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現代

 目が覚めたら、いつもの木造の天井じゃなく、白い天井が目に入った。

 そして、点滴がぶら下がっているのも見えた。

 未来に、現代に、帰ってきている。

「あ、目をさましたっ!」

 看護師さんが顔をのぞき込んでいた。

 それからしばらくすると、お師匠様と山崎さんと源さんと藤堂さんと沖田さんの顔が見えた。

蒼良そら、大丈夫か? どこも痛くないか?」

 源さんが心配そうな顔をしてそう聞いてきた。

「まさか、蒼良さんも怪我してくるなんて、驚きましたよ」

 そう言った山崎さんは、まだ怪我が治っていないみたいで、所々に見える包帯が痛々しかった。

「目をさましたってことは、大丈夫なんだよね?」

 藤堂さんがお師匠様にそう聞いていた。

「それにしても、蒼良の時代はすごいね。病気や怪我が何でも治しちゃうんだからね」

 沖田さんがおどろいた顔でそう言っている。

 その中で、私は土方さんの顔を探した。

 土方さんは見あたらない。

「土方さんは……どこ……?」

 私がそう聞くと、みんなは一瞬顔を見合わせた。

 えっ、どうしたの?

「土方は、助かった」

 お師匠様が一言そう言った。

 そうか、助かったんだ。

 よかった……。

「どこ?」

 土方さんは、どこにいるんだろう?

「あのね、蒼良。土方さんは助かったけど、ここにはいないよ」

 沖田さんが私の顔のぞきこむように見ながらそう言った。

「いない?」

「そう、ここにはいない。一緒に来るかって誘ったんだけど、断られたよ」

 と言う事は、土方さんはまだあの戦の中にいるの?

 それなら、私もすぐに行かないとっ!

「えっ、蒼良、起きるの? だめだよ」

 藤堂さんが私を止めた。

 でも、行かないとっ!

「お、お師匠様、タイムマシンはどこですか?」

「蒼良、その体で行くつもりなのか?」

 私はうなずいた。

 今すぐにでも、土方さんの所に行きたい。

 横から、源さんのすすり泣く声が聞こえてきた。

「その体で行ったら、死にに行くようなものだろう」

 泣きながら源さんがそう言った。

 私はどうなってもかまわない。

 それで土方さんが助かるのなら。

「土方の所へは行けんし、土方もここに来ることはできない」

 お師匠様、それはどういうことなのですか?

「壊れちゃったんだよ。僕たちが蒼良の時代に来たと同時に」

 沖田さんが言った言葉を信じることが出来なかった。

「う…そ…」

「本当じゃ。機械も限界じゃったのだろう」

 嘘だよね?

「嘘でしょう?」

「そんな嘘なんてつかないよ」

 藤堂さんが悲しそうな顔でそう言った。

「嘘でしょう?」

 嘘だ、嘘だ、嘘だっ!

 そこからの記憶が無く、気がついたら気を失っていた。

 私の異変に気がついた看護師さんに、鎮静剤を打たれたらしい。

 そのまま私は眠りに落ちた。


 次に目が覚めた時は、病院の中だけど、また違う部屋で寝かされていた。

 最初に目が覚めた時にいたのは集中治療室で、今は普通の病室に寝かされているみたいだ。

「蒼良、大丈夫か? 痛いところないか?」

 私の顔をのぞき込んでいたのは源さんだった。

「山崎をここに運んですぐに蒼良が怪我して運ばれてきたから、驚いたよ。総司から色々聞いたぞ。大変だったな」

 源さんはそう言って私の頭をなでてきた。

 それから、源さんが現代に来て私が帰ってくるまでに起こったことを話してくれた。

 その話によると、源さん達は現代へ来ると、藤堂さんも連れてお師匠様と一緒にこの病院へ怪我した山崎さんを運んだらしい。

 それからすぐにお師匠様は幕末に戻り、そしてすぐに怪我した私をここに運んだらしい。

 タイムマシンは時間を操る機械で、帰る時間を私たちが幕末へ行った時間の数分後に設定したら、私たちは数分だけ出かけていたことになる。

 五年も幕末にいたのに、タイムマシンによってそれがたった数分の出来事になってしまった。

「たった数分の出来事だったんだ……」

 上半身だけ起こして窓の外を見た。

「蒼良、大丈夫か?」

 窓を見てつぶやいた私に、心配そうな顔をして源さんが聞いてきた。

「大丈夫です。源さんこそ、ここに来て混乱してませんか?」

 江戸時代の電気のない時代から、この時代に来たんだから、もうパニック状態だろう。

 でも、源さんはいつも通りだった。

「いや、混乱する前に蒼良が運ばれてきたから、そっちで混乱した」

 あ、そうだったんだ。

「すみません」

 源さんに心配させてしまった。

「いや、蒼良が元気になったならそれでいい。山崎も大丈夫そうだ。よかった、よかった」

 源さんは笑顔でそう言った。

 ただ、源さんから土方さんの話が出なかったので、それがなんか不自然に思った。

 きっと気を使ってくれているのだろう。


 私の怪我はたいしたことなかった。

 出血は多かったのだけれど、撃たれた場所は急所をはずれていたので、集中治療室もすぐに出ることができた。

 しかし、ずうっと一緒だった土方さんがいないと言う事が、私を予想以上に苦しめていた。

 怪我が治っても土方さんに会えるわけではない。

 その思いのせいか、傷が治るのが遅くなっていた。

 先生から、時間が許す限り病院内を歩いて体力をつけなさいと言われているのだけれど、それをする気力もなくなっていた。

 逆に、私より重傷だった山崎さんの経過が順調で、本格的なリハビリを始めていた。

 私は、今日も病室の窓から外をぼんやりと眺めていた。

「蒼良」

 沖田さんの声が聞こえてきた。

 ベットをしきるカーテンから沖田さんの顔がのぞいていた。

「ここから外を見ているだけじゃ飽きない?」

 普段の私なら飽きていたかもしれない。

 でも今の私はこれで充分だった。

「蒼良が飽きなくても、僕が飽きちゃうんだよね。そうだ。いい場所を見つけたんだ。案内してあげるよ」

 えっ、病院内でいい場所ってどこ?

