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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治2年4月
495/506

蝦夷で花見

 四月になった。

 現代で言うと五月ぐらいの時期になる。

 この時期になると、蝦夷にある花がいっせいに開花した。

 以前、梅と桜が同時に咲くんじゃないか?と私が言ったら、思いっきり否定をしていた土方さんだったけど、本当に梅と桜が同時に咲いた。

「こんなことってあるんだな。梅と桜が一緒に咲くって」

 野村さんの使っていた部屋から庭を見ていた土方さんが言った。

 野村さんの部屋からは、庭に植えてある桜と梅の花が見える。

 私は心の中で春の部屋と呼んでいた。

「桃も咲いてますよ」

 その春の部屋からは桃の花も見えた。

「こういっせいに咲いたら、どれがどの花かわからねぇな」

「発句をする人がそんなことを言っていいのですか?」

「どの花も季語は春だろう。一緒だ」

 そ、そうなんだろうけど……。

「こんなに庭が賑やかなのに、何もしねぇのもなんかもったいねぇな」

 そうだよね。

 せっかく綺麗に咲いているのに。

「花見でもしますか? せっかく咲いているのですから」

「お前もいいことを言うな。そうしよう。どうせならみんな呼んで賑やかにやろう」

 みんなと言うのは、新選組の人たちの事かな。

「土方さん、たまにはいいことを言うね」

 後ろから沖田さんの声が聞こえてきた。

「たまにはってなんだ?」

「たまにはって、その通りの言葉ですよ」

 ニッコリと笑顔で沖田さんが言った。

 そんなことを言ったら土方さんが怒ってしまうじゃないか。

「僕が人を集めますよ」

 えっ、沖田さんが新選組の人たちを呼んでくれるのか?

「そうか、じゃあ頼んだぞ」

「沖田さんが人を呼ぶのなら、私はお酒を用意します」

 花見と言ったらお酒が必要だろう。

「いや、お前は大量に用意しそうだからいい」

「でも、大量に用意しても全部飲んじゃうじゃないですか」

「お前がな」

蒼良そらがね」

 最後の言葉は沖田さんと土方さんが同時に言った。

 そ、そうかなぁ、一応遠慮して飲んでいるんだけどね。

「酒は左之に頼む。お前は食べ物を用意してくれ」

「わかりました」

「蒼良、お酒が用意できないからがっかりしているでしょう?」

「な、なにを言っているのですか、沖田さん。がっかりなんてしてませんよ」

 と、口で言いつつ、かなりがっかりしていたりする。

「よし、じゃあ頼んだぞ」

 と言う事で、うちの庭で花見をやることが決まった。


 花見をやる日、朝から台所にこもって料理を作った。

 私はかまどが使えないので、鉄之助君たちがフォローしてくれた。

 作るものを作り、やっと落ち着いてきた時、原田さんが台所に飛び込んできた。

「酒が、足りないかもしれない……」

 えっ?

「そんな大酒飲みがいるのですか?」

「天野先生」

 お師匠様……。

「私から遠慮するように言っておきます」

 私だって遠慮しているんだからっ!

「天野先生だけじゃなくて、思っていたより人がたくさん来ているみたいで」

 えっ?

「新選組だけじゃないのですか?」

「どう考えても新選組だけじゃないな、あれは」

 そ、そうなのか?

