長州の間者
2ヶ月ほど前に、長州出身の隊士が4人入った。
その頃から、近藤さんたちは長州の間者では?と疑っていたらしいけど、私は全然知らなかった。
ちなみに間者とは、一言で言うと、スパイのこと。
「そろそろ始末しねぇといけねぇな」
土方さんがポツリと言った。
「何を始末するのですか?」
「長州の間者だよ」
「えっ、隊の中に間者がいるのですか?」
「お前、知らなかったのか? 7月から居るが」
そんな前から居るのか?
「芹沢さんが、長州の間者に切られたことになっているから、そいつらに犯人になってもらおうと考えている」
「でも、なんでうちの隊に間者が? 私だったら、会津藩に入れますけど」
「会津藩に入れにくいから、会津藩とつながりのあるうちに入れたんだろう。誰でも入れるからな」
そう、隊士ウェルカム!状態だから。
「あと、なんで7月から入っていたのに、今まで放っておいたのですか?」
「長州の連中が何考えているか、こっちも探っていたのだ」
「で、何かわかりましたか?」
私が聞くと、土方さんはニヤリと笑った。
「わかったのですねっ! なんですか?」
「お前が間者に向かないことがよくわかった」
「そうなのですねっ! そんなことがわかったのですねっ!」
あれ?私のことを言ってなかったか?
土方さんは、大笑いしていた。
「何かわかっても、お前に教えられるわけねぇだろう」
そりゃ、そうですよね。じゃあ、最初からそういえばいいのに。
「わはは……お前からかうと楽しいな」
私は楽しくありません。
「とにかく、近いうちに始末をするからな」
始末って、殺すことになるのかな?やっぱりそうだよね。間者だもの。
「おい、蒼良。暇か?」
長州の間者の件を聞いたあと、ブラブラしていたら、永倉さんがやってきた。
「暇ですよ」
「飲みに誘われたのだが、一緒に行くか?」
「はい、行きます」
「おいっ! 一人増えるぞ」
永倉さんが、後ろを向いて言った。
その向いた方を見てみると、さっき長州の間者で話が出てきた、4名がいた。
だ、大丈夫なのか?
祇園の一力というところで飲むことになった。
ここって、確か、新見さんが切腹したところじゃないか。ますます縁起が悪い。大丈夫なのか?
「天野君も飲んでください」
御倉 伊勢武さんがお酒を注ぎに来た。
「すみません。私は飲めないのです」
「そう遠慮せずに」
「いや、本当に飲めないので」
それに、こんな長州の間者だらけな宴会で、酔っ払ったら、何されるかわかったもんじゃない。
「蒼良は、本当に飲めないから、何かいい料理でも食わしてやってくれ」
永倉さんが、助け舟を出してくれた。
それにしても、永倉さんもこの人たちと飲もうなんて事を考えたなぁ。
「じゃぁ、永倉さんが飲んでください」
御倉さんは、永倉さんにお酒を注いだ。
しばらく飲んでいた。いや、飲まされていたというのか?永倉さんが。
しかも、この状況で酔っ払ってるし。
「ちょっと厠へ行ってきます」
間者の一人、荒木田 左馬之介さんが立ち上がった。
「おお、わしも行く」
御倉さんも立ち上がった。これで、4人いる間者のうち、2人がいなくなった。
脱出をするなら今か?でも、永倉さん酔っ払っているし、まさか置いていくわけにもいかないし……
「蒼良、立ち上がってどうした?」
永倉さんが、よってトロンとした目で私を見た。
「私も、厠に行ってきます」
とりあえず、脱出できる状態か、周りを見てこよう。
私は部屋を出た。
なんか、大丈夫そう?周りに長州の人間はいないみたいだし、永倉さんがあの状態なら、酔ったから屯所に帰りましょうと言って、ここをでることができそうだ。
よし、その作戦で行こう。
そう思って部屋に戻ろうとした時、
「殺せそうか?」
という、声が聞こえた。
どこからした?色々な所に耳をあてたりして、やっと部屋を特定できた。
「はい。永倉は酔っ払っているし、天野は酔っていませんが、非力そうなので、大丈夫でしょう」
誰が非力だって!非力でも、剣は使えるんだよっ!
部屋の出入り口にあるふすまを蹴飛ばして、中にいる奴らをこらしめてやろうかと思ったけど、冷静になることにした。
中には、さっき出て行った二人と、もう一人誰かがいる。しかも、一人じゃないかもしれない。
「よし、しばらく様子を見て、大丈夫そうなら、呼びに来い」
「分かりました」
ん?出てくるっぽい?私は急いでその場から立ち去った。
ふすまをあけたら、聞き耳立てている私がいたら、絶対に切られてしまうし、その前に、かなりマヌケだろう。
で、どうしよう?なぜか長州の間者は、永倉さんを殺そうとしている。理由は何?わからない。
でも、これだけはわかる。なんとか逃げなくてはっ!逃げなくても、切り抜けなければっ!
どうすればいい?ああ、どうしよう?
