佐伯さん斬殺
8月になって色々とあった。8月とは現代でいうところの9月の中旬ぐらいにあたる。
残暑は厳しいけれど、朝晩はだいぶ過ごしやすくなってきていた。
そんな時のこと。
原田さんと巡察をしていた。
「あれは、佐伯さんですかね。」
とある店の中に佐伯さんがいるのを見かけた。
「何かを売っているみたいだな。」
原田さんに言われてよく見てみると、根付のようなものを売っていた。
ちなみに根付とは、江戸時代の服装にポケットという便利なものはない。だから、お金とか、ちょっとしたものを持ち歩くときは、巾着に入れて、その巾着と着物の帯を根付で止める。
簡単に言うと、巾着を着物からぶら下げるときに用いた留め具のようなものだ。
それも色々とあって、高価でお洒落なものから、別にどうでもいいようなものまである。
佐伯さんの持っていたものは、ちょっと高そうな感じのものだった。
「どこかで見たことあるような根付ですね。」
「ああ、どこかで見たことあるなぁ。佐伯のだから、あいつがしてたんじゃないか?」
「そうかもしれないですね。」
そんなことを話しながら、巡察を終えた。
今日も京は平和だった。
「最近忙しかったから、たまには暇なのもいいな。」
そう、詳しいことは後でって状態なんだけど、相撲の興行があり、その警備とかで忙しかったのだ。
「そうですね。平和が一番ですよ。」
そんなことを原田さんと話していると、芹沢さんがやってきた。
「おう、ご苦労だったな。」
「あ、珍しく飲んでませんね。」
「蒼良がうるさいからな。たまには飲まないのもいいだろう。」
「私は、一応芹沢さんの健康とかを考えて言っているのですよ。」
「ああ、わかった、わかった。」
全然わかってないな。
芹沢さんを見て、一言いってやろうと思った時、何かおかしいことに気がついた。
芹沢さんの帯のところの根付がなかった。
「あれ?根付はどうしたのですか?」
芹沢さんの根付は、うにこうるという、なんだかわけがわからない生き物の骨か何かを材料に使った、高価なものらしい。
「数日前にどこかでなくしたらしい。」
「いつも酔っ払っているからですよ。」
「本当に蒼良はうるさいなぁ。」
「うるさくもなりますよ。人の言うことも聞かないで…。」
飲んでばかりいて。と言おうとしたら、
「芹沢さん、行きましょう。」
と、奥から新見さんが出てきた。
「よし、行こう。」
「どこへ行くのですか?」
私が聞いたら、新見さんが
「島原に。」
と、楽しそうに言った。その一言を芹沢さんが止めようとしたけど、間に合わなかったらしい。
「あっ!また飲みに行くのですね。」
「おい、蒼良がうるさいから、早く行くぞ。」
芹沢さんと新見さんは、逃げるように出て行った。
「まったく!人の言うこと聞かないで、飲んでばかり。どうなっても知りませんからね。」
ふんっ!と、私が怒っていると、原田さんはなにか考え込んでいた。
「原田さん、どうしたのですか?」
「いや、芹沢さんの根付と、佐伯が売っていた根付が似ていたなぁと思っていたのだが、見間違いかな。」
「そういえば、芹沢さん根付を無くしたって言ってたし、佐伯さんは根付を売ってたし…。そういえば、佐伯さんの売っていた根付、高価なものでしたね。」
「高そうなものだった。結構な値がついたんじゃないか?」
なんか、嫌な予感がした。
もしかして、佐伯さんが売っていた根付は、芹沢さんの物?
「そうだ。」
あれから、気になって仕方なかったので、佐伯さんが帰ってくるのを待ち、帰ってきてから思い切って聞いてみた。
そしたら、あっさりと言われてしまった。
「芹沢さんから頼まれたのですね。あの人、酒飲んでお金がなくなると、押し借りしているから。」
「いや、あいつが酔っ払っているときに盗んでやった。」
あいつって、私でも酒おやじとかスケベおやじとか言っているけど、あいつとまでは言わないな。って、似たようなものか。
というか、突っ込むところはそこじゃない。
「盗んだ?」
「ああ、盗んでやった。」
盗んでやったって、自慢することじゃないだろう。
「またなんでそんなことを。」
「俺は、あいつの酒代とか全部出したんだ。返してもらってもいいだろう。」
いや、返してもらうやり方が違うだろう。
「でも、盗みは良くないですよ。」
「じゃぁ、押し借りはいいのか?」
「それも良くないですよ。」
「でも、あいつは平気でやっているだろう。それを誰も止めない。」
誰が止めても、芹沢さんは聞かないから、誰も止めなくなってしまった。
佐伯さんの一言に、何も言えなくなってしまった。
そんな私を見て、得意そうに佐伯さんは笑っていた。
「俺は、あいつが嫌いだ。」
えっ、いつも一緒にくっついて歩いているから、好きかと思っていた。
「嫌いだが、あいつに良くしたら、自分もよくなると思ってた。でも、あまり変わらないな。」
「人に期待をするのはよくないですよ。自分をよくしたいと思ったら、人に頼らず、自分で何とかするものですよ。」
「それができれば、苦労はしない。」
「でも、佐伯さんのやっていることは、良くないことばかりですよ。この前も、佐々木さんをだまして斬ろうとしてたし。」
「やっぱり、あの時の女は、お前か?」
うっ、思わぬところでバレそうだ。
「そこまで知っているということは、お前だな。気にするな。そんなこと、誰にも言えん。俺も、切りそこなったし、それをごまかすために嘘をついた。」
そうだ。切っていないのに、切って死体も処理したと言っていた。
「どうしてあんなことをしたのですか?」
あの時から、なんであそこにいたのか気になっていた。
それに、あの時は、芹沢さんのためと言っていたけど、今は芹沢さんのことを嫌いと言っているし。嫌いな人間にそこまでするのだろうか?
