが……
そんなやりとりを見て、山南さんは笑っていた。
「そうだな。今は考えることより、風邪を治すことだな。みんな、ありがとう」
山南さんの心が少し元気になったみたいでよかった。
あの切腹が変えられるなら、歴史を変えたい。
そのためには、山南さんの心も元気にしていかないといけない、そう思った。




