蝦夷で花見
四月になった。
現代で言うと五月ぐらいの時期になる。
この時期になると、蝦夷にある花がいっせいに開花した。
以前、梅と桜が同時に咲くんじゃないか?と私が言ったら、思いっきり否定をしていた土方さんだったけど、本当に梅と桜が同時に咲いた。
「こんなことってあるんだな。梅と桜が一緒に咲くって」
野村さんの使っていた部屋から庭を見ていた土方さんが言った。
野村さんの部屋からは、庭に植えてある桜と梅の花が見える。
私は心の中で春の部屋と呼んでいた。
「桃も咲いてますよ」
その春の部屋からは桃の花も見えた。
「こういっせいに咲いたら、どれがどの花かわからねぇな」
「発句をする人がそんなことを言っていいのですか?」
「どの花も季語は春だろう。一緒だ」
そ、そうなんだろうけど……。
「こんなに庭が賑やかなのに、何もしねぇのもなんかもったいねぇな」
そうだよね。
せっかく綺麗に咲いているのに。
「花見でもしますか? せっかく咲いているのですから」
「お前もいいことを言うな。そうしよう。どうせならみんな呼んで賑やかにやろう」
みんなと言うのは、新選組の人たちの事かな。
「土方さん、たまにはいいことを言うね」
後ろから沖田さんの声が聞こえてきた。
「たまにはってなんだ?」
「たまにはって、その通りの言葉ですよ」
ニッコリと笑顔で沖田さんが言った。
そんなことを言ったら土方さんが怒ってしまうじゃないか。
「僕が人を集めますよ」
えっ、沖田さんが新選組の人たちを呼んでくれるのか?
「そうか、じゃあ頼んだぞ」
「沖田さんが人を呼ぶのなら、私はお酒を用意します」
花見と言ったらお酒が必要だろう。
「いや、お前は大量に用意しそうだからいい」
「でも、大量に用意しても全部飲んじゃうじゃないですか」
「お前がな」
「蒼良がね」
最後の言葉は沖田さんと土方さんが同時に言った。
そ、そうかなぁ、一応遠慮して飲んでいるんだけどね。
「酒は左之に頼む。お前は食べ物を用意してくれ」
「わかりました」
「蒼良、お酒が用意できないからがっかりしているでしょう?」
「な、なにを言っているのですか、沖田さん。がっかりなんてしてませんよ」
と、口で言いつつ、かなりがっかりしていたりする。
「よし、じゃあ頼んだぞ」
と言う事で、うちの庭で花見をやることが決まった。
花見をやる日、朝から台所にこもって料理を作った。
私はかまどが使えないので、鉄之助君たちがフォローしてくれた。
作るものを作り、やっと落ち着いてきた時、原田さんが台所に飛び込んできた。
「酒が、足りないかもしれない……」
えっ?
「そんな大酒飲みがいるのですか?」
「天野先生」
お師匠様……。
「私から遠慮するように言っておきます」
私だって遠慮しているんだからっ!
「天野先生だけじゃなくて、思っていたより人がたくさん来ているみたいで」
えっ?
「新選組だけじゃないのですか?」
「どう考えても新選組だけじゃないな、あれは」
そ、そうなのか?
