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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治2年5月
503/506

箱館総攻撃

 五月十一日の未明、箱館総攻撃の火ぶたはきっておとされた。


 まずは、四稜郭方面。  

 前もって政府軍が来るとわかっていたので、胸壁を作って準備していた。

 しかし、昼頃には突破されてしまう。

 そして政府軍は、四稜郭へ向かった。

 四稜郭は、四月に五稜郭の背後を守るためと、東照宮がある場所を守るために作られた。

 この工事は300人ぐらいの人数で、大急ぎで作られた。

 上から見ると、蝶が羽を広げたような形をしている。

 近くに権現台場もあったので、そこと連携して戦った。

 四稜郭がなかなか落ちなかったので、政府軍は攻撃を権現台場に向けた。

 権現台場が政府軍に占領されると、四稜郭は退路を断たれる危険があったので、四稜郭にいた人たちは五稜郭へ敗走した。

 

 その一方で敵は、未明から箱館山の裏側から上陸を開始し 箱館山を登っていた。

 実は、敵が登ってきた山の裏側はものすごい崖になっていて、まさか、ここから登ってくることはないだろうと思っていたので、敵があらわれた時は驚いたようで、見回りしていた人たちが逃げてしまったらしい。

 そして、敵は箱館山の山頂に大砲を設置した。

 これにより、箱館山の山頂から箱館の市街まで大砲で攻撃することが出来るようになってしまった。

 それに対して味方は、弁天台場の守備を固めつつ、箱館山の奪回を目指したのだけれど、山頂からの攻撃だけでなく、海からも軍艦から攻撃されたので、一本木関門付近まで後退し、さらに五稜郭まで敗走した。

 昼前に敵に箱館市街をとられてしまったが、弁天台場にいる味方が町に放火をし、火の海になってしまっていた。

 これにより、約八百戸が焼失してしまった。

 後日、この火事は脱走火事と呼ばれるようになる。

 そして、一本木関門が敵の手に渡ってしまったため、弁天台場にいる人たちと連絡が取れなくなってしまい、弁天台場は孤立してしまった。

 運命の時は刻々と迫っていた。


「出陣するっ! 俺と来たい奴は来いっ!」

 弁天台場孤立の報告を聞くと、土方さんはそう言って立ち上がった。

 弁天台場には、新選組の人たちもいる。

 土方さんはじっとしてられなくなったのだろう。

「お前はここにいるか?」

 ふと、私の方を見て土方さんが言った。

「一緒に行きます」

「わかった、ついてこい」

 一言そう言うと、ドカドカと足音を立てて行ってしまった。

 私も追いかけるように後をついて行った。

 私が止めても、土方さんは行くだろう。

 土方さんが言わなくても、向かう場所は分かっている。

 本当は弁天台場に行きたいのだろうけれど、その手前の一本木関門で敵とぶつかる。

 この時が来てしまった。

 この歴史だけは変えたい。

「蒼良、顔が怖いぞ」

 土方さんの後を追いかけるようについて行っている私の横に来た原田さんが、顔をのぞき込んできた。

「そうですか?」

 鏡を見ながら歩いているわけではないので、わからない。

「大丈夫だ。俺もいるし、蒼良は一人じゃない。だから、一人で背負い込むなよ」

 ポンッと原田さんが背中を叩いてきた。

 そこから安心感が流れ込んできたような感じがした。

 そうだ、私は一人じゃない。

「ありがとうございます。原田さんも、協力お願いします」

「僕もいるからね」

 少し後ろに沖田さんもついてきていた。

 この二人がそばにいるだけでも心強い。

「沖田さんも、お願いします」

 私がそう言うと、沖田さんはニコッと笑った。 

 

