明治4年
土方さんが撃たれてすぐに俺はそばに行った。
しかし、土方さんはもう亡くなっていた。
敵に土方さんの遺体を見せたくなかったから、俺は土方さんの遺体を誰の目にふれない場所に隠した。
後でまた来て土に埋めよう。
そうしているうちに、千代ヶ岱陣屋は敵の手に落ちた。
残りは五稜郭のみとなっていた。
俺の死に場所は五稜郭になりそうだな。
俺は、五稜郭へ向かった。
俺が五稜郭へ着いた夜、敵から酒が届けられた。
何でも、榎本さんが海津全書を敵に贈ったようで、そのお礼として届けられたものらしい。
ただ、敵から来たと言う事で、誰も酒樽を開けることなく見ているだけだった。
毒が入っているかもしれないと言う事らしい。
確かに、酒に毒を入れて飲ませれば五稜郭は簡単に落ちるだろう。
でも、わざわざそんなことをしなくても、ここが落ちるのも時間の問題だろう。
毒が入っているとは思えないが、飲む勇気もない。
せっかくの酒が目の前にあるのにな。
「いまさら毒殺を恐れてもしょうがないだろう」
そう言いながら出てきた奴がいた。
額兵隊の星恂太郎だった。
星は豪快に酒樽の蓋を割り、中の酒を飲んだ。
それを見た他の奴らも酒を飲み始めた。
榎本さんは、酒の返礼と翌朝までの休戦を申し出ていた。
敵はそれを承諾し、五稜郭総攻撃の日時を教えた。
その間、幹部たちは五稜郭の降伏を決める。
そして、榎本さんは切腹をしようとするが、それを止められた。
そんなことを知らず、俺たちは酒を飲んでいた。
酒が無くなるころ、榎本さんが俺たちの前に出てきた。
「敵に降伏し、ここを開城する。それにあたり、幹部である自分たちが全ての責任を負う。ここまでついてきてくれた君たちに感謝する」
反対する奴がいるかと思ったが、誰一人いなかった。
もちろん、俺も何も言えなかった。
心のどこかでこうなることは分かっていた。
敵との人数や武器の差がありすぎたのだ。
次の日の十七日に、榎本さんたちは敵に出頭した。
榎本さんは自分たち幹部が責任を負うから、他の兵士たちは無罪にしてほしいと頼むが、敵は無条件降伏を主張した。
結局、これ以上戦うことが出来ないので、榎本さんは無条件降伏の条件をのんだ。
この話には裏があり、ここで榎本さんと話し合いをした黒田清隆と言う奴が、榎本さんの条件をのんだ場合、榎本さんの助命が困難になると思い、無条件降伏をしろと言った。
黒田は、敵とはいえ優秀な人材をこれ以上失いたくないと思っていたらしい。
十八日、五稜郭は開城した。
そして俺たちはそれぞれに謹慎することになった。
どうやら俺は、また死に場所を失くしたらしい。
箱館政権の幹部だった奴らはまだ謹慎中だったが、俺たちは翌年には謹慎生活から解放された。
ただ、幹部の中に相馬の名前があったのは驚いた。
相馬はいつの間にか新選組の隊長になっていた。
そして、俺たちが解放された後も、相馬は新島と言う島に流罪になっていた。
なんであいつは隊長になったんだ?
