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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治2年4月
499/506

援軍

 蝦夷の所々で戦があったけれど、二股口は先日の大きな戦以降は特に戦はなかった。

 小競り合い程度の事はあったけれど、以前のように大きくなるようなことはなかった。

「とりあえず、平和、なのかな?」

 そうつぶやくと、隣にいた土方さんが、

「戦中に何が平和だっ!」

 といい、こつんと軽く私の頭を叩いた。

 確かに戦中なのだけれど。

「のんきに平和だって言ってられねぇぞ。援軍を五稜郭に頼んでいるが、返事が来ねぇんだからな」

 二股口を守り切ってから、また敵が攻めてくるかもしれないと思っていた土方さんは、榎本さんに援軍を頼んでいた。

 何回か使いの人に五稜郭へ文を持たせているのだけれど、その使いの人が帰ってくることはなかった。

「途中で何かあったのですかね? だから、五稜郭からも文が来ないとか……」

 そんなことはない。

 土方さんだって薄々わかっていると思う。

 今、私たちに援軍を送るどころの騒ぎではないと言う事。

 でも、それを口に出すと援軍が来ないと言う事を認めてしまう事になってしまいそうで言えなかった。

「熊に襲われたかもよ」

 いきなり後ろから沖田さんの声が聞こえてきた。

「熊……ですか?」

 山の中だし……、でもいるのか?

「あ、その顔は信じてないでしょう?」

 半信半疑ってところか?

「いるだろうな。今まで戦をしていたから熊の方も大人しくしていたんだろう。ここに来る途中で熊の物と思われるものが落ちていたしなぁ」

 土方さんまでそんなことを言うのか?

 ところで……

「熊の物って、何ですか?」

 爪とか?毛とか?

「蒼良、本当にわからないの? 食べると出るものがあるじゃん」

 沖田さんのその言葉でそれが何かわかった。

「い、いつの間にそう言うものを見つけていたのですか?」

「逆に、お前は全然目に入らなかったのか?」

 えっ?

「五稜郭からここに来る途中にいっぱい落ちていたじゃん」

 沖田さんにもそう言われてしまった。

 そ、そうだったか?

 でも、仮にそうだったとしても……。

「使いの人が、そう何人も熊に襲われることはないと思うのですが……」

「じゃあ、五稜郭の人が無視をしているってことだね」

 それを言いたくなかったから、言わないでいたのに。

「ま、総司の言う通りだな」

 土方さん、認めちゃったよ。

「でも、援軍が来ねぇと、こっちもこれ以上は守れねぇ。なにがなんでも援軍をよこしてもらわねぇとっ!」

 そう言うと、土方さんは文を書きはじめ、それをまた使いの人に持たせて五稜郭へ向かわせていた。

「もう、五稜郭はあてにできないと思うんだけどね」

 その状況を見た沖田さんが、ポツリと言ったその言葉がいつまでも耳に残っていた。


「蒼良、こっちこっち」

 土方さんの文を持った使いの人を見送った後、沖田さんにてまねきされた。

「何ですか?」

「ほら、これが熊の物だよ」

 沖田さんがそう言って指さしたものは、熊の出したものと思われるものだった。

 でも……。

「たぬきの物じゃないのですか?」

 熊とか言っているけど、案外たぬきの物だったりして。

「いや、たぬきはもう少し小さいよ」

 そ、そうなんだ。

「沖田さん、なんでそんなに詳しいのですか?」

「そんな、褒めなくてもいいよ」

 いや、褒めてないから。

 質問しているだけだから。

「それに、熊が出ても怖がることはないよ」

「なんでですか?」

 私が聞くと、沖田さんは銃を出してきた。

「こいつで一発撃てばいいだけじゃん」

「それじゃあ武士じゃなくてマタギじゃないですか」

「そうだね。この戦に敗けたら、マタギになろうかなぁ」

 えっ、そうなるのか?

「あっ、いいこと考えた。土方さんに教えてくる」

 沖田さんが走り出した。

「沖田さん、いいことって、何ですか?」

 沖田さんを追いかけながら私は聞いた。

「もしかしたら、援軍がいらなくなるかもよ」

 そ、そうなのか?


