矢不来の戦い
あれから、やっぱっり援軍は来なかったのだけれど、土方さんが援軍要請の使者を送ることはなかった。
土方さん、あきらめたのかな?
でも、あれからずうっと考え込んでいるから、あきらめたわけではなさそう。
いったいどうしちゃったんだろう?
「土方さんも、援軍をあきらめたみたいだね」
そんな土方さんを見ていた沖田さんがそう言ってきた。
「やっぱり、あきらめちゃったのですかね?」
「じゃないの? だって、使者を送ってないじゃん。ま、送ったって援軍は来ないと思うけどね」
そうなんだよね。
「俺はあきらめちゃいねぇぞっ!」
突然、土方さんがそう言ったので驚いた。
「えっ、あきらめてないの?」
沖田さんが驚いてそう言った。
「なんで俺があきらめねぇといねぇんだっ!」
「でも、使者を送って人が減るのも……って言ってましたよね?」
「だからって、このままで納得できねぇだろう。使者が帰ってこねぇのも気になる」
確かにそうなんだけど……。
「左之を呼んでこいっ!」
えっ、原田さん?
「左之さん呼んで何するの?」
沖田さんがそう聞いたけど、
「いいから呼んで来いっ!」
と、土方さんが言うので、原田さんを呼びに行った。
「えっ、土方さんが呼んでいる?」
原田さんはそう言って立ち上がった。
「俺に何の用だ? まさか、敵地へ行って偵察してこいなんて言わないよな」
「ま、まさか」
それはないと思うのだけれど。
原田さんを連れて土方さんの所へ行くと、土方さんは、
「左之に頼みがある」
と言って話をきりだした。
「話ってなんだ?」
「五稜郭へ援軍を頼みに行ってもらいたい」
えっ、原田さんに?
「俺にか?」
土方さんは、今まであったことを原田さんに話した。
「左之なら、五稜郭へ行っても帰ってこれると思い、頼んでいる」
確かに、原田さんなら普通の使者と違うから帰ってこれるだろう。
でも……。
「土方さん、原田さんをここから出すのは危険です」
もうすぐ、この山の下の方でも戦が始まると思う。
「そんなことは分かっている。でも、もう頼む人間がいねぇ」
そうなんだけれど。
「左之、行ってくれるか?」
歴史では、原田さんはもう亡くなっている。
だから、これから先、原田さんに何が起きるかわからない。
わからないから、安心して送り出すということが出来ない。
私は、原田さんに首を振った。
しかし原田さんは、
「わかった。俺が行って援軍を頼んでくればいいんだろう?」
と言った。
「援軍が出るかわからねぇが、出れば見っけもんだ。出なくてもそれがはっきりすればいい」
「いつ行けばいい? 今すぐか?」
原田さんが土方さんに聞くと、土方さんはうなずいた。
話しはどんどん進んでいく。
私は、どうすればいいんだろう?
原田さんについて行くか?
これから先に起こることを知っているから、危険を回避することならできるかもしれない。
土方さんは、二股口で死ぬことにはなっていないから大丈夫だろう。
「わ、私も原田さんと一緒に行きますっ!」
私がそう言うと、
「はあ?」
と、二人が私を見て言った。
「なんでお前が一緒に行くんだっ!」
土方さんがそう言って怒鳴った。
「蒼良は、ここにいたほうがいい。俺なら大丈夫だ」
原田さんは優しくそう言った。
「でも、危険な場所に行くのですよね? 土方さんならここで亡くなる人じゃないので大丈夫です。でも、原田さんはどうなるかわからないので心配なのです」
私は、正直に話した。
「だからって、お前がついて行くって言うのか?」
土方さんは、私をにらむように見てそう言った。
「はい。一緒に行かせてください」
「だめだっ!」
土方さんが即答した。
そう言われると思っていた。
「だめと言われても行きますっ!」
これは、大事なことなんだからっ!