「いいから、いいから。行こうっ!」

 沖田さんは私をベットの上から立たせて、手をひいて病室を出た。

 エレベーターの前を通り過ぎて、階段の方へ行く沖田さんを止めた。

「どこへ行くのかわからないですが、階段よりエレベーターの方が楽ですよ」

「僕、これ苦手なんだよね。なんか閉じ込められているような感じがして。みんなよく乗っているよね」

 あ、そうなんだ。

「でも、蒼良のことを考えたら、こっちのほうがいいかな」

 沖田さんはエレベーターのボタンの方へ行った。

「ええっと、どっちを押せばいいんだ?」

「今いるところより上に行くならこっちで、下なら……」

「あ、上に行く」

 そう言って沖田さんは上のボタンを押した。

 間もなくエレベーターがきて中に入った。

「何階ですか?」

 沖田さんに聞いたら、

「一番高いところ」

 と言って、一番上にあるRのボタンを押した。

 えっ、屋上?

 沖田さんに連れられて着いた場所は屋上だった。


「初めてここから景色を見た時、こんな高いところから見たのが初めてだったから感動したよ」

 そう言えば、幕末にはこんなに高い建物はあまりなかった。

 清水寺ぐらいかな?景色がよかったのは。

「蒼良の時代は、僕たちがいた時代と建物からして全然違うんだね」

 沖田さんは、屋上の柵の方へ行き、景色を見ながらそう言った。

 私は近くにあった椅子に座った。

「いい天気だね」

 今度は青空を見てそう言った。

 私も見上げると、蝦夷で気を失う前に見た空と同じだった。

 空は同じでも、土方さんがいない。

「あのさぁ」

 沖田さんは柵に背中をあずけ、私の方を見た。

「みんなは蒼良に土方さんの話題を出すなって言っていたけれど、僕は土方さんの話をしたほうがいいと思うから、今からするね」

 土方さんの話題が出ない不自然な感じは、みんなの気遣いだったんだ。

「蒼良は、なんで土方さんが一緒にここに来なかったと思う?」

 思い当たることがいくつかある。

「戦を途中で投げ出すことが出来なかった」

「うん、それもある。後は?」

 後は……。

「私の生きているこの時代がどんな時代かわからないから、不安を感じた」

 だって、幕末では治らない労咳を治しちゃったり、お師匠様がスマホを出して撮影したりしていたから、どんな時代から来たんだ?って思っていたかもしれない。

「ああ、それもあるかもね。後は?」

 後は……。

「私と一緒に行くのが嫌だった」

 離れたいって思っていたのかも。

「あまりこういうことは言いたくないけど、それはないと思うよ。むしろ逆かな」

 えっ、逆?

「これは蒼良が気を失っていたからわからないかもね。僕たちは、土方さんも誘ったんだよ。でも、土方さんは来なかった。そして左之さんも残った」

 原田さんもやっぱり来なかったんだ。

「左之さんは、土方さんが残り、僕が蒼良について行くならここに残るって感じだったけど、土方さんは何かを確信していたんだと思う」

 何を確信していたんだ?

「再び、蒼良に会えることを」

 えっ?

「でも、時代が違うから、もう会えないですよ」

 あれから150年以上たったいる。

 生きて会うのは無理だろう。

「時代が違っても会える方法を土方さんは知っていたんじゃないの?」

 そんな方法があるのか?それを土方さんは知っていたのか?

「蒼良、何か土方さんから聞いていない?」

 土方さんから、何か……、そう言えば、言われていたような気がする。

 そうだっ!

「お守り袋っ!」

 土方さんは、何かあったらお守り袋の中身を見ろって言っていた。

 まさに今、お守り袋の中身を見る時だよね?

「蒼良がここに運ばれてきたときに身につけていた物は、小物を入れるところにいれたよ」

 それは、ベットの横にあった小物入れの事だろう。

 とにかく、お守り袋の中身を見ないとっ!

 急いで立ち上がったら、おなかのあたりの傷が痛み、座り込んでしまった。

「あせらなくても、お守り袋は逃げないよ」

 沖田さんはそう言って私に手を貸してくれた。


 病室に着き、ベットの横にある小物入れをあけた。

 引き出しの奥の方にお守り袋が入っていた。

 奥の方に入っていたから今まで気がつかなかったんだ。

 お守り袋を開けて中身を出す。

 見慣れたものが出る中で、一つだけ初めて見たものがあった。

 折りたたまれた紙が入っていた。

 これだっ!

 そう思って紙を広げると、それは手紙だった。

 土方さんの文字は、細くつなげて書くから読めなかったのだけれど、この手紙の文字は、一文字一文字離して書いてあるので、土方さんが私に読ませるために書いてくれたという思いが伝わってきた。

『お前がこの手紙を読んでいると言う事は、俺がいないと言う事だろう。俺はお前のことは絶対に忘れない。死んでも忘れない。そして俺はお前の時代に生まれ変わり、絶対にお前に会う。いつも桜が咲くと行っていた嵐山で桜の季節に待っている』

 土方さんの手紙の内容はとっても嬉しかったけど、そんなこと出来るわけないと思い、また悲しくなった。

「無理に決まっている」

 ボソッとつぶやくと、横で一緒に手紙を読んでいた沖田さんが、

「いや、土方さんなら、本当に待っているかもよ」

 と言った。

「地獄に落ちるって言っていたから、本当に地獄に落ちたんだろうとは思うけど、閻魔様だって150年以上たったら許してくれるでしょう」

 そ、そうなのか?

 そう思って沖田さんを見ると、エへへと笑って、

「冗談だけどね」

 と言った。

 冗談だったんだ。

「でも、土方さんの事は本当だよ。あの人のことだから、本当に生まれ変わって、嵐山の満開の桜の木の下で待っているよ。あいつ、まだ来ねぇよって。きっと毎年待ってるよ」

 本当に待っているかなぁ。

「本当に待っているとして……」

 そう言いながら、私は外を見た。

 外の緑がまぶしかった。

 そう、今は五月。

 桜の季節は終わったばかりだ。

「土方さんは150年ぐらい待っているだろうと思うから、一年ぐらいは待ってあげなよ」

 沖田さんの言う通りだよね。

 すぐに土方さんに会いたいけれど、待とう。

 でも、土方さんは女に生まれ変わっていたら、どうするつもりなんだろう?

「あ、土方さんが女だったり、変になっていたりしたら、僕がいるから安心して」

 えっ、そうなのか?