そして、ようやく生活も落ち着き、毎日ブラブラとしていたら、島田が京で剣術道場を開いたという噂を聞き、島田に会って相馬のことを聞こうと思い、俺は京へ行った。
京に着き、新選組で京にいた時のことを思い出しながら、島田の剣術道場を探した。
色々な人に場所を聞いて歩き、たどり着いた時には日が暮れようとしていた。
道場をのぞくと、島田が一人で座っていた。
「おい、この道場ははやってないのか?」
冗談交じりで言いながら声をかけると、
「えっ、原田?」
と、島田は驚いた顔をしていた。
そりゃ、いきなり文もなく現れたら驚くよな。
そんな島田は、いきなり現れた俺を喜んで受け入れてくれた。
そして、そのまま京の町へ酒を飲みに出た。
昔なら島原とか行っていたんだろうな。
だが、久々に会った島田とゆっくり話したかったから、島原へ行くという気持ちもなかった。
居酒屋に入り、まずはお互いの近況を報告した。
島田は、京で剣術道場を開いていたが、はやっていないようだ。
最初の冗談が冗談になっていなかったとは。
しかも、剣術道場の前は雑貨屋をやっていたらしい。
島田は元気だな。
それに比べて俺は、相変わらずの毎日を送っている。
「ところで、島田は最後まで弁天台場にいたよな?」
話しが盛り上がり、酒もすすみ始めていた時に俺は島田に聞いた。
「ああ。降伏するまで弁天台場にいた。最後は食料まで無くなって悲惨だったぞ」
「その話は、土方さんと千代ヶ岱陣屋にいた時に聞いた。大変だったな」
俺がそう言うと、島田は怪訝そうな顔をした。
「副長は、弁天台場が孤立してすぐに、弁天台場にかけつけようとし、その途中の一本木関門の前で撃たれて亡くなったと聞いた。だから、食料がつきた話は知らないはずだ」
いや、違う。
「土方さんは、千代ヶ岱陣屋で中島さん親子と一緒に亡くなった」
撃たれて、後で遺体を埋めようと思い隠したが、結局埋めることはできず、遺体を見つけたという話しも出ていないから、俺が隠したままになっているのだろう。
「いや、副長は五月十一日には亡くなっていた。だから、弁天台場の降伏の時に相馬が恭順の書状に新選組隊長として名前を書いたんだ」
「それで、相馬は……」
そこから先が言えなかった。
新選組隊長として名前を書いただけで、俺たちより長い謹慎生活を送ることになり、さらに流罪にまでなっていたのだ。
「副長が生きていたなら、新選組からは誰も恭順の書状に名前を書かなかったはずだ」
そう言われると、島田の言う通りかもしれない。
しかし、現に俺は土方さんと一緒に千代ヶ岱陣屋にいて、最後を見た。
だから島田の言う事は間違っているのだが、ここで言い合いをする問題じゃない。
俺は相馬のことが知りたかっただけだし、ここで相馬のことが分かったからこれでいいんだ。
この話はここで終わった。
それから酒を飲みながら今度は昔の話で盛り上がった。
「そう言えば、蒼良は酒が強かったな」
酒を飲むたびに思い出していた。
今は、京にいるからなおさら思い出す。
「そら? 誰ですか?」
島田が信じられないことを言った。
「島田、まさか、忘れたのか? 同じ新選組の隊士でいただろう? 俺たちと一緒に箱館まで戦って、酒を飲ますと底なしの奴が」
俺の言う事を島田は考えながら聞いていたが、
「そんな奴はいなかったぞ」
と、島田が酒を飲みながら言った。
土方さんの亡くなった場所が俺の思っているのと違うのは、戦の後の混乱で覚え違いをしているのだろうと思うが、蒼良は戦の混乱で忘れられるような奴じゃない。
「本当に知らないのか?」
「ああ、知らないというか、そんな隊士はいなかっただろう」
そう言い切る島田。
蒼良はこの時代の人間ではなく、未来から来た人間だ。
蒼良が未来に帰ったことで、何かが変わったのかもしれない。
これ以上この話題はしないほうがいいだろうと思い、島田の前で蒼良の話をすることはなかった。
ただ、何かが変わったとして、どうして俺は蒼良を覚えていて、島田は蒼良なんて最初からいなかったようなことになっているんだ?
「そう言えば、永倉が結婚して松前にいるみたいだぞ」
最後に言った島田のその一言で、新八に会いに行こうと思った。
新八は蒼良のことを知っているだろう。
ただ、それまでに金を貯めないとな。
島田に会った後、色々と仕事を変えつつ働き、ようやく金が貯まった時に久々に蝦夷の地を踏むことになった。
蝦夷に着き、まず最初に行ったところは千代ヶ岱陣屋のある場所へ行った。
隠しておいた土方さんの遺体が気になったからだ。
あの時、誰にも見つからなかったと言う事は、うまく隠すことが出来たと言う事なんだろうが、戦の最中で俺もそんなにうまく隠した覚えはない。
だから、逆になんで見つからないのかが分からなかった。
土方さんの遺体を隠したあたりに行くと、何事もなかったかのように綺麗になっていた。
俺が隠した時は、こんなに綺麗になってなかった。
と言う事は、俺が隠した後、この場所は誰かがいじったと言う事だろう。
いじったのなら、絶対に遺体が見つかっているはずだ。
それなのに、何も見つかっていないとはどういう事なんだ?
