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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治2年5月
501/506

二股口から箱館へ

 原田さんが五稜郭へ行ってから間もなく、私たちのいる二股口にも矢不来の戦いの情報が入ってきた。

「援軍の要請の使者はどこかへ行っちゃったけど、悪いことを知らせる使者はちゃんとくるもんだね」

 沖田さんが山の上から下の様子を見てそう言った。

 ここからでも矢不来の戦いの様子を見ることが出来た。

 しかし、見下ろすにはあまりに遠くて、どちらが敵でどちらが味方かもよくわからず、勝っているのか負けているのかもわからなかった。

「あっちが味方だね。敗けているから」

「沖田さん、そんなことを言うもんじゃないですよ。もしかしたら勝っているかもしれないじゃないですか」

 私がそう言うと、クスクスと沖田さんが笑った。

蒼良そらこそ失礼だよ。もしかしたらなんて言い方」

 そ、そんないい方したか?したな。

「僕たちも五稜郭へ帰る時が来たかもね」

 矢不来の戦いが始まったと言う事は、そういう時かもしれない。

 この戦では、味方が敗ける。

 そして矢不来は敵の手に落ちる。

 そうなると二股口は帰路を失ってしまい、五稜郭が危険な状態になっても援軍に行くことも出来なくなってしまう。

「せっかく、二股口を守り切ったのに……」

 数日、銃で撃ち続け、それで熱くなった銃身を水で冷やしながら守り切った。

 ここにいるみんなにとって、思いの大きい場所だ。

「二股口を守っても、五稜郭が危なくなったらどうしようもないでしょ。さ、僕も帰る準備でもするか」

「沖田さんは、悔しくないのですか?」

 何事もなかったかのような言い方をする沖田さんにそう言った。

「そりゃ悔しいよ。でも、悔しがっていても何も始まらないじゃん。さ、支度、支度。でも、その前に……」

 沖田さんはそう言うと刀を出して、木に向かって刀を叩きつけた。

 ど、どうしたんだ?

「これで、少しはすっきりしたかな。全然足りないけれど」

 沖田さんはそう言って刀をしまい、荷造りをしに行った。

 きっと、沖田さんも悔しかったんだろう。

 だから、木に八つ当たりをしたんだ。

 ここには木しかないから。

 土方さんは、もっと悔しがるんだろうな。


 そして、とうとうその知らせが入ってきた。

 矢不来陥落。

 知らせが入った日の夕方、

「夜になり次第、ここから撤退をするっ!」

 と、土方さんはみんなに指示を出した。

 指示を出した後、土方さんも支度をするためみんなの前から姿を消した。

 私は土方さんが心配だったから、土方さんの後をついて行った。

「土方さん、大丈夫ですか?」

 ちゃんと冷静になっているかな?

 そう思いながら土方さんを見ると、普通だった。

「大丈夫かって、なんだ?」

「いや、何でもないです」

 冷静でよかった……。

 そう思って隣にある木を見ると、拳で殴ったような跡があった。

 これって、やっぱり土方さんが?

 木にこれだけの跡をつけるぐらいだから、相当強い力で殴ったんだろうなぁ。

 土方さんの手を見ると、赤くなって所々血がにじんでいた。

 自分の拳で強く殴ったんだから、自分の手だって傷つくに決まっている。

「大丈夫じゃないじゃないですか」

 土方さんの傷ついた手をとりながら言った。

「これぐらい、なめときゃ治る」

 そう言いながら、土方さんは手を引っ込めた。

 でも、心の傷は治らない。

「あのですね……。悔しい気持ちはわかります。私だって、あそこまで苦労をして守り切った二股口を、こんな簡単に手放すことは悔しいです」

「お前はこうなることを知ってたんだろ」

 それを言われると……。

「はい、知ってました」

 私がそう言うと、土方さんは少し笑った。

「お前もおかしい奴だな。こうなるとわかっていて一緒になって戦ってんだもんな」

「だって、もしかしたら勝つかもしれないと思ったから……」

「そうだよな。未来はどうなるかわからねぇもんな」

 土方さんはニヤリと笑った。

 土方さんにとっては未来だけど、私にとってはとても遠い過去の出来事になる。

「そうですよ。土方さんがそう言ったんですから」

「そうだったよな」

 そう言って、土方さんは夕焼けを見ていた。

 山の上から見下ろすように見る夕焼けは、すべてをオレンジ色に染めて綺麗な夕焼けだった。

 土方さんが穏やかに見えるのは気のせいなのか?