 千代ヶ岡陣屋で、仙台から新選組に入り箱館では土方さんの直属の部下として働いていた大野右仲さん達に会った。

 一緒に一本木関門に向かう。

 そして私たちが一本木関門あたりにつくと、ちょうど箱館市街から二股口で一緒に戦った滝川さんが、伝習隊を率いて敗走してきていた。

 土方さんはその隊と合流し、隊を立て直していた。

 その時、ドォンッと大砲が何かにあたる音が聞こえてきた。

 私たちの軍艦である蟠竜の砲弾が、敵の軍艦の朝陽に命中した。

 朝陽の弾薬庫に引火したらしく、あっという間に沈んだ。

「この機失すべからずっ!」

 土方さんが怒鳴るようにそう言った。

 敵の朝陽が沈む様子は私たちのいる一本木関門からよく見えたから、それを見ていた味方の士気も上がっていた。

「吾れ、この柵に在りて退く者は斬らんっ!」

 土方さんの有名な一言が聞こえてきた。

 敗走して士気も下がっていた兵たちの士気を、土方さんはこの機会に一気に上げようとしたのだ。

 その結果、士気は上がった。

 士気の上がった兵たちを大野さんがまとめ、再び箱館市街へと進軍して行った。

「おい、なにボケッとした顔で俺の顔を見てんだ?」

 土方さんにそう言われ、我に返った。

 歴史の一場面に遭遇してしまったという思いと、その土方さんのかっこよさに見とれてしまっていた。

「土方さんのあまりのかっこよさに見とれてました」

「ばかやろう。戦中だぞ。緊張感が足りんっ! 士気が足りねぇのも困るが、緊張感がねぇのも困るっ!」

 はい、すみません。

「見とれるなら、戦が終わってからにしろ」

 土方さんはそう言うと私の方を見て、ニヤッとした。

 そうだ、見とれている場合じゃないのだ。

 今にも敵は、七重浜方面から続々と攻めて来ようとしていた。

 歴史の時がせまってきている。

 どこから銃弾が飛んでくるのだろうか?

 私は馬の上からキョロキョロとあたりを見回していた。

 もう戦どころではない。

 土方さんに向かって放たれる銃弾、いや、流れ弾かもしれない。

 もしかして、味方から撃ってくるものかもしれない。

 その銃弾を探していた。 

 そんな中でも、敵はどんどん攻めてくる。

 その中から土方さんに向かって飛んでくる銃弾なんて見つけることが出来るのだろうか?

 いや、見つけないとっ!

 そう思いなおした時、奇跡的に土方さんに向けられていた銃筒を見つけた。

 あれだっ!

「土方さんっ! 危ないですっ!」

 土方さんに声をかけたけど、戦の喧騒の中で私の声は消されてしまった。

 こうなったら、土方さんに体当たりしてあの場所からどかせて、銃弾を避けさせたほうがいいかも。

 私は、乗っていた馬を土方さんの方へ走らせた。

 土方さんは、馬の上から指示を送りつつ自分も戦っていた。

 そんな中でも私が近づいてくる気配は分かったようだ。

「お前っ! それ以上こっちに来るとぶつかるぞっ!」

 土方さんはそう言いながらも、そこから動く気配がない。

「土方さんっ! 危ないからそこから動いてくださいっ!」

 銃は撃たれただろうか?

「お前こそ、それ以上こっちに来ると俺とぶつかって危ねぇだろうがっ!」

 土方さんがそう言った時、私はちょうど土方さんの前に来ていた。

 そして、腰のあたりにものすごく痛いような、熱いような、そんな感じにおそわれた。

 あ、撃たれた。

 一瞬でそう理解した。

 馬に乗っていられなくなり、そのままずり落ちるように落馬した。

「蒼良っ!」

 めったに私の名前を呼ばないのに、珍しく私の名前を叫ぶ土方さんの声が聞こえてきた。

 私は土方さんに抱き起こされていた。

 うっすらと目を開けると、梅雨のない箱館の真っ青な空をバックに、土方さんが私の顔をのぞき込んでいた。

 土方さん、撃たれなかったんだ。

「土方さんが撃たれなくてよかった……」

 本当に、よかった……。


                 *****


 一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 あいつがすごい勢いで俺の所に馬に乗って向かってきたから、また変なことを考えやがってと思った。

