秋の味覚
10月になった。現代で言うと11月。秋も真っ盛りの時期だ。
「すっかり秋ですね」
この日は、原田さんと巡察していた。
「蒼良、柿が食いたくないか?」
「いいですね。秋らしくて」
「よし、待ってろ。ここの柿がうまいんだ」
と言われたけど、周りに柿を売っているお店がなかった。
「お店なんてないですよ」
私が言うと、原田さんは槍を出してきた。それを上に向けると、そこには柿の木があった。
「ここの家の柿が一番うまいんだ」
っていうか、食べ比べでもしたのか?
「切るから、受け取れよ」
原田さんが槍に力を込めると、上から柿が落ちてきた。その柿を受け止めることができた時、
「こら! 誰だっ! うちの柿を盗んだやつはっ!」
そこの家から怒鳴り声が聞こえた。
「見つかった。逃げろっ!」
原田さんと一緒に、急いで逃げた。
今日の治安を守る人間が、柿泥棒なんて。
「今まで色々なところで食べたが、ここのが一番うまい」
なんとか逃げることに成功したあと、原田さんは、とった柿を脇差しで器用に皮をむき始めていた。
脇差って、そういう使い方をするものなのか?
「原田さん、そんなに色々なところで柿を盗んでいたのですか?」
「盗んだって、言い方が悪いな。あのままだと鳥の餌になるから、そうなる前に、俺が代わりに食べてやったのさ」
そういう言い方をされると、聞こえがいい。
「ほら、むけたぞ。食え」
せっかくむいてくれたのだし、遠慮なくいただきます。
柿をひと切れ口の中に入れると、ものすごく甘かった。
「甘くて美味しいですね」
「よし、これで蒼良も、共犯だ」
えっ、そうなのか?
「遠慮なく食え」
共犯でもなんでもいいや。柿が美味しいから。
「そういえば、伊予にいた時、この時期になると山にきのこを取りに行ったよなぁ」
「きのこですか? 毒きのことか大丈夫ですか?」
「それは大丈夫だったよ。俺、意外と見る目があるからな。なんなら今からでも行ってみるか?」
「えっ、今からですか?」
「京にも山があるだろう」
山に囲まれているから、山はたくさんある。
でも、きのこはあるのか?
「よし、今から行けば、今日中に帰って来れるだろう」
「えっ、今から行くのですか? 巡察は?」
「今日も何もねぇだろう。平和だ。よし、行くぞ」
という訳で、突然きのこを取りに行っことになった。
「ところで、原田さんのいた伊予って、どこにあるのですか?」
「蒼良、本当に知らないのか?」
藩名で言われると、どうも場所がわかりずらい。
「はい。あ、ちなみに、長州も知りませんでした」
「それは、自慢にならないぞ」
はい、すみません。
詳しく場所等聞いてみると、どうも伊予は現代でいう愛媛県であることがわかった。
山につき、きのこを探し始めた。
某ゲームに出てくるようなきのこを見つけた。
「原田さん、このきのこは大丈夫ですか?」
「それは、ベニテングダケと言って、毒キノコだ」
えっ、食べられないのか?
「食べると、大きくなるとか、そういうことは……」
「そんなことあるわけないだろう」
はい、すみません。
原田さんの方を見てみると、なめことか色々なきのこが入っていた。
「すごいですね。今晩のおかずは、これで決まりですね」
「蒼良は、全然とれてないのか?」
「なんか、毒きのこにみえてしまって」
自分がとったものが毒きのこだったらどうしよう。そう思うと、怖くてとれなくなってしまう。
「そんなこと気にしていると、全然とれないぞ」
おっしゃるとおりです。
でも、きのこって怖いよなぁ。
そんなことを思っていると、目の前に見たことがあるきのこがあった。
「わっ! 松茸!」
「なに、本当か?」
少し離れたところにいた原田さんもやってきた。
「おおっ! 蒼良、でかした。早速とろう」
二人でそおっととった。
「やったぁ。大収穫」
思わず原田さんとハイタッチをしてしまった。
しかし、その時にバランスを崩してしまい、斜面を崩れ落ちたのだった。
ズルズルと、枯葉や土砂と一緒に崩れ落ちた。途中で捕まるところなどなかったので、そのまま勢いよく落ち、ちょっとなだらかになっているところで止まった。
頭から足まで枯れ草と山の土まみれになっていた。
「蒼良、大丈夫か?」
上から原田さんが駆け下りてきてくれた。
「はい、大丈夫です」
そう言いながら立ち上がろうとしたら、右足に力が入らなかった。
「立てるか?」
「はい」
と返事をしたものの、足に力が入らない。
「ちょっと見せてみろ」
原田さんが右足を見た。たまに動かすと、痛みがはしった。
「ひねったみたいだな。歩けるか?」
「すみません、ちょっと無理っぽいです。でも、引きずって帰りますから、大丈夫です」
「そんなんで帰れるわけないだろう。ほら」
原田さんが私に背中を向けた。
「背中に乗れ」
えっ、おんぶするって事?どうしよう?
