佐々木さんとあぐりさん
8月になってすぐに、なぜか佐々木 愛次郎さんと一緒に、大坂に向かう舟乗り場がある川に向かって走っていた。
私の姿は、いつもの男装ではなく、女らしく着物を着ている。
なんでこんなことになったかというと…。
事の発端は、7月の末のこと、暑い日が毎日続き、自然と涼しい川辺へ足が向く毎日。
もちろん、私も川辺へ。そこに、佐々木さんが女性と一緒にいた。
佐々木さんは、壬生浪士組が出来た最初の方から隊にいる人だ。
新選組ファンなら、新選組美男子5人衆という5人の中の一人だとわかると思う。
確かにキリッとしていて、かっこいい。
そういう人なので、女性と一緒に歩いていても、不思議じゃない。
「あれは、新選組のやつじゃろう。」
この日は、お師匠様も一緒に川辺で涼んでいたので、横にいたお師匠様が、聞いてきた。
「ああ、佐々木さんです。佐々木 愛次郎さん。」
「なんじゃと?」
お師匠様は、その名前を聞いてとても驚いていた。
「あいつが、佐々木 愛次郎か。」
「かっこいいでしょう。」
「蒼良のんきなことを言っている場合じゃない。」
何かあったのか?
「隣にいる女性は、屯所の近くにある八百屋の娘、あぐりじゃ。」
「あぐりさんですか。美人さんですね。」
笑顔が似合う、美人さん。そんな感じの女性だった。美男子に美女、お似合いのカップルだ。
「だから、そんなのんきなことを言っている場合じゃないのだ。」
だから、何があったんだいっ!
お師匠様から、詳しい話を聞いた。
この、佐々木 愛次郎さんと、あぐりさんのカップルは、悲恋のカップルとして、新選組ファンのあいだでは有名らしい。
というのも、このカップル、デート中に芹沢さんたちに会い、なんと、お梅さんがいるのにも関わらず、あぐりさんを気に入ってしまい、自分の妾にしようとするらしい。
酒飲むだけでも暴れて大変なのに、このスケベおやじがっ!
あぐりさんの家にまで芹沢さんが行き、もう妾になるしかないのか?というときに、最近芹沢さんとつるんでいる佐伯さんが、佐々木さんに、あぐりさんを連れて逃げるようにとアドバイスをするらしいのだけど、それが罠で、あぐりさんと一緒に逃げている佐々木さんを殺し、あぐりさんは舌をかんで死んでしまったらしい。
「なんて、悲しい話なんですかっ!」
「そうじゃろう、悲しいだろう。わしは、この二人を助けたいのじゃ。」
そうか、タイムスリップしてきているのだから、助けることができるかもしれない。
「助けられるかわからんが、歴史を変えられるかもしれん。」
「お師匠様、助けましょう!」
このお似合いカップルに、悲しい話は似合わない。
という訳で、私たちの、佐々木さんとあぐりさんをハッピーエンドに大作戦が始まったのだった。
屯所で佐々木さんを見つけた私は、
「この前、女性と歩いているところを見かけましたよ。」
と、話しかけた。
「ああ。」
佐々木さんは照れていた。
「近所の八百屋の娘さんで、名前をあぐりといいます。」
「綺麗な人でしたね。お付き合いしているのですか?」
「はい。一緒になりたい相手です。」
うわぁ、幸せそうだなぁ。
「でも、芹沢さんにあぐりさんをあわせない方がいいですよ。」
「えっ、どうしてですか?」
「あのスケベおやじが、あぐりさんを…」
「えっ、助平おやじ?」
はっ、芹沢さんは、局長だった。土方さんなら、一応局長なんだから、と、怒られるところだった。
「とにかく、あわせない方がいいです。あぐりさん美人だから、芹沢さんが気に入ってしまったら、大変ですよ。」
私がそう言うと、佐々木さんは
「あぐりのことを、そんなに高い評価してもらえて、嬉しいなぁ。」
と、照れ笑いしていた。だから、照れ笑いしている場合じゃないんだってばっ!
