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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治2年3月
493/506

アボルダージュ実行

 歴史を変えるためなのか、土方さんは私にこれから先起こることを事細かく聞いてきた。

 今までになかったことだ。

「わかった。そうならないようにしねぇとな」

 全部聞き終わった土方さんは、そう言って立ち上がり、文机にずうっと向かっていた。

 それから土方さんは、野村さんの乗船を取り消した。

 野村さんを死なせたくなかったからだろう。

 後、銃をたくさん回天に積みこんだ。

 甲鉄に兵があまり乗り込めなかったときは、回天から銃を撃って甲鉄の乗組員を倒して船を乗っ取るつもりなのかもしれない。

 そして、沖田さんと原田さんも乗ることになった。

「鉄之助と野村は留守を頼む」

 土方さんは二人にそう言った。

「わかりました」

 鉄之助君はそう答えたけれど、野村さんは不服そうな顔をしていた。

「どうして私は留守番なのですか? 相馬は行くのに……」

 野村さんが土方さんに不満をぶつけるようにそう言った。

 そうだよね、本当は野村さんも一緒に行くことになっていたから、急にメンバーから外されて不満はあるよね。

「野村、戦も大事だが、留守を守るのも大事なことだ。俺はお前なら留守を預けることが出来ると思ったから、お前を残した。船に乗り込んで戦に行く人間よりも重要な仕事だぞ」

 土方さんも、お前はこの海戦で死ぬことになっている、なんて言えないから、野村さんに一生懸命そう言っていた。

「わかりました。留守を預かります」

 野村さんはそう言って納得してくれたけれど、どこか不服そうだった。

 そして、三月二十一日未明に箱館をでた。

 回天・蟠竜・高雄の順番で進み、三隻を大きな綱でつないで進んだ。

 

 とりあえず鮫村という、現代の青森県八戸市にある港に、偵察のため寄港することになった。

 そこに行くまでの船内では、海軍の人たちはわりと平気な顔をしていたけれど、陸軍の人たちは船酔いで何もできない状態だった。

 こんな状態で海戦なんて、大丈夫なのか?

「土方さん、大丈夫ですか?」

 もちろん、土方さんも船酔いだ。

 でも、土方さんはお師匠様からもらった酔い止め薬があるはずだけど……。

「薬、どこにありますか?」

 青白い顔をして個室で横になっている土方さんに聞いた。

「ばかやろう。今それを飲んだらもったいねぇだろう。あれは、戦の時に飲むんだ」

 もしかして、とっといてあるのか?

「でも、苦しいなら飲んだほうがいいですよ」

「あれ一錠しかねぇんだよ」

 そ、そうなのか?

 お師匠様ももっとたくさん持ってきてくれればよかったものを、なんてけちなんだ。

「お前は相変わらず平気なのか?」

「はい。大丈夫です」

 私は、なぜか船と日本酒には酔わない。

「じゃあ、船内にいる奴らの様子を俺の代わりに見て来てくれ」

「わかりました。でもほとんどの人が船酔いで倒れていると思いますよ」

 そう言いながら、私は土方さんの部屋を出た。


 みんながいる部屋に行くと、元気に歩き回っている人なんていなかった。

「蒼良は相変わらず元気だね」

 沖田さんが青白い顔でそう言った。

 沖田さんの隣には、桶に顔を突っ込んでいる人がいる。

「沖田さんも船酔いですか?」

 沖田さんに声をかけつつ、桶に顔を突っ込んでいる人の背中をさすった。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないよ。現地に着くまでに僕たちの方がばてちゃうよ」

 いや、沖田さんに聞いたんじゃないから。

「大丈夫です。ありがとうございます」

 返事があったから、大丈夫そうだ。

「水を持ってきますね。うがいをするとすっきりしますよ」

 桶から顔をあげた人を見ながらそう言うと、その人は

「何から何まですみません」

 と言って顔をあげた。

「あっ!」

 その顔を見て私は驚いた。

 なんと、その人は、

「の、野村さん。なんで?」

 そう、野村さんだったのだ。

「えっ、野村はずうっと僕の横にいたけど、何かあるの?」

 沖田さんがそう言った。

 いや、ずうっと僕の横にいたって、それならいるって教えてよっ!

