箱館に帰港
箱館に帰ってくると、榎本さんたちが出迎えてくれた。
敗けたことは、外国の商船に乗る人たちから耳に入ったのだろう。
私たちには特に何も言わなかった。
ただ、寂しそうな笑顔を浮かべて、
「よく帰ってきた」
と言葉をかけてくれた。
そして、箱館に帰って来てから、高雄が自ら火をつけて投降したことを知った。
「お帰りなさい」
家に着くと鉄之助君とお師匠様が出迎えてくれた。
「お師匠様、また……」
歴史を変えることが出来なかったことと、野村さんを死なせてしまったことを報告しようとしたら、
「いい、わかっとる」
と、お師匠様には珍しく優しく言い、私の肩をポンポンと叩いた。
「よく帰ってきた。それだけで十分じゃ」
お師匠様、何か悪い物でも食べたのか?と一瞬思ってしまった。
「鉄之助、留守中何もなかったか?」
土方さんがそう聞くと、
「特に何もありませんでした」
と、鉄之助君が言い、私たちに中に入るようにうながした。
家に入るとホッとしたのか、どっと疲れが出た。
みんなもそうだったのか、各々部屋に入ると倒れこむように寝てしまった。
次の日、この海戦で亡くなった人たちが埋葬された。
野村さんも他の人たちと一緒に埋葬された。
野村さんの部屋を見に行くと、相馬さんがいた。
「相馬さん、何かありましたか?」
何か物を探している感じだったので、声をかけた。
すると相馬さんはビクッと肩を動かした。
お、驚かせちゃったかな……。
「あ、遺品と言うか、野村が何か残したものはないかと思いまして……」
あ、そうなんだ。
「何かありましたか?」
「いや、ありませんでした」
そうだよね。
ほとんどの人たちは着の身着のままで来ているから、亡くなっても遺品と言うものがないかもしれない。
「掃除したら出てくるかもしれませんよ」
と言う事で、相馬さんと掃除を始めたのだけれど、遺品と呼ばれる物は出てこなかった。
「やっぱりないですね」
相馬さんにそう声をかけた時、相馬さんは外を見ていた。
「この部屋、桜と梅の木が見えるのですね」
相馬さんにそう言われて私も外を見た。
梅の花は咲いていて、桜の花はピンクの蕾が大きくなってた。
この部屋からは、春が見えるんだぁ。
「野村も、もうちょっと生きていたら、この景色を見れたのになぁ」
そう言うと、相馬さんは座り込んで外をずうっと見ていた。
これはそおっとしておいたほうがいいのかな。
私は相馬さんに気がつかれないように部屋の外に出た。
きっと相馬さんはここで野村さんの思い出に浸っていたいのだろう。
一番仲が良かったから。
「蒼良先生、私はそろそろ失礼します」
台所にいると、相馬さんが顔出してそう言った。
「泊まって行かないのですか?」
てっきり泊まると思っていた。
「ちょっと行くところがあるので」
あ、そうなんだ。
「遺品がないのでこれを渡しに行こうかと思いまして」
そう言いながら相馬さんが出してきたのは、髪の毛の束だった。
えっ、髪の毛?
「野村が亡くなった時に少し切ってきました」
あ、野村さんの髪の毛なんだ。
渡しに行くとかって言っていたけど……。
「相馬さんが持っていたほうがいいんじゃないですか?」
野村さんと一番仲が良かったから。
「いや、私よりもこれを持つのにふさわしい方がいるので、その方に渡してきます」
「もしかして、遺品を探していたのも、その人に渡すために探していたのですか?」
「はい」
その人ってどんな人なんだろう?
なんか、気になるなぁ。
相馬さんより野村さんと仲のいい人なのかな?
ここには色々な人がいるからなぁ。
「野村さんが、相馬さんより仲良くしていた人なのですか?」
私が聞くと、相馬さんは一瞬考えこんでしまったけれど、
「そ、そうですね。そう聞かれるとそうだと思います」
と、答えてきた。
そうなんだ。
どこの隊の人なんだろう?
陸軍隊の人かな?
近藤さんに助命されてから野村さんは陸軍隊の人たちと行動を共にしていた。
「一緒に行きますか?」
私が気になっていると言う事が分かったのか、相馬さんが遠慮がちにそう聞いてきた。
「えっ、いいのですか?」
「その格好だとちょっと……」
あ、今は女装中だから男装をしていけと言う事かな。
そうだよね、陸軍隊の人に会うのなら、男装して行った方がいいよね。
「わかりました。着替えてきますね」
と言う事で、私も相馬さんと一緒に行くことになった。
「えっ、ここなのですか?」
「はい」
た、確かに野村さんがここに来ていたところを見たことはある。
着いたところは花街だった。
ここに陸軍隊の人が?
いや、違うだろう。
野村さんが好意を持っていた女性がいるのだろう。
その女性はこの花街の人なのだろう。
私は遠慮したほうがいいのかもしれない。
「あ、あのですね。私……」
帰りますね、と言おうとしたら、
「着きましたよ」
と、相馬さんが言って中に入って行ってしまった。
ええっ、そうなのかっ?
「蒼良先生も前に来たことありましたよね」
はい、ありました。
匂いたつような色気を持った牡丹さんがいるところだ。
「じゃあ入りましょう」
ほ、本当にいいのか?
