嵐山へ
「おい、今から嵐山に行くぞ」
土方さんが、突然言ってきた。
「えっ、嵐山ですか? 何があったのですか? また長州の人たちがなにか企んでいるのですか?」
「紅葉を見に行く」
「えっ?」
「俺が、紅葉を見に言ったら悪いか?」
「悪くはないですけど、雨降らないかなぁって」
空を見上げたら、雲一つない秋晴れだった。
「お前、そんなことばかり言ってると、連れていかんぞ。せっかく連れて行ってやろうと思ってたけどな」
「あ、いえ、行きます。雨降らないですよ」
「まったく、お前は」
という訳で、土方さんと嵐山に行くことになった。
嵐山は、紅葉を見るにはまだ少し早かった。しかし、うっすらと色が変わっていた。
「ちょっと早かったか」
土方さんは、残念そうに言った。
「でも、木によって紅葉している木としていない木がありますね」
「とりあえず、あそこにある橋でも渡るか」
その橋は、渡月橋だった。
江戸時代からあったんだぁと感心していたら、なんと、平安時代からあるらしい。もちろん、形は、現代と少し異なっているけど。
「お前、ここに来たことあるだろう?」
「はい、修学旅行で」
「はぁ? 修学旅行?」
この時代には、そんなものはなかった。
「あ、お師匠様と一緒に」
「そうか。初めて着たにしては、なんか慣れているような感じだったからな。じゃぁ、お前が案内しろ。どこかいいところ知っているか?」
どこかいいところ……。
私が案内して、その場所がなかったらどうする?でも、歴史が古いから、あったりするかもしれないし。
とりあえず、修学旅行で行った所に行ってみるか。
「お前、なかなかいいところを知ってるじゃないか」
天龍寺というお寺に行った。
「世界遺産に登録されていますから」
「はぁ? 世界遺産?」
しまった。江戸時代にはそういうものがなかった。
「それぐらい立派なものということです」
「わけわからんが、立派なのは認める。ただ、少し時期が早かったな」
土方さんの言うとおり、もうちょっと遅い時期だったら、とてもいい紅葉が見れたかもしれない。
今の状態で、少し色付いた程度だった。
ゆっくり歩きながら、曹源池庭園と言う、池のある庭についた。
ふと、目の前に赤いもみじが落ちてきた。それを、思わず捕まえてしまった。
「もみじを取ると、いいことがあるのか?」
「それはわからないですけど。なんでですか?」
「お前の捕り方がそういうふうに見えた」
そんなに必死だったか?普通にとったような感じだったけど。
もみじをとったはいいけど、これをどこにやろう?捨てるのもなんかもったいないし。
「ほら、ここに入れろ」
土方さんは、懐から句集を出してきた。
そこから、春にとった桜の花びらもはさんであった。
「まだあったのですね」
「お前が、いいことあるかもしれないって言ったから、そのままにしてある。一緒にはさんどけ。あまり紅葉が始まってねぇのに、これだけ落ちてきたってことは、何かあるかもしれねぇぞ」
私は、もみじを桜の花びらと同じところにはさんでもらった。
桜の季節から、半年しか経っていないけど、色々あったなぁ。
土方さんも同じことを思っていたみたいで、
「色々あったな」
と、桜の花びらを見てつぶやいていた。
「色々ありましたね」
「お前は、いつまで引きずってんだ?」
なんのことだろう?
「芹沢さんのことだ。いつまで引きずっているんだ?」
「引きずっていませんよ。こう見えても、切り替え早いですから」
「嘘つけ。毎日お前を見ていると、わかるんだよ。まだ引きずっているなって。たまに遠い目をしていやがるし」
なんでわかっちゃうのだろう。必死に切り替えようとしているのに。
「土方さんは、もう芹沢さんのこと、なんとも思わないのですか?」
「なんとも思わねぇことはない。ただ、いつまでもそんなことを考えていると、前に進めねぇだろう。ここで立ち止まっている場合じゃないんだ。時間は待ってくれねぇ」
まっすぐと、目の前の池を見ながら、土方さんは言った。
「俺だって、芹沢さんがいたらって、考えることはある。でもそんなこと考えても、芹沢さんは戻ってこねぇだろう。それより、新選組をきちんとした組織にする方が大事だ」
「そうですね。悲しんでいる暇はないですよね」
「悲しんだらダメだと言っているわけではない。お前の場合、思いっきり悲しんで、発散させたほうが元気になるんじゃないのか?」
ううっ、なんでそこまで……
「半年も一緒にいれば、わかるだろう」
でも、私は土方さんが何を考えているかまではわからないのですが。
「ここで、思いっきり発散したらどうだ。誰もいねぇみたいだし」
キョロキョロと周りを見回すと、本当に誰もいなかった。
「私、悔しかったんです。芹沢さんが暴れるのを止めることができなかったから」
「あそこまで酒が入って暴れている人間を、止めることはできんだろう」
「でも、止めないと、会津藩から、消すように命令が来ちゃうじゃないですか」
「お前、ずいぶん前からそんなことを思っていたのか?」
「はい。芹沢さんが暴れると、新選組の評判も悪くなり、それを預かっている会津藩だって、評判が悪くなるじゃないですか」
「鈍感だと思っていたら、意外と深く考えていたのだな」
深く考えてはいないけど、歴史ではそうなっていたから、歴史を変えるために動いていた。
しかし、変えられなかった。それが悔しい。
「とにかく、悔しいです」
「わかった。ここで思いっきり吐き出せ。ただし、ここを出たら芹沢さんのことは考えるな。ひたすら、前だけ見ろ。わかったな」
「はい」
「泣いてもいいぞ」
「泣きませんよ」
と言いながらも、土方さんの言葉にせき止めていた涙が、あふれ出るように出てきた。
そんな私に、土方さんは、黙って肩を貸してくれた。
「ありがとうございました」
天龍寺を出て、渡月橋が見える川土手に座った。
「ようやく、元に戻ったな」
「はい。もう大丈夫です」
「じゃあ、帰るか」
「はい」
もしかしたら、私のために嵐山に来てくれたのかな。
「あっ」
土方さんは、突然、句集と矢立を出してきた。
「せっかく来たのだから、句を考えねぇとな」
もしかして、俳句を作るためか?