土方さんの遺体の謎は、結局わからないままだった。
ずうっとここにいても分からないものは分からないままだ。
あきらめて、新八の所へ行くことにした。
「左之か? 本当に左之なのか?」
新八の家に顔を出すと、新八が驚きながら出てきた。
「元気そうだな」
「左之こそ、よくここまで来てくれたな。あがれ、あがれ」
新八にそう言われ、俺は新八の家にあがった。
新八は俺たちと米沢で別れた後、東京に潜伏した後で松前藩邸に出頭した。
それから松前藩への帰参が許され、今は松前藩医の杉村松伯の娘と結婚し、杉村家へ婿養子に入っていた。
「実は、東京にいた時に鈴木三樹三郎にばったりと会ったんだ」
部屋に案内されてから茶を出され、それを一口すすった時に新八がそう言った。
「三樹三郎って、伊東さんの弟のか?」
「そいつ以外誰がいるって言うんだっ!」
俺たちは、伊東甲子太郎を殺害した。
鈴木にとっては、俺たちは兄を殺した敵となる。
「何事もなかったのか?」
「その場は何事もなかった」
その場はと言う事は、後で何かあったのか?
「恐ろしいぐらい何事もなかった。向こうも普通にあいさつしてきたし。ただ、すれ違った後に殺気を感じて振り返ると、鈴木も振り返って俺を見ていた。俺は斬り合いになると思ったが、向こうは何事もなかったかのように去って行った」
「じゃあ、何もなかったんじゃないか」
新八も心配させるようなことを言いやがって。
「いや、その後、鈴木の周りにいた奴らが俺の周りにうろつくようになった」
「で、新八はどうしたんだ?」
「だから、俺はここに逃げてきた」
それが賢明な判断だ。
鈴木は戦に勝った側の人間だ。
今の俺たちには、鈴木に立ち向かうことはできない。
それにしても、偶然に昔の仇に会うってことがあるんだな。
それから俺たちは酒を飲むために場所を変えた。
「今日は心ゆくまで語り明かそうっ!」
新八の行きつけの居酒屋に着くと、新八はそう言って俺に酒を注いできた。
「それで、左之は何をするつもりなんだ?」
酒が進んでくると、新八は俺にそう言ってきた。
「何って?」
「島田の所にも行ったらしいな」
「なんだ、知っていたのか?」
「島田とは今もやり取りをしている」
自慢することでもないが自慢げに話す新八。
「元隊士の所を訪ね歩いて何をするつもりだ?」
「元隊士って、まだ島田と新八の所しか行っていないぞ」
「これからさらに訪ねて歩くんだろう?」
そこまでは考えていなかった。
「何を考えてるんだ?」
新八に聞くつもりでここに来たから、もったぶらずに話すか。
「天野蒼良と言う隊士について聞きたいんだが、知っているか?」
島田は知らないと言った。
もしかして新八も……。
「あまの、そら……。知らないなぁ」
「本当に知らないのか?」
「ああ、知らない。そんな隊士がいたのか?」
「いた。一緒に江戸から京に行っただろう?」
「と言う事は、試衛館から一緒にいたと言う事か?」
「そうだ。覚えてないか?」
俺が聞くと、新八はしばらく黙り込んでいた。
「覚えていないというか、そんな奴はいなかった」
なんでそんなことが言えるんだっ!
「いや、いたんだ。確かにいた」
しばらく新八が俺の顔を見つめていた。
「左之、大丈夫か?」
正気か?と聞きたいんだろう。
「俺は正気だ」
やっぱり、蒼良がいたという記憶が新八にもないようだ。
蒼良を覚えているのは俺だけなのか?
しばらくの沈黙の後、話題を変えるように新八が話し始めた。
「土方さんが一本木関門で亡くなったと聞いて、俺は松前に来てすぐにそこへ行ったんだ」
新八も島田と同じことを言っていた。
「土方さんが亡くなったのは、千代ヶ岱陣屋だ。中島さん親子と一緒に撃たれたんだ」
俺がそう言うと、新八はまた俺の顔を見つめた。
「左之、大丈夫か?」
「俺は正気だ」
「土方さんは一本木関門で亡くなっている。これは土方さんと一緒に一本木関門で戦っていた奴が言っていたから間違いない」
「千代ヶ岱陣屋じゃないのか?」
俺が聞くと、新八は黙ってうなずいた。
「そうか、わかった」
島田も同じことを言っていた。
だから新八も嘘はついていない。
じゃあ、俺がみた土方さんの最後はいったい何だったんだ?