 それから私も無事に退院し、現代にタイムスリップしてきたみんなの混乱をフォローしつつ、季節は梅雨に移っていった。

 いつも通り、台所でみんなのご飯を作っていると、山崎さんがやってきた。

「手伝いますよ」

「ありがとうございます。でも、もうできるので大丈夫ですよ」

 私がそう言うのと同時に、炊飯器から

「ご飯が炊けました」

 と言う音が聞こえてきた。

 山崎さんがビクッとし、腰に手をあてた。

 そこは、刀がさしてあった場所だ。

 この時代に来て刀をさしていると銃刀法違反になるので、今は刀をさしていない。

「山崎さん」

「ああ、ご飯が炊けたのか。びっくりした。この時代は音が出るものが多いな」

 幕末は電気がなかったから、突然、電気音が鳴ると驚くのだろう。

「だからって、炊飯器を斬ろうとしないでくださいね。これ、二台目なんですから」

 前の炊飯器は、沖田さんがお師匠様の道場から竹刀を持ってやってきたときに、タイミングよく電気音が鳴り、驚いた沖田さんは炊飯器に向かって三段突きをやって壊した。

「ええっ! なんでっ?」

 と言った私に、

「突然音がしたから、敵が来たかと思ってね。殺気も感じたから、蒼良が危ないと思って」

 炊飯器から殺気って嘘だろう。

 毎日がこういう感じで過ぎていった。

 最初はよく壊されていた家電たちは、最近やっと壊されなくなってきた。

 源さんなんかは、

「これは便利な道具だなぁ」

 と、楽しそうに毎日掃除機をかけてくれる。

「ここに来て、蒼良さんがかまどを使えない理由が分かりましたよ」

 山崎さんは、台所にある椅子に座った。

「火をおこさなくても、ちょっとひねれば火が出るものがあるのですね」

 ガスコンロを見て山崎さんは言った。

「便利でしょう?」

「便利すぎて困ることもあるのですが」

 そ、そうなのか?

「ところで、蒼良さん。聞きたいことがあるのですが……」

 どうやら手伝いは口実で、本当は話があるからここに来たようだ。

 ちょうど食事もできたところだったので、私は山崎さんと向かい合うような感じで座った。

「何ですか?」

「私はこの時代の医術を見て驚きました。私のような大怪我をしたら助からないのに、この時代の医術で助かりました。そのせいか、この時代の医術に興味があるのですが、どうすればいいですか?」

 医術に興味があると言う事は……。

「もしかして、医学を学びたいのですか?」

「できないでしょうか?」

 幕末にいた時も、山崎さんは良順先生に医術を教わっていて、医師のような事もやってきた。

 でも、現代で医師になると言う事は、とっても難しいことだ。

「できないことはないと思いますが……。とっても難しいですよ」

「難しくても、医師になる方法があるのですねっ!」

 山崎さんの目がキラキラしてきた。

「本当に難しいですよ」

「難しくても方法があるのなら、やってみる価値はありますっ!」

 そこまで言うのなら。

「まず高等学校卒業程度認定試験という試験を受けて高校卒業の資格を取り、医術の事を教えてくれる大学に行かなければなりません。そこで勉強をして医師になるのですが、その大学に入るのも難しいし、そこで勉強するのも大変ですよ」

 高校に行っていない山崎さんの場合は、まずそこからのスタートになる。

「わかりました。まずは、試験を受けて資格を取ればいいのですね。やってみます」

 いや、そう簡単に言うけど、大変だからねっ!

 でも、山崎さんは医師になる方法を見つけた嬉しさのせいか、楽しそうに台所から去って行った。

 本当に大丈夫なんだろうか……。

 それから山崎さんなりに色々と調べたのだろう。

 参考書を大量に買い込み、部屋に閉じこもってしまった。

 どうやら、山崎さんは本気らしい。

 心配だったけれど、この時代に来て自分の生きる道を見つけてくれたことが嬉しかった。

 ただみんなからは、山崎さんが部屋にこもって出てこないと心配されていたけどね。


 そして、季節はまた一つ過ぎて夏になった。

 土方さんに会える次の春に一つだけ近づいたけれど、まだまだ先だなぁ。

「図書館に行ってきます」

 山崎さんが顔を出してそう言った。

「行ってらっしゃい」

 最近の山崎さんは、家ではなく図書館で勉強をしている。

 というのも……。

「総司、またごろごろしているよ」

 その後で藤堂さんが顔を出してそう言った。

「またですか……」

 注意しないと。

 そう、沖田さんが部屋でゴロゴロするので、それが気になって山崎さんは勉強ができないのだ。

 部屋に行くと、沖田さんが冷房の中でゴロゴロと転がっていた。

「沖田さん、朝からエアコンかけていると電気代がかかるので、なるべく涼しい朝のうちは冷房かけないでください」

 そう言いながら、私はエアコンを止めた。

「蒼良っ! なんてことをっ!」

 沖田さんがすごい勢いで起き上がった。

「まだ涼しいじゃないですか」

 私は部屋の窓を開けた。

「涼しいって、全然涼しくないよっ! 僕たちのいた時代の方が涼しかったよ」

 そりゃそうだよね。

 私もあの時はそう思った。

「でも、このエアコンって言うんだっけ? 便利なものがあるよね。外が暑くても寒くても、これで部屋の中が快適だもんね」

 そう言いながら沖田さんがエアコンのリモコンを探して手を伸ばしたけれど、沖田さんの手に届く前に私が回収した。

「蒼良、お願いだから、それ貸してよ~」

「お昼までだめです」

「ええっ。こんな暑い中にいたら僕はとけちゃうよ」

「沖田さんはいつからアイスになったのですか?」

「アイス……。そうだ、アイス食べよう」

 今度は冷蔵庫のある台所へ行こうとしたので、私は沖田さんを止めた。

 だって、沖田さんはアイスが気に入ったみたいで、冷凍庫の中のアイスを全部食べちゃうんだもん。

 あれじゃあ、お腹をこわしちゃうよ。

「アイスもだめなの?」

 沖田さんに言われて私はうなずいた。

「じゃあ、かき氷にするよ」

 同じような物だろうっ!

「蒼良、僕はこの時代に来れて感謝しているよ。アイスやかき氷が暑い夏でも普通に食べれるんだもんね」

「でも、沖田さんの場合は食べすぎですっ! お腹をこわしますよ」

「じゃあ、暑い中、何をしろって言うのさ」

 何をさせたらいいんだろう?

「とりあえず……。山崎さんと図書館に行きますか?」

「何しに行くの?」

「涼みに」

「どうせ涼むなら、ここで涼んでも同じじゃん」

 そう言いながら沖田さんはまたエアコンのリモコンを探した。

「同じじゃないですっ!」

 電気代が違うのよっ!