「野村さんは、今回の作戦の人員に入っていないのですよ」

「えっ、そうなの?」

 沖田さんが野村さんに向かって聞くと、野村さんは仕方なさそうにうなずいた。

「でも、ここまで来たら土方さんも降りろとは言えないよねぇ」

 沖田さんの言う通りだ。

「なんで船に乗ったのですか?」

 野村さんを死なせたくないからメンバーから外したのに。

「相馬は選ばれているのに、なんで私は留守番なのですか? 留守も大事だと言われましたが、私は納得できません。留守なら鉄之助だけでもできます」

 そ、そうなんだけど。

「そうだよね、野村だって行きたいよね」

 事情を知らない沖田さんは、野村さんの肩をもってそう言った。

 とにかく、土方さんに知らせないとっ!


「なんだとっ!」

 船酔いの土方さんは私の話を聞いたら勢い良く起き上がった。

 しかしその後、気持ち悪くなったみたいで、再び横になった。

「くそっ、せっかく外したのに」

 土方さんは悔しそうにそう言った。

「鮫村で降りるように言い聞かす。野村を連れて来い」

 そう言うと、土方さんは起き上がった。

「大丈夫ですか?」

「俺が気持ち悪くて横になっているところを見せたら、士気が落ちるだろう。いいから連れて来い」

「わかりました」

 土方さんが心配だったけど、早く連れて来て説得させてから横になってもらったほうがいいだろうと思い、急いで野村さんがいる部屋まで行った。

 

 野村さんを連れて土方さんの部屋の前まで来た。

 土方さん、起きているだろうか?

 そう思って少しだけドアを開けて中にいる土方さんの様子を見る。

 土方さんは、怖い顔をして座っていた。

 お、怒っているよ、こ、怖いよ。

 そぉっとドアを閉める。

「どうしたのですか?」

 その様子を見ていた野村さんが聞いてきた。

 どうしたって、野村さんが勝手に船に乗ったから、土方さんが怒っているんじゃないかっ!

「何やってるっ! 来ているなら入れっ!」

 部屋の中から土方さんの怒鳴り声が聞こえてきた。

 来ているの、ばれてたよ。

 覚悟を決めていくしかないっ!

「野村さん、行きますよ」

「私はいつでも大丈夫です」

 野村さんは、私の横から手を出してドアを開けた。

 よく考えたら、私のせいで土方さんが怒っているんじゃなく、野村さんのせいで怒っているんだよね。

 じゃあ、私が怖がることはないじゃん。

 私も野村さんの後について部屋に入った。

「野村っ! 留守を頼んだはずなのに、なんでここにいるんだっ!」

 や、やっぱり怖いよ。

 私の事じゃないけれど、怖いよ。

「私も船に乗りたかったからですっ!」

 野村さんも、土方さんに負けない声でそう言った。

「お前は死にたいのかっ!」

 土方さんのその言葉にドキッとしてしまった。

 まさか、野村さんにお前はこの海戦で死ぬんだなんて言わないよね?

「死ぬ覚悟ならもうできていますっ!」

「なんだとっ!」

「近藤先生と一緒につかまり、一緒に処刑をされる予定でした。その時から死ぬ覚悟はできています」

 そうだ、野村さんは近藤さんと一緒に政府軍に投降し、近藤さんが処刑されるその時まで一緒にいたのだ。

 処刑される直前に、近藤さんが野村さんの助命をし、野村さんは助かったのだ。

「この命は、あの時になくなるものでした。しかしこうやって生きている。それは、近藤先生が私たちの仲間を助けるために生かしてくれた命だと思っています。仲間のためにこの命を使えるなら本望です」

 一瞬シーンとなった。

「お前が命を失っても、何も変わらねぇかもしれねぇぞ。誰のためにもならねぇかもしれねぇぞ。それでもいいのか?」

 土方さん、ずいぶん意地悪なことを。

 でも、土方さんも野村さんを船から降ろしたいんだよね。

「それでもかまいません」

 そして、またシーンとなった。

「わかった」

 土方さんが沈黙を破るようにそう言った。

「お前の覚悟は分かった。もう船から降ろすことはしねぇよ」

 そう言った土方さんを見ると、もう怖い顔ではなかった。

「ありがとうございます」

 野村さんはそう言って頭を下げ、部屋を出て行った。

「あそこまで言われたら、船から降りろとは言えねぇよ」

 ボソッと土方さんが言った。

「そうですよね」

 あそこまで言われたら、もう何も言えない。

「あいつは前衛に出さねぇ。それでいいよな?」

 自分で自分に言い聞かせるように土方さんは言った。

 私は黙ってうなずいた。

「なんか、急に気持ち悪くなってきた」

 土方さんは、口をおさえながらそう言った。

「さっきは大丈夫だったのですか?」

 桶を出して私が言うと、土方さんは桶を奪い取って顔を突っ込んでから、

「船酔いのことをすっかり忘れてた」

 と言って、再び桶に顔を突っ込んだ。

 船酔いって、忘れられるものなのか?


