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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治2年5月
502/506

箱館総攻撃の前日

 矢不来の戦いで敗れ、残るは箱館のみとなった。

 箱館が総攻撃される前に、箱館湾海戦があった。

 その前に、遊撃隊にスパイがいて、その人に弁天台場の大砲がこわされるという事件があった。

 政府軍の軍艦が箱館湾に入ってこないように海に網を広げたけれど、政府軍によって切断され軍艦は箱館湾に進出する。

 

 幕府軍が所有している軍艦は、回天と蟠竜と千代田形の三隻だけだった。

 政府軍は六隻も蝦夷に来ていた。

 貴重な軍艦の一隻である千代田形が、四月に政府軍の軍艦が箱館近くにいたのを撃退するのに応戦し、その後、箱館湾で暗礁に乗り上げて座礁してしまった。

 船が政府軍にとられても使い物にならないように、機関や大砲などを破壊した後、千代田形の乗員は全員避難した。

 しかし、座礁したと思っていた千代田形は、潮が満ちた後に漂い始めた。

 これは、艦長の判断ミスだった。

 そして、漂流中に政府軍に発見され、そのまま拿捕された。

 これで二隻になってしまった。

 五月になり、回天の機関部分が壊れてしまう。

 回天は、弁天台場付近にわざと座礁させ、海に浮かぶ砲台として使う事になった。

 


 一方で新選組は、七重浜にいる政府軍に何回か夜襲をかけていた。

 

 そして、土方さんは佐野専左衛門さんの所から五稜郭へと帰ってきた。

 私たちも一緒に帰ってきた。

 五稜郭へ帰ってきて最初にやったことは、土方さんが鴻池さんから借りた家の片付けだった。

「ここでゆっくりすることは、もうねぇだろう」

 という土方さんの判断で、家を鴻池さんに返すことになった。

 土方さんの言う通り、もうここでゆっくりすることはないだろう。

 とりあえず、荷物をまとめて家を掃除して綺麗にしてから家をあけわたすことになった。

「で、なんで僕たちだけで掃除するの?」

 沖田さんが不服そうに畳をほうきで掃いていた。

「俺たち以外の連中は、みんな戦だ」

 はたきでパタパタはたきながら土方さんがそう言った。

「総司、荷物はあれだけか?」

 原田さんがそう言いながら部屋に入ってきた。

「うん。部屋にまとめてあったでしょう? ちょっと多くなっちゃったけど」

 えっ、多いのか?

「総司、荷物、入れ忘れてないのか?」

「あれで全部だよ、左之さん」

 もしかして、少ないのか?

「少なすぎだろう」

 やっぱり少ないらしい。

「えっ、そうかな?」

 そう言いながら、沖田さんは自分の部屋へ行った。

 私も心配だったから、沖田さんの後をついて行った。

 原田さんも心配になったらしく、一緒についてきた。

 沖田さんの部屋につくと、部屋のすみにちまっと荷物がまとめてあった。

「沖田さん、一泊の旅行にでも行くのですか?」

 あまりの少なさにそう言ってしまった。

「蒼良、何言っているの?」

「だって、荷物少なすぎですよ」

 確かに、ここまで戦で転々として来たから、荷物と呼べるものはないけれど、それでも、箱館に住んでいた分の荷物は増えている。

 沖田さんの場合、そう言う荷物すらない。

 そう言えば、壬生から西本願寺に引っ越すときも荷物少なかったよなぁ。

 あの時は、八木さんに預けていた荷物もあったけれど。

「なんか、変な音が聞こえないか?」

 突然、原田さんがそう言った。

 変な音?そう言えば、モーター音みたいな音が聞こえて来るけれど。

 でも、この時代にはモーター音がするものってないよね?

 そうなると、もう嫌な予感しかしない。

「うわっ! なんだ、これっ!」

 原田さんが叫ぶようにそう言った。

「えっ、動いているよ。蒼良が持ってきたんでしょ?」

「私じゃないですっ!」

 お掃除ロボットなんて持ってこれるわけないじゃんかっ!

 そう、私たちが見たものは、廊下をお掃除しながらこちらに向かってくるお掃除ロボットと呼ばれるものだった。

「驚いたか?」

 予想通り、お掃除ロボットの後から満足そうな笑顔でお師匠様があらわれた。

「なんだ、天野先生が持ってきたのか」

 原田さんが、やっぱりという感じでそう言った。

 お掃除ロボットをお師匠様が持ってきたと言う事は……。

「これからは、家の掃除も楽になりますね」

 と言う事だよね。

 それってとっても嬉しいことだわ。

「いや、買ったんじゃない。借りて来たんじゃ」

 えっ、買ったんじゃないのか?借りたのか?

「なんで借りてきたのですか?」

 そこは買おうよ。

 って言うか、借りてまでここに持ってくるって……。

「なんでって、ここに持ってくるためじゃが」

「それっておかしいですよ」

「なんでじゃ?」

「だって、ここに持ってきてもどうにもならないじゃないですかっ!」

 自分の家に使おうとか、思わないのか?