「ちょっと見に行ってきます」
気になったので、お花見をしている場所に見に行ってみた。
チラッと最初は物陰からのぞいていたのだけれど、あまりの人の多さに驚いてしまった。
これは、新選組だけじゃないわ。
だって、五稜郭で見たことある人が何人かいるもん。
「なんでこんなに人が集まったのですか?」
「俺も分からない。酒を頼んで帰ってきたら、こうなっていたから」
原田さんも分からないのか。
「土方君の屋敷はここでいいのか?」
後ろから突然声をかけられたので、思わず飛び上がってしまった。
飛び上がりつつ振り返ると、中島さんがいた。
「ここで間違いないみたいだな。今回は花見に招待していただき、ありがとうございます」
と、中島さんがていねいにお礼を言って頭を下げたので、私たちも頭を下げた。
「これは、つまみに持ってきた」
中島さんはそう言って、手土産を出した。
「ありがとうございます」
私はお礼を言ってそれを受け取った。
中島さんも来たと言う事は、絶対に新選組だけじゃない。
「それにしても見事な庭だ」
中島さんはそう言いながら、みんなが集まっている庭に入って行った。
ここに来る人たちは中島さんが来た後も増え続けた。
「どうなっているんだ?」
料理が足りるか心配している私の横で、原田さんは首をかしげていた。
「たくさん来ているね。よかった」
悩んでいる私たちの横から沖田さんが顔を出した。
そう言えば……。
「沖田さんが、人を集めるって言ってましたよね?」
「うん。だから集めて来たでしょ。うわ、ずいぶんたくさん来たね」
「新選組の人たちだけじゃなかったのですか?」
「誰も、新選組だけで花見をやるなんて言ってなかったよね?」
た、確かに。
「もしかして、集めすぎた?」
「もしかしても何も、見りゃわかるだろう。集めすぎだ」
「左之さんがそう言うのなら、帰ってもらおうか」
そう言って沖田さんがみんながいる方へ行こうとしたので、私と原田さんで止めた。
集めといて、今さら帰れもないだろう。
「酒を追加してくる」
原田さんがそう言って出て行った。
私も料理を追加しないと。
家にある分だけじゃ足りないから、仕出しを頼もうかな。
「たまには賑やかなのもいいでしょ」
沖田さんは集めすぎたという自覚がないのか、のんきにそう言っていた。
料理の方もなんとかなり、私もやっとお花見できそうだ。
お花見をしている庭に行く途中で土方さんに会った。
「おい、なんであんなに人がいるんだっ?」
そう聞きたくなるよね。
「沖田さんが集めてきたみたいです」
「総司のやつ……」
「帰れとも言えないので、そのまま楽しんでもらう事にしました」
「そうなるよな」
土方さんと話しながら庭に行くと、
「やあ。今日はありがとう」
と、後ろから榎本さんに声かけられた。
って言うか、榎本さんも呼んだのか?
隣には大鳥さんとフランス人のブリュネさんまで来ていた。
「これはブリュネからの差し入れです」
大鳥さんがそう言って、ワインを渡してきた。
「この血みたいな飲み物は、ワインってやつだな」
「血みたいなって……」
「血みたいな色しているだろう」
そう言うことを言うと、飲み気がなくなるだろう。
「君は、蒼良君に似ているけど……」
榎本さんが私に話しかけてきた。
女装をしているから、私が蒼良だってわからないのかな?
「こいつは、蒼良だ」
土方さんがそう言うと、なぜかシーンとなった。
こ、この沈黙は何?
「土方君、冗談がうまくなったな」
シーンとなった後に笑い声が響き、榎本さんがそう言った。
「なんで俺が冗談を言わねぇといけないんだっ? 本当にこいつが蒼良だ」
「蒼良さんがこんなおしとやかな女性なはずないでしょう。私たちと一緒に鉄砲かついで戦を切り抜けてきたのだから」
今度は大鳥さんがそう言った。
ブリュネさんは日本語があまり分かっていないようで、うんうんとうなずいているだけだった。
「でも、蒼良君に似ていると言う事は、蒼良君と血のつながりがある人なんだろう」
榎本さんは勝手にそう決めてしまった。
そ、そうなるのか?
「土方君も、いつの間にこんな綺麗な女性を手元に置いて、すみに置けないなぁ」
このこのっ!という感じで、大鳥さんは土方さんをすねで突っついた。
なぜかブリュネさんも一緒になって突っついていた。
「だから、蒼良だって言っているだろうっ!」
何回も土方さんはそう言ったけど、
「さて、花見を楽しむとしよう」
と榎本さんたちは言い、土方さんの話は聞いてもらえなかった。
「お前、お前が鉄砲かついで戦に出るから、こういう時に認めてもらえねぇんだろうがっ!」
榎本さんたちが言った後、土方さんが私にそう言った。
って、私のせいなのっ?
「す、すみません」
私のせいなら、謝っておいたほうがいいのか?
「いや、謝ることはねぇ。俺もお前に男装を続けさせていたからな。俺も同罪だ」
土方さんは自分で自分を言い聞かせるようにそう言った。
「ところで、ここにある料理は、全部お前が用意したのか?」
「はい。こんなに来るとは思わなかったから、仕出しも頼みました」
「でも、あのおいしそうな煮物は仕出しじゃねぇだろう?」
土方さんは、煮物を指さしてそう聞いてきた。
「仕出し料理と比べると見劣りしますよね」
プロが作ったものと私が作ったものはあきらかに違う。
「そんなことはない。俺はお前の煮物が一番おいしそうに見える」
そう言いながら土方さんは花見の席に着いたので、私も一緒に席に座った。
今までのやってきた花見よりも一番盛大な花見になった。
だって、桜以外の花も満開に咲きほこっていたから。
「綺麗」
花を見上げて思わずそうつぶやいた。
「蒼良、酒が足りないみたいだね」
沖田さんがそう言って徳利を置いて行った。
「あの、お猪口は?」
お猪口がないのですが……。
私がそう聞くと沖田さんはニッコリと笑った。
「蒼良にそんなものは必要ないでしょ」
そ、そうなるのか?