「俺も、あぐりに惚れてたのだ。」
えっ、三角関係だったのか?
「しかし、佐々木とくっついてしまった。俺は思いを打ち明ける前に失恋したのだ。」
そうだったのか。
「忘れようと思っても、楽しそうに歩いている二人を見ると、憎しみが湧いてきた。」
要するに、嫉妬ってやつだ。
「そんな時に、芹沢さんがあぐりを妾にという話を持って来た。佐々木の方も、どうしたらいいかと相談してきた。佐々木を切ったら、あぐりは俺のところに来るかもしれない。そう思った。しかし、実際は、違ったな。」
「そんな方法であぐりさんを手に入れたとしても、絶対に幸せにはなりませんよ。」
私が強く言うと、佐伯さんは、フッと笑った。
「お前は、いつも綺麗ごとばかり言うな。」
「間違っていることを、間違っていると言っているだけです。」
「俺は、いつから間違えたんだろうな。」
佐伯さんは、遠い目をしていた。
佐伯さんも、自分のやっていることが間違えていると気がついていたんだ。
「それに気がついただけでも、いいことですよ。とにかく、ここで治さないと、大変なことになりますよ。」
「治す?いまさらか?」
「そうです。佐々木さんの件は、もう死んだことになっているからいいとして、芹沢さんの根付は、このままではダメですよ。ちゃんと返さないと。」
「もう遅いな。」
佐伯さんはそう言い残して行ってしまった。
「はあ。」
布団でゴロゴロしながらため息ばかりついていた。
「なんだ、さっきからため息ばかりつきやがって。」
土方さんが言ってきた。
「土方さんは、どう思います?」
そう言ったあと、私は、佐伯さんと話したことを土方さんに言った。
「なるほどな。お前なら、ため息つきたくもなるな。」
「でしょう。で、どう思いますか?」
「ほっとくしかないだろう。」
「ええっ!ほっとくのですか?」
「そこまで言って、聞かなかったのだろう。なら、ほっとくしかないだろう。」
「そうですけど…。」
「お前は、言いたいことは言ったのだろう。あとは、本人の考え次第だろう。」
そうなのか。
「人間の気持ちってやつは、人がどうこう言って変わるようにできていれば、色々苦労はしねぇだろう。逆に、そっちのほうが面白かったりするときもあるがな。」
確かに。みんなが私の言うことを聞いてくれたら、気持ちいい。けど、相手の意見が聞けなくてつまらなくなってしまう。
私の言うことを聞いてくれたら、全部うまくいくのにって、この時代に来て何回も思った。でも、相手も人で心があるのだから、難しい。
難しいけど、その心で癒されたこともある。
私は、佐伯さんに対して言うことは言った。あとは、佐伯さんの心次第だ。
芹沢さんに根付を返してくれたらいいのだけど。
しかし、私の願いは佐伯さんには届かなかった。
佐伯さんは、死体になって発見された。
その場所は、佐々木さんと一緒に走っていた時、佐伯さんが待ち構えていたあの場所だった。
佐伯さんを殺した人は、わからない。
芹沢さんが怒って殺したという噂もあれば、長州のスパイだったけど、長州に情報を流さなくなったから殺されたとか。
とにかく、謎が多い死だった。
悲しかったけど、私は言うべきことは言った。そう自分に言い聞かせた。
「自分を責めているかと思っていたが、そうでもなさそうだな。」
土方さんが言ってきた。
「私は、言いたいことは全部言いました。あとは、佐伯さんの問題です。こうなってしまったのは悲しいですが、佐伯さんが決断した結果、殺されてしまった。仕方ないです。」
「お前も、強くなったな。」
いつものように、ポンポンと、軽くたたくようになでられた。
この先、こんなことはいくらでもありそうだ。だから、これぐらいで落ち込んでなんかいられない。
頑張れ!自分!