一人でオロオロと考えていると、私のいる2階の窓から通りが見えた。
その通りを歩いてくる斎藤さんと藤堂さんが見えた。
なんてラッキーなんだろう。
「殺そうとしているだと?」
斎藤さんが私の話を聞いて驚いていた。
「またどうして、新八さんなんだ?」
藤堂さんが不思議そうな顔をしていた。
そうだよね。私もそこが不思議だわ。
「永倉は、芹沢局長達と同じ流派だろう?」
斎藤さんの言うとおり、永倉さんは、芹沢さんと同じ神道無念流だ。
「同じ流派だから、今回の粛清について、不満を持っているかもしれないと思い、近づいたのだろう。しかし、永倉は不満を持っていたとしても、その不満はそんな大きなものではないということに奴らが気がついたため、それなら殺してしまおうと思ったのだろう。永倉も副長助勤だし、組みを支える大事な柱だ。芹沢局長がいなくなって間もないこの不安定な時期に、永倉がいなくなれば、さらに隊が不安定になる。奴らはそれを狙っているのだろう」
斎藤さんの解釈に言葉が出なかった。
よくここまで考えられるなぁ。しかも筋も通っている。
「じゃぁ、なんで蒼良も狙われなければいけないんだ?」
藤堂さんが、私も少し疑問に思っていたことを聞いてくれた。
「それは……」
それは?
「ついでだろう」
ついでかいっ!
「永倉と一緒にいるから、ついでに処理をしようということなんだろう」
「つ……ついで……」
ショックで、言葉に出してしまった。
「いや、蒼良、大丈夫だよ。たとえついででも、隊にとっては大事な人間だよ。奴らにとってはついでかもしれないけど、隊にとっては必要な人間だよ」
藤堂さん、なぐさめてくれるのは嬉しいのですが、ついでと言う言葉を2回も言われると……
「とにかく、なんとか切り抜けて、屯所に帰って来い。土方さんには報告しておく」
斎藤さんが立ち去ろうとした。
「あれ? 助けてくれないのですか?」
「何をしろって言うのだ? ここで刀を持って斬り合いになれば、店にも迷惑になるだろう。ましてや、つい最近は切腹までここでしたのだからな。これ以上迷惑かけられんだろう」
「ええっ! どうすればいいのですか?」
刀も使えないとなると、何をすればいいのだ?
「ま、永倉もいるから、大丈夫だろう。行くぞ」
斎藤さんは、藤堂さんと一緒に行こうとした。
「大丈夫。何かあるといけないから、屯所に報告に帰ったあとに、ここら辺をウロウロしているから」
藤堂さんは、そう言い残して、先に行った斎藤さんを追いかけていった。
一人で何とかしろってことなのね。
部屋に帰ると、永倉さんが豪快ないびきをかいて寝ていた。
こんな状態でよく寝れるよなぁ。
「永倉さんは寝てしまったよ」
さっき、部屋で殺すのどうのと話していた荒木田さんが言った。
その言い方が嬉しそうに聞こえるのは、気のせいか?
「みなさん、そんなに飲んでないんじゃないですか? とにかく、飲みましょう」
こうなったら、酔つぶしてやる。この状況で私にできるのはそれぐらいだろう。酔わせてこの4人、最低でも実行犯の2人をつぶせれば何とかなりそうだ。
「ささ、飲んで飲んで」
とにかく、お酒を注いで注いで注ぎまくった。
その結果、永倉さんの他に4人の酔っぱらいを作りだす事に成功したのだった。
次の日の朝早くに屯所に帰った。
5人の酔いが覚めるのを待っていたら、夜が明けてしまったのだった。
それでも、永倉さんが最初に酔いがさめてくれたので、助かった。
後の4人は半分酔っている状態だ。刀を握りたくても、握れない状態だろう。
「蒼良、無事だったか」
屯所に帰ると、まっ先に源さんが出てきてくれた。
「平助から話を聞いて、心配で、一緒に一力の前を行ったり来たりしたが、中の状態がよくわからなくて、心配したんだ。大丈夫か?」
「大丈夫です」
「そうそう、お前たちが帰ってきたら、顔を出すように歳に言われていたんだ。一緒に行こう」
源さんと部屋に行くと、既に試衛館メンバーが揃っていた。
「蒼良、大丈夫か?」
土方さんが最初に言ってきた。
「はい、大丈夫です」
私は、昨日あったことをすべて報告した。
「芹沢さんを切ったのも、多分あいつらだろう。ここで始末付けよう」
土方さんの言葉に驚いてしまった。
芹沢さんを切ったのは、私たちだろう。
しかし、ここにはそのメンバーに加わらなかった人もいたので、土方さんはそう言ったのだろう。
「本当に、あいつらが芹沢さんを殺したのか?」
永倉さんが土方さんに聞いた。
「そうだ。あいつらで間違いないだろう」
土方さんも嘘がうまいなぁと思った。そして、永倉さんも、まいったという顔をしたから、私たちのことを知っているということもわかった。
でも、誰もそのことを口に出す人はいなかった。
「まず、御倉と荒木田は斎藤に任せる。残るふたりは総司と平助と源さんに任す。あと左之」
「なんですか?」
「楠 小十郎って、お前の下にいるだろう?」
「ああ、まだ若いから、小姓みたいに使っている」
「どうやら、そいつも間者だ」
「えっ、あいつが?」
原田さんは驚いていた。
楠 小十郎さんは、確かまだ17歳。私より若い。そんな人まで間者になっていたのか?