 俺の前にあいつがやってきたとき、あいつは崩れ落ちるように馬から落ちて倒れた。

「蒼良っ!」

 何が起きたかわからないまま、俺も馬から降りてあいつの倒れている場所へ走った。

 腹を撃たれていた。

 もしこいつがいなければ、俺が撃たれていた。

 抱き起すと、うっすらと目を開け、聞こえるか聞こえないかの声で、

「土方さんが撃たれなくてよかった……」

 と言って、そのまま意識を失くした。

「おい、蒼良っ!」

 俺は名前を呼びながらゆすったが、目を覚ますことはなかった。

「蒼良が撃たれたのか?」

 左之も馬から降りて近くに来ていた。

 今は、戦中だ。

 こいつが気になるし俺がこいつを安全な場所へ運び込みたかったが、今、この場所を放り出すことはできない。

「左之、こいつを運んでくれ」

 まだ息があるから、早く治療をすれば大丈夫だろう。

「わかった。千代ヶ岱陣屋が近いから、そっちに運ぶ」

「頼んだぞ」

 左之が怪我した蒼良を馬に乗せ、走り去っていった。

「土方さん、ここはいつまで守る気でいるの?」

 左之と入れ替わるように総司がやってきた。

「撃っても撃っても、敵は増える一方なんだけど。こっちが全滅するまで戦うのか、ほどよいところで撤退するか、どちらかだね」

「総司、お前の選択肢に、勝つまで戦うってねぇのか?」

「この状況じゃあ、勝つってことはないね。五稜郭から援軍が大量に送られてくるなら、話は別だけど」

 それはねぇな。

 敵はどんどん上陸してきて増えているが、こっちは援軍を頼む場所がない。

 だから、今いる人数がいなくなればそれで終わりだ。

 なるべく兵を残しておいたほうがいいな。

「今は士気が上がっているから、とりあえず士気が下がるまでここで戦う」

 士気が下がった時は引き際だろう。

「わかった」

 総司はそう言うと、戦場へ戻って行った。

 味方の士気は間もなく下がってきた。

 これ以上戦わせても、兵が減る一方だ。

「退く」

 俺は一言そう言った。

 今は、一刻も早く、千代ヶ岱陣屋へ行きたかった。


 千代ヶ岱陣屋に着き、総司と一緒にあいつのいる部屋を探した。

 あいつの怪我は、他の奴らと比べると重いらしく、隔離をされるように別な部屋に寝かされていた。

 その横には、左之と天野先生がいた。

 あいつは、今まで見たこともないぐらい青い顔をして寝ていた。

「土方、撃たれなかったのか?」

 自分の孫が撃たれてここに寝ているというのに、天野先生は俺の心配をしていた。

「天野先生、すまない。俺のせいで、こいつがこんなことになってしまった」

 きっとこいつは、前もって俺がここで撃たれることを知っていたから、俺をかばって撃たれたのだろう。

「蒼良は、土方を死なせたくなかったんじゃろう。土方がこうやって元気なら蒼良も安心しとるじゃろう」

「で、こいつの具合は?」

 左之と天野先生に聞くと、左之が首を横にふっていた。

「出血が多かったようだ。このままだと蒼良は助からない」

 左之が言ったことを信じることが出来なかった。

「助からないだと?」

「ああ。さっき医者が来てそう言った」

 俺は、再び寝ているこいつの顔を見た。

 助からないだと?