「とにかく、図書館へ行きますよっ!」

 沖田さんをひっぱって玄関に行くと、ちょうど家を出ようとしていた山崎さんと一緒になったので、一緒に図書館に行くことになった。

 山崎さんは、少しだけ迷惑そうな顔をしていた。


「私は自習室へ行くので、蒼良さんは沖田君をよろしくお願いします。図書館で騒がないでくださいね」

 と、山崎さんは念をおすように言って自習室へ行ってしまった。

「山崎君は、まるで僕が騒ぐような言い方するんだから」

 沖田さんが一番騒ぎそうだからそう言ったのだろう。

「で、蒼良は図書館で何をするの?」

「調べものです」

 この時代に帰って来てから土方さんがどうなったのかすごく気になっていたので、ちょくちょくと図書館や本屋さんに行っては、新選組関係の書物や幕末関係の書物をあさって読んでいた。

 今日もそれを調べようと思って図書館に来たのだ。

「僕は、何をすればいいの?」

 沖田さんを連れて来たのはいいけど、何をさせるかまでは考えていなかった。

「本でも読んでいてください。ここには本がたくさんあるので」

「わかったよ」

 これで調べものが出来る。

 私は、幕末関係の本が置いてある場所へ行き、本をめくり、めくっては本を元に戻しと言う事を繰り返した。

 今まで色々な本を読んで調べたけれど、どの本も、土方さんは一本木石門で亡くなっているし、一緒に蝦夷に来た原田さんは上野戦争で行方不明のままになっているし、現代に来た藤堂さんや沖田さんたちは、歴史通りに亡くなっていた。

 土方さんは、私が助けた後にすぐに撃たれて亡くなったと言う事なのかな。

 そして、歴史は全然変わっていないと言う事なのかな。

 沖田さんたちがここにいるのに。

 一番不安になったのは、新選組関係の書物の中に私の名前はなかったことだった。

 

 確かに、土方さんは女だとばれた時の逃げ道を作るために表には出てこなかった。

 でも、あれだけ色々なことがあってかかわってきたのに、こんなにも名前が出ないものなのか?

 もしかしたら、私はいなかったことになっているんじゃないんだろうか?

 と言う事は、土方さんにも会っていないと言う事になる。

 土方さんと現代で会う約束はどうなっているのだろう?

 会っていないのだから、約束もなかったことになるのか?

 じゃあ、あの手紙はなんで消えてなかったんだろう?

 もう謎だらけだ。

 一人で考え込んでいると、

「ああっ!」

 と、隣で沖田さんの叫び声が聞こえた。

 って、なんで隣にいるんだ?

「シーッ!」

 よその人たちが沖田さんに注意する声というか、静かにと言うシーッ!という音が聞こえてきた。

「す、すみません」

 私はあわてて謝った。

「沖田さん、図書館で叫ばないでください。本ならあっちにもたくさんありますよ」

「蒼良が何を読むか気になったんだよ。そんな邪魔扱いしなくてもいいじゃん」

 あ、邪魔扱いしているの、ばれたか。

「ねぇ、これって新八さんが書いたんだよね? この本の題名に新八さんの名前だもん、間違いないよね?」

 沖田さんの手の中に会った本は、新選組顛末記で、間違いなく永倉さんが書いた本だった。

 そうだ、永倉さんは新選組のことを色々な形で残していた。

「沖田さん、この本を借りましょう」

「やっぱり、新八さんが書いたんだ。へぇ、あの新八さんが本をねぇ……。驚いて叫んじゃったよ」

 だから叫んだのか。

「さっそく、平助や源さんにも見せないと。蒼良、早く借りてきて」

 というわけで、永倉さんの書いた本、新選組顛末記を借りて、自習室にいる山崎さんを置いて図書館を出た。


 この新選組顛末記の元は、1913年3月17日から6月11日にかけて『新選組 永倉新八』という題名で小樽新聞に連載されたもので、永倉さんが小樽新聞の記者に自分の半生を語り、それを書いた物らしい。

 そして、永倉さんの息子さんが、永倉さんの十三回忌の時に『新選組 永倉新八』を『新選組顛末記』という名前で編集して発行をした。

 永倉さんの晩年に、新選組のことを思い出して記者に語り、それを記事にしたものなので、記者の聞き間違いや、永倉さんの記憶違いなどもあるらしい。

「へぇ、新八が本をねぇ」

 源さんもそう言って驚きつつも本を読み始めた。

「早く読んでください。私も見たいです」

 横から本をのぞき込みつつ藤堂さんが言った。

「次は僕だよ。僕が見つけて借りてきたんだから」

 いや、借りたのは私だから。

 そして三人が読み終わった後に発した言葉は、

「なんで蒼良がいないんだろう」

 という言葉だった。

「俺たちとずうっと一緒にいたんだから、俺たちの名前があって蒼良の名前がないのはおかしいだろう」

 源さんがそう言うと、藤堂さんもうなずいて、

「私がこういう本を書くのなら、蒼良のことは絶対に書くよ」

 と言った。

 やっぱり、私はいなかったのか?

「みんながそう言うことを言うから、蒼良が不安になっているじゃん。大丈夫だよ。新八さんの本の所々に違う記述があったから、新八さんは蒼良の事を忘れちゃっているだけだよ」

「いや、忘れるわけないだろう」

 そう言う源さんの口を藤堂さんがおさえた。

「総司の言う通りだよ。きっと忘れちゃっているんだよ」

 それならいいんだけど、絶対に忘れているってことはないだろう。

 永倉さんの本の中でさえ出てこない私って、いったい何だったんだろう?

 私は、ますます不安になったのだった。

 

 季節はまた一つ進み、秋になった。

 と言っても、彼岸の入りあたりなので数日前まで暑かったんだけど。

 土方さんに会える季節にまた一つ近づいたのだけれど、嬉しさより不安の方が大きくなっていた。

 そんな中、彼岸だからか藤堂さんが、

「永倉さんが作ったお墓にお参りしたい」

 と言った。

 永倉さんは、1876年に良順先生と一緒に新選組の供養塔を建てた。

「そう言えば、隣に永倉さんのお墓もあるらしいですよ」

「えっ、そうなの? それならなおさら行かないと。ちょうど彼岸の時期だからね。蒼良、付き合ってくれるかな?」

「喜んで」

 この時代に帰って来てから、近藤さんたちのお墓にお参りしていない。

 短い間だったけれど、かかわりがあったのだからお墓参りしないとね。

 近藤さんや土方さんが私のことを覚えているかわからないけれど。

 最近、お師匠様から買ってもらったスマホで地図アプリを開き、永倉さんが建てた近藤さんのお墓を検索した。

 お墓は板橋駅の近くにあるらしい。

「あ、ここなら歩いていけるね」

 横からスマホをのぞき込んでいた藤堂さんが言った。

 便利な乗り物がないあの幕末ならそうなるだろう。

「藤堂さん、歩いても行けますが、ここは電車を使いましょう」

 そっちの方が早く着くし労力も小さくて済む。

「ああ、電車ね。ちらっと見たことはあるけど乗ったことはないなぁ」

「じゃあ、ぜひ電車に乗って行きましょうっ!」

 と言う事で、歩いてではなく、電車に乗っていくことになった。


 藤堂さんの初めての電車は、とっても大変だった。

 まず、自動改札機で引っかかり、やっと通り抜けたと思いホームにあがると、今度は電車のドアが勢いよく開いたのに驚いて電車を一本見送り、やっと電車に乗れたと思ったら、乗り物に慣れてない藤堂さんは酔ってしまった。

