芹沢さん暗殺
部屋に行くと、既に作戦会議が始まっていた。
メンバーは、この前と同じ。それに原田さんが加わった。
「相手は、かなり強いだろう」
土方さんがみんなに言った。相手とは芹沢さんのこと。
普通に刀を交えたら、沖田さんと同じぐらいか、それより強いかもと言われていた。
最近は、お酒を飲んでばかりいるので、そんなに強くないと思うけど。
「失敗は許されねぇ。完璧にやるために、酒で酔ってもらう」
酒で酔わせて切るってことだろう。
「でも、いつも酔っ払っているだろう? それ以上に酔わすことができるのか?」
源さんが質問した。
土方さんが、お金が入った巾着を置いた。かなりの額が入っているみたいで、畳の上に置くと、重そうなチャリンと音がした。
「この前、御所を警備した時に会津藩から出た報奨金だ。これで角屋を貸切にして、宴会を開く。そこで酔わせて、屯所に連れて帰って切る」
さすがに角屋は血で汚せないのと、島原の揚屋に入るときは、刀を預けるので、切りたくても、自分の近くに刀はない。
みんな、土方さんの作戦に了解したみたいで、うなずき合いながら土方さんを見た。
「それで、各々の役割を言う。まず、屯所に切りに入るのは、山南さんと源さんと総司と俺だ。」
名前を呼ばれた人達は、黙ってうなずく。
「左之は、近藤さんと一緒に屯所の外にいて、近藤さんを護衛しろ。近藤さんは、何もせずに外にいてくれ」
「歳、俺は本当に何もしなくていいのか?」
「仲間殺しは、汚れ仕事だ。近藤さんの手を汚したくない。できれば角屋にいてもらいたいぐらいだが、無理だろう?」
「ああ、俺が会津公から命令されたのに、素知らぬ顔で角屋にいるのは無理だ」
「で、蒼良」
急に私の名前が呼ばれた。
「はい。なんですか?」
「お前は、花魁になってもらう」
えっ、また?
「花魁になって、角屋で芹沢さんたちを飲ませてくれ」
普段飲むなっ!と言っているのに、飲ませることになるとは。
「それで、芹沢さんたちと屯所に帰って様子を見てもらいたい。芹沢さんたちが寝たら、ロウソクをもって外に出て、俺たちに合図をしてもらいたい」
「蒼良を芹沢さんたちと屯所に置くのか? 危なくないのか?」
原田さんが私の方をちらっと見ながら言った。
「蒼良なら、自分の身は自分で守れるだろう。これだけのために、女を雇ってやらせるほうが危険だ」
「分かりました。やってみます」
「重要な役目だからな。失敗するなよ」
そして、その日はやってきた。
私は、以前お世話になった深雪太夫がいる置屋で花魁に変身をした。
「お前、本当に蒼良か?」
原田さんが私の姿を見て驚いていた。
「はい、私です」
「綺麗な顔しているから、女に化けても違和感ないな」
女に化けてもって、一応女なのですが。
「ただ、この着物と頭がものすごく重いのです」
かんざしをいくつもさして、盛りに盛ってある頭と、綺麗な着物をいくつも重ねて着る着物は、とっても動きづらい。
「大丈夫か?土方さんが言ったこと、実行できそうか?」
「実行しますよ。失敗は許されないし、大丈夫ですよ」
「何かあったら、無理せずに俺を呼べ。外でいつでも助けられるようにしておくからな」
「ありがとうございます」
「準備は出来たか?」
土方さんが入ってきた。
「はい、出来ました」
「また派手に化けたな」
化けたなって、人を化物のようにいって……
「今日は頼んだぞ。役目が終わったら、角屋に帰って来い。深雪太夫が脱ぐのを手伝ってくれるそうだ」
「分かりました」
「深雪太夫にも頼んであるが、隊士を屯所に近づけるな。屯所に帰るというやつがいたら、止めろ」
芹沢さんたちが殺されるところを、隊士に見られたくないからだろう。
「分かりました。止めます」
「それと、お梅がいる可能性が高い。もしいたら、返せ。お梅は関係ねぇからな」
「でも、お梅さんが帰らなければ?」
「その時は仕方ねぇだろう」
お梅さんは帰らない。芹沢さんと一緒に死ぬことになっている。でも、一応説得してみよう。
「それと、お前はしゃべるな」
えっ、しゃべるな?