俺が考え込んでいると、さらに驚くことを新八が言った。
「総司も生きて土方さんと一緒に行っていたら、また違ったものになっていたかもな」
「総司は生きて一緒に行っただろう?」
天野先生が持ってきた薬で労咳が治り、一本木関門まで一緒に戦った。
「左之、大丈夫か?」
新八からその言葉を聞いたのは三回目だ。
「総司は、労咳が重くなり、蝦夷まで行けなかった。東京で亡くなっている。知らなかったのか?」
俺がみてきたものはいったい何だったんだ?
蒼良にかかわっていたことは、みんななかったことになっている。
これは、蒼良が未来に帰って行ったことを関係あるのかもしれない。
ただ、なんで新八は蒼良のことを忘れていて、俺は覚えているのだろう?
「おい、左之」
俺は一人で考え込んでいたようで、新八に声をかけられて我に返った。
「あ、すまん。考え込んでいた」
「おい、本当に大丈夫かよ」
「大丈夫だ。ちょっと記憶があやふやになっていただけだ」
俺はそう言ってごまかした。
それから酒を飲みながら語り合った。
ほどよく酔ってから居酒屋を後にし、新八の家に向かって夜道を歩いた。
少し冷たい風が心地よかった。
「左之、お前はこれからのことを考えているか?」
「これからのこと?」
蒼良のことを考えていて、先のことを考えていなかった。
「これから先も生きていくだろう? 何をしようとか考えてないのか?」
「そう言う新八は考えているのか?」
「おうっ! よくぞ聞いてくれた」
聞かないほうがよかったか?
「俺は、いつか新選組のことを書いて本を出したいと思っている」
新八が本を出すだとっ!
「お前、正気か?」
新八が俺に向かって行っていた言葉を、今度は俺が新八に向かって言った。
「正気だっ! 戦に敗けて、新選組は賊軍で人斬りの集団と言われているが、俺がいた新選組はそんな集団じゃない。義を重んじる武士の集団だった。それを多くの人に知ってもらいたいと思っている。だから俺は本を書くっ!」
新八はそんなことを考えていたのか。
「わかった。俺は新八を応援するさ」
「で、左之はこれから何をするんだ?」
俺か。
そろそろ先のことを考えないといけないな。
そんなことを思いつつも、蒼良が言っていた事を思い出した。
「俺は、とりあえず清にわたって馬賊にでもなろうかな」
しばらくの沈黙の後、
「何ばかなことを言ってんだっ! これからのことを真剣に考えろっ!」
と、新八に怒られた。
次の日、新八の家を後にした。
家を出る時に新八が、
「斎藤が斗南にいるらしい」
と言った。
やっぱりそうか。
戦に敗けた会津藩は藩領を没収された。
しかし、容保公の息子である松平容大は家名存続が許され、陸奥国に斗南藩と言う藩をたてた。
会津藩士の半分ぐらいの人数が斗南にいる。
斎藤が俺たちと別れた時は、会津のために戦うと言って残ったから、そのまま会津藩士たちと一緒に斗南にいるのだろうとは思っていた。
「斗南はここから船で行くとすぐに着く。帰るついでに会いに行ってみたらどうだ?」
斎藤だったら蒼良のことを覚えているかもしれない。
いや、新八や島田と同じように忘れているかもしれない。
どっちだろう?
そうなると斎藤のことが気になりだした。
「そうだな、ちょっと寄ってみるか」
急ぎの旅ではないし、ここから近いというのならちょっと寄って行ってもいいだろう。
俺は斎藤に会うことを決めた。
新八の言う通り、斗南は船で行くとすぐだった。
しかし、波が荒くて船酔いをしたから、着いた日は動くことが出来ず、次の日に斎藤を訪ねて歩いた。
すぐに斎藤に会えるだろうと思っていたが、それがなかなか会えなかった。
斎藤を知っている人物がいなかったのだ。
もしかして、ここにはいないのか?とあきらめかけた時に、斎藤が藤田五郎と名前を変えていたことが分かった。
斗南に移住した時に容保公から名前をもらったらしい。
藤田五郎を訪ねて歩くとすぐに見つかった。
斎藤が住んでいる家は、小さな小屋のような家だった。
その小屋のような家をのぞくと誰もいなかった。
出直すかと家を後にしようとした時、
「なにしてんだ」
と、突然後ろから声がしたから驚いて振り向くと、斎藤がそこにいた。
「突然声をかけるなよ。驚くだろう」
「人の家をのぞいておいて何言ってんだ」
そう言いながら斎藤は家の中へ入って行った。
「斎藤、俺はお前に話しがあってここに来たんだが」
「俺は斎藤ではない」
そうだ、改名したんだったよな。
「藤田……だったか?」
でも、俺の前にいるのは斎藤だ。
「俺の方はお前に用はない」
斎藤は俺にそう言い放った。
どうも歓迎されてないようだ。
酒を飲みながらッていうわけにもいかなそうだな。
さっと話をして帰るか。
そう思った時に、
「そう言えば、あいつは土方さんと一緒に蝦夷に行ってどうなったんだ?」
と、聞いてきた。
斎藤が言うあいつとは……。
「土方さんが戦死した後、あいつはどうなったんだ? お前なら知っているだろう?」
「あいつって……」
「蒼良だ。お前もあいつと一緒に蝦夷に行ったんだろう? あいつは、今どうしているんだ?」
「斎藤、覚えているのか? 蒼良の事」
「女なのに男に変装して新選組にいた奴だぞ。忘れるわけないだろう」
斎藤のその一言が嬉しかった。
俺以外にも、蒼良のことを覚えている奴がいたっ!