「充分役に立っているじゃろう。沖田も原田も喜んでいるぞ」

 ワーワーと騒いでいる声が聞こえたので、見てみると、

「ああっ! 沖田さん、そんなところに乗らないでくださいっ! 壊れますよっ!」

 なんと、沖田さんがお掃除ロボットの上に乗ろうとしていた。

 借りて来たって言っていたから、壊したら弁償だよね?そ、そんな高いお金、払えないからねっ!

 私は必死になって沖田さんを止めた。

「せっかく楽しかったのに」

 楽しかったのにじゃない。

 こっちはヒヤヒヤだ。

「おい、天野先生。こいつ、何か探しているみたいだぞ」

 お掃除ロボットを指さして原田さんが言った。

 も、もしかして、壊れたのか?

 そして、恐ろしいことに、お掃除ロボットはそのまま止まってしまった。

 こ、壊れたのかっ?

 私の頭の中ではもうお金が飛んでいた。

 いったい、いくら弁償すればいいんだろう?

「あ、充電切れじゃ」

 お師匠様はあっさりとそう言った。

「えっ、じゅうでんきれ?」

 沖田さんと原田さんが声をそろえて言った。

 この時代には、充電なんて言葉はない。

 電気もないのだから。

「充電しないとな」

 お師匠様はコンセントを探すそぶりをした。

 そもそも、お掃除ロボットって、充電するためのホームベースと言う場所があり、そこで充電をするんだよね?

 そのホームベースもないし、そのホームベースをつけるための電気もない。

「どうやって充電をするのですか?」

 私のその一言で、お師匠様も分かったようだ。

「あっ、そうじゃな……」

 今頃わかったのかいっ!

「というわけで、わしは少し出かけてくる」

「えっ、手伝いをしに来たんじゃないの?」

「すまんのう、沖田。急用ができてしまったんじゃ。また来る」

 次にここに来ても、誰もいませんからねっ!

「ところで、天野先生が持ってきたものは何だったんだ?」

「なんだったんでしょうかね」

 質問してきた原田さんになんて説明すればいいんだ?

 お掃除ロボットだけど、本格的に掃除する前に充電切れてるし。

「ねぇ、人が少ないんだから、さっさと掃除しないと日が暮れるよ」

 沖田さんにほうきを渡された。

 全部掃除を終わらせてから充電が切れてほしかった。

 

「声がここまで聞こえたぞ。何遊んでたんだ?」

 土方さんのはたきの音がパタパタと乱暴に聞こえるのは気のせいか?

「えっ、なんでわかったの?」

 沖田さん、遊んでませんからねっ!

「天野先生が変なもの持ってきて、そのまま持って帰った」

 原田さんの言う通り、確かにそうだよね。

「でも、遊んでませんよ。そのあとちゃんとほうきで掃いてきましたから」

 お掃除ロボットが去った後、ちゃんとほうきで掃いた。

「もしかして土方さん、仲間外れにされて不機嫌になっているとか?」

 えっ、沖田さんの言う通りなのか?

「うるせぇっ! 子供じゃあるめぇし、そんなことで不機嫌になるかっ!」

 と言いながら、土方さんは私たちにはたきをかけてきた。

 子供じゃあるめぇしと言いながらも、不機嫌になっていたらしい。

 

 引っ越しの作業の終わりが見えてきたとき、箱館の鴻池の手代である大和屋友次郎さんが来た。

「ここまで綺麗にしなくても、普通にあけわたしてもらえるだけで後はこちらでやったのに」

「これは、こんなにいい屋敷を貸してくれた礼も兼ねている。この屋敷が無ければ、俺たちはこんな穏やかな気持ちになれなかったかもしれねぇ」

 この家にみんなで集まって、少しの間だけれど、楽しい時間を過ごすことが出来た。

 これも、鴻池さんのおかげだ。

「本当なら主人がここに挨拶に来なければならないのに……」

「いや、鴻池さんはそのまま大坂にいたほうがいい。ここは間もなく戦になる。あんたも避難したほうがいい」

「私は、箱館の鴻池を守らないといけないので」

「でも、危なくなったらすぐに逃げてくださいね」

 きっと、逃げてくださいと言ってもこの人は聞かないんだろうな。

 それなら、せめて、自分が危なくなったときは逃げてほしい。

「ありがとうございます」

 大和屋さんは深く頭を下げた。

「ところで、この屋敷はただの屋敷じゃねぇだろう? 誰が使ってた屋敷なんだ?」

 土方さんが大和屋さんにそう聞いた。

 土方さんの言う通り、この家はただの家じゃないと言う事は住んでいてなんとなくわかった。

 部屋を変えると部屋から見える庭の景色が違う。

 それはどの屋敷でも同じなんだけれど、この屋敷の場合、部屋を変えることで庭から見える季節を楽しめるようにできている、風流な屋敷だった。

「そこに気がつくとは、さすが土方さんですね。この屋敷は、主人が箱館に来ると使っていた屋敷です。土方さんが家を探していると主人に伝えたら、この屋敷を貸すように言われたので貸したのですよ」