「このことは誰にも話していませんよ」
「いや、そうじゃなくて、座敷に入ったら一言も口を聞くな。ただ、芹沢さんたちに酒を飲まえろ」
「なんで話したらいけないのですか?」
「声でバレたらどうする?それに、お前、京の言葉を話せるのか?」
うっ、痛いところを付いてきた。
「話せますえ」
下手くそな京言葉を話したけど、
「ダメだ。話すな」
と、あっさり却下されてしまった。
「それにしてもすごい雨だな」
原田さんが外を見ながら言った。
「逆に雨の方が、俺たちが屯所の中に入るときの音が雨の音で消されるからな。都合がいい」
土方さんも、外を見ながら言った。
この日は、朝からザーザーと音を立てて雨が降っていた。
「じゃぁ、頼んだぞ」
そして、角屋を貸し切っての大宴会が始まった。
私は、芹沢さんの横について、無言でひたすらお酒を注いだ。
「お前のような美人は初めて見た。名は?」
芹沢さんがお酒を飲みながら言った。
名は?と聞かれても、話したらダメだと言われているし。
「そいつは、口が聞けねぇんだ」
土方さんが助け舟を出してくれた。
「なかなかの美人なんだが、話せねぇから、太夫にはなれねぇらしい」
「そうなのか。話せなくても、俺の相手ができればいい」
芹沢さんが私の手を触ってきた。
うっ、このスケベおやじがっ!と、普段ならぶん殴っていたところだけど、それをしたら、すべて失敗に終わるので、我慢して、にっこり笑ってまたお酒を注ぐ。
「おい、こっちのも頼む」
平山さんに呼ばれ、平山さんにも酒を注ぐ。
普段より多く飲まされている芹沢さんたちは、もうベロンベロンに酔っ払っていた。
「芹沢さん、飲みすぎたみたいだな。屯所に帰って休んだほうがいい」
土方さんが、屯所に帰るようにうながす。
「なに、今日は雨が降っているからな、このまま泊まろう」
えっ、帰らないのか?
「でも、ここだと他の隊士がいるから、ゆっくりできないだろう。屯所に帰って休んだほうがいい。かごも呼んであるから」
島原から屯所は結構近い。かごに乗って帰るような距離ではない。けど、完璧に屯所に帰すには、ここから直接かごに乗せて運んだほうが確実だ。
「なんなら、こいつを連れて帰っても構わない。置屋の方に許可はとってあるから」
「おお、そうか。気がきくな。じゃぁ、帰るか」
ヨロヨロと立ち上がる芹沢さんを、土方さんが支えてかごに乗せた。
平山さんと、平間さんも一緒に帰ることになった。
計画では野口さんも一緒のはずだったが、野口さんは、他の隊士たちと盛り上がっていて、帰る気配がなかった。
「とりあえず、この3人だな。頼んだぞ」
角屋を出るときに、私の耳元で土方さんが言った。
屯所に帰ったら、お梅さんと、平山さんのお気に入りの芸妓、桔梗屋吉栄さんと、輪違屋糸里さんがいた。
まさか、この人たちも殺すのか?いや、逃がさないと。
4人で台所に入り、お酒の準備をした。
「あんた、見ん顔やけど」
お梅さんが私の顔を見ていった。
「お梅さん、私です」
「えっ、蒼良はん?」
お梅さんは私を見て驚いていた。
「なんでそんな格好しとるん?」
「お梅さん、逃げてください」
「えっ、なんで?」
「芹沢さんは、今夜殺されます」
私が言うと、お梅さんはやっぱりという顔をした。前もって知っていたのか?
