斎藤さんの隠し子?
とっても秋らしい日だった。
巡察をしていても、秋の心地よい風が吹いて、とっても気持ちがいい。
今日は、斎藤さんと巡察中だ。
「このままどこかに行きたくなりますね」
そう、まさに行楽日和なのだ。
斎藤さんは、ちらっと私の方を見ただけだった。
巡察がてら、どこかに行きたいなぁ。
そんなことを思いながら歩いていると、前から赤ちゃんを抱いた女の人が来た。
斎藤さんの前で止まると、赤ちゃんを押し付けてきた。
斎藤さんは、自然と赤ちゃんを抱く形になった。
「あんたの子やさかいに、面倒みてや」
そう早口で言うと、女の人は逃げるように去っていった。
残されたのは、状況を把握できてない私と、赤ちゃんを抱いた斎藤さんだった。
「斎藤さんの子ですか?」
「ちがう」
「でも、女の人がそう言ってましたよ」
「身に覚えはない」
「どうしますか? 赤ちゃん。まさか、置いていくわけにもいかないでしょう」
「とりあえず、屯所に連れて行く」
ということで、赤ちゃんを抱いたまま、屯所に帰ったのだった。
「何、斎藤の隠し子か?」
土方さんは、とっても驚いていた。
「本人は否定してますけど」
「でも、相手の女がそう言ったのだろう?」
「はい」
「じゃぁ、間違いないだろう」
「蒼良はいるか?」
土方さんと話をしていると、斎藤さんが泣いている赤ちゃんを抱いてきた。
「はい、なんですか?」
「お腹がすいているらしい。蒼良、乳を出せ」
「……はぁ?」
「いいから、乳を出せ」
斎藤さんは、泣いている赤ちゃんをあやしながら言った。
「乳を出せって、出せるわけないじゃないですかっ! スケベっ!」
「助平って、母乳を出せと言っているのだ。お前の胸を出せとは言ってない」
同じことだと思うのですが……
「それに、母乳は、赤ちゃんを産んだ女性じゃないと、出ませんよ」
「そうなのか? では、どうすればいいんだ?」
赤ちゃんは、顔を真っ赤にして泣き続けていた。
現代のように、ミルクなんて無いだろうし。
「八木さんの奥さんに聞いてみたらいいだろう」
土方さんが大きな声で言った。大声を出さないと、赤ちゃんの泣き声で聞こえないからだ。
じゃぁ、八木さんに聞いてみるか、と思っていると、ちょうど八木さんの奥さんがやってきた。
「なんや、赤ん坊の鳴き声がするって思うてたら、ここだったの」
「斎藤さんの子供らしいのですが、お腹すいているみたいで」
「蒼良、俺の子ではない」
「でも、相手の女の人はそう言ってましたよ」
「だから、違うって言っているだろう」
「喧嘩しとる場合じゃないやろう。赤ん坊を泣き止ませんと。お腹がすいとるみたいやな。」
「母乳を出せる人がいないので、どうしようかと思っていたのです。」
「これぐらいの赤ん坊なら、お粥でも大丈夫や。」
「頼んでくる」
斎藤さんは、赤ちゃんと一緒に台所へと行った。多分台所にいる佐々山さんに頼むのだろう。
「で、ほんまに斎藤さんの子なん?」
八木さんの奥さんが聞いてきた。
「多分……本人は否定をしているのですが」
「あれは、斎藤の子じゃねぇよ。」
土方さんが、書物をしながら言った。
「俺たちは3月に京に来た。斎藤は先に京に来ていたとしても、1月から2月だ。今は9月だろう」
「あの赤ん坊は、多分生まれて5ヶ月ぐらいたっとるよ」
「ということは、4月生まれですね。10ヶ月お腹にいるから去年の夏ぐらいに京にいなければ、あの子の親じゃないということですね」
「去年の夏ぐらいなら、斎藤は試衛館にいた」
「じゃぁ、斎藤さんの子ではないですね。」
なんであの女の人は、斎藤さんの子だと言ったのだろう?