 出航した次の日に鮫村という場所についた。

 そこで、政府軍の甲鉄が宮古湾にいるという情報を手に入れる。

 私たちは宮古湾目指して出航をした。

 しかし、途中で嵐に遭遇してしまった。

 三隻の船をつなぐ大繩は切れてしまい、固まって移動していたのに、バラバラになってしまった。

 嵐の中の船内は揺れがすごく、船に慣れている海軍の人たちも何人か船酔いになっていた。

 もちろん、土方さんの船酔いもひどくなっていた。

 しかし、艦長の甲賀さんの所に様子を聞きに行くときは、部屋で桶をかかえて寝ている人とは思えないぐらい、ピンと背筋を伸ばして船内を移動した。

「無理しなくてもいいと思うのですが……」

 本当は船酔いで歩くのもつらいのに。

 他の人たちには船酔いで倒れこんでいる姿を見せたくないらしい。

「無理しねぇと何も出来ねぇだろうが」

 そう言いながら船内を歩く土方さん。

 その間にも、船は嵐で大きく揺れる。


 艦長の甲賀さんは操縦室にいた。

「嵐はいずれおさまるだろう」

 甲賀さんは外を見ながらそう言った。

 波が船に襲い掛かってくる。

「この船は大丈夫か?」

「大丈夫だ。マストが一本折れたがな」

 土方さんが甲賀さんに聞くと、甲賀さんは自信たっぷりにそう言った。

 それって、大丈夫なのか?

 でも、この船が甲鉄に横づけすることになるのだから大丈夫なのだろう。

「それなら、嵐がおさまり次第、宮古湾の状況を確認し、作戦の練り直しだな」

 土方さんの言う通りになりそうだ。

「ところで、土方君の隣にいる、蒼良君と言ったか?」

 えっ、私?

 私、何かやったか?

 思わず土方さんを見ると、土方さんと目が合ってしまった。

 お前、何をやった?と、その目が語っていた。

「船がこんなに揺れていても船酔いしないとは。榎本さんの言う通りだな。海軍にほしい人材だ」

 榎本さん、そんなことを話していたのか?

「俺だって、これぐらい平気だっ!」

 土方さんが胸を張って言ったけれど、

「隠さなくても船酔いで苦しんでいるのは分かっている」

 と、甲賀さんに言い当てられてしまった。

「どうだ? 海軍に来ないか? 優遇するぞ」

 そ、そうなのか?

「こいつはどこにもやらねぇよっ! おい、行くぞ」

 土方さんは甲賀さんにそう言うと、私の手を強く引っ張って操縦室を出た。

「くそっ、お前も断れっ!」

「はい、すみません」

 一応、断ろうと思ったのだ。

 それより先に土方さんの方が行動が早くて、いつも断りそびれるんだけど……。

「それにしても、面白いぐらいにお前の言う通りに進んでいるな」

「あまりいい事ではないですが……」

「確かに。悪いことばかりだ」

 土方さんがつぶやくようにそう言うと、ウッと言って口をおさえてた。

「急に気持ち悪くなってきた」

 ええっ!

「さっきは平気そうだったじゃないですかっ!」

「さっきは気持ち悪いのを忘れてたんだよ」

 そう言う事って、本当にあるのか?


 嵐は二十四日におさまった。

 高雄とは合流できたのだけれど、蟠竜とははぐれてしまった。

 しかも合流できた高雄の方は、嵐で故障していて修理が必要な状態だった。

 宮古湾より少し南下した場所に山田湾と言う場所があった。

 そこに回天はアメリカ国旗を掲げ、高雄はロシア国旗を掲げて入港した。

 宮古湾に甲鉄が停泊しているという情報も入ってきた。

 蟠竜を待っていたら、目の前の敵はどこかへ行ってしまうかもしれない。

 そう言う焦りもあった。

 高雄は走行が可能だったので、蟠竜が合流できなくても、次の日の未明に高雄が甲鉄を襲撃し、回天は周りの艦船を牽制するという作戦に変更して実行することが決まった。

 

 夜明け前。

 回天は宮古湾の沖にいた。

 高雄が来るのを待っていたのだけれど、高雄は遅れていた。

「高雄はまだか?」

 土方さんが沖の方を見ながらそう言った。

「来そうにないな」

 甲賀さんも同じ方向を見てそう言った。

 高雄は山田湾を出て宮古湾に向かう途中でまた故障してしまい、さらに速度が落ちてしまった。

 だから、回天が先に甲鉄を襲撃し、後から高雄がそれに合流するという作戦に変更された。

 そして先に宮古湾沖に着いた回天は高雄が来るのを待っていたのだけれど、これ以上待つと夜が明けて明るくなり、襲撃も難しくなると言う事で、回天だけで襲撃することになった。

「攻撃するなら今だろう。敵の艦船は機関の火を落としている」

 甲賀さん、そんなことまでわかるのか?