「ばかやろう」

 沖田さんが話し終わると、土方さんは一言そう言った。

「いい考えだと思ったんだけどなぁ」

 沖田さんが考えた作戦は、熊を三匹ぐらい撃ち、それを敵の本陣あたりに置いておけば、熊が出たと言ってみんな勝手に逃げるだろうと言うものだった。

「どうやって熊を三匹も捕まえんだ?」

「決まっているでしょう。この銃があるでしょう」

「お前はマタギか?」

 土方さん、私と同じことを言っている。

「お前も、笑っている場合じゃねぇだろう」

 私の顔が笑っていたらしい。

「すみません。でも、沖田さんはマタギになろうかなぁって言ってましよ」

「えっ、そんなこと言ってないけど」

 沖田さんは、私の言葉を否定した。

 さっき言っていたじゃないかっ!

 文句を言おうとしたら、

「蒼良が考えた作戦、だめだったね」

 と、逆に言われた。

 ええっ!あれは沖田さんがっ!

「お前が考えたのか?」

 土方さんにまで言われてしまった。

 だから、違うってっ!

「ほら、もう一回、作戦を練り直すよ」

 沖田さんは、私をひっぱって行った。

 わ、私にも反論させてっ!


 結局、反論の機会はなかった。

 沖田さんにしてやられた。

「蒼良」

 沖田さんに呼ばれたけれど、さっきのこともあり無視していた。

「蒼良ってばっ!」

 ええいっ!無視だっ!

「ほら、ここからよく見えるよ」

 何がよく見えるんだ?そんなことを言われると気になるじゃないかっ!

 と言う事で、沖田さんの横に立つと、箱館の町が見えた。

 函館山も見える。

「景色がいいですね」

「僕が見ているのは景色じゃないよ」

 えっ、そうなのか?

「ほら、見えるでしょ。敵の船が」

 えっ、船?

 そう言われると、海も見えて、そこにたくさんの船が浮かんでいる。

 外国の商船もあるのだろうけれど、明らかに艦船と呼ばれるものもある。

 そして、その艦船は多分敵の物だろう。

「また兵を積んで、江差かどこかで降ろすのかな。もしかしたら、箱館に直接降ろすかもね」

「それはまだないと思うのですが……」

 最終的にはそうなるだろうけれど、それは今ではない。

「でも、それも近いうちになる話でしょ」

 沖田さんにそう言われたのでうなずいた。

「ここから見ていればわかるよ。敵はどんどん兵を送りこんでいる。そして蝦夷のあちらこちらで戦をしている。僕たちの方は、その戦に手いっぱいで、ここに送る援軍も出せない。ここまでくると、もう先が見えてるね」

 遠くに見える海を敵の艦船がゆうゆうと通っている姿を沖田さんは毎日見ていた。

 だから、戦況も見えているのだろう。

「でも、みんなの前でそんなこと言ったら士気が落ちて土方さんに怒られるから、内緒だよ」

 沖田さんは人差し指を口の前に出してそう言った。

「わかりました」

 今は、士気を落とさないことが大事だと思う。

 それが敗ける戦いだとしても。

「あともう一つ、蒼良に見せたいものがあるんだ」

 もう一つ?なんだろう?

「これだよ、これ」

 そう言って沖田さんは、目の前にある木を指さした。

 その木には、大きな獣が爪でひっかいたような跡がついていた。

 も、もしかして……。

「熊が、この木をひっかいた跡とかですか?」

「あ、蒼良、よくわかったね」

 本当にそうなんだ。

「こ、この跡は、いつからついているのですか?」

「つい最近かな?」

 つい最近ってっ!

「つい最近まで熊が近くにいたと言う事ですか?」

「そう言う事になるね」

 なんか、急に怖くなってきた。


 今日も何事もなく日が暮れようとしていた。

 春になったとはいえ、夜になると一気に寒くなってきた。

 しかも山の中なので、下にいる時よりも寒い。

 こんなに寒くて暗い山の中なのに、土方さんの姿がなかった。

 どこに行っちゃったんだろう?