「いいから早く乗れ」
「す、すみません、失礼します」
私は、原田さんの背中に乗っかった。
「今日はここまでにして、帰るか。松茸もとったしな」
原田さんは、私をおぶったまま、器用に山を降りていった。
「あの、重くないですか?」
「思っていたより軽いから、大丈夫だ。蒼良、もしかして、山は初めてだったか?」
「はい」
現代でも、私の周りには、こういう山はない。だから登ったこともない。
「だろうな。慣れてないなとは思っていたよ。じゃぁ、江戸の出身か?」
「都内ですが、都内と思えないぐらい田舎っぽいというか。一言で言うと、下町ですかね」
「えっ、都内?」
この時代、まだ都内じゃなかった。
「江戸です、江戸」
「そうだろう。江戸は山がないからな」
原田さんは、私を背中に背負いながら山を降りきり、道を歩き始めた。
すっかり日が暮れてしまった。
「すみません。私が脚をひねらなければ、とっくに屯所についてましたよね」
「そんなこと、気にするな。俺は、お前ときのことりできて楽しかったぞ。久しぶりに、故郷も思い出せたしな」
空を見上げると、星が輝いていた。
「そういえば、京へ来るときに途中で蒼良と星を見たな」
「そうですね。確か、本庄宿でしたね」
芹沢さんの宿が取れてなくて、すごく大きな焚き火をして騒ぎになった日だ。
芹沢さんたちのかわりに、私たちが野宿をしたのだった。
「あの時の空と、今は違うのか?」
空を見ながら、原田さんが言った。
「そうですね。今は、夏の星座と秋の星座が一緒になってますね」
「空にも季節があるのだな」
「はい。1日でもずうっと夜空を見ていると、星が動いているのがわかりますよ」
「俺たちみたいだな」
「そうですね」
まだ半年しか経っていないのに、めまぐるしく色々なことがあった。
これからも、まだ色々なことがあるのだろう。歴史で騒がれたあんな事件や、こんな事件が待っている。
しばらく、無言になってしまった。
「疲れませんか?」
沈黙を破ったのは、私だった。なんか気まずくなってしまったから、声をかけた。
「ああ、疲れたな」
「すみません」
「謝らなくてもいい。治ったら、腰でもほぐしてくれ」
「はい、なんでもやるので、言ってくださいね。なんなら、お灸でもやりましょうか?」
「蒼良、灸ができるのか?」
「いいえ。でも、ツボが分かればなんとかなるでしょう」
「それは遠慮しておく」
「遠慮はいらないですよ」
「いや、そんなヤツが灸でもして火傷したら大変だ。遠慮しておく」
なんだ、そっちの遠慮だったのか。
「なんなら、針でもさしましょうか?」
「いや、大丈夫だ。もんでもらうだけでいいから、それ以上のものはいらない」
断られてしまった。
無事に屯所についた。
台所に行き、佐々山さんに今日の収穫品を見てもらった。
「これ、みんな食べれませんよ」
と言われてしまった。
「なんでだ?伊予では普通に食べてたぞ」
「これはなめこではないのですか?」
私は、なめこに似たきのこをとってみせた。
「これを食べると、コロリと似た症状が出ますよ」
コロリとは、コレラのこと。この病気になるとコロリと死ぬことからコロリと呼ばれていたらしい。
ちなみに、この時代では不治の病だけど、現代では治る病気だ。
「俺、食べてたぞ」
「原田さんの食べていたのは、なめこですよ」
「そうなのか?」
きのこをとってきた原田さんは、これが毒キノコであることが納得できないようだ。
「そういえば、松茸もあるんだぞ。な、蒼良」
「はい。これは正真正銘の松茸です」
それを見せると、
「これも、毒キノコですよ。しかも猛毒です」
ええっ、どこからどう見ても、松茸だけど。
「松茸もどきというのです。という訳で、間違えて誰かが食べるといけないので、捨てますよ」
松茸もどきって……
という訳で、私たちはきのこ採りじゃなく、毒きのことりに行ったようなもので、
「毒きのこ取りに行って足ひねったらしいな。これでも飲んどけ」
と、土方さんに言われて、薬を渡されたのだった。
「毒きのこをとりに行ったつもりはなかったのですが」
「毒きのこはとろうと思ってとれるもんじゃないだろう」
確かに。
「ところで、この薬はなんですか?」
「石田散薬だ。飲めば少しは楽になるだろう」
「これがあの有名な石田散薬なのですね」
「そんなに有名なのか?」
いや、新選組ファンで土方さんファンならきっと知っている。そして、羨ましがられるだろうなぁ。
「おい、にやけてないで、答えろ。有名なのか?」
「えっ、いや、一部では有名ということです」
「なんだそりゃ」
「世の中には、飲みたくても飲めない人がいるのですよ」
「なんだかわけわからんな。とにかく飲め」
私は、石田散薬をありがたく頂いたのだった。
数日後、沖田さんが嬉しそうにやってきた。
「蒼良、そこの山でいいものを見つけたよ」
「なんですか?」
「ほら」
見せたのは、きのこだった。
しかも、松茸そっくりなあのきのこ。
「これ、松茸もどきと言って、猛毒きのこですよ」
「えっ、そうなの?いい匂いがしているのだけど」
「残念でしたね」
「いや、一応佐々山くんに聞いてみる」
という訳で、一緒に台所へ。
「これは、正真正銘の松茸ですよ」
ええっ!
「蒼良、松茸だってよ」
「どこでとれたのですか?」
「そこの山だよ」
すごく近いじゃん。
「今日は、松茸ご飯にでもしましょう」
佐々山さんは嬉しそうだった。
なんでちょっと遠出してきのこをとった私たちのところには毒キノコばかりで、ちょっと近くの山で見かけた沖田さんのは松茸なんだ?
きっと、強運の持ち主に違いない。
「蒼良、なんで僕を触っているの?」
「強運を分けてもらおうと思って。あっ!沖田さん、私の代わりに宝くじ買ってくださいよ。当たったら、一億円ですよ」
「えっ、宝くじ?」
しまった。この時代、富くじという宝くじみたいなものはあっても、一億円という文字はまだなかった。
「いえ、なんでもないです」
はぁ、なんで沖田さんが撮ったものが松茸なんだ?
「蒼良、そう落ち込まないで」
沖田さんが慰めてくれたけど、ますます落ち込んだのだった。




