藤堂さんの悩み
芹沢さん暗殺の手引きをした後、雨の中トボトボと歩きながら、屯所から宴会が続行中の角屋に帰ってきた。
雨足は、どんどん強くなっていた。そして、9月現代でいうと10月なのにもかかわらず、蒸し暑かった。
もう、芹沢さんもお梅さんも旅立っただろう。
角屋に着いて、宴会をしていた部屋に行ったら、深雪太夫がいることになっていて、そこで着替えたあと、宴会にまじるということになっていた。
しかし、宴会をしていた部屋に行くと、誰もいないはずの部屋に、なぜか藤堂さんが一人でお酒を飲んでいた。
「呼んでないけど」
私を見て、飲みながら藤堂さんが言った。
かなりの量を飲んでいるみたいで、空のお銚子がいくつか転がっていた。
「悪いけど、一人にしてくれないかな」
私を花魁だと思っているらしい。この格好だから、そう思われるのも仕方ない。
しかし、私はここで着替えることになっている。深雪太夫も来ていないみたいだし、どうすればいいのだ?
色々考えたけど、ここで待つしかないだろう。
そう決めた私は、部屋に入った。
「だから、一人にしてくれって……」
部屋に入ってきた私に向かって、藤堂さんは言った。
外に出ろと言われても、こっちも、この姿を他の隊士に見られたくない。 他の隊士に見られるのと、藤堂さん一人に見られるのと選ぶなら、藤堂さん一人の方が断然いい。
私は、無言で藤堂さんの杯に、お酒を注いだ。
藤堂さんも、無言で空にした。お酒を飲むペースが早い。何かあったのか?
「飲み過ぎじゃないですか?」
思い切って、声を出してみた。
「まだ足りないぐらいだ」
空の杯を出してきたので、またお酒を注いだ。
「何かあったのですか?」
「君には関係ない」
聞いたことがないような冷たい声で言い放った。
そう言われると、何も言えなくなってしまう。
「あの……深雪太夫は?」
「新八さんたちが、別な部屋に連れて行ったよ」
だから、ここにいないのか。きっと捕まっていて、逃げられないのだろう。
仕方ない。しばらくこの格好で我慢しよう。
「いるなら、酒を入れてよ」
藤堂さんが、杯を出してきた。
「もう終わりにしたほうがいいですよ。飲みすぎです」
「私がどれだけ飲もうと、あなたには関係ない」
「関係なくないです。何があったか知りませんが、藤堂さんらしくないですよ」
私がそう言うと、驚いた顔をした。そして私の顔をじいっと見た。
「もしかして、蒼良?」
やっと気がついたらしい。
「そうです。気がつきましたね」
「なんでそんな格好を?」
「それには、深いわけがあるのです」
芹沢さんのことを話していいのかわからないので、そう言ってごまかした。
「本物の花魁みたいだよ。いや、本物より綺麗かもしれない」
「お世辞はいらないですよ」
「いや、お世辞じゃなくて、本当だ」
「何も出ないですよ」
そう言いながらお酒を注ぐと、
「お酒が出てきた」
と言って、藤堂さんは笑った。
「ところで、なんでこんなに飲んでいるのですか?しかも、一人で」
私が聞いたら、藤堂さんはお酒をぐいっと飲んでから言った。
「芹沢さん、死んだのか?」
なんで知っているんだ?
「蒼良、そんな顔をしても、私にはわかるんだ。芹沢さんを殺しに行ったのだろう?」
「どうして?」
「私も、副長助勤だ。この身分にいると、みんなは隠しているつもりだろうけど、色々とわかってしまうのだよ。みんなの動きとか見ているとね」
そうだったんだ。わかっていたのか。
「どうして、自分はその中に含まれていなかったのだろう。蒼良は、その中に加わっていたから、そういう格好しているのだろう?」
加わっていたから、花魁に変装することになったのかはよくわからないのだけれど、藤堂さんが、自分が仲間に加われなかったことを悩んで、飲んでいることはわかった。
「加わりたかったのですか?」
あまり、いい仕事じゃなかったけど。とても悲しい仕事だったけど、一緒にやりたかったのか?