「いや、行かせねぇっ!」
「行きますっ!」
「行かせねぇっ!」
しばらく土方さんとそう言うやり取りをしていた。
「あ、あのさぁ。行くのは俺なんだけど……」
原田さんのその言葉で言い合いが止まった。
「土方さん、俺も蒼良を連れて行くつもりはないから、大丈夫だ」
「ええっ、なんでですかっ?」
「なんでもくそもあるかっ! あぶねぇからに決まってんだろう」
「今までも危ない思いは何回もしてきましたから大丈夫ですっ!」
「そんな問題じゃねぇ」
「そう言う問題ですっ!」
「だから、行くのは俺だから……」
あ、そうだった。
再び、原田さんの言葉で言い合いが止まる。
「じゃあ、ちょっくら行って来る」
原田さんはスッと立ち上がって、近所に出かけていくかのように去って行った。
「あ、待ってくださいっ!」
原田さんを追いかけようとしたら、
「だめだって言ってんだろうっ!」
と、土方さんに強く腕をつかまれた。
「離してくださいっ! 原田さんが心配なんですっ!」
土方さんに強く腕をつかまれているので、原田さんを追いかけることが出来なかった。
「行くなっ!」
土方さんがそう言うと同時に、さらに強く腕を引かれ、私は土方さんの腕の中にいた。
「俺が、お前を行かせたくねぇのが、わからねぇのか? 俺の目の届かねぇ所にお前をやりたくねぇんだよっ!」
ギュッと土方さんが私を抱く腕に力が入った。
「行かせねぇっ!」
さらにギュッと力が入る。
く、苦しい……。
「あの……」
私の声で気がついたのだろう。
「あ、すまねぇ。つい、力が入っちまった」
その声と同時に、土方さんの腕の力が抜けた。
そこまで土方さんに言われると、もう原田さんの後を追いかける気もなくなった。
「左之なら、大丈夫だ。あいつもここで死ぬような奴じゃねぇよ」
土方さんは、私を腕の中に入れたままそう言った。
「でも原田さんの場合、私の知ってる歴史ではもう亡くなっているので、どうなるかわからないから……」
「それが普通だろう」
土方さんのその言葉に、私は土方さんを見上げた。
「誰だって、これから先に起こることは分からねぇだろう」
そう言われると、そうだよね。
「お前だって、死ぬかもしれねぇんだぞ」
そ、そうだよね……。
自分は例外だと思っていたけど、タイムスリップしたからって、命の保証はないもんね。
「だから、俺はお前を行かせたくなかったんだ。やっとわかったか」
「わかりました。私だから、大丈夫ってことはないのですよね」
「わかったのは、そっちか?」
えっ、違うのか?
「まぁいい。お前は俺と一緒にいろ」
土方さんはくしゃっと私の頭をなでて行ってしまった。
で……、何が違うんだ?
*****
二股口からいっきに山を下りて五稜郭に行った。
送った使者が帰ってこないと土方さんは言っていたが、ここまで使者の死体とかはなかったから、五稜郭まで使者が行っていることは分かった。
じゃあ、何で帰ってこないんだ?
それはこれから明らかになりそうだ。
五稜郭につき、榎本さんに取り次いでもらえるように頼んだ。
部屋に案内され、座って待っていると、榎本さんが入ってきた。
「君は、土方君のところにいる原田君だね。ここまでよく来てくれた」
榎本さんは嬉しそうにそう言ってくれた。
今のうちに援軍の要請をしたほうがいいだろう。
俺はその話をきりだそうとした。
しかし、
「これから矢不来で戦がある。木古内を奪回したが、あそこより矢不来の方が地形的に有利だから、わざわざ後退してきた。ここで敗れたら後がない戦になる」
と、戦の話をしだした。
「矢不来も大事だろうが、こっちも……」
援軍がほしいと言おうとしたら、
「土方君が原田君をここによこしてくれたことに感謝している。今は一人でも援軍がほしいときだからな」
と、話をさえぎられ、言う事だけ言って部屋から出て行ってしまった。
しまった、援軍を要請できなかった。
しかも、俺も矢不来の戦に参加することになってしまったぞ。
よその戦に参加している暇はないんだが、黙って二股口に帰ったら逃げたと思われ、土方さんの顔をつぶしそうだし。
参加するしかなさそうだな。
さっさと戦に貢献して勝ち戦にし、それから援軍を頼んで二股口に帰ろう。
というわけで、俺は他の人たちと一緒に戦の準備を始めた。
「原田じゃないか」
戦の支度をしていると天野先生に会った。
天野先生は戦の支度がすでに整っていた。
「天野先生も戦に行くのか?」
まさか、こんな年寄りが?