「そんなことやと思った。待ってれば死ぬのに」
「待ちきれないそうです」
「なんや、急いどるんかい?」
「だから、お梅さんは逃げてください」
「逃げん。芹沢はんがおらん世は嫌や」
「でも、お梅さんは美人だから、芹沢さんよりいい人たくさんいますよ」
「失礼な言い方やな。うちには芹沢はんしかおらんのよ。だから、一緒に死ぬわ」
お梅さんの決心は硬かった。
「分かりました。助けられなくて、すみません」
「ええんよ。わてが決めたことやさかい」
お梅さんの顔は、強い決心がにじみ出て、キリッとした顔になっていた。
「そういえば、芹沢はんが言うとったよ。俺を注意するのは蒼良だけだって。局長なのに、そんなことお構いなしに体当たりで注意してくるって」
しょっちゅう注意していたもんなぁ。
「そういう隊士を持って、幸せやって」
その言葉を聞いて、泣きそうになってしまった。
芹沢さんを殺さずに済むことはなかったのだろうか?殺さないといけないのだろうか?
「ああ、泣いたら、化粧が落ちるで。泣いたらあかん。それに、土方はんたちにも怒られるよ」
お梅さんは、私の顔を優しく拭ってくれた。
「す、すみません。芹沢さんを助けられなくて」
「ええのよ。どうせ病気で死ぬんやさかい。死ぬのがちょっと早うなっただけや」
「おい、酒はまだか?」
部屋から芹沢さんの声が聞こえた。
「蒼良はん、あんたもなんで男になっとんのかわからんけど、好きな人ができたらつろうなるで。はよう女に戻ったほうがええ。せっかく美人なんやし」
それは、無理そうだ。
「幸せになるんよ。わての分まで、幸せにな」
そう言って、お梅さんはお酒を持って行ってしまった。
ここでめそめそしているわけにはいかない。
みんなだって、江戸から一緒に京に来た仲間を殺すのは、辛いはずだ。土方さんだって、作戦を考えるのに苦労したと思う。
それを私のせいでぶち壊すわけにはいかない。
よし、やるぞ。ここまできたら、もう引き返せない。
私は顔を上げて笑顔になってみた。大丈夫。行くぞ。
しばらく芹沢さんたちは宴会をしていた。
でも酔いが回ってきたらしく、眠ってしまった。
でも、もしかしたら、目を覚ますかもしれない。しばらく様子をみた。
起きる気配はない。大きないびきが聞こえた。
大丈夫だろう。
「吉栄さん」
私は、平山さんの隣で寝ていた吉栄さんを起こした。
「なんなん?」
「長州の間者が外にいるらしいのです。危ないので逃げたほうがいいです」
確か、長州の間者に殺されたことになるので、そう言った。
「えっ、そうなん?」
吉栄さんは、急いで起きたけど、なかなか動いてくれなかった。
「足が振るえて歩けへんのよ」
私は、吉栄さんを支えて外に出た。
「とりあえず、どこかに隠れておいてください」
「わかった」
吉栄さんは、厠に隠れた。
糸里さんも起こした。彼女は冷静だった。
「わかりました」
そう言って支度をした。
彼女が逃げる姿を見なかった。多分一人で逃げれるだろう。そう思った。
しかし、部屋に戻ってみてみると、一緒にいた平間さんもいなくなっていた。
一緒に逃げたらしい。でも、彼が逃げたからって、これからの新選組に影響はない。
外は雨が降っていた。ロウソクに火をつけ、傘を持ってロウソクの火が消えないように、大きく輪をかいた。
人がこっちに向かってくる気配がした。
厠に隠れている吉栄さんを抱え、屯所を出た。
吉栄さんを置屋に送り届けた。
今頃、芹沢さんたちは殺されているだろう。
雨の中、角屋に向かいながらそう思った。




