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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治2年4月
497/506

鉄之助君、箱館を去る

 二股口の戦いが終わると、すぐに土方さんとその周りにいた人たちだけで五稜郭へ向かった。

 もちろん、私も一緒だ。

「この戦は、勝つと思うか?」

 五稜郭へ向かう途中、土方さんは小姓としてついてきていた鉄之助君にそう聞いていた。

「もちろん、勝ちますっ!」

 胸を張ってそう言う鉄之助君に、原田さんと沖田さんは笑った。

「勝つと思うじゃなく、勝ちますっ! と答えるところが鉄之助らしいね」

 沖田さんは、鉄之助君の頭をなでながらそう言った。

「なんでみなさん笑うのですか?」

「そうむきになるな。鉄之助のその思いも大事だが、戦を見極める力も大事だと思うぞ」

 原田さんが鉄之助君を諭すようにそう言った。

「私は、何かおかしいことを言ってますか?」

 鉄之助君のその言葉に、

「いや、おかしくねぇよ」

 と、土方さんが言った。

「勝つという気持ちは大事だ。だが、この戦は敗ける」

「土方先生、どうしてそんなことを思うのですか?」

「考えてもみろ。敵は戦で倒れても、すぐに援軍が来る。しかし俺たちの方は、戦で倒れたらどこからも援軍は来ねぇ。そうなると答えが分かってくるだろう」

 政府軍は、どんどん援軍を蝦夷に上陸させている。

 今、この瞬間にも船で何千という兵がやって来ている。

 しかし、私たちはここにいる人以外どこからも援軍は来ない。

 と言う事は、私たちが敵を倒しても敵は増えるばかりで、味方は減る一方となる。

 それは鉄之助君も分かったみたいで、黙り込んでしまった。

「だが、俺も武士だからな。敗けるからと言って戦を投げはしねぇよ。任されたところは絶対に守る」

 そう言った土方さんにみんなうなずいた。

 鉄之助君は、土方さんを尊敬のまなざしで見ていた。

 

 五稜郭に着き、土方さんは榎本さんに会い、その後あわただしく出かけて行った。

 他の人たちはそれを気にも止めなかったけど、私は横浜へ向かう外国船が止まっている港に行ったのだろうと思っていた。

 だって、歴史通りに事が動いていたらそろそろだと思うから。


 数日ぶりに家に帰ってきた。

 みんな、少ししかいられないことを薄々わかっているようで、家の中で各々自由に過ごしていた。

 鉄之助君も、私と土方さんにお茶を持ってくると、部屋を出て行った。

 私も、そろそろ夕飯の支度をしないとなぁ。

 そう思って立ち上がった時、土方さんが

「鉄之助を箱館から出す」

 と、私の目をまっすぐ見てそう言った。

 決意は固いと、その目が訴えていた。

「お前が驚かねぇ所を見ると、知っていたな」

「はい。知ってました」

「そうか」

 そう言って、土方さんはお茶を一口だけ飲んだ。

「鉄之助には、これを持たして彦五郎さんの所へ向かわせる」

 彦五郎さんは、土方さんのお姉さんの旦那さんで、今までも色々と助けてくれた。

 鉄之助君も、そこへ行けばとりあえずかくまってもらえるだろうと思って向かわせるのだろう。

 土方さんは、鉄之助君に持たせるものを出してきた。

 この前、写真屋さんで撮影した土方さんが一人で写っている写真と、髪の毛などだった。

 これは形見と呼ばれるものなのだろう。

「土方さん……」

 土方さんは、死んでしまうのか?