 ふと、横にある木を見たら、昼間に沖田さんに見せられた熊が爪でひっかいた木を思い出した。

 もしかして、熊に……

 ああ、もう嫌な予感しかしない。

「土方さーんっ!」

 大きな声で呼んでみた。

 近くにいたら声が聞こえると思うんだけど。

「土方さーんっ!」

 やっぱり、熊に……。

 歴史ではまだ亡くならないけれど、微妙に変わっている部分もあるから、もしかして……。

「なんだ?」

 あ、生きてたっ!

 でも、下の方から声が聞こえたけれど……。

「どこにいるのですか?」

「ここだ、ここ」

 だから、ここはどこだって聞いているのですがっ!

 声のした方へ行ってみると、私のいる場所から少し下の部分に土方さんが立っていた。

 よかった、熊に襲われたかと思ったよ。

「そんなところで何をしているのですか?」

 土方さんの所へ向かいながらそう聞くと、土方さんは空を見上げて、

「月を見ていた」

 と言った。

 えっ、月?

 土方さんの所に着き上を見上げると、ちょうど木と木の間から綺麗な月が出ていた。

「今日は満月なのですね」

 だから、いつもより周りが青白く明るく見える。

 この時代の夜は電気がないのでとっても暗いけれど、その代わり、月が満月に近くなるとだんだん夜が明るくなってくるということが分かる。

 この日も、明るい夜だった。

「今まで、色々な所で月を見てきたな」

「そうですね」

 京とか江戸とか……。

 今まで渡り歩いてきたところで月を見てきた。

「でも、蝦夷の月が一番綺麗に見える」

 そ、そうなのか?

 月は同じに見えるのだけれど……。

「蝦夷の中でも、ここから見る月が一番綺麗だ」

 うーん、やっぱり月は月だと思うのだけれど……。

「私は、どこの月も同じく綺麗に見えるのですが……」

 この時代の月は綺麗だ。

 ちなみに星も。

 新月の日の夜空を見ると、何も言えなくなるぐらい綺麗で、気がつくと口を開けて空を見上げていた。

「お前に月の綺麗さを話した俺が悪かった」

 ええっ、そうなるのか?

「私だって、月が汚いとは言ってませんよ。どこの月も同じく綺麗だと言ったのですっ!」

「蝦夷の月と京の月の違いが分かるか?」

 えっ、違いがあるのか?

「同じ月ですよ。だって、月は一つしかないじゃないですか」

 京の月も蝦夷の月も同じ月じゃないか。

 そう言う私を黙って見つめた土方さん。

 そして……。

「やっぱり俺が悪かった」

 と、ぼそっと言った。

 な、なんか私、悪いことを言ったのかっ?

「ところで、シノビリカってどういう意味か分かるか?」

 シノビリカ?初めて聞く言葉かも。

「何ですか?」

「蝦夷の先住民の言葉で、大変良いという意味だそうだ」

 蝦夷の先住民の言葉と言う事は、アイヌ語と言う事だろう。

 ところで、なんで急にそんなことを言いだしたのだろう?

「行くぞ。いつまでもここでつっ立ってたら、熊が出るぞ」

 そ、そうだ、熊がいるのだった。

 私はあわてて土方さんの後を追いかけた。

 

 土方さんは、ここで俳句を呼んでいた。

『シノビリカ いづこを見ても 蝦夷の月』

 月を見ていた時に思い付いた俳句だったのだろうか?

 というのも、この時の私は土方さんが発句をしていたことを知らなかった。


 そして、相変わらず援軍も来ず、特に大きな戦もなく朝になった。

 援軍要請の使者をまた出すのだろうか?と思い土方さんを見ていると、土方さんは使者を出す気配がなかった。

「援軍がほしいのに、使者に人を減らすのはもったいねぇだろう」

 それもそうだよね。

「ただ、なんでこっちから行った使者が帰ってこねぇのか、それは気になるな」

「それは、何かあったからじゃないのですか?」

 もしかしたら、使者が五稜郭まで行っていないのかもしれないし……。

 しかし、土方さんは私の言葉を無視して、ずうっと考え込んでいたのだった。

 な、なにを考え込んでいるのだろう?

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