「このまま、こいつは、死ぬのか?」

 こいつが死ぬ。

 そのことが信じられなかった。

「死なせやせん」

 天野先生が力強くそう言った。

「この時代では死んでしまうかもしれんが、わしらの時代の治療を受ければ助かる」

 俺たちは天野先生の顔を見た。

「本当か?」

 俺は天野先生に聞いていた。

「案外そうかもよ。だって、僕の労咳だって治しちゃったんだから」

「でも、血が足りないって言っていたぞ。大怪我をしているんだぞ。労咳を治すのとは違うだろう?」

 左之の言う通りだ。

「血が足りなければ、他の人の血を入れればいいんじゃ」

「そんなことが出来るのか?」

 俺は天野先生に聞いたら、天野先生はうなずいた。

「わしらの生きていた未来ならできるんじゃ。ただ、蒼良を連れて帰らないといけない」

「それは、かまわない」

 それでこいつが助かるなら。

「二度と、ここに戻ってこれないかもしれん」

 天野先生のその言葉に俺たちは顔を見合わせた。

「それって、二度と蒼良に会えないかもしれないってこと?」

 総司が天野先生に聞くと、天野先生はうなずいた。

「じゃが、お前たちもわしと一緒に来るなら、二度と会えないってことはないぞ」

 天野先生のその言葉に、再び俺たちは顔を見合わせた。

「それは、一緒に未来に行くってことか?」

 左之が聞いたら天野先生はうなずいた。

 こいつが未来に帰ればこいつは助かるが、俺たちとは二度と会えなくなる。

 俺たちも未来に行けば、会えなくなると言う事はない。

 しかし、ここで未来に行くと言う事は、戦の途中で投げ捨てると言う事になる。

 そんなことをしたら、先に逝かせてしまった近藤さんに会わす顔がねぇ。

「どうする?」

 天野先生が俺たちの顔を見ながら聞いてきた。

「僕は、蒼良と一緒に行くよ」

 総司はためらいもなくそう答えた。

「僕は、蒼良がいなければ労咳で死んでいた。今、生きてここにいるのは蒼良のおかげだ。だから、今度は僕が蒼良を守りたい」

 総司はまっすぐ俺を見てそう言った。

「総司、お前のその思いに迷いがねぇなら、その思いのまま行けばいい。俺が見送ってやる」

 俺がそう言った時、左之と総司が驚いた顔で俺を見た。

「土方さんは行かないのか?」

 左之にそう聞かれた。

「俺は行かねぇ。ここで戦を投げるわけにはいかねぇだろう。陸軍奉行並が戦を放り投げてよそへ行ったとなりゃ、先々までの笑いものになっちまうだろう」

「確かにそうだが、いいのか? 蒼良に会えなくなるんだぞ」

 左之にそう言われ、あいつの寝ている顔を見下ろした。

 首のあたりからチラッとお守り袋の紐が見えた。

 あの中に、何があっても再び会える方法が書いてある。

 だが、書いてある通りうまくいくかわからない。

 うまくいかないほうが大きいだろう。

 でも、ここで戦を投げ捨てるより、お守り袋の中身にかけたい。

「大丈夫だ」

 きっと、また会える。

 俺はそう信じている。

「そうか。土方さんが残るなら、俺も残る」

 左之が天野先生にそう言った。

「俺に遠慮することねぇよ。左之も行けばいいだろう?」

「いや、蒼良には総司がついている。それで充分だ。土方さんには俺がつく。いいだろう?」

 勝手なことを言いやがって。

 でも、どこかでそれを嬉しく思う自分がいる。

「よし、そうと決まったなら、わしと総司で蒼良を連れて帰る。本当にそれでいいんじゃな?」

 念をおすように天野先生が言ってきた。

 俺たちは力強くうなずいた。


 俺は蒼良を背負い、天野先生の後を追いかけるようについて行った。

 その後ろから総司と左之もついてきていた。

 天野先生は、ある部屋の前で止まった。

 俺たちも止まった。