 何とか板橋に到着し、藤堂さんの具合がよくなってからお墓に向かった。


 お墓に到着し、お花を供えてお線香もあげた。

 二人でお墓の前で手を合わせた。

 近藤さんや土方さんに会うことが出来るのなら、聞きたいことや話したいことがたくさんある。

 でも、話すことが出来ないから、手を合わせて心の中で話をしていた。

 藤堂さんも私と同じ思いみたいで、いつまでも手を合わせていた。

「ずいぶんと熱心にお参りしているねぇ」

 長いこと手を合わせてお参りし、隣にある永倉さんのお墓に行こうとした時、掃除道具を持ったおばあさんが後ろに立っていたことに気がついた。

「新選組のファンだという人たちがたくさんお参りに来たけれど、あなたたちのように熱心にお参りした人は初めて見たわ」

 おばあさんは掃除道具一式からほうきを取り出して、お墓の周りを掃きだした。

 その動作が慣れた手つきだったので、

「いつも、ここをお掃除されているのですか?」

 と、私が聞くと、おばあさんはうなずいた。

 そして、高い墓碑を見上げてから、

「このお墓は、私の曽祖父の名前が入っている物ですから」

 と、驚くことを言った。

「とはいっても、ここに骨が埋まっているわけではないのよね」

 おばあさんはニッコリと笑って言った。

 曽祖父の名前って……、も、もしかして……。

「曽祖父って、土方さんですか?」

 土方さん、いつの間に子孫作ってたんだ?とっても複雑な気持ちになってしまったじゃないかっ!

「いや、土方さんじゃなくて、近藤さんでしょう?」

 藤堂さんが私の横でそう言った。

 そ、そうなのかな?

 二人でおばあさんを見ると、

「私の話を信じてくれる人も初めて会ったわ」

 と、喜んでいた。

「みんな、信じてくれないのよ。それもそうよね。だって、私の祖母が生まれた時のことが何かに書き残されているわけじゃないものね」

 そう、もう150年以上の昔の話だ。

 実際に見た人なんて誰もいない。

 でも、このおばあさんは近藤さんか土方さんに縁のある人なのだろう。

 ……どっちに縁がある人なのか気になるんだけれど……。

「曽祖父って、近藤さんですよね?」

 藤堂さんが聞くと、おばあさんはうなずいた。

 それで私はホッとした。

「詳しい話を聞かせてもらえますか?」

 藤堂さんはそのおばあさんに興味を持ったみたいだ。

 私も、詳しい話が聞きたいっ!

 おばあさんはニッコリと笑って話し始めた。

 このおばあさんも、自分の祖母から聞いた話みたいで、近藤さんの娘さんがこのおばあさんの祖母にあたる人らしい。

 そして、おばあさんの祖母と言う人が生まれた時は、すでに近藤さんは処刑された後でいなくなっていたようだ。

 その時に、このおばあさんの曾祖母が誰かわかった。

「もしかして、おばあさんの曾祖母と言う人は楓と言う名前じゃなかったですか?」

 楓ちゃんは、近藤さんの処刑が終わって間もなく、おなかに子供がいることが分かった。

 でも、現代に帰ってきてどの資料を見てもそのことは書かれていなかった。

 楓ちゃんが子供を産んだ時は、新選組は賊軍扱いされていただろうから、その賊軍の隊長が父親だって周囲に知られたら、大変なことになりそうだもん。

 近藤さんの奥さんのおつねさんも、近藤さんが処刑された時は身を隠していたから、楓ちゃんだって、誰にも知らせずにひっそりと子供を育てたのだろう。

「よくわかったわね。そこまで知っている人も初めて会ったわ」

 おばあさんはそう言って驚いていた。

 と言う事は、この人の曽祖父は近藤さんで、曾祖母は楓ちゃんと言う事になる。

「どの資料にも楓さんの事は出ていなかったから、存在していなかったと思ったのだけど、楓さんはちゃんと生きていたんだね」

 藤堂さんも私と同じように、新選組関係の資料を読んでいたんだろう。

 私も藤堂さんと同じ思いだ。

 そして、楓ちゃんが生きてちゃんと子孫を残していたことがとっても嬉しかった。

「ところで、なんで私の曾祖母の名前を知っているのかしら?」

 あ、そう思うよね。

 タイムスリップして云々なんて話しても信じてもらえないよね?

 藤堂さんの方を助けを求めるように見たのだけれど、藤堂さんも同じ顔をして私を見ていた。

 ど、どうしよう?

「勘ですよ、勘っ! 私は勘だけは鋭いのですよ」

 藤堂さんがよく私が使っていた言葉を言った。

「そ、そうなのですよ。藤堂さんは、勘だけは鋭いのですよね」

 藤堂さんをフォローするように言ったのだけれど、

「でも、名前を知っていたのは、あなたでしょう?」

 と言われてしまった。

 そ、そうだった……。

「あのですね、藤堂さんが小さい声で教えてくれたのですよ。ねっ、藤堂さん」

 返事を求めたのが突然だったので、藤堂さんはまたもやあわてて、

「そ、そうなんだよ」

 と言った。

「あ、そうなの」

 おばあさんは納得してくれたようだ。

「そう言えば、藤堂って名字も聞いたことがあるわねぇ。どこでだったかしら……」

 おばあさんに正体がばれると面倒なことになりそうだ。

「私たちはここで失礼しますっ!」

 と、私は藤堂さんの手をひきながら言ったのだけれど、藤堂さんは動かなかった。

「蒼良、新八さんの墓参り、忘れているよ」

 あ、そうだった……。


 永倉さん、私のことを忘れていたみたいだから、ここで私がお墓参りを忘れてもおあいこだっ!と、私は訳の分からないことを思ったけれど、せっかくここまで来て永倉さんのお墓を無視したとなると、おばあさんにますます怪しまれそうだから、おばあさんのこちらをうかがう視線をあびながら永倉さんのお墓にもお参りした。