「最初から間者だったわけではない。御倉と荒木田にいいこと言われて間者になったのだろう。でも、ほっとくわけにもいかねぇ。出来るか?」
殺せるか?ということだろう。
「殺るしかないだろう」
原田さんは、槍を持って立ち上がった。
それが合図になったかのように、みんなも立ち上がって、各々の任務についた。
荒木田さんと御倉さんは、毎朝髪結いの人が髪を結いに来てくれる。
というのも、この時代、月代と言って、時代劇によく出てくる人のような髪型をしている人もいたので、毎朝、髪を結いに来ることは日常茶飯事なのだ。
その髪を結っている時に、斎藤さんと林さんという隊士の人が後ろから刺して首を落とした。
長州の間者というのがバレたから殺されたということを一瞬で分かった人達がいた。
それがこの2人以外の長州の間者だった。
あと2人だけだったはずなのに、何故か3人逃げた。それを源さんと沖田さんと藤堂さんが追いかけた。
私も追いかけたけど、追いかけている途中で槍を持っている原田さんを見かけた。
その姿がなんか悲しそうだったので、思わず、原田さんの方に行ってしまった。
霧がとても深くてすぐ前でもあまり良く見えなかった。
楠さんの姿を見つけられないのではないか?と思ったけど、彼の姿は、八木さんの家の前にある畑にあった。
「おい、小十郎」
原田さんが呼ぶと、霧の中にあった影が動いたのが確認できた。
「あ、原田さん」
霧の中から、幼い顔立ちの楠さんが現れた。
「俺は、回りくどいことが嫌いだから、直接聞く。小十郎、お前は長州の間者なのか?」
原田さんがそういった時、楠さんの顔色が青くなったのが分かった。
「わ、私は……その……」
「間者かどうか聞いているんだ。はっきり言え」
「いや、御倉さんと荒木田さんに言われて……でも……」
「間者なのか?」
「私は、そのつもりはなかったのですが……」
原田さんが無言で槍を出した。すると、楠さんは背中を向けて逃げようとした。
その時に、原田さんの槍が動いた。動いたと思ったら、既に楠さんが倒れていた。
「原田さん、大丈夫ですか?」
私が声をかけると、驚いたような顔をして振り向いてきた。
私がいたことに気がつかなかったらしい。
「蒼良、いつからいた?気がつかなかった。それとも、土方さんに言われてきたのか?」
なんで土方さんに言われないといけないのだ?
「俺がちゃんと楠を切るか見てこいって、言われたのか?なら、ちゃんと切ったって、報告してこいよ」
びっくりした。そんなことを言われるとは思わなかったから。
でも、そう思われるようなことを、私はしたのかもしれない。
「す、すみません。土方さんに報告とか、そういうことは言われていないので、よくわからないのですが、でも、原田さんの嫌がることをしてしまったのかもしれないですね。ごめんなさい」
頭を下げてから立ち去ろうとした時、
「待て」
と、原田さんに呼び止められた。
「蒼良は何もしてないだろう。俺が悪かった。楠を切って、卑屈になっていた。すまない」
「私の方も、原田さんの気持ちを考えないで、ごめんなさい。沖田さんたちと逃げた間者を追いかけていたのですが、その時に原田さんを見かけて、その姿がなんか悲しそうだったので、心配できてしまったのです」
「俺が、悲しそうに見えた?」
「はい」
そういうと、原田さんは悲しそうに笑った。
「俺は、大丈夫だ。確かに楠は、小姓変わりに使って可愛がっていたが、そいつが長州の間者となると話は別だ。長州に逃げられるなら、俺の手で殺したほうがましだろう。ま、少し寂しいが、俺の手で送ってやれて良かったよ」
そう思える原田さんは、やっぱり強いなぁと思ってしまった。
「お、おい、なんで蒼良が泣いているんだ」
原田さんがどんな思いで楠さんを切ったのだろう。そんなことを思っていたら、涙腺が緩んでしまった。
「原田さんが泣かないから、私が代わりに泣いているのです」
「俺は泣くつもりはないが……わ、分かったから、早く泣きやめ。男がこんなところで泣くもんじゃないだろう」
原田さんの戸惑いぶりがなんか面白かったので、泣きながら笑ってしまった。
「蒼良は、笑顔が似合ってるよ」
原田さんから、乱暴に頭を撫でられた。
沖田さんたちが追いかけていた間者は、結局逃げられてしまった。
それで、3人始末できたので、この3人は長州の間者で芹沢さんを殺した人物として処理をした。