「ここじゃ。この部屋に入ればわしらは未来へ帰れる」

「蒼良は僕が背負うよ」

 総司が俺の背中から自分の背中へ蒼良を移した。

「土方と原田。本当にこれでいいんじゃな」

 天野先生の問いに俺たちは無言でうなずいた。

「わかった。沖田、行くぞ」

「はい」

 総司が俺たちに背中を向けた時、総司に背負われた蒼良が見えた。

 俺は手を伸ばして、蒼良にさわった。

 最初は髪の毛、そして、青白い顔。

 守ってやれなくて、こんな怪我をさせてしまって、すまなかった。

「土方さん、そろそろいいかな?」

 俺たちに背中を向けたまま総司が言った。

「すまない」

 俺がそう言うと、天野先生と総司は部屋の戸を開けた。

 そこは黒い闇が広がっていた。

「もし、お前たちの気が変わったときは、この部屋の戸を開けて、ここに飛び込むといい。そうすれば、わしらのいる未来に来れるじゃろう」

 天野先生はそう言うと、闇の中に飛び込むように行ってしまった。

「じゃあね、土方さん、原田さん」

 後を追うように蒼良を背負った総司も飛び込んで行った。

 そして、自然と戸が閉まった。

「なんか、信じられないものを見たな」

 左之が戸をさわりながら言った。

「開けたら、さっきみたいな感じになっているのかな?」

 左之がそう言いながら戸を開けた。

「ばかやろう、戸を開けてどうするんだっ!」

 あの闇の中に飛び込むつもりはない。

「あれ? 普通の部屋だぞ」

 闇が広がっていると思っていたが、戸の向こう側には普通の部屋があった。

「どうなっているんだ?」

 左之がそう言いながら部屋の中に入って行った。

 俺も後について入った。

 部屋の中には何もなかった。

 天野先生はこの部屋に飛び込めば未来へ行けると言っていたが、どうなっているんだ?

 そう思うと同時に、落ち込んでいる自分もいた。

「これで、本当に蒼良に会えなくなったな」

 左之が俺の気持ちを代弁するように言った。

「そうだな」

 俺はそう言うと、部屋の真ん中に座った。

 どうなっているのかわからないが、これで簡単にあいつに会えなくなったことは確かだ。


「今頃、蒼良はちゃんと治療を受けて助かっているのかな」

 左之が酒のはいった徳利から猪口に酒をそそいで飲んでいた。

「未来へ帰ったんだから、治療受けるのはここから先の話だろう」

「あ、そうだよな。なんか訳が分からないや」

 左之はそう言いながら、また酒をそそいでいた。

 俺も酒が飲めれば飲みたい気分だ。

 そんな俺の表情を見た左之が、

「土方さんは、本当は、蒼良の所に行きたかったんじゃないか?」

 と聞いてきた。

「どうだろうな」

 あいつの生きていたところなんで想像もつかねぇ。

 だから、行きたいとは思わなかった。

 行きたかったというか……。

「一緒にいたかったな」

 ボソッと本心が口から出た。

「土方さんの口から、そんな言葉が出るとは思わなかった」

 左之は嬉しそうにそう言った。

「土方さん、そういう時は酒を飲むといい」

「ばかやろう。俺が飲めねぇって知っているだろう」

「あはは、ばれたか」

 俺の代わりにと言わんばかりに、左之が酒を飲む。

「左之は、ここに残ってよかったのか?」

 左之こそ、本当はあいつと行きたかったんじゃないのか?

「そりゃ、行きたかったさ。俺は、何があっても蒼良を守るって決めてたんだから」

 左之は少し酔ってきているようで、口が軽くなっていた。

「でもよ、蒼良の生きていた世界がどんな世界か想像がつかなかったんだよ。それでも、誰も一緒に行かないようだったら、俺が一緒に行っていた。でも、総司が行くと言ったから、俺は残った。総司は最強の男だから、俺の代わりに蒼良を守ってくれるだろう」