 そして、おばあさんに挨拶をした後でお墓を後にした。

「楓さんが近藤さんの子供を産んでいたのなら、蒼良だってあの時代にいた証拠になるよ。蒼良はちゃんとあの時代にいたんだよ」

 私がずうっと不安に思っていたことを知っていたのだろう。

 藤堂さんが私をなぐさめるようにそう言った。

「でも、私がいなくても、楓ちゃんは近藤さんと出会っていたと思うし、こうなっていたと思うよ」

 楓ちゃんがいたと言うだけでは、私は忘れられていないという証拠にはならない。

 やっぱり、私の不安は消えないままだ。

「そう言えば、近藤さんが処刑されたのもこのあたりだったんだよね? 私がこの時代に来た時はまだ近藤さんが生きていた時だったから……」

 あ、そうか。

 藤堂さんは油小路の変の後にこの時代に来たから、近藤さんの処刑どころか、鳥羽伏見も知らない。

「私も、処刑された現場は見ていないのですよ。だから、詳しい話は分からないのですが、史跡をたどることは可能ですよ。せっかくここまで来たのだから、たどってみますか?」

 私が聞いたら、藤堂さんは強くうなずいた。

 近藤さんは政府軍に捕まり、板橋宿本陣に連行されてその後に豊田家に幽閉されていたのだけれど、その時の物はほとんど残っていなくて、記念碑が建っているだけだった。

「こんなに変わっちゃったからね。当時の建物なんてほどんどないよね」

 藤堂さんは残念そうにそう言った。

「でも、新選組の屯所跡地はありますよ。京に残ってます」

 不動堂はないけれど……。

「京か。いつかみんなで京に行きたいね」

「そうですね」

 いつかみんなを京に連れて行かないと。

「ところで、京までどれぐらいかかるだろう? この時代だと二日ぐらいで着くかな?」

「行こうと思えば、京まで日帰りで行って帰ってこれますよ」

「えっ、そうなの?」

 電車に乗ったのが初めてだったから、新幹線はレベルが高くなりそうだ。

 新幹線に乗ったらどんな反応をするんだろう?

 その前に乗る練習とかしないとだめだよね?今日の電車に乗るのでさえ大変だったんだから。


 そして、季節はまた進み、冬になった。

 山崎さんの高卒の資格がもらえる試験があり、山崎さんは見事に合格した。

「次は、医大を目指して勉強します」

 みんなでお祝いをした時、山崎さんはそう言った。

 何事もないように言っているけど、ここからが大変そうだ。

 色々協力しないと。

 次の日から山崎さんの勉強は始まっていた。

 と言っても、それは今までと変わりないんだけどね。

 ただ、若干一名、邪魔をする人がいるんだよね……。

「蒼良、総司が……」

 藤堂さんがそういって私を呼びに来た。

 やっぱり沖田さんか。

 部屋に行くと、やっぱり沖田さんが暖房をつけてなぜか半袖を着てゴロゴロしていた。

「な、なにをしているのですかっ!」

 しかも、部屋の中はものすごく暖かい。

 エアコンの設定温度を見ると、28度になっていた。

 ま、真夏か?冷房の設定温度か?と一瞬思ったけど、小さく暖房と出ていた。

 で、電気代がっ!

 急いでエアコンのリモコンを探して、暖房を消した。

「ええっ、せっかく夏の気分を味わっていたのに」

 なんでこの時期に夏の気分を味わっているんだっ!

「夏の気分は夏に味わってください」

「この冬の時期に味わうからいいんだよ」

 いや、よくないよっ!

「冬でも夏の服装で過ごせるこの時代はいいね」

 そう言いながら沖田さんは私の手からエアコンのリモコンをとろうとした。

「だめですっ! 冬は冬らしいかっこうをして過ごしてください。部屋もだんだん冷えてくるのでちゃんと着てくださいね」

「せっかく暖かかったのに」

 暖かすぎるだろうっ!

 そう言えば、勉強をしているはずの山崎さんがいない。

「山崎さんは?」

「ああ、山崎君なら、図書館へ行ったよ」

 藤堂さんがそう言った。

 そうなるよね。

 この状況じゃ勉強できないよね。

「それなら、遠慮なくエアコンを……」

 と言って、沖田さんがまたリモコンに手を伸ばしてきたので、私はリモコンを取り上げた。

「蒼良はけちだなぁ」

 沖田さんのそんな声を聞きながら、私はリモコンをどこに隠そうか考えていた。

 沖田さんの目の届かないところに置いとかないと、電気代が恐ろしいことになりそうだわ。


「山崎が頑張っているから、何かできることはないかなぁと思うんだが、何をしてやればいいんだろう?」

 ある冬の日、私が夕飯を作っていると、源さんがあらわれてそう言った。

「代わりに勉強してやるわけにもいかないしなぁ」

 それは、ほとんど意味がないだろう。

「俺にできるのは、山崎を立派な医者にしてやってくれって、神様に頼むことぐらいだろうなぁ。蒼良、この時代にもそう言うものがあるのか? 山崎みたいなものは何祈願って言うんだ?」

「ありますよ。合格祈願っ!」

「この時代にもあるのかっ! 俺はてっきりそう言うものも無くなったと思っていた」

 幕末の時代から見ればずいぶんと変わってしまったから、無くなったと思うのも無理ないよね。

「行きますか? 合格祈願」

 お守りも買って持たせてあげたいなぁ。

 私たちにできることはそれぐらいしかないから。

「行こう。蒼良も付き合ってくれるよな?」

「もちろんですよ」

 いくらこの時代に慣れてきたとはいえ、まだ一人で遠くに行かせるのには不安だ。

「湯島天神に行きましょうか?」

「湯島天神があるのか?」

「ありますよ」

「湯島天神なら俺も知っている。そこへ行こう」

 私はスマホを取り出して地図アプリを開いた。

 それを横からのぞいていた源さんは、

「歩いて半日ぐらいで着きそうだな。近くてよかった」

 と言った。

 なんか、藤堂さんと同じことを言っている。

「乗り物を使いましょう。そっちの方が早くて楽なので」

「そうか、わかった」

 これは、藤堂さんと板橋に行ったときのようになりそうだなぁ。


 源さんと電車に乗ったのだけれど、もしかしたら藤堂さんの時より苦戦するかもと思っていたのだけれど、源さんは難なく電車に乗って無事に目的地の湯島天神についた。

 な、なんでだ?なんで電車を乗りこなしているんだ?