仕方ないから徳利でそのまま飲むか。
徳利に直接口をつけて飲んでいると、
「お前っ! 女でいる時ぐらい、そんな飲み方するんじゃないっ!」
と、土方さんがすっ飛んできた。
「お猪口がないって言われたので……」
「だからって直接飲むことはねぇだろうがっ!」
は、はい、すみません。
「土方さんも、そんなに蒼良を怒ることはないでしょう」
沖田さんがそう言ってお猪口を土方さんに出した。
「俺は酒が飲めねぇよ」
「蝦夷には美味しい湧き水が出るところがあるのですよ」
そのお猪口の中に入っているのが湧き水だって言うのか?
「へぇ、それがこの水ってわけか?」
土方さんもそう思ったみたいで、お猪口の中に水を一気に飲み干した。
「もう一杯」
お猪口の中身をからにした土方さんは、沖田さんに向かってお猪口を出した。
「はいはい」
沖田さんは徳利からお猪口に注いだ。
「それって、そんなに美味しいのですか?」
湧き水だって言っていたけど、おかわりするぐらい美味しいものなのかな?
「蒼良も飲んでみる?」
沖田さんに聞かれ、私はうなずいた。
お猪口に注いでもらい、それを口にした。
こ、これって……。
「お酒じゃないですかっ!」
「僕は、これが湧き水だって言ってないけど」
そ、そうだったか?
そう言えば、土方さんはお酒に弱かったんじゃなかったか?
心配になってみると、案の定、目がすわっていた。
よ、酔ってるよ。
「土方さん、大丈夫ですか?」
私が声をかけると、目を座らせたまま私を見た。
そしてそのまま倒れこんだ。
土方さんの頭が、そのまま私の膝の上に乗った。
「あ、ずるいっ!」
沖田さんがそう言って土方さんをどかそうとしたけれど、どかしてもなぜか土方さんの頭は私の膝にのっかった。
「沖田さん、土方さんも酔っているので」
許してあげて。
「僕も酔っ払えばよかった」
と言って、沖田さんは行ってしまった。
そ、そうなのか?
次の日、頭を抱えて土方さんが起きてきた。
も、もしかしてお猪口二杯で二日酔いとか……。
「俺は昨日、酒を飲んだのか?」
「はい。沖田さんが湧き水だって言って飲ませたものがそうでした」
実際は、これが湧き水だって言っていないらしいのだけど。
「やっぱりあれか。怪しいと思っていたんだ」
思っていたならなんでおかわりまでしたんだ?
「お前、今日は暇だよな?」
「暇ですが……」
急にどうしたんだろう?
「出かけるぞ」
出かけるって……。
「土方さん、二日酔いじゃないのですか?」
「思い出させるな」
やっぱり二日酔いらしい。
「無理しなくていいですよ。いつでも出かけられるのですから」
「いや、今じゃねぇとダメだ。来い」
土方さんに手をひっぱられ、そのまま出かけて行った。
着いた場所は、丘の上にある桜の木の所だった。
前に来た時は全部蕾だったのに、今は見事に桜が咲いていた。
「綺麗……」
「見に来れただろう?」
土方さんに言われて、思い出した。
土方さんは、桜が咲いたら必ず見に来るって言っていたのだ。
私は、そう言う暇があるかわからないと言ったけど、暇を作るって言っていたのだ。
「本当だ、見に来れましたね」
私がそう言うと、土方さんは、どうだと言わんばかりに胸をはっていた。
「見事だろう?」
「見事です」
見に来れてよかった。
「これから忙しくなりそうだぞ」
「そうですね」
蝦夷を舞台とする戦が近づいてきていた。
きっとこれから先、こうやってゆっくりと二人で過ごす時間が無くなるかもしれない。
「だから、お前とこの桜を見たかった。二人だけの景色を心の中に入れておけば、これから先も乗り越えていけるだろう」
土方さんはそこまで考えていたのか。
「そうですね。こんなに見事な桜、きっと忘れません。私も土方さんと見れてよかったです」
昨日は賑やかな中で桜を見ていたけど、こうやって土方さんと二人で静かに桜を見るのもいい。
このまま時間が止まればいいのに。
そう思いながら、いつまでも桜を見ていた。