「斎藤っ!」
俺は嬉しさのあまり、斎藤に抱きついていた。
「抱きつくなっ! それに俺は斎藤じゃないっ!」
斎藤がそんなことを言っていたと思ったが、もう嬉しくて耳に入ってこなかった。
俺が落ち着くまで斎藤は付き合ってくれた。
落ち着いてから、俺は今まであったことをすべて話した。
最初は歓迎していなかった斎藤も、俺の話は黙って聞いてくれた。
「そうか」
俺が全部話し終わると、斎藤はポツリとそう言った。
「斎藤……じゃなかった。なんだっけ?」
改名後の名前はなんていうんだっけ?
「斎藤でいい」
斎藤からそう言う許しが出た。
「斎藤は、みんなが蒼良のことを忘れていて、俺と斎藤だけが蒼良のことを覚えていることをどう思う?」
それがずうっと不思議だった。
新八は島田が忘れていたのなら、俺だって忘れていても不思議じゃない。
「あいつはどんくさかったからな。俺とお前の中にある記憶を消し忘れたんじゃないのか?」
よくそう言う事を考え付いたな。
それに納得をする俺もいるんだが。
「じゃなければ、あいつは俺とお前だけは自分のことを覚えていてほしかったんじゃないのか? 島田や永倉より、俺たちとのつながりの方が強かったってことだ」
そうか、そう言う事だったのか。
ようやく納得が出来た。
蒼良に会えない今、本当の答えは分からない。
ただ、斎藤のように思っていてもいいよな?
「それなら、俺は蒼良のことをいつまでも覚えていよう」
蒼良がせっかく残してくれた記憶だから、俺はこれから先も蒼良を忘れない。
「そうだな。俺は忘れるかもしれんがな」
斎藤はそう言うと立ち上がった。
「泊まっていくか?」
さっきは歓迎していなかっただろう。
「いいのか?」
「こんな小屋でよければ泊まって行け」
「じゃあ遠慮なく泊まらせてもらう」
俺がそう言うと、斎藤はニヤリと笑った。
しばらくしてから、斎藤の奥さんが帰ってきた。
斗南に移住した時に結婚したらしい。
あの斎藤が結婚をしていたことに驚いた。
次の日、斎藤に礼を言って家を後にしようとした時、
「お前はこれからどうするんだ?」
と、斎藤に聞かれた。
新八にも聞かれたな。
「清にわたって、馬賊にでもなろうと思っている」
新八に言ったのと同じことを言うと、
「良順先生が兵部省にいるらしい。頼ってみたらどうだ?」
と、斎藤は俺の言ったことを思いっきり無視してそう言った。
「そうだな。何か仕事をもらえるかもしれないが、もう誰かの下で働くのはごめんだ」
武士たるもの、二君にまみえず。
武士と言う言葉はもう古いかもしれないが、俺の中にはまだ武士という言葉がある。
そして、俺は武士だとまだ心のどこかで思っている自分がいる。
「そうか」
斎藤も俺の気持ちを察したのか、それ以上は言わなかった。
東京へ向かう道中で、俺は青い空を見上げた。
この空を見るたびに、蒼良のことを思いだそう。
この世の誰もが蒼良のことを忘れても、俺だけは忘れない。
いつまでも、覚えていよう。