 でも、木についた拳の跡が悔しさを物語っているし……。

「あの、土方さん。実は、ここだけなのです。この戦で敵から守り切った場所は。だから、こんな形で撤退することになっても、胸を張っていいと思いますっ!」

「そ、そうか。別に胸を張ろうとかって思わねぇけどな。戦に敗けてるし」

 そ、そうなんだけど……。

「だ、だから……」

「わかってる」

 土方さんはポンポンと私の頭をなでた。

「俺だって悔しかったさ。あまりに悔しくて、木を殴りつけた」

 そ、それは、状況を見てわかりました。

「でも、お前見て変わった」

 えっ、私、何かしたか?

「お前がいてよかった」

 土方さんはまたポンポンと私の頭をなでた。

 あの……、訳が分からないのですが……。

「私、何かしましたか?」

「お前は、そのままでいい。未来を知っているくせに、それが悪い結果であろうとなかろうと、全力で取り組んでるんだもんな。えらいと思う」

 そ、そうなのか?

「私、えらいですか?」

 胸を張ってそう聞いたら、

「あ、今言ったことを忘れろ」

 と言われてしまった。

「ど、どうしてですかっ!」

「お前が調子に乗るからだっ!」

「別に調子に乗ってませんよっ!」

「今乗ろうとしてただろうがっ!」

 土方さんと言い合いをしていると、

「土方さーん」

 と、呼ぶ声がした。

「なんだっ!」

 土方さんと一緒に声のした方を見ると、沖田さんだった。

「なんだ、平気だったね。土方さんの事だから、僕より悔しがっているだろうと思って、一応、心配になって見に来たんだけど」

 いや、土方さんは悔しがっていた、はずっ!

「何言ってんだっ! 悔しいに決まってんだろうがっ! 必死に守り抜いた二股口を、あっさりと手放さねぇといけねぇんだぞっ! くそっ!」

 ガンッ!と、土方さんは拳で木を殴った。

「でも、ここで悔しがっている場合じゃねぇだろう。次は箱館を守り抜かねぇとな。こんなことをしている場合じゃねぇ。さっさと支度して五稜郭へ行くぞっ!」

 こんなことって、土方さんがしていたんだけど……。

 でも、次のことが見えていると言う事は、大丈夫ってことだ。

 沖田さんもそう思ったのか、私と目が合い、ニコッと笑ってくれた。


 日が暮れると同時に私たちは二股口を後にした。

「熊は夜に動くらしいから、五稜郭につく前に熊にやられないようにしないとね」

 歩きながら沖田さんが銃をさわってそう言った。

 熊って、夜行性なのか?

「俺もそれを聞いたことがある。朝になると近くに熊の物が落ちていたとかな」

 土方さんまでそんなことを言いだした。

 どうやら熊は夜行性らしい。

 そして、熊が夜出ると言いながら平気な顔をして歩いている土方さんと沖田さんが不思議だった。

「こ、怖くないのですか?」

「なんで? 別に怖くないけど」

「そんなもの、出る時は出るんだから仕方ねぇだろう」

 そ、そう言う問題なのか?

「せめて、熊に出会わないようにする努力をしましょうよ」

 二股口にいた兵は、二股口を守り切ったが、五稜郭への帰り道に熊に襲われて帰れなかったなんて歴史に残ったら、笑い物だからねっ!

「蒼良、熊に出会わないようにする努力って何なの?」

 沖田さんにそう聞かれ、私は必死に考えた。

 熊は、こちらから音を出すと、人間がいるとわかって近づかないって聞いたことがあるぞ。

 だから、熊よけの笛とかがあるらしい。

 でも、今はそんな便利な物はない。

 だから、自分で声を出すしかない。

「みんなで歌いましょうっ!」

 我ながらいい案だと思い提案をしたのだけれど、

「はあ?」

 と、沖田さんと土方さんに言われてしまった。

「なんで歌わないといけないの?」

「歌うと熊が来ねぇのか?」

「何か音が聞こえると、熊は近づいてこないと聞いたことがあるので」

「じゃあ、蒼良。頑張って歌ってね」

 えっ、そうなのか?