相馬さんがドンドン中に入って行くので、私も中に入った。
中に入ると、
「あら、いらっしゃい」
と、色っぽい女の人が二人出てきた。
一人は相馬さんがいつも会っている人なのだろう。
相馬さんの腕にからみついていた。
もう一人の人は……。
「あれ?」
と言って、私の顔を見ていた。
もしかして、野村さんの……。
「今日は、客としてではなく、ちょっと話があって来ました」
相馬さんの様子と、野村さんがいないという現状で何かを察したのだろう。
二人の表情は硬くなった。
「どうぞ」
私たちは中に案内された。
「野村の形見、これしかありませんでした」
そう言って出してきたのは例の髪の毛だった。
「形見と言う事は……」
相馬さんの相手をしていた人がそう言い、隣に座っていた女の人は泣いていた。
「野村は、私を助けるために敵の船に乗り込み、味方の船に帰る時に撃たれて亡くなりました」
相馬さんも下を向いて涙をこらえていた。
私ももらい泣きをしてしまった。
「そうですか」
相馬さんの相手の人は冷静にそう言っていたけれど、隣に座っている人はもう泣き崩れていた。
「私のせいです。すみません」
相馬さん、それは違うっ!
私がそう言おうとした時、
「それは違いますっ!」
と、泣き崩れていた女の人がそう言った。
「利三郎さんは、相馬さんに生きてほしかったのですよ。そう言うお人でしたから」
その言葉に今度は相馬さんが泣き崩れた。
「すみません、すみません」
何回もそう言って謝っていた相馬さんを、
「主計さんは悪くないですよ。ほら、こちらに行きましょう」
と言って、相馬さんの相手の人が相馬さんを立ち上がらせ、部屋を出て行った。
相馬さんは、あの人にまかせたほうがいいだろう。
「わざわざ届けてくださってありがとうございます」
私と二人っきりになり、女性はそう言って頭を下げ、野村さんの髪の毛を大事そうにしまった。
その時、玄関の方から
「ここに二人連れが来ただろう。いるか?」
という声が聞こえてきた。
この声は土方さんの声だ。
二人連れがどうのこうのと言っていたから、私たちを探しに来たのか?
女の人と一緒に玄関まで行くと、牡丹さんも例の色気をムンムンさせて出てきていた。
牡丹さんと土方さんを会わせたくなかったなぁ。
とにかく、ここは土方さんを牡丹さんから離そう。
「土方さん」
「あ、やっぱりここにいたか」
やっぱり私を探していたらしい。
帰りましょうと声をかけようとしたら、
「なんだ、お客さんの連れの方でしたか」
と、牡丹さんがチラッと私の方を見て言った。
連れと言われたら、連れになるのか?
「それなら、お客さんはあちらでこの子と楽しんでください。私がお連れ様を案内しますから」
ニコッと私の方を見て牡丹さんが笑顔でそう言った。
あれ?牡丹さんは私が女だって知っているから、私がここで遊べないことは知っているはずだ。
なのになんでそんなことを言うのだろう?
そう思っている間にも、土方さんの腕にからみついた牡丹さんは、土方さんを連れて奥の方へ行ってしまった。
ええっ!
「牡丹姐さん、あれは本気だわ」
本気って……。
「ほら、さっき来た人いい男だったじゃない? だから牡丹姐さん連れて行っちゃったのよ」
そ、そうなんだ……。
「で、あなたはどうするの? 他の子と遊ぶ?」
この人は私のことを男だと思っているようだ。
遊ぶと言われても、土方さんを連れて行かれちゃって遊ぶ気にもなれない。
ブンブンと首を振ると、
「今日は、わざわざ利三郎さんの髪の毛を届けてくださって、ありがとうございます」
と、頭を下げられてしまったので、もう帰るしかなさそうだ。
私は頭を下げて花街を後にした。
土方さん、どうなっちゃうんだろう。
やっぱり、牡丹さんと土方さんを会わせたくなかったなぁ。
だって、牡丹さんはすごい美人さんだし、色気もあるから、きっと土方さんは牡丹さんの事を好きになってしまう。
もう好きになってしまったかもしれない。
花街に来なければよかった……。
トボトボと一人で歩き、家に向かっていた。
「おいっ! 何一人で帰ってんだっ!」
突然、後ろから肩をつかまれた。
「ひ、土方さんっ!」
私の肩をつかんできた人は土方さんだった。
「牡丹さんと一緒じゃなかったのですか?」
「一緒だったさ。でもよ、俺はああいう女はちょっとな」
そ、そうなのか?
「向こうはなんか俺を好いていたようだが、惚れた女がいるからと断ってきた」
そ、そうなのか?ちょっと、いや、かなり嬉しくなってしまった。
「私はてっきり土方さんは牡丹さんに惚れて、一緒にいると思っていました」
「ばかやろう。俺の相手を勝手に決めるな」
ポンッと頭を叩かれてしまったけれど、全然痛くなかった。
「ところで、なんで土方さんは花街に?」
「お前こそなんであそこにいたんだ?」
そう聞かれたので、今まであったことを話した。
「そうか、それで行ったのか。俺は、お前が花街に入って行ったのを見たと言う奴がいて、それが本当なら大変なことになると思って心配してきたんだ。そしたら俺が大変なことになった」
「何があったのですか?」
「あの女、しつこくて断るのが大変だったんだ」
そうだったんだ。
「牡丹さん、本気で土方さんに惚れてたみたいなので」
一目惚れってやつだろう。
「お前も逃げるように帰ることねぇだろう。俺があのままあそこにいてよかったのか?」
「そ、それは嫌ですよっ!」
いいわけないだろうっ!
そんな私を見た土方さんは、
「そうか。お前がそう思っていてよかったよ」
と、嬉しそうにそう言った。
私は悲しい思いをしたり寂しい思いをしたりしたのに、なんで嬉しそうなんだ?
納得いかないまま、
「帰るか」
と言った土方さんに手を引かれて家に帰ったのだった。
土方さんは、家に帰ってもしばらく機嫌がよかった。
やっぱり、納得できないなぁ。