「絶対に、あわせないでくださいねっ!」
と、強く言ったら、驚きつつも、
「分かりました。」
と言ってくれた。
しかし、歴史を変えることは本当に難しい。
数日後、佐々木さんとあぐりさんはデート中に、芹沢さんたちにあってしまう。
「ちょいと、蒼良はんっ!」
ご機嫌ななめ気味のお梅さんに呼び止められた。
「な、なんですか?」
「あぐりって、どこの小娘なん?」
「えっ、なんであぐりさんを?」
「ええから、どこの小娘なんや?」
「近所の八百屋さんの娘さんです。どうしたのですか?」
「芹沢はんが、その小娘の話ばかりするんや。美人やったとか。」
ええっ!あってしまったのか?
「まさか、妾にするとか…」
「そんなん、うちの目の黒いうちはさせへんでっ!」
「もちろんですよ。あんな酒飲みスケベおやじの妾なんて、ダメですよ。」
「蒼良はんっ!芹沢はんのこと、悪う言わんといてっ!」
なんか、悪いことを言ったか?
とにかく、佐々木さんから話を聞かないと。
しかし、こういう時に限って、佐々木さんと話することができず、やっとあえたのが次の日だった。
佐々木さんは、色々あったみたいで、顔色が悪かった。
「芹沢さんとあってしまったようですね。」
「はい。あぐりを妾にしたいと言ってきました。」
まったく、お梅さんという人がいるのに。
色々話を聞いてみると、なんと、芹沢さんがあぐりさんの家に行き、直接両親と会って話をしたらしい。
佐々木さんにも、
「あぐりを妾にしたいから出せ。」
と言ったらしい。
思っていたより事態が進むのが早かったので、お師匠様のところに相談しに行った。
「何しておるっ!早く佐々木とあぐりを連れてこんかいっ!」
そう言われ、再び暑い中屯所に戻ったのだった。ああ、携帯があれば…。
「私もどうしていいのか、わからないのです。」
佐々木さんがすべてお師匠様に話たあと、そう言った。ここまでは、お師匠様から聞いた話通りに進んでいる。
「佐伯さんから何か言われましたか?」
私は、恐る恐る聞いてみた。
「はい。あぐりも連れて遠くに行ったほうがいいと。」
「それは、脱走しろってことですか?」
「そうですね。」
やっぱり、罠をはってきたか。
「お師匠様、どうすればいいのですか?」
「脱走するのじゃ。」
それは、佐伯さんの罠だって言っただろうがっ!それに、
「脱走したら、禁則にふれます。切腹させられるのですよ。」
私が言うと、お師匠様は、ふぉっふぉっふぉっと笑った。
「バレなければいいのじゃ。それに、規則は破るためにあるって言うしな。」
どこかの誰かが言っていたようなことを言った。誰が言ってたんだ?私か。
「わしに作戦があるのじゃ。」
お師匠様は得意そうな顔で言った。
「あぐりは、わしと一緒に大坂に行く舟乗り場で待つ。佐々木の方は、あぐりの代わりに刀が使える女と一緒に来るがいい。」
この時代に、刀が使える女っているのか?
「女じゃなくても、女装してもいいぞ。な、蒼良。」
私が一緒に行けってことか。
「蒼良さん、いいのですか?」
佐々木さんが心配して聞いてきた。
「大丈夫ですよ。元々男装しているし。」
「えっ?」
「元々女みたいな顔しているしって意味じゃよ。」
お師匠様ににらまれてしまった。
善は急げということで、お師匠様と話した次の日の夜には、お師匠様のところで女装をし、佐々木さんと一緒に走ることになったのだった。
「蒼良さんは、綺麗な顔をしているから、女装しても似合うだろうとは思いましたが、本当に似合ってますよ。」
「そんなことを言うと、あぐりさんに嫌われますよ。」
「もちろん、あぐりが一番ですが。」
ここでノロケ話か…。そういう状況でもないのだけど…。
そろそろ佐伯さんが出てくるのではないか?そう思っていたら、出てきた。
私はわかっていたので、やっぱり。って感じだったけど、佐々木さんは、知らなかったので、驚いていた。
「佐々木君、脱走は、禁則で切腹になっている。」
そう言って、佐伯さんは刀を出してきた。
「佐伯さん、どうして?色々相談にのってもらって頼りにしていたのに…。」
佐々木さんはショックを受けているみたいで、佐伯さんが刀を出しても、佐々木さんはまだ出していなかった。