「なんだ、左之も同じ理由か。俺はてっきり……」

「土方さんのために残ったと思ったか?」

 にやりと左之が笑いながら言った。

「左之、飲みすぎじゃないのか? それより、こんな時にどこから酒を持ってきたんだ?」

 今は戦中だ。

「台所からちょっと拝借してきた。俺一人酒飲むぐらいどうってことないだろう。もう、飲まないとやってられない」

 そう言って再び酒をそそごうとしたが、もう酒を飲みつくしたようで、一滴も出てこなかった。


 この日、敵にこてんぱにやられた俺たちに残されていたのは、五稜郭と、俺が今いる千代ヶ岡岱陣屋と、孤立している弁天台場のみとなった。

 次の日の十二日、敵は箱館湾から甲鉄が五稜郭にある箱館奉行所を攻撃し始めた。

 甲鉄の砲弾は奉行所に命中し、多数の死者を出した。

 そして脱走兵も増えた。

 重傷を負い箱館病院で治療を受けていた伊庭も、この日に榎本さんから薬を出されて亡くなった。

 この日の夜、敵の薩摩の人間が、箱館病院で治療中の会津遊撃隊隊長の諏訪常吉の所に見舞いと称してやってくる。

 諏訪は自分は戦をするつもりはないというような内容の手紙を戦の時に残し、それが敵の手に渡り降伏する交渉役に選ばれたのだろう。

 しかし、諏訪は瀕死の重傷だった。

 交渉役は断ったが、その代わりに箱館病院の高松凌雲を紹介した。

 病院事務長との連名で、榎本さんに降伏を勧告した。

 十四日、俺たちは榎本さんのもとに集まって会議をした。

 敵の降伏勧告を拒絶した。

 榎本さんも、箱館と一緒に落ちることを決意していたのだろう。

 拒絶した時に、榎本さんがオランダ留学の時に手に入れた海津全書と言う貴重な本を、『このまま自分が持っていたら、戦火で失ってしまう』と敵に贈った。

 その後も榎本さんは敵と会見するが、敵からの降伏勧告を拒否する。

 会見の後、榎本さんも最後の戦いの決意をしたのだろう。

 五稜郭にいた怪我人たちを湯の川と言うところに送った。

 次の日の十五日。

 孤立していた弁天台場が、食料などが足りなくなり、それと同時に士気も下がったため、降伏した。

 そして俺がいるここ、千代ヶ岱陣屋にも敵から降伏勧告が出された。

 五稜郭からも撤退命令が出た。


「我々は、ここに残って最後まで戦うつもりだっ!」

 興奮気味に中島さんがそう言いに来た。

 中島さんの両脇には息子がいた。

 彼らも共にするようだ。

「ここが、死に場所と決めている」

 黙って見ていた俺に向かって中島さんがそう言った。

 俺の死に場所もどうやらここになりそうだな。

 本当は、一本木関所だったんだろうが、あいつが俺をかばって犠牲になった。

 あいつがいた時は、一緒に生きてこの先のことを考えることが出来たが、いない今、先のことが考えられなかった。

 やっぱり、俺の死に場所もここだな。

「俺も最後まで戦う」

 俺がそう言うと中島さん親子は、

「ともに戦おう」

 と言ってくれた。

「おい、俺もいるんだぜ、忘れんなよ」

 左之の声で左之がいたことを思いだした。

 左之には生きてもらいたいが、俺がここで言っても聞かないだろう。


 千代ヶ岱陣屋での戦いは今までで一番激しいものだった。

 戦を初めてまだ一刻もたっていないのに、千代ヶ岱陣屋は落ちようとしていた。

「左之、五稜郭へ行って援軍を頼んでくれ」

「何言ってんだ土方さん。五稜郭へ援軍を頼んでも来るわけないだろう」

 左之を死なせたくなくて頼んだが、左之も薄々察しているらしい。

「俺を助けるためとか、変なこと考えてんじゃないだろうな?」

 薄々じゃねぇ、完全に察している。

「俺がここに残ると決めてから、土方さんと共にすることも決めたんだ。来るはずない援軍を頼むなら、他の奴にしてくれ」

「左之、お前まで一緒になって死ぬことねぇだろう」

「それは土方さんだって同じ事だろう。蒼良に助けてもらった命をまた捨てることはないだろう」

「その言葉をそのまま返す。左之だってあいつに命を助けてもらったんだろうが」

「そうだよ。俺の本当の死に場所は上野戦争だったらしい」

 やっぱりそうだったのか。

「ここまで生きてきたことに後悔はない。俺も土方さんと一緒だよ。土方さんがここを死に場所に決めたなら、俺の死に場所もここだ」

 左之にここまで言われたら、もう何も言えねぇな。

「わかった、好きにしろ」

 俺がそう言うと、左之は笑顔になった。


 千代ヶ岱陣屋には、容赦なく敵の弾が飛んできた。

 俺たちの方の銃弾はとうに切れていた。

 中島さんは、最後には刀を手に敵に飛び込んで行った。

 俺たちもその後に続いた。

 刀を持って戦うのは久しぶりだ。

 一人斬り、二人斬り、そうしているうちに京にいた時の勘が戻ってきたような感じがした。

 しかし、敵の武器のほとんどは銃だ。

 中島さんが銃弾に撃たれて倒れるのが目の端に見えた。

 俺も時間の問題だな。

 そう思った時、体を熱い物で貫かれるような感覚がおそってきた。

「土方さんっ!」

 最後に見えたのは、俺の所に駆け寄ってくる左之の姿だった。

 

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