台所に行った斎藤さんと赤ちゃんが気になったので、行ってみた。
「腹がすいていたらしいな。慌てて食うな、ゆっくり食え」
そう言いながら斎藤さんは、赤ちゃんにお粥を食べさせていた。その光景がなんか微笑ましかった。
「蒼良、隠れて見るな」
バレていた。
「見つかっちゃいましたね。なんか微笑ましくって。親子の時間を壊したらいけないなと思ったので」
「だから、親子ではない」
「土方さんも言ってました。時期が合わないって。でも、なんであの女の人はあんなことを言ったのでしょうか?」
「そんなことは、知らん。でも、こいつには罪はないだろう」
確かにそうだ。
「やっと満足したか。口に粥がついているぞ」
微笑みながら、斎藤さんは赤ちゃんの口を拭いていた。
赤ちゃんは、ニコニコと笑っていた。
「あ、お座りが出来るのですね。可愛いなぁ」
いないいないばあをしてあげると、声を上げて笑った。
「おい、それはどうやるのだ?」
「簡単ですよ。いないいないで、手で顔を隠して、バァと言いながら顔を出すのです」
「こうか?」
斎藤さんがやったら、また声を上げて笑った。
「笑ったぞ。泣いているより、笑っている方がいいな」
そう言いながら、赤ちゃんを抱いていってしまった。
結構、赤ちゃんを気に入ってる?本当の早く本当の親を見つけたほうがいいのかなと思ったけど、しばらくはこのままでもいいのかな。
屯所に赤ちゃんが来て数日がたった。
親はあいかわらず見つからなかった。
でも、斎藤さんが巡察の時は、沖田さんや永倉さんが率先して赤ちゃんの面倒を見ていた。
「名前ないのか?」
永倉さんが、赤ちゃんをあやしながら、斎藤さんに聞いてきた。
「ない。名前をつけると、情がわいて、親に返せなくなる」
「でも、いつまでも名前が無いのもどうかと思うのですが」
「蒼良の言うとおりだ。斎藤、なんでもいいから名前をつけろ」
「なんでもいいって、ちゃんとした名前じゃないと駄目ですよ」
「でもよ、名前が無いと不便だろう」
永倉さんの言うとおりなのだけど、でも、斎藤さんの言うこともわかるので、簡単に名前をつけていいのか迷うところだ。
「じゃぁ、10月になっても親が見つからなければ、名前をつけましょう」
「俺は、そこまで面倒は見れん」
「斎藤が見なければ、誰が見るんだ?」
「それまでには、親を探す。蒼良、巡察に行くぞ」
親が見つかれば一番いいのだけど……
斎藤さんと巡察をしていると、向こうから若い夫婦が私たちのところに来た。
「この人や。この人に赤ちゃんを託したんや」
「もしかして、この前の人ですか?」
「そうや。わてらの赤ちゃん返して欲しい」
「訳を聞かせてもらいたい」
斎藤さんが、静かな声で言った。
若夫婦から訳を聞いた。
妻が、赤ちゃんばかり面倒を見るので、夫は寂しかったらしい。
そしてついに夫が
「この子がいなければ」
という禁句な一言を言ったらしい。
それで怒った妻は、赤ちゃんを抱いて家を出た。
この子がいなくなったら、夫はどうするのだろう?それがものすごく気になった。でも、捨てるわけにはいかない。大事な我が子だから。ちょっと預かってもらうところを探していたところ、私たちが通ったというわけだ。
「新選組の人なら、変なことにならんやろうと思うて、託しました」
「でも、随分勝手ですよ。自分の子を他人に訳も言わずに押し付けるなんて。しかも、あなたの子だと嘘までついたのですよ。それで斎藤さんがどういう思いをしたかわかりますか?」
「蒼良、それはもういい。赤ん坊は屯所にいる。俺が帰ってくるまでに連れて行くといい」
そう言うと、斎藤さんは行ってしまったので、私も斉藤さんの後をついていった。
斎藤さんの背中が寂しそうだった。
屯所についたら、赤ちゃんはいなかった。
両親が連れて帰ったらしい。
斎藤さんは、寂しそうに縁側に座っていた。
「いたらいたで、うるさい奴だと思っていたが、いなくなると、寂しいものだな」
「そうですね。赤ちゃん、可愛かったから。でも、両親が見つかってよかったんじゃないですか?」
「一郎」
「えっ?」
「もし、10月まで親があらわれなかったら、そう名付けるつもりでいた」
そうだったんだ。
「男の子だったのですね」
「知らなかったのか?」
「オムツ替えしなかったので」
「そうか」
「でも、ここではやっぱり子育ては無理ですよ。賑やかだし、騒々しいし」
それに、これから隊内粛清もどんどん行われるだろう。
子育てにはいい環境とは言えない。
「そうだな。俺にも無理だ」
フッと寂しそうに斎藤さんが笑った。
それからしばらく二人で、無言で縁側に座ってぼんやりと夕焼けを見ていたのだった。