その横で私が刀を出した。幸い、あたりが暗かったので、私のことはバレていないようだ。
「あぐりは、お前の女になるより、芹沢さんの女になる方が幸せだと思ったからだよ。」
佐伯さんはそう言い捨てると、刀で切りつけてきた。
それを私が横から払った。思いもかけないところからの反撃に、佐伯さんは驚いていた。
「あぐりが、刀を?」
正体がバレないうちに逃げないと。
しかし、お師匠様から大怪我をさせてはいけないと言われていたので、小手で佐伯さんの刀を落とした。
「佐々木さん、早く行きましょう!」
立ち尽くしている佐々木さんの手を引いて、急いでその場を離れた。
佐伯さんが後をつけてくるのを警戒し、直接あぐりさんが待っているところに向かわず、色々な小道を通り、佐伯さんが後をついてこないことを確認してから向かった。
舟乗り場には、お師匠様とあぐりさんが待っていた。
そして、色々荷物が積んである船が止まっていた。大坂に商品をおろす商人の船らしい。
「この船で大坂に行くのじゃ。大坂についたら、すぐに西へ向かえ。ただし、長州以外のところがいい。」
お師匠様は、何かが書いてある紙を佐々木さんに渡した。
「大坂についたら、この人物を頼るといい。」
「ありがとうございます。色々とお世話になりました。」
佐々木さんとあぐりさんが挨拶をした。
「幸せに暮らしてくださいね。」
「はい。」
二人は微笑み合いながら船に乗って行った。
「さて、後始末じゃ。」
後始末?何かやるのか?
お師匠様のところで元の姿に戻り、屯所に帰った。
後始末と言っていたけど、特になにもやらなかった。なんだったのだろう?
部屋に着くと、土方さんがいつものように書物をしていた。
「ただいま帰りました~。」
そう言って、敷いてある布団をめくると、なんと、藤堂さんがいた。
「うわぁっ!」
「あ、蒼良が帰ってきた。」
「なんで藤堂さんが?」
「天野先生に言われたんだ。お前が出たあとは、お前と姿が似ている者を布団に寝かしておけって。」
それで藤堂さんがいたのか。
「で、お前は何をやってきた?」
もしかして、後始末って、これか?
隠していてもいつかバレることだし、後始末とお師匠様が言っていたので、全部話した。
「なるほど。それで顔色を変えた佐伯がここに来たのだな。」
「えっ、佐伯さん、ここに来たのですか?」
「すごい勢いで、『蒼良はいるかっ!』って、きましたよ。」
藤堂さんが答えてくれた。
「俺が、平助が寝ている布団を指差して、体調が悪くてずうっと寝てると言ったら、出ていった。」
「それからまもなく、佐々木君が脱走したって大騒ぎになりましたよ。」
そうだったのか。
「でも、すぐに佐伯が殺して始末したって言ってたぞ。あぐりって女も。でも、二人共生きてんだよな。」
「はい。船で旅立ちました。」
「じゃぁ、佐伯がしくじったことを隠すために嘘をついたって事だな。」
なるほど、そういう話になっているのか。
そしてひとつ気になることがあったので、聞いてみた。
「あの…脱走は切腹ですか?」
「ああ、切腹だ。」
やっぱり、佐々木さんは切腹なのか。
「バレたらな。」
ん?バレたら?
「脱走した人間を追いかけるほど、こっちも暇じゃねぇ。運悪く見つかったら切腹だが、見つからなければそのままだ。」
「ということは、佐々木さんは…」
「西に行ったかもって言ってたな。俺たちが西にいかなければ見つからないだろう。ま、死んだってことになってるしな。死人が西にいるわけないしな。」
なんか、大丈夫そうだぞ。
「ただし、佐々木が見つかったら、お前も脱走を助けた罪で切腹だ。」
ええっ!そうなのか?
「死んだ人間が見つかったら、大変なことになるから、見つかることはないと思うよ。」
藤堂さんが慰めてくれた。
土方さんは、私の反応を楽しんでいるように笑っていた。
後始末って、このことか?
結局、佐々木さんが見つかることはなかった。
きっとどこかであぐりさんと幸せに暮らしているのだろう。
残暑が厳しい秋の空を見ながら、佐々木さんとあぐりさんの幸せを祈ったのだった。