「ああ、天野先生に買い物を頼まれて、よく乗っているからな。やっぱり最初は乗るのに苦労したよ」

 そうだったのか。

 源さんは今では一番お師匠様のそばにいて、お師匠様の道場の手伝いをしている。

 たまにお師匠様の代わりに剣道を教えている。

 だから、買い物もしょっちゅう頼まれているんだろうなぁ。

「蒼良、俺に見とれてないで、山崎の合格祈願をするぞ」

 いや、見とれているわけじゃないんだけれど……。

 源さんと湯島天神をお参りし、絵馬も奉納してお守りも買った。

「俺のいた時代と少しだけしか変わってない」

 と、源さんは嬉しそうにしていた。

「でも、鳥居をくぐると、元の時代なんだよなぁ」

「源さんは、元の時代に戻りたいですか?」

 と言っても、戻る方法はもうないんだけれど。

「そりゃ無理だろう。だから、俺はこの時代で生きるさ。色々と便利になっていてこの時代も捨てたもんじゃないと最近は思っているんだ。だから、蒼良は気にしなくていいぞ」

 ポンッと源さんに背中を叩かれた。

 元の時代に戻りたいと言われなくてよかったと、少しだけホッとした。


 せっかくここまで来たんだから、周りを見て歩きたいと源さんが言ったので、湯島天神の周りを見てまわった。

 その中で美味しそうな和菓子を並べている和菓子屋さんがあったので、思わず立ち止まってしまった。

「蒼良は相変わらず甘いのが好きだな。でも、俺も、たまにはこういう菓子を食べたくなるんだよなぁ」

 源さんも私の横に立って綺麗に作られた和菓子を見ていた。

「総司たちに土産でも買っていくか」

 そう言って源さんは中に入って行った。

「家でみんなで食べましょう」

 私も中に入った。


「あいつらにこういう綺麗な和菓子は似合わないから、大福でいいだろう」

 源さんの言う綺麗な和菓子とは、お花とかの形に作られたお菓子の事。

「蒼良は、こっちの綺麗な菓子でいいぞ」

「綺麗すぎて食べるのがもったいないから、私も大福でいいですよ」

「これなんかいいだろう。梅の花で綺麗だぞ」

「そう言えば、湯島天神は梅の花の名所なのですよ」

「歳も梅の花が好きだったなぁ」

 源さんの一言で、少しの沈黙がおりた。

「あ、よ、よしっ! この梅の花の菓子と、大福を買おう」

 源さんが沈黙を破るようにそう言い、レジのあるカウンターの方へ歩いて行った。

 急に土方さんの話が出たから、どう反応していいかわからなくなっちゃった。

 思わず沈黙しちゃったけれど、だめだったよね?

「ええっ!」

 レジへ向かった源さんの驚く声が聞こえてきた。

 何かあったのかな?

「どうかしたのですか?」

 私も、源さんの隣に立った。

「あれ、見てみろ」

 源さんが指をさしていたのは、和菓子のガラスでできたカウンターの後ろの壁にかかっていた写真だった。

 その写真は古い写真で白黒だった。

 幕末から明治にかけて撮られた物かな?

「えっ? 原田さん?」

 その写真に写っている人は、年をとった原田さんだった。

「左之だよ、間違いない。しかも、この店の名前も左之屋って言う名前だぞ」

 お菓子の包み紙に『左之屋』と書いてあるのを見て、私も店の名前が分かった。

「原田さんと関係があるのですかね?」

「ここまで合っているんだから、関係があるだろう」

「でも、原田さんがお菓子屋さんを作ったなんて聞いてないですよ。上野戦争で行方不明になっているみたいだし」

「それは、記録されている歴史だろう。蒼良が左之を助けたって俺は天野先生から聞いているぞ。左之は蝦夷まで一緒だったって。と言う事は、蝦夷で生き残った左之はお菓子屋を作ったってことか?」

 そ、そうなのか?

「ああ、めんどくせぇっ! 店の人間に聞いた方が早い」

 源さんはそう言って、お店の人に話しかけた。

 応対してくれた人はパートの人らしく、話が分からないと言われた。

「店長を呼んできます。店長なら話が分かるでしょう」

 いや、そこまでしなくても……。

 断ろうとしていた私の横で、

「お願いします」

 と、源さんは頼んでいた。


 それから、私たちは店の奥に通された。

 話が長くなるからと言う事だった。

 和菓子とお茶を出され、待つこと数分、少し面影が原田さんに似た店長が来た。

「店の写真のことで話があると聞いたので」

 店長が座るか座らないかという時に

「あの写真、新選組の原田左之助だよな?」

 と、源さんが話しかけた。

「あの写真は、この店の創始者でもあり初代店長の菅原忠一です」

 原田さんとは別な人なのか?でも、写真の顔は原田さんに間違いない。

 ちょっと待て、忠一って確か……。

「原田さんの諱は、忠一でしたよね?」

「左之の諱か? わかんねぇな」

 源さんはそう言って首をかしげた。

 諱とは、簡単に言うと本名のことで、昔は本名で呼ばれることはあまりよろしくないとこだと言われていて、本名の他に字というその人を呼ぶときに使う名前があった。

 原田さんの場合、左之助は字で、本名は忠一だった。

 これは、現代に戻って調べているうちに知ったことなんだけど。

「あなたの名前は?」

 店長に名前を聞かれたので、

「天野蒼良です」

 と言うと、

「あなたが……。ちょっと待っててください」

 と言って、店長は中に入って行ってしまった。

「蒼良、知り合いか?」

「いえ、今日初めて会いました」

「しゃあ、なんで知っている人間のように言ったんだ?」

 それは、私も知りたい。

 奥に入って行った店長は、古い木箱をもって戻ってきた。

「初代から預かっていたものがあります」

 店長はそう言って、木箱を私の方へ出した。

 初代から預かっていた物って……。

「そんな昔から預かっていたのですか?」

 少なくても百年以上は経っている。

「代々受け継がれてきました。あなたに渡すために」

「どうやって受け継がれたんだ?」

 源さんは、私も思っていた疑問を口に出した。

「初代は亡くなる時に遺言を残して逝きました。一つは、店を建てて百年たったら自分の写真を店に出し、店の名前も左之屋に変えること。もう一つは、その写真を見て原田左之助だと言った人間の名前が天野蒼良という女性だったら、これを渡してほしいということ」

