原田さんの告白
「心中ですかね?」
「間違いないだろう」
原田さんと巡察中、川から死体が2体上がっていた。
それを囲むように、人々が見ていた。
その2体は、左手の小指を赤い糸で結び合い、離れないようにか、お互いの体の胴のところで縄で縛ってあった。
「赤い糸を結んであるということは、来世で結ばれますようにということですかね」
「そうだろう。報われない恋だったんだな。」
「でも、何も死ぬことはないともうのですが……」
「この世では結ばれないとわかっていたのだろう」
恋愛とは難しいものだ。お互いが好き合っていても、周りに認められなければ、結ばれることはできない。
ましてや、江戸時代という時代は、身分の違いとか、色々な理由で結ばれない理由がたくさんある。
「なんか、可愛そうですね」
「仕方ない。どうあがいても結ばれねぇよ。男同士じゃあな。」
そう、その死体は、男同士だった。
「心中で、処理をしておいたほうがいいな」
原田さんは、あとから来た奉行所の関係者の人たちに言った。
奉行所の関係者たちというのは、奉行所の下のそのまた下で働いている人たちで、奉行所の仕事をカバーしている。
「それで間違いないでしょう。」
その人たちも言ったので、心中で処理をすることになった。
「う~ん」
「蒼良、何を悩んでるんだ?」
さっきの心中死体を発見したあとも、巡察は続いていた。
「何も、死ぬことはないと思うのですが」
「さっきの心中か?」
「そうです。結ばれないからって、いくらでも方法はあると思うのですが」
「たとえば?」
「周りには、とても仲のいい友達同士というふうに見せるとか」
「でも、年をとりゃ、嫁を貰わないといけないだろう。」
「絶対に貰わないといけないのですか?」
現代なら、独身の人はたくさんいる。
「絶対というわけじゃないかもしれないが、もらえなければ、馬鹿にされるしな」
というのも、この時代は、女性より男性の方が圧倒的の多いので、結婚できれば出来たですごいことだし、できなかったら、嫁ももらえないやつと言って馬鹿にされたらしい。
女性はモテモテのこの時代。ちなみに、私は全然モテないけど。
「じゃぁ、独身でもいいじゃないですか。」
「家によってだな。あの二人のうち一人は、着物からして、いいところの出の奴だろう」
すごい、原田さん、そこまで見ていたんだ。
私は、死体だと思ったら、なんか不気味でよく見なかった。
「いい所の出だから、男色はダメだったのですね。」
「そうだろうな。ああいう所の出は、親が相手を決めるだろうしな。どんどんと進んでいく縁談話を、止めることができなかったのだろうよ。」
そうだったのか。
「そうだ、蒼良、口直しに行かないか?」
「巡察中ですよ。」
「死体を見た後だから、気持ちも落ち着かないだろう。ここはお前の好きな甘いものでも食べて、気持ちを落ち着かせてから巡察すればいい」
「いいですね。そうしましょう」
甘いものでも食べて、仕切り直しだ。
「蒼良は、男色についてどう思ってんだ?」
原田さんの思いもかけない質問に、思いっきりむせてしまった。
「な、なんですか、いきなり」
「いや、さっきの死体を見たせいか、蒼良はどう思ってんのか、知りたくなった」
「言っときますけど、土方さんとは何もないですよ」
京に来る前に、土方さんと男色説が流れたので、否定をした。
「そうなのか?」
「そうですよ。いつも一緒にいますけど、何もないですよ。しょっちゅうげんこつ落とされてますから。」
そんな話をしたら、原田さんは笑っていた。
「そりゃ、蒼良が、土方さんに何か言うからだろう」
ま、そうなんだけど。
「で、蒼良は、どう思う?」
「男色ですか?現に男性の方が多いのだから、普通にあるのでしょう。それに、人を好きになるのに、性別は関係ないでしょう。たまたま、自分が男で、好きになった人も男だったって話で。」
それに、この時代では認められていなかったと思うけど、性同一性障害というものもある。自分の心と体が別な人もいるのだ。
だから、男色とかが悪いとは思わない。
「この世は、男と女しかいないのだから、男が男を好きになることも、女が女を好きになることもあるでしょう。」
「その通りだな。で、お前はどっちが好きなんだ?」
「どっちって……」
私は女だし、初恋の相手は男の子だったし、恋愛するならやっぱり
「男の人かな」
私がそう言うと、原田さんは驚いたように目を大きく見開いた。
「そ、そうなのか?」
えっ、なんか私、驚かすようなこと言ったのか?
巡察の帰り道。もうすっかり夕方だ。
9月になり、すっかり秋らしくなった。
「夕焼けが綺麗ですね」
真っ赤に沈む太陽を見ながら、原田さんに言った。
「ああ」
原田さんは、あれから上の空だった。
「秋は夕焼けが綺麗ですね」
「ああ」
ダメだ、こりゃ。なんか変なこと言ったのかな、わたし。
「蒼良」
原田さんに呼ばれたので、原田さんの方を見ると、夕日に照らされた顔は、真剣な顔をしていた。
「なんですか?」
「いや、やっぱりダメだ」
「なんですか?気になります」
原田さんは、なぜか深呼吸をした。
「じゃぁ、言わせてもらう。俺は、お前が男を好きだと聞いて、ちょっとほっとした」
そうなんだ。普通のことだと思うのだけど。
「でも、やっぱり、武士の道に反する」
「えっ、そうなのですか?」
「男が男を好きになることは、武士の道に反すると俺は思う」
そうなのか?
「俺は、お前のことが好きだ。だが、武士の道に反するから、諦める。諦められるかどうかわからないが、諦める」
そういった原田さんの顔は、ちょっと悲しそうだった。
あれ?告白されたような感じがしたのだけど……
「原田さん、今、告白しました?」
「そう何度も言わせるなっ!」
原田さんの声はちょっと怒っていた。
「すみません。私は、原田さんのこと、いい人だと思っていますよ」
「ありがとう。そこで、止めておいてくれ」
「分かりました」
なんだかわけがわからないけど……
「それと、好きになるなら、男ではなく、女を好きになれ」
えっ、女?私が女を好きになったら、それこそおかしいと思うのだけど……
ちょっと待て。今までの話の流れを考えてみた。
私は女の立場で答えて話をした。でも、今の私は、男だった。
ということは……
思いっきり、私は男色です宣言しているじゃないかっ!
そして、私に告白をした原田さんは、私を男だと思っているから、きっとすごく悩んだのに違いない。
悩んでやっと出した結論が、諦める、ということだったのだ。
女だって言ったほうがいいのか?でも、土方さんから内緒にしておくように言われているから、こちらからバラすわけにもいかないし。
「あの、原田さん?」
原田さんを呼んでみたけど、既に姿はなかった。
騙しているという申し訳なさでいっぱいだった。でも、女だと打ち明けたとしても、今の私にとって原田さんはいい人止まりで、原田さんが期待するような答えを出せないと思う。
はぁ、恋愛で悩むなんて思わなかった。