「わしが戦に行ったら悪いか?」
「いや、悪くはないが……」
「年寄りが戦に言ったらいけないという決まりもないじゃろう?」
確かにその通りだが……。
「足手まといにはなるつもりはない。もしかしたら、大きい戦力になるかもしれんぞ」
そう言うと、ワハハと天野先生は豪快に笑った。
「ところで原田はなんでここにいるんじゃ? 二股口にいるはずじゃろう?」
「実は……」
今まであったことをすべて天野先生の話した。
「なるほど。援軍は期待しないほうがいい」
あっさりと天野先生はそう言った。
「じゃあ、二股口はどうなるんだ?」
蒼良を置いてきてしまった。
大丈夫だろうか?
「二股口は何ともならんよ。援軍も来ないし攻撃されることもない。あのままじゃ。しかも、この戦は敗けるから、土方たちもここに戻ってくることになる」
この戦、敗けるのか?
「驚いたか? こんなに万全に準備をしていても、敗けるものは敗けるのじゃ」
「それは、歴史で負けることになっているってことか?」
「そうじゃ」
と言う事は、蒼良も戦に敗けることを知っているのだろう。
ただ、蒼良はあまりそういうことを言わない。
反対に天野先生は、これから起きることをこんなに簡単に話してしまう。
これはいいことなのか、悪いことなのかは俺は分からない。
「たぶんじゃが、土方が送った使者も、この戦に参加させられているんじゃろう。この五稜郭には、土方に送る援軍はもうない」
薄々、それはみんな分かっていた。
ただ、どこかでそれを認めたくないから、わざわざ口に出して言う人間がいなかった。
改めてそう言われると、やっぱりという思いしかない。
ところで……
「天野先生はなんで敗けるとわかっていて戦に参加するんだ?」
しかも戦う気満々で準備している。
「わしは、実際に会った歴史をこの目で見たいからじゃ」
歴史を見たいからって、見ると何かあるのか?
やっぱり天野先生が考えていることはよくわからない。
「原田もここまで来たんじゃから、一緒に戦に出よう。わしがいれば命の危険はない」
年寄りにそんなことを言われたのは初めてだ。
本当に大丈夫なのか?
俺の心配をよそに、天野先生は楽しそうに俺の支度を手伝っていた。
戦が始まった。
俺は大鳥さんの指揮の下に入った。
「戦が始まったぞ。これが矢不来の戦いか」
俺の横で、天野先生が四角いものを出して何かやっていた。
「天野先生、戦中に何やってんだ?」
「スマホで写真を撮っているんじゃ。写メってやつだ」
またわけのわからないことを言っている。
「原田も一緒に写れ」
そう言って四角いものを俺にも向けてきた。
「天野先生、戦中だぞ」
「知っておる」
本当にわかっているのか?
そう思っていると、敵の銃弾が飛んできた。
「危ないっ!」
かろうじて避けることが出来た。
「天野先生、戦中にそんなことをしていると、命を……」
とられるぞと言おうとしたが、天野先生から殺気がただよっていた。
「わしを年寄りじゃと思ってばかにしおって。仕返しをしてやる」
と言って天野先生が出したものは、見たこともない武器だった。
銃なのか?それを肩にかつぐと、そこから大量の銃弾が出た。
これは、未来の武器なのか?
天野先生が銃を撃つと敵も大量に倒れる。
なんせ、俺が弾を入れて撃つ間に、天野先生は十数人倒している。
「原田、驚いたか?」
敵を一通り撃った後、天野先生は俺の方を見てそう言った。
俺はうなずいた。
「未来では、戦はこれでやるのか?」
未来の戦って、どういう戦なんだ?