「そんな悲しい顔をするな。何かあった時のために送っておくだけだ。表向きはだけどな」

 本当の理由は、鉄之助君を逃すため。

 でも、ここまで用意したと言う事は、死ぬ覚悟も出来ているってことなのだろう。

「ここまで一生懸命になってついてきてくれた鉄之助だけでも助けたいんだ。あいつの未来をここでつぶすわけにはいかねぇからな」

 土方さんと近藤さんの小姓と呼ばれる子たちは、最初十二人ぐらいいた。

 それから色々あって、蝦夷に来たのはたった四人だった。

 そのうちの一人は、蝦夷に来た時に松前藩と戦をしたのだけれど、その時に行方知らずになってしまった。

 そして、その四人の一人である、玉置良蔵君は労咳で亡くなり、田村銀之助君は榎本さんの下で勉強をしている。

 最後に土方さんの元に残った小姓が、鉄之助君だったのだ。

 助けたいという思いも大きいのだろう。

「鉄之助を呼んでこい」

「別れを惜しむ暇もないのですか?」

「数日のうちに横浜に向かうという外国船を見つけたから、それに乗せる。船長には話をつけてある。こういうことは早いほうがいいんだ。俺たちだって、すぐ戦に戻らねぇといけねぇし」

 そうだよね……。

「わかりました」

 私は鉄之助君を呼びに行った。


「今日はその方に大事なる用事を命ずる」

 いつも以上にかしこまってそう言う土方さんに、ただ事じゃないと鉄之助君も思ったみたいで、表情に緊張が走っていた。

「何でしょうか?」

 鉄之助君がそう言うと、さっき私に見せた形見と呼ばれるものと、六センチぐらいの紙に「使いの者の身の上を頼み候 義豊」と書いてあるものと、二振りの刀を出してきた。

「それは、これから江戸の少し西にある日野宿、佐藤彦五郎という家に行き、これまでの戦況を申し伝える役目である」

 鉄之助君が驚いた表情で土方さんを見た。

 でも、そんな鉄之助君を無視するように、土方さんは話を続ける。

「今日、箱館湾に入ったかの外国船が、二・三日のうちに横浜に出帆すると聞いたので、船長に依頼しておいた。この写真と書付を肌身につけ、乗船して佐藤へ持って行け」

 そう言うと、土方さんはお金を出してきた。

「なお、金子を二分五十両渡す。日暮れも近い、時刻も良いからすぐに出立して、船に乗り込み、その出帆を待っていろ」

 今すぐにってことか?本当に別れを惜しむ暇がない。

「それは嫌ですっ!」

 鉄之助君は顔をあげてそう言った。

「ここで討死の覚悟を決めておりますから、誰か他の者にその事をお命じ下さい」

 鉄之助君はそう言うと頭を下げた。

 すると土方さんは立ち上がり、刀を手にした。

「わが命令に従わざれば、今討ち果たすぞっ!」

 土方さんは今にも刀を抜いて、本当に鉄之助君を斬ってしまうような状態だった。

 こんな怖い土方さんを見たのは、久しぶりだ。

 鉄之助君のために、再び鬼になっているのだろう。

 その権幕に負けた鉄之助君は、

「では、日野へまいります」

 と頭をあげてそう言った。

 その言葉を聞いた土方さんは笑顔になり、

「日野の佐藤は、必ずその身の上を面倒見てくれる。途中気を付けていけよ」

 と、優しく言った。

 刀は途中の路銀にするために持たせる物みたいで、路銀に替える店への紹介状も添えられていた。

 

 鉄之助君の旅の支度を手伝った。

「なんで、私だったのでしょうか? 他にも人はいるのに……」

 それを何回か聞きたいと思っていたのだろう。

 口に出そうとしてからためらっている姿を何回か見た。

 そして、支度も終わりに近づいてきたときに決意が出来たのだろう。

 やっと口に出してきた。

「それは、土方さんは鉄之助君に生きてほしいからだよ」

 私は、支度を手伝いながらそう言った。

「でも、私は、ここで討死する覚悟をしていました。土方先生と共にここにいたかったです」

 そうだよね、そう思っていたよね。

「土方さんも、鉄之助君と同じ思いだと思うよ。ただ違うのは、鉄之助君は一緒に討死する覚悟をしていたけど、土方さんは、鉄之助君を手放す覚悟を決めたと言う事かな」

「私を手放す?」

「土方さんは、鉄之助君の未来をここでつぶすわけにはいかないって言っていたよ。それは、鉄之助君にはこの戦で負ける未来じゃなく、新しい日本が出来ていく未来を見てほしいんじゃないかな。自分の代わりに」