「ちょっと見に行ってきます」

 気になったので、お花見をしている場所に見に行ってみた。

 チラッと最初は物陰からのぞいていたのだけれど、あまりの人の多さに驚いてしまった。

 これは、新選組だけじゃないわ。

 だって、五稜郭で見たことある人が何人かいるもん。

「なんでこんなに人が集まったのですか?」

「俺も分からない。酒を頼んで帰ってきたら、こうなっていたから」

 原田さんも分からないのか。

「土方君の屋敷はここでいいのか?」

 後ろから突然声をかけられたので、思わず飛び上がってしまった。

 飛び上がりつつ振り返ると、中島さんがいた。

「ここで間違いないみたいだな。今回は花見に招待していただき、ありがとうございます」

 と、中島さんがていねいにお礼を言って頭を下げたので、私たちも頭を下げた。

「これは、つまみに持ってきた」

 中島さんはそう言って、手土産を出した。

「ありがとうございます」

 私はお礼を言ってそれを受け取った。

 中島さんも来たと言う事は、絶対に新選組だけじゃない。

「それにしても見事な庭だ」

 中島さんはそう言いながら、みんなが集まっている庭に入って行った。

 ここに来る人たちは中島さんが来た後も増え続けた。

「どうなっているんだ?」

 料理が足りるか心配している私の横で、原田さんは首をかしげていた。

「たくさん来ているね。よかった」

 悩んでいる私たちの横から沖田さんが顔を出した。

 そう言えば……。

「沖田さんが、人を集めるって言ってましたよね?」

「うん。だから集めて来たでしょ。うわ、ずいぶんたくさん来たね」

「新選組の人たちだけじゃなかったのですか?」

「誰も、新選組だけで花見をやるなんて言ってなかったよね?」

 た、確かに。

「もしかして、集めすぎた?」

「もしかしても何も、見りゃわかるだろう。集めすぎだ」

「左之さんがそう言うのなら、帰ってもらおうか」

 そう言って沖田さんがみんながいる方へ行こうとしたので、私と原田さんで止めた。

 集めといて、今さら帰れもないだろう。

「酒を追加してくる」

 原田さんがそう言って出て行った。

 私も料理を追加しないと。

 家にある分だけじゃ足りないから、仕出しを頼もうかな。

「たまには賑やかなのもいいでしょ」

 沖田さんは集めすぎたという自覚がないのか、のんきにそう言っていた。


 料理の方もなんとかなり、私もやっとお花見できそうだ。

 お花見をしている庭に行く途中で土方さんに会った。

「おい、なんであんなに人がいるんだっ?」

 そう聞きたくなるよね。

「沖田さんが集めてきたみたいです」

「総司のやつ……」

「帰れとも言えないので、そのまま楽しんでもらう事にしました」

「そうなるよな」

 土方さんと話しながら庭に行くと、

「やあ。今日はありがとう」

 と、後ろから榎本さんに声かけられた。

 って言うか、榎本さんも呼んだのか?

 隣には大鳥さんとフランス人のブリュネさんまで来ていた。

「これはブリュネからの差し入れです」

 大鳥さんがそう言って、ワインを渡してきた。

「この血みたいな飲み物は、ワインってやつだな」

「血みたいなって……」

「血みたいな色しているだろう」

 そう言うことを言うと、飲み気がなくなるだろう。

「君は、蒼良君に似ているけど……」

 榎本さんが私に話しかけてきた。

 女装をしているから、私が蒼良だってわからないのかな?

「こいつは、蒼良だ」

 土方さんがそう言うと、なぜかシーンとなった。

 こ、この沈黙は何?

「土方君、冗談がうまくなったな」

 シーンとなった後に笑い声が響き、榎本さんがそう言った。

「なんで俺が冗談を言わねぇといけないんだっ? 本当にこいつが蒼良だ」

「蒼良さんがこんなおしとやかな女性なはずないでしょう。私たちと一緒に鉄砲かついで戦を切り抜けてきたのだから」

 今度は大鳥さんがそう言った。

 ブリュネさんは日本語があまり分かっていないようで、うんうんとうなずいているだけだった。

「でも、蒼良君に似ていると言う事は、蒼良君と血のつながりがある人なんだろう」

 榎本さんは勝手にそう決めてしまった。

 そ、そうなるのか?

「土方君も、いつの間にこんな綺麗な女性を手元に置いて、すみに置けないなぁ」

 このこのっ!という感じで、大鳥さんは土方さんをすねで突っついた。

 なぜかブリュネさんも一緒になって突っついていた。

「だから、蒼良だって言っているだろうっ!」

 何回も土方さんはそう言ったけど、

「さて、花見を楽しむとしよう」

 と榎本さんたちは言い、土方さんの話は聞いてもらえなかった。

「お前、お前が鉄砲かついで戦に出るから、こういう時に認めてもらえねぇんだろうがっ!」

 榎本さんたちが言った後、土方さんが私にそう言った。

 って、私のせいなのっ?

「す、すみません」

 私のせいなら、謝っておいたほうがいいのか?

「いや、謝ることはねぇ。俺もお前に男装を続けさせていたからな。俺も同罪だ」

 土方さんは自分で自分を言い聞かせるようにそう言った。

「ところで、ここにある料理は、全部お前が用意したのか?」

「はい。こんなに来るとは思わなかったから、仕出しも頼みました」

「でも、あのおいしそうな煮物は仕出しじゃねぇだろう?」

 土方さんは、煮物を指さしてそう聞いてきた。

「仕出し料理と比べると見劣りしますよね」

 プロが作ったものと私が作ったものはあきらかに違う。

「そんなことはない。俺はお前の煮物が一番おいしそうに見える」

 そう言いながら土方さんは花見の席に着いたので、私も一緒に席に座った。


 今までのやってきた花見よりも一番盛大な花見になった。

 だって、桜以外の花も満開に咲きほこっていたから。

「綺麗」

 花を見上げて思わずそうつぶやいた。

「蒼良、酒が足りないみたいだね」

 沖田さんがそう言って徳利を置いて行った。

「あの、お猪口は?」

 お猪口がないのですが……。

 私がそう聞くと沖田さんはニッコリと笑った。

「蒼良にそんなものは必要ないでしょ」

 そ、そうなるのか?