 土方さんもそう思ったみたいで、驚いた顔で甲賀さんを見ていた。

 そんな甲賀さんを目が合い、

「煙突から煙が出ていないだろう。この状態から船を動かすとなると時間がかかる。だから、攻撃をするなら今だろう」

 と、説明してくれた。


 アメリカ国旗を揚げたまま、回天は甲鉄に近づいた。

「アボルダージュっ!」

 甲賀さんが大きな声でそう言うと、アメリカ国旗が日章旗に変わった。

 回天は、横に水車のような物が出ている外輪船で甲鉄に横づけすることが出来なかった。

 甲賀さんは必死に回天を動かし、回天の先っぽを甲鉄の左側につけることが出来た。

 しかし、甲鉄は鉄で装甲されているので重く、海面に出ている部分が低い。

 そして回天は装甲されていないので甲鉄より軽く、海面に出ている部分が高い。

 回天の先が甲鉄につけることが出来たけど、回天と甲鉄の高低差が三メートルぐらいあった。

 これはどういうことかというと、本来なら一度にたくさんの兵を甲鉄に乗り込ませ、甲鉄を奪うという作戦が、甲鉄に乗り移る部分も狭いので少人数で、しかも高低差があるので、乗り移るのも時間がかかるという状態になった。

「こんなことになると思い、銃をたくさん積んでおいた。甲鉄に乗り込むことを考えずに、今は甲鉄から出てきた人間を撃てっ!」

 土方さんがそう言うと、何人かの兵は銃を持って撃ち始めた。

 しかし、乗り込むという作戦が頭に入り込んでいる人たちは、船の先に移動して甲鉄に乗り移る準備をしていた。

「土方先生、弾が甲鉄にあたりませんっ!」

 土方さんの元にそう言う報告が入ってきた。

「なんだとっ?」

 様子を見に行くと、弾が当たらないのではなかった。

 甲鉄は鉄の船なので、弾が跳ね返るのだ。

 これだと逆に跳ね返った弾にあたって怪我をしてしまう。

 その時に私の視界の端の方に、野村さんが船の先に移動する姿を捕えた。

「野村さんっ!」

 私は急いで野村さんの方へ行った。

「蒼良先生、何ですか?」

 これから敵地に乗り込むのに、邪魔をするなとその顔に書いてあった。

「野村さんは行ってはだめです。土方さんに言われませんでしたか?」

「土方先生からは、お前は甲鉄に乗り込むなと言われています」

 そうだろうっ!

「それなら、ここにいてくださいっ!」

「みんなが甲鉄に乗り込もうとしているのに、私だけここで見ていることはできませんっ!」

「でも、野村さんはここにいてくださいっ!」

「なんで蒼良先生まで……」

 野村さんがそう言った時、先に甲鉄に乗り込んでいた相馬さんが怪我をした姿が目に入った。

 敵も反撃を始めたみたいで、回天から甲鉄に乗り込む人たちを銃で撃ち始めていた。

「相馬……」

 野村さんが相馬さんの方を見てそうつぶやくと、走って船の先に移動していった。

「野村さんっ!」

 私も後を追うように移動した。

 船の先に着くと、野村さんが甲鉄に飛び乗ろうとしていた。

「野村さん、だめですっ!」

「相馬が怪我しているのに、黙って見ているだけなんてできないっ!」

 飛び乗る直前にそう言い、野村さんは甲鉄に向かって飛び降りた。

 私は回天から野村さんの姿を見下ろした。

 野村さんは相馬さんにとどめを刺そうとしていた敵の兵を斬っていた。

「相馬、大丈夫か?」

 野村さんがそう言って相馬さんを支える。

 そこにまた敵の兵が来る。

 相馬さんの代わりに野村さんが戦う。

 そこに原田さんが通りかかり、野村さんの手助けをするのだけれど、

「相馬が怪我をしているので、相馬をお願いします」

 と、野村さんが原田さんに言った。

「ここは、私が止めますからっ!」

「わかった。相馬を回天に乗せたらまた来る」

 原田さんはそう言うと、回天の方へ向かって行った。

 そうだ、原田さんと相馬さんを引き上げないとっ!