「土方先生の代わりに?」

「そう。土方さんは、ここで死ぬつもりでいる」

 これは認めたくないけど、あの形見を見た時に改めてそう思った。

「自分が見れない未来を、鉄之助君に見てほしいんだと思うよ。他の誰でもない、鉄之助君に。だから、鉄之助君にこの用事を頼んだんだよ」

 きっとそうだと思う。

「私に、出来るでしょうか?」

「大丈夫。時間はかかると思うけど、ちゃんと佐藤さんの所に鉄之助君は着けるよ」

 歴史ではそうなるから、自信をもってそう言った。

「蒼良先生にそう言われると、心強いです」

 そう言われると私も嬉しい。

「ただ、写真をかまないでね」

「……えっ?」

 日野に届けられた土方さんの写真には、鉄之助君のものとみられる歯形がついているらしい。

 だからそう言ったのだけれど、鉄之助君からは、何を言ってんだ?この人、という顔をされただけだった。


「蒼良先生、お世話になりました」

 私は、鉄之助君を見送るために家の外に出た。

「他の人たちも呼んでこようか?」

 最後なのに、見送りが私だけって、なんか寂しすぎる。

「いや、別れがつらくなるのでいいです」

「それなら、せめて港まで見送らせて」

 一人だけの旅立ちなんて寂しいだろう。

「それも大丈夫です。これを路銀に替えないといけないので」

 鉄之助君は、土方さんからもらった刀を出してきた。

「蒼良先生」

 ずいぶん寂しい別れだなぁと思っていたら、鉄之助君が私の名前を呼んだ。

「なに?」

「土方先生のこと、よろしくお願いします」

 最後まで土方さんの事を……。

「わかったよ。土方さんの事は、まかせておいて」

 土方さんは、絶対に死なせないから。

「では……」

 そう言って鉄之助君が去ろうとした時、ふと、鉄之助君が玄関の隣の部屋あたりを見て立ち止まった。

 どうしたんだろう?

 そう思って私も鉄之助君が見ていた方を見ると、特に何もなかった。

 だ、大丈夫か?

 そう思って鉄之助君を見ると、すでに姿はなかった。


 あっけない別れだったなぁ。

 そう思って家の中に入ると、

「行ったようだな」

 と、突然声が聞こえてきたからすごく驚いて、飛び上がってしまった。

「び、びっくりしたじゃないですかっ!」

「すまん。で、鉄之助は行ったようだな」

「そんなに気になるなら、一緒に見送ればよかったじゃないですか」

 鉄之助君一人で行かせて。

「俺が出てって、あいつの決意が鈍ってもなぁ」

 土方さんの決意も鈍りそうだと思ったんだけど……。

 玄関から家に入った時に気がついた。

 玄関の隣の部屋の戸が開いていた。

 この部屋は、鉄之助君が見ていたあたりだ。

「もしかして、土方さんも見送っていたのですか?」

 この部屋から。

「俺は見送ってねぇぞ」

 いや、見送っていた。

 それに鉄之助君も気がついたから、一瞬だけこっちを見ていたんだ。

「やっぱり、土方さんも一緒に見送ればよかったのに」

「見送れるわけねぇだろうが」

 そうだよね。

 お互いの決心が鈍っちゃうもんね。


 その後、鉄之助君は日野に土方さんが頼んだ用事を成し遂げる。

 しかしそれは、今から三カ月ぐらい後の話。

 無事に日野に着いた鉄之助君は、三年ぐらい佐藤家のお世話になった。

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