「そうじゃな。これよりもボタンじゃな。ボタン一つで戦になる」
天野先生は指で何かをおす動作をした。
ぼたん……。
俺は洋服についているぼたんを見た。
最近、やっと着るのに慣れてきて、ぼたんも簡単に留めれるようになった。
でも慣れるまでこのぼたんと言うやつを留めるのに時間がかかった。
未来は、これで戦をするのか?
「そのぼたんじゃない。こう、押すやつじゃ」
これじゃないのか。
そうだよな、これで戦をするとか想像できない。
じゃあ、押すぼたんってなんだ?
「あ、この時代はまだないかもな」
天野先生は笑いながらそう言った。
俺にはやっぱり訳が分からなかった。
「原田、ここは危ない。別な場所に行くぞ」
天野先生は俺の後ろの方の景色を見てそう言った。
後ろに何があるんだ?
そう思い、俺も後ろを見る。
海が見え、そこに船が浮いていた。
「あの船が何かあるのか?」
「あれは、敵の船じゃ。敵はあそこからも攻撃をしてくる。さ、行くぞ」
行くぞと言われても……。
「俺は逃げるつもりはない」
「誰も逃げるとは言っておらん。別な場所へ移動して、そこから攻撃をする。わしじゃって、まだ撃ち足りないからな。おい、みんなも一緒に行くぞ。ここは危ない」
天野先生は銃弾が飛び交う中走り出した。
何人か天野先生の後について走ったが、半分以上の人間がその場に残った。
俺も後をついて行った。
どれぐらい走っただろうか。
元いた場所を見ると、敵の船からの銃撃を受け、残っていた人間のほとんどが倒れていた。
「危なかったな」
俺の隣で天野先生がそう言った。
あのまま残っていたら俺も倒れていただろう。
「年寄りでもな、やるときはやるんじゃ」
ワハハと豪快に笑いながら天野先生はそう言った。
「天野先生にはまいったよ」
俺も一緒に笑った。
年寄りだから足を引っ張るかもしれないと思っていたが、逆に助けられてしまった。
まさか、海から敵の攻撃を受けると思っていなかった。
味方から多数の死者を出し、総崩れとなっていた。
そんな中、立て直すために榎本さんまで出てきたが、味方の敗走は止まらなかった。
そして、この日のうちに決着がついた。
俺たちは五稜郭まで敗走をし、矢不来は敵の手に渡った。
「土方さんの所に行かないと」
俺は五稜郭に着くなり急いで支度をした。
矢不来が敵の手に渡ったことで、二股口は退路を断たれる危険があった。
土方さんにも早く二股口から撤退をさせないと。
「原田が行く必要はない。土方の方から来るからここで待っていたほうが良い」
天野先生がそう言うのなら、待っていたほうがいいのか?
そう思った時、
「あ、原田さんっ! 無事でしたか? よかった」
と、蒼良の声が聞こえ、それと同時に蒼良が飛び出してきた。
「わしがおったから無事だったのじゃ」
天野先生が胸を張ってそう言った。
そう言う天野先生を信じることが出来ないのか、蒼良は軽くにらんでいた。
「天野先生の言う通りだよ。天野先生がいなければ、俺は海からの攻撃でやられていた」
「えっ、本当ですか?」
蒼良は心配そうな顔でそう言った。
「でも、大丈夫だった。ほら、どこも怪我してないだろう?」
俺の体を見回してから、蒼良はうなずいた。
「原田さんに怪我がなくてよかったです」
「おい、蒼良。わしの心配はしないのか?」
「お師匠様は、そんな簡単に死ぬ人じゃないでしょう」
「何言ってんだ。わしはそんなふうに育てた覚えはないぞ」
後は、蒼良と天野先生で弟子と師匠のやり取りをしていた。
「左之、榎本さんに聞いた。大変だったな。それと、俺のせいですまなかったな」
蒼良とのやり取りが終わると、土方さんがやってきた。
「いや、俺の方こそ、援軍を頼めなくてすまなかった」
「それは気にしなくていい」
土方さんはそう言って俺の肩を軽くたたいた。
矢不来まで敵の手に落ち、残るはこの箱館のみとなった。