「頼んだぞ」

 土方さんはニヤリと笑ってそう言った。

 そ、そうなるのか?

 というわけで、山にいる間、ずうっと一人で歌っていた私。

 そして五稜郭についた時に気がついた。

 歌わなくても、四百名ぐらいの人間が山を歩いていたら、それなりの話声はするだろうから熊の方が警戒して出てこないよね。

 私が必死に歌っているとき、土方さんと沖田さんの肩が笑いをこらえるかのようにふるえていたけれど、そう言う事だったのか。


 私たちは熊に会う事もなく、無事に五稜郭へ到着した。

 そこで原田さんと再会した。

 原田さんの無事な姿を見てホッとした。

 土方さんは軍議に出ていない間、原田さんから矢不来の戦いの時のことを聞いた。

 そしてなぜか、お師匠様からは自分が敵をどれだけ倒したかという自慢話を聞かされた。

 お師匠様、現代の武器を持って戦ったらしいけど、どうやって持ってきたのだろう?

 それって犯罪になると思うのだけれど……。

 

 そしていよいよ五月になった。

 現代で言うと六月の中旬から下旬あたりになる。

 梅雨の時期だけれど、蝦夷には梅雨はない。

 

 土方さんは榎本さんたちとの話が終わったみたいで、私たちの所にやってくるなり、

「弁天台場へ行くぞ」

 と言った。

「はい」

 私が立ち上がると、

「弁天台場かぁ」

 と言いながら沖田さんが立ち上がり、

「弁天台場は新選組がいたよな」

 と言いながら原田さん立ち上がり、

「やれやれ、行くか」

 と言いながら、お師匠様まで立ち上がった。

「別に、お前らはいいぞ」

「僕は、土方さんについて行くんじゃなく、蒼良について行くんだけど」

 沖田さん、そうなのか?

「俺も蒼良の護衛のつもりだが」

「安心しろ。土方の護衛はわしがつく」

 お師匠様が土方さんの護衛につかなくても大丈夫だと思うけど。

「なんだ、お前ら。で、お前は行くのか?」

 土方さんにそう聞かれたので、

「行きますっ!」

 と言ってから土方さんを追いかけた。


 弁天台場には新選組の人たちがいた。

 土方さんはあっという間に新選組の人たちに囲まれた。

「京にいた時は、土方さんを怖がって逃げる隊士が多かったのにね」

 その様子を見た沖田さんがそう言った。

 京にいた時の土方さんと今の土方さんは違っていた。

「土方さんは、もともとああだったろう。京にいた時の土方さんが違ってたんだ」

 原田さんが土方さんを見ながらそう言った。

 しばらくは土方さんも、

「元気そうだな」

 と嬉しそうにしていたけれど、隊士の人たちが落ち着くと、本題を話し始めた。

「お前たちに有川への出陣を命ずる」

 土方さんから直接そう命令された新選組の士気は上がった。

 

 土方さんが有川出陣を新選組の人たちに命じたから、私たちも有川に行くと思いきや、ついた場所は佐野専左衛門さんと言う人の家だった。

「あれ? 有川に行くんじゃないのですか?」

 てっきり一緒に行くと思っていた。

「新選組がな」

「土方さんは、新選組と一緒じゃないのですか?」

 てっきり一緒に行動すると思っていた。

「新選組は大鳥さんの指揮下に入った」

 そうなんだ。

「数日、ここに滞在する」

 あ、そうなんだ。

 突然のお休みをいただいて、少し拍子抜けをしてしまった。


 私たちのいる佐野専左衛門さんは、場所請負人の一人だ。

 この場所請負人というのは、アイヌとの交渉権を持つ松前藩士が、その交易を商人に委ねて運上金を上納させる制度の事。

 お店の屋号を萬屋といい、店章を丁サと言う。

 私たちはここに四日まで滞在した。


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