 私も急いで船の先に移動した。


 綱をおろし、何人かで相馬さんをひっぱりあげた。

 それから原田さんがあがってきた、その時。

 バンバンバンッ!と、さっきより多くの音が聞こえてきた。

 周りにいた政府軍の艦船の戦闘準備が整ったらしく、回天は政府軍の船に囲まれようとしていた。

 私たちを指揮していた甲賀さんは血まみれになっていた。

 腕と胸を撃ち抜かれていた。

 それでも変わらず指揮を出していた。

 しかし、次の一撃で頭を打たれ、倒れこんでしまった。

「作戦中止っ! 撤退するっ!」

 荒井さんがそう叫び、船を操縦し始めた。

 待ってっ!まだ野村さんが甲鉄にいるっ!

 船の先に移動すると、沖田さんが綱につかまってぶら下がり、野村さんに向かって手を出していた。

 その手につかまった野村さん。

 そのままの状態で綱をひっぱりあげられていた。

 野村さん、助かった。

 沖田さんがいたから助かったのか?

 何で助かったかなんてどうでもいいや。

 助かったんだから。

 しかし、もう少しで回天に戻ってくるという時、野村さんは撃たれた。

 野村さんの腕の力が抜け、海に落ちそうになったけれど、沖田さんが素早く野村さんの手を握り返したので、そのまま回天に引き上げられた。

 船は甲鉄から離れ、速度を出して宮古湾から撤退をした。


 甲板に引き上げられた野村さんを見て、助かりそうもないと言う事はあきらかだった。

「野村……」

 怪我をしていた相馬さんは、野村さんの名前を呼んで手を握った。

「相馬……。無事か?」

 野村さんが息も絶え絶えそう聞くと、相馬さんは黙ってうなずいた。

「そうか。よかった……」

 相馬さんがうなずくのを見た野村さんはつぶやくそうにそう言い、静かに目を閉じた。

 そして、手の力が抜けたのか、相馬さんの手の中にあった野村さんの手がするりと下に落ちた。

「野村っ!」

 相馬さんが野村さんの名前を叫んで泣いた。

 それを見てもらい泣きをする人たちもたくさんいた。

 そんな人ごみの中から静かに去って行く土方さんの姿が見えた。

 土方さんが心配になり、後を追いかけた。

 土方さんは自分の部屋に入って行った。

 私も入ろうと思い、ドアに手をかけた時。

「くそっ!」

 という土方さんの声と、壁をこぶしで叩いたのか、ゴンッ!という音が聞こえてきた。

 ゴンッ!という音が何度も聞こえ、私は部屋の中に入ることが出来なかった。


 宮古湾海戦で甲鉄を乗っ取ることはできなかった。

 戦った時間は約三十分。

 撤退の途中ではぐれていた蟠竜と合流できた。

 しかし故障をしていた高雄は、撤退する回天を追いかけることが出来ず、追いかけて来た甲鉄と春日につかまり、乗組員は自分たちで船を焼き盛岡藩に投降した。


 箱館に向かう船の中は静かだった。

 夜になり甲板に出ると、土方さんがいた。

「冷えますよ」

 春が来たとはいえ、夜になるとまだ寒い。

「大丈夫だ」

 土方さんは真黒な海を見ながらそう言った。

 私も何も言わずに隣で海を見ていた。

「お前は、こんな悔しい思いを何回してきたんだ?」

 突然土方さんにそう聞かれた。

「えっ?」

 あまりに突然だったので、聞き返してしまった。

「お前は未来を知っていて、それを変えようとしてここまで来たのだろう? 今回のように変えたくても変えられねぇことが何回もあったんだろう?」

 土方さんのその言葉に私はうなずいた。

「俺は今回こんな結果に終わって悔しい。でも、お前はこの悔しさを何回も経験してきたんだろう?」

 私はまたうなずくと、土方さんは私の頭をなでてきた。

「お前はえらいよな。よくここまで頑張ってきたな」

 土方さんのその言葉に涙が出てきてしまった。

 今回は、土方さんも協力してくれたのに、海戦に負けるという歴史を変えることが出来なかった。

 でも、変えたことが一つだけある。

「歴史では、野村さんの遺体はここに残りませんでした。でも、今回は残りました」

 そう、野村さんが甲鉄ではなく回天で亡くなったので、遺体が手元にあるのだ。

「そうか。それならちゃんと葬ってやれるな」

 でも、野村さんが亡くなったことには変わりないので、土方さんの表情は悲しそうなまま変わらなかった。

 

 しばらく土方さんと甲板にいた。

 見えない未来を見るように、進行方向の真黒な闇と海をずうっと見ていた。 

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