 仕方ないから徳利でそのまま飲むか。

 徳利に直接口をつけて飲んでいると、

「お前っ! 女でいる時ぐらい、そんな飲み方するんじゃないっ!」

 と、土方さんがすっ飛んできた。

「お猪口がないって言われたので……」

「だからって直接飲むことはねぇだろうがっ!」

 は、はい、すみません。

「土方さんも、そんなに蒼良を怒ることはないでしょう」

 沖田さんがそう言ってお猪口を土方さんに出した。

「俺は酒が飲めねぇよ」

「蝦夷には美味しい湧き水が出るところがあるのですよ」

 そのお猪口の中に入っているのが湧き水だって言うのか?

「へぇ、それがこの水ってわけか?」

 土方さんもそう思ったみたいで、お猪口の中に水を一気に飲み干した。

「もう一杯」

 お猪口の中身をからにした土方さんは、沖田さんに向かってお猪口を出した。

「はいはい」

 沖田さんは徳利からお猪口に注いだ。

「それって、そんなに美味しいのですか?」

 湧き水だって言っていたけど、おかわりするぐらい美味しいものなのかな?

「蒼良も飲んでみる?」

 沖田さんに聞かれ、私はうなずいた。

 お猪口に注いでもらい、それを口にした。

 こ、これって……。

「お酒じゃないですかっ!」

「僕は、これが湧き水だって言ってないけど」

 そ、そうだったか?

 そう言えば、土方さんはお酒に弱かったんじゃなかったか?

 心配になってみると、案の定、目がすわっていた。

 よ、酔ってるよ。

「土方さん、大丈夫ですか?」

 私が声をかけると、目を座らせたまま私を見た。

 そしてそのまま倒れこんだ。

 土方さんの頭が、そのまま私の膝の上に乗った。

「あ、ずるいっ!」

 沖田さんがそう言って土方さんをどかそうとしたけれど、どかしてもなぜか土方さんの頭は私の膝にのっかった。

「沖田さん、土方さんも酔っているので」

 許してあげて。

「僕も酔っ払えばよかった」

 と言って、沖田さんは行ってしまった。

 そ、そうなのか?


 次の日、頭を抱えて土方さんが起きてきた。

 も、もしかしてお猪口二杯で二日酔いとか……。

「俺は昨日、酒を飲んだのか?」

「はい。沖田さんが湧き水だって言って飲ませたものがそうでした」

 実際は、これが湧き水だって言っていないらしいのだけど。

「やっぱりあれか。怪しいと思っていたんだ」

 思っていたならなんでおかわりまでしたんだ?

「お前、今日は暇だよな?」

「暇ですが……」

 急にどうしたんだろう?

「出かけるぞ」

 出かけるって……。

「土方さん、二日酔いじゃないのですか?」

「思い出させるな」

 やっぱり二日酔いらしい。

「無理しなくていいですよ。いつでも出かけられるのですから」

「いや、今じゃねぇとダメだ。来い」

 土方さんに手をひっぱられ、そのまま出かけて行った。


 着いた場所は、丘の上にある桜の木の所だった。

 前に来た時は全部蕾だったのに、今は見事に桜が咲いていた。

「綺麗……」

「見に来れただろう?」

 土方さんに言われて、思い出した。

 土方さんは、桜が咲いたら必ず見に来るって言っていたのだ。

 私は、そう言う暇があるかわからないと言ったけど、暇を作るって言っていたのだ。

「本当だ、見に来れましたね」

 私がそう言うと、土方さんは、どうだと言わんばかりに胸をはっていた。

「見事だろう?」

「見事です」

 見に来れてよかった。

「これから忙しくなりそうだぞ」

「そうですね」

 蝦夷を舞台とする戦が近づいてきていた。

 きっとこれから先、こうやってゆっくりと二人で過ごす時間が無くなるかもしれない。

「だから、お前とこの桜を見たかった。二人だけの景色を心の中に入れておけば、これから先も乗り越えていけるだろう」

 土方さんはそこまで考えていたのか。

「そうですね。こんなに見事な桜、きっと忘れません。私も土方さんと見れてよかったです」

 昨日は賑やかな中で桜を見ていたけど、こうやって土方さんと二人で静かに桜を見るのもいい。

 このまま時間が止まればいいのに。

 そう思いながら、いつまでも桜を見ていた。 

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