「そうか、鴻池さんが。俺は普通の家でよかったんだが、こんないい屋敷で生活することが出来たことに感謝する。鴻池さんによろしく伝えてくれ」

「こちらこそ、これであの時の恩を返すことが出来ました」

 あの時の恩とは、軍資金が足りなくなり、お金が取れそうなところからあらゆる方法でお金を徴収していたのだけれど、それだけじゃ足りないから、今度は箱館に住んでいる豪商からお金をとろうとした榎本さん達を土方さんが止めた。

 きっとそのことを言っているのだろう。

「あれは、当たり前のことをしただけだ」

 土方さんはそう言った後、

「世話になったな」

 といい、屋敷を後にした。

 私も頭を下げてから、土方さんの後について行った。

 この後、大和屋さんを中心とした箱館の豪商の人たちで、土方さんが亡くなった後に称名寺に供養碑をたてる。


 箱館総攻撃の前の日。

 五稜郭の幹部の人たちは、武蔵野楼と言うところで別盃をかわしていた。

 私は幹部ではないので、五稜郭で留守番をしていた。

 歴史通りなら、明日、土方さんは死んでしまう。

 いや、この歴史だけは変えたいから、私はここにいる。

 でも、そんなこと出来るんだろうか?

 出来るとかそう言う問題じゃない、やるんだ。

「おい、何怖い顔してたってんだ?」

 突然、土方さんの声が聞こえてきたので、驚いて飛び上がってしまった。

「な、なんで、ここにいるのですか? 武蔵野楼に行ったんじゃないのですか?」

 私がアタフタしている間に、土方さんは洋服の上着を脱いでいた。

「ああ、行ってきたが、途中で帰ってきた」

 あ、そうだったんだ。

「こういう時は、お前と過ごしたいと思ったから」

 そうなのか?

「私なら、いつも土方さんの近くにいますから、いつでも一緒に過ごせるじゃないですか」

 あらたまってそう言うことを言われると、もう嫌な予感しかしない。

「いや、今日は特別だ。明日はどうなるかわからねぇからな」

「そんなこと言わないでください。縁起でもない」

 土方さんがそんなことを言うと、本当にそうなりそうで怖い。

「縁起とかそう言う問題じゃねぇ。明日は大掛かりな戦になりそうだ。戦の時は死を覚悟していくものだろうが」

 そ、そうなのか?今まで戦は何回もあったけれど、死を覚悟したことはなかったぞ。

 そんなことを思っていると、土方さんは小さく折りたたんだ紙を出してきた。

「お前、お守り袋を出せ」

 土方さんにそう言われ、首からぶら下げていたお守り袋を出した。

 この時代のお守りは、袋は自分で用意して、中身を入れてお守りにしていた。

 私も、京にいた時からお守りを首か下げていた。

 中身は土方さんが用意してくれた。

 今回も、戦の前だから、新しいお守りを用意してくれたのかな?

 土方さんは、折りたたんだ紙をお守り袋に入れると、私にそれを渡してきた。

「いいか、俺に何かあったら、このお守り袋の中身を見ろ。わかったな」

 えっ、何かあったらッて……。

「今じゃだめなのですか?」

 お守り袋の中をのぞきながら聞くと、

「今お守り袋の中身を見たら、ご利益が無くなるだろう」

「でも、土方さんに何かあったらって……」

「何もなければ、それでいいだろう」

 そうなんだけど。

「大丈夫だ。今回も俺はお前と一緒に生き残る」

 そう言いながらポンッと私の頭をなでた。

「だから、そんな怖い顔するな。これから先に起こることは未来のことだ。未来に何が起こるかわからねぇだろう。俺は、大丈夫だ」

 土方さんはそう言うと、私を優しく抱き寄せてきた。

「お前がいなかったら、俺はどうなっていただろうな」

 私を抱きしめたまま、土方さんが言った。

「お前がいなければ、左之や総司もいなかったよな? 俺は、一人でここにいたのかな?」

「いや、島田さんとか相馬さんがいたと思いますよ」

「島田や相馬は、今もいるだろうが。俺が何を言いたいか察しろよ」

 えっ、そう言う事なのか?

 土方さんは、何を言いたいんだろう?全然察することが出来ない。

「お前がここにいてくれてよかった。お前がここにいなければ、俺はどうやって武士らしく死のうかとか、胸張って近藤さんの所に行く方法とか考えていた。お前がいるから、戦の後のことも考えることが出来る」

 そうなのか?

「ありがとう」

 土方さんはそう言うと、強く私を抱きしめた。

「そ、そんなこと、今言わないでください。土方さんが明日死んじゃいそうで怖くなるじゃないですかっ! お礼なら、戦が終わった後に言ってくださいっ!」

 もう、怖いことしか考えられなくなるじゃないかっ!

 そんな私を見た土方さんは、優しく笑いながら、

「それはすまないことをした」

 と言った。

「でも、今しか言えねぇことがあるだろう? それを言いたかったんだ」

 それならいいんだけれど。


 箱館の夜は更けていった。

 そして、箱館総攻撃の当日をむかえた。

 

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