 百年たったら、原田さんの顔を見た人はみんな死んでしまう。

 そう考えた原田さんは、私にこの木箱を渡すためだけに遺言を残し、後の人に託したんだ。

 その思いが、百年の時を超えて今、ここにある。

「先代からこの遺言をたくされた時は、そんな人間が本当に現れるのか? と思ったものでしたが、こういうことが本当にあるのですね」

 店長もそう言って驚いていた。

「そうか、左之はこれを残して逝ったか。上野戦争で亡くなっていなかったんだな」

 源さんの目からは涙があふれていた。

「原田さんは、どうしてお菓子屋さんを建てたのかご存知ですか?」

 原田さんが、私が現代に戻った後どういう生涯を送ったのか知りたかった。

「初代、原田左之助は、表向きは上野戦争で行方不明と言う事になっていますが、蝦夷まで土方歳三と一緒に行って戦ったと聞きました」

 やっぱり、一緒に蝦夷に行ったのは間違いなかったんだ。

「戊辰戦争が終わり、謹慎がとかれた後は、新選組にいた隊士たちを訪ねて歩いたそうです。その後、夫を戊辰戦争で亡くした菅原まさと再会し、結婚をします」

 おまささんに会ったんだ。 

 本当なら、もっと早くに出会っていて原田さんと結婚した人だ。

「そして、二人でこの和菓子屋を始めます。甘い物が好きなあなたがお店に来るには、甘い物を売る店が一番と思ったらしいです」

 そうだったんだ。

 あの時代にいた時、甘い物が食べたくなったときがたびたびあって、和菓子とかよく食べていたよなぁ。

「当時、新選組は賊軍と呼ばれていて、その賊軍の関係者が店をやっているとなると、商売にも影響が出るので、原田左之助は菅原姓を名乗り、名前は諱の方をつけたのでしょう」

「そうか、左之が、名前を変えたか」

 そこは泣くところではないと思うのだけれど、源さんはそう言うとさらに泣き始めていた。

「きっと、幸せな人生を送れたのですね」

 私がそう言うと、

「そうですね。店が軌道に乗ってからは家庭にも恵まれ、とても満足していたと聞きました」

 と、店長も嬉しそうにそう言った。

 その言葉が聞けて、私も本当によかった。

 店長は、私たちがなんで原田さんを知っているかとか、そういう質問はしてこなかった。

 ただ、木箱を私に渡すと、

「これで、やっと肩の荷をおろせました」

 と、ホッとした顔でそう言っていた。

 

 その和菓子屋を出た後、もらった木箱の中身を早く見たかったので、近くにあったカフェに入った。

 テーブルに木箱を置き、源さんと眺めた後に箱を空けた。

 中には、黄色く変色した古い紙が入っていた。

「文じゃないのか?」

 破けそうで怖かったので、そおっと文を手に取った。

 保存状態がよかったのか、文が破けることもなかった。

 中を開けると、あの時代独特の続き文字で書かれた文字がならんでいた。

 うっ、読めない……。

「俺が読んでやろう」

 源さんが文を手に取り、最初にざっと目を通したのか、目がウルウルと涙でうるみはじめた。

「源さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。なんか涙が止まらなくて、すまないなぁ」

 源さんが落ち着くと、文を声に出して読んでくれた。

「蒼良に文を書きたくなり、自分の子孫を巻き込んで渡すことになったことを申し訳なく思う」

 とても驚いたけれど、未来の私に手紙を渡すとしたら、これしか方法がない。

「蝦夷での戦が終わった後、俺は敵に言われるがまま謹慎生活を送り、解放された後で新選組にいた奴らに会って回った。どうしてそんなことをしたかというと、新八や島田をはじめとする隊士たちは、蒼良のことを覚えていなかった」

 やっぱり……。

 もしかしたら、私はいなかったことになっているんじゃないかとは思っていたけれど、改めてこうやって知らされるとショックだ。

「一緒に生活していた奴らなのに、こんなに綺麗に忘れているなんて、不自然な感じがした。だから、蒼良のことを覚えているやつがいるか探して回った。だが、俺と斎藤以外で蒼良のことを覚えているやつはいなかった」

 斎藤さんも私のことを覚えていた?

「斎藤に話をしたら、蒼良が未来へ帰る時に俺たちの記憶だけ消し忘れたのだろうと言っていた」

 そんな器用なことはできないよ。

「俺はそうじゃないと思っている。蒼良への思いが強い奴だけ、記憶を消すことが出来なかったんじゃないだろうか?」

 そ、それは私にもわからない。

「だから、もし、土方さんが生きていたとしたら、土方さんの記憶も消されなかったと思う。あの人のことだ。俺たちより蒼良への思いは強かったと思う」

 そうなのか?

「そう言えば、土方さんの亡くなった場所も、俺が実際に見た時は千代ヶ岱陣屋で中島親子と一緒に撃たれて亡くなったが、新八たちは一本木関門で亡くなったと言っていた」

 私が助けた時は土方さんは生きていて、千代ヶ岱陣屋で亡くなっていたんだ。

 それを知ることが出来てよかった。

「蒼良が未来に帰っただけで、こんなに変わってしまうとは思わなかったから最初は驚いたが、時間がたつにつれて、未来に帰った蒼良が心配になった。蒼良が未来からこの時代のことを知って落ち込むんじゃないかと思ったら、この状況と俺の思いを伝えたくなり、それで文を書いた」

 原田さん、そこまで考えてくれていたんだ。

「蒼良が未来から見た歴史と、俺が実際に見た歴史は違う。どっちを信じるかは、蒼良にまかせる。ただ言えることは、過去はもう変えることはできない。しかし、未来はいくらでも変えれる。蒼良のことだから、未来に帰ってからこの時代の事ばかり調べてとらわれていないか?」

 な、なんでわかったんだろう?

「蒼良には過去ではなく、未来を見て生きてほしい。蒼良ならそれが出来ると思っている。蒼良の幸せを祈っている。未来を見つめ、必ず幸せになれ」

 原田さんの手紙はここで終わっていた。

「左之は、蒼良の幸せを願って、この文を書いたんだな」

 手紙を読んでくれた源さんは、また目に涙をためていた。

 そして、私も泣いていた。

 原田さん、私の帰った後のことを教えてくれてありがとうございます。

 ただ、残念なのが、原田さんに返事を書いても読んでもらえないこと。

 それを察したのか、

「左之は、きっとどこかで俺たちのことを見届けてくれてるさ」

 と言ってくれた。

 

 帰り道で、私は決意した。

 春になったら京に行こう。

 そして、京に行って土方さんに会うことが出来ても出来なくても、その後は未来だけを見て生きよう。


 この話を書くのに、二カ月以上かかってしまいました。

 次回、最終回を予定しています。

 早めに更新ができるよう頑張ります。

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