「そりゃ、ここで飲んで仲間はずれみたいにされるぐらいなら、加わりたかった」
「仲間はずれにしたわけじゃないですよ。永倉さんだって、斎藤さんだって、加わってないですよ」
「わかってる。でも、なんで私じゃなかったのだろう」
それは、とっても簡単なことだ。
「これは汚れ仕事だから」
私が言ったら、藤堂さんは驚いた顔をした。
「えっ?」
「土方さんが、この仕事の話をするたびに言ってました。汚れ仕事だからって」
「汚れ仕事?」
「仲間を殺すのは、汚れ仕事だ。できるだけ少人数でやりたいって」
「その少人数に、自分も入りたかった」
「土方さんは、藤堂さんの手を汚したくなかったのですよ」
「どうして?」
「藤堂さんが大事だからですよ。こんなことで手を汚させてはいけないって思ったから、藤堂さんを人数に加えなかったのだと思います」
「じゃぁ、なんで蒼良は加わったんだ?」
「私は、土方さんと同室で、計画する前から全部知ってしまったから、仕方なく入れたのだと思います。現に、私も、芹沢さんが殺される現場は見てないです。手引きはしましたが」
「だから、その格好なんだ」
「そういうことです。花魁になって、屯所に帰ってお酒を飲ませて、芹沢さんたちが寝たら合図を送る。それが終わったら、すぐ帰れって言われました」
「そういうことだったのか」
藤堂さんは納得したようだった。
「また、色々と深く考えこんでしまったようだ。考えすぎて、お酒が進んでしまった。自分が自分で情けない」
「そういうことは、誰だってありますよ。だから、自分の胸にため込まないでください。考え込む前に、誰かに打ち明けて、心を軽くしてください。私でも構いませんから」
藤堂さんは、数年後に新選組を脱退してしまう。きっと、今回のように色々あって、考え込んで脱退してしまったのだろう。
少しでもそれを防げるようにしたい。
「蒼良、ありがとう。蒼良がいてくれてよかった」
私も、自分が役にたててよかった。
深雪太夫が来る気配はなかった。
私が一人で脱げるものではないので、藤堂さんの相手をしながら深雪太夫を待っていたのだけれど……
「ところで、蒼良はいつまでその格好でいるつもりなの?」
「私にもわからないです。重たいので、早く脱いで楽になりたいのですが、深雪太夫が来ないことには、どうにもできないので」
「なんなら、私が脱ぐの手伝おうか?」
えっ、ええっ!
それは困るっ!
「いや、大丈夫です。待ちますから」
「でも、重いのなら、早く軽くなったほうがいい。それに、男同士だから、女性に手伝ってもらうより気楽だろう?」
いや、全然気楽じゃないです。
「深雪太夫は、着せるのも上手なので、彼女にお任せします」
「遠慮することないよ。手伝うよ」
遠慮してないから。
「それとも、やけどの痕が気になるとか?」
源さんの機転で、私には人には見せたくないやけどの跡がある事になっている。
「そ、そうです。あまり人には見せたくないです」
「でも、深雪太夫には見せたのでしょう?なら、私も気にしない」
そうだ。深雪太夫が着せたのだから、深雪太夫は見たことになるよね。
気にしないって、私は気にするから。どうすればいいのだ?
「だ、大丈夫です。このまま待ちます」
「何か、私の前で脱ぎたくない理由でもあるのか?」
あります。とっても大きな理由が。でも、それを言うわけにはいかない。
「いや、特にないですが」
「じゃぁ、男同士だし、気にすることはない。逆に、その姿を他の隊士が見たら、大騒ぎになると思うけど」
ああ、それも嫌だ。一体どうすりゃいいんだ?
「で、でも、深雪太夫に頼んであるので、待ちます」
「遠慮しなくてもいい。手伝うから」
そう言いながら、藤堂さんは帯に手を伸ばしてきた。
「キャッ!」
私はびっくりして、藤堂さんの手を払った。
藤堂さんは、驚いていた。
「す、すみません。でも、大丈夫ですから」
「蒼良、もしかして、女か?」
な、なんでバレたんだ?
「さっきの手の払い方を見て、もしかして、女かなぁって。そうすると、今までの話のすべてのつじつまが合う」
バレた。でも、この格好で話をしていたら、バレるのも時間の問題だったかもしれない。
「そうです。女です。今まで騙していて、すみません」
「えっ、いや、そんな、謝らなくてもいいよ」
藤堂さんは、驚いていた。そりゃ、驚くだろう。男だと思っていた人間が、実は女だったのだから。
「じゃぁ、脱がすのは、深雪太夫に頼んだほうがいいね。こちらこそ、しつこく言って、悪かった」
藤堂さんの顔が赤くなっていた。
「いえ、こちらこそ、なんかすみません」
私も、なんか照れてしまった。
「あっ!このことは、他の人には内緒にしてくださいね」
「わかった。女性なのに、ここにいるのは、なにか相当な理由でもあるのだろう?」
相当というか、お師匠様に脅迫されただけなのだけど。
「そんな理由は……」
ないですよと言おうとしたら、藤堂さんが
「言わなくていいよ。そこまで言わなくてもいい」
と、言ってきた。
「でも、蒼良が、女だったとは……」
「すみません」
「謝らなくてもいいよ。なんか、嬉しいと思ったから」
嬉しい?
「なぜかわからないけど、なんか、嬉しかった」
藤堂さんは、優しい顔で笑っていた。
深雪太夫がようやくやってきた。
やっぱり、永倉さんたちに捕まっていたらしい。
藤堂さんは、
「新八さんのところに行ってくるよ。蒼良も後でおいで」
と言って、部屋を出た。
私は、ようやく普段の姿に戻ることができたのだった。




