写真を撮る
良蔵君が亡くなってから数日が過ぎた。
北辛夷の花はまだ咲いていた。
良蔵君が寝ていた部屋から北辛夷を見ると、切なくなって涙が出そうになる。
良蔵君が使っていた部屋は、布団をたたんでしまっただけで遺品整理とかそう言う事はしなかった。
というより、良蔵君の荷物はほとんどなかった。
そうだよね、みんな着の身着のままでここまでやってきたのだから、荷物なんでないのだ。
部屋にあるのは、沖田さんが折ってきた桜の枝と、それをさしてある花瓶だけだった。
部屋の中は外より暖かいせいか、枝についていた蕾はほとんど開いて満開になっていた。
ちなみに、外の桜はまだ全然咲いていない。
沖田さんも、よく一輪だけ咲いているのを見つけてきたなぁ。
良蔵君のために探してきたのだろう。
そう思うと、また切なくなってしまった。
「いないと思ったら、またこの部屋に来ていたのか」
切なくて泣きそうになっていると、土方さんがやってきた。
「探したんだぞ」
「どうしたのですか?」
何か用なのか?
「何も聞かずに、この着物に着替えろ」
そう言って土方さんが出してきた着物は、桜の絵の着物だった。
「こんないい着物をどこで手に入れてきたのですか?」
色は桜色と言うのか?薄いピンク色で、着物の手触りもいい着物特有の物だった。
「だから、聞くなって言っただろう」
いや、気になるだろう。
「借りてきたんだ」
そ、そうなのか?なんでまたこんないい着物を借りてきたんだ?
「それ以上聞くな」
何で聞いたらいけないんだ?
「何も言わずに着替えろ。いいな」
そう言って土方さんは部屋を出て行ってしまった。
何も聞くなと言われたけれど、もう疑問だらけで色々と聞きたいことだらけなのですがっ!
とにかく、着替えろと言われたから、着替えるか。
良蔵君が使っていた部屋を出て、土方さんが出してきた着物を着た。
着物を着たけれど、どうすればいいんだろう?
そう思っていると、
「似合ってんじゃねぇか」
と、タイミングよく土方さんが部屋に入ってきた。
「でも、頭が寂しいな」
かんざしがいくつかあったけど、みんな京に置いてきちゃったんだよね。
あの時は戦の前であわただしかったから。
「よし、買ってやる。行くぞ」
えっ、そうなのか?
「今後、使うかわからないし、また戦があるから、置きっぱなしになってしまいますよ。そうなると、捨てるのと同じことになるので、もったいないです」
「そんな事を気にしていたら、何も買えねぇじゃねぇか。気にするな」
いや、気にするから。
「行くぞ」
そんな私の思いとは逆に、土方さんに手を引かれて箱館の町に出たのだった。
「これがいい」
土方さんが色々なかんざしを私の頭にさして見ていた。
そして、お店の中で一番高そうなかんざしを選んだ。
「そんなここにお金をかけなくてもいいですよ」
いつ捨てることになるかわからないものにお金をかけるより、もっと別なところにお金をかけたほうがいいだろうと思うのだけど。
「お前は黙っておけ」
黙っておけって、つけるのは私ですからねっ!
「これが気にくわねぇか?」
そう言いながらかんざしを私の頭にさす土方さん。
「気にくわないとか、そう言う問題じゃないです」
「気に入ったのならいいだろう?」
そう言う問題でもないんだけど。
お店の人にお金を払うと、
「よし、行くぞ」
と言って、また私の手をひいてお店を出た。
「お前を連れて行きたい場所がある」
そう言われて連れてこられた場所は、少し高い丘の上に大きな桜の木がある場所だった。
「いい場所だろう? 京にいたころを思い出す」
土方さんが言っているのは、壬生にあった屯所の事だろう。
壬生の八木さんの家の近くに、大きな桜の木があった。
その下でみんなで花見をしたこともあった。
その場所に似ているといわれると似ているかもしれない。
「あの時は、みんないたな」
桜の木を見上げて土方さんがポツリとそう言った。
そう、あの時は近藤さんも永倉さんもみんないた。
今は、近藤さんは処刑されてしまったし、あの桜の木の下にいた時のメンバーがかなり変わってしまった。
「寂しいですね」
土方さんも、いなくなってしまうかもしれない。
もうこれ以上、人が亡くなるのは嫌だ。
「寂しいな。でも、俺たちは残された人間だからな。生きねぇとな」
土方さんはそう言うと、私の肩に手をまわして引き寄せてきた。
「近藤さんが亡くなったと聞いた時、俺はものすごく落ち込んだ。覚えているだろう?」
そう聞かれて私はうなずいた。
確か、会津に入ったばかりの時だ。
土方さんは足を撃たれて怪我をしてしまった。
怪我から熱が出たこともあってか、夜中にうなされてしょっちゅう目を覚ましていた。
その時の土方さんは、自分で自分をとても責めていた。
「でもよ。よく考えたら俺もいつかは近藤さんの所に行くんだよな。いつになるかわからねぇけど、でも近藤さんがいる場所に必ず行くときが来るんだよ」
人はいつかは亡くなる。
そのことを言っているのだろう。
「その時が来て、近藤さんに会った時、俺は胸を張って近藤さんに会い、色々と報告できるような生き方をしないといけないと思った。そのつもりで今日まで生きてきた。そしてこれからも生きていく。お前も、良蔵の所に行くときが必ずやってくる。その時に良蔵に色々報告してやらねぇといけねぇだろう?」
そうかもしれない。
いつか、いつになるかわからないけど、必ず会えるときが来ると思う。
その時に私も胸を張って報告しないと。
近藤さんにも、良蔵君にも、私より先に亡くなった色々な人たちに。
「落ち込んでいる暇はねぇぞ」
そう言った土方さんは、私の顔を優しくのぞき込んでいた。
「そうですね」
落ち込んでいる暇はないのだ。
「元気になったようだな」
「土方さんのおかげです。ありがとうございます」
綺麗な着物を着せて、ここまで連れてきてくれた土方さんは、私のことを考えてくれていたんだなぁ。
そう思いながら、桜の木を見上げた。
「まだ全部蕾ですね。でも、全部咲いたら、すごい綺麗だろうなぁ」
桜の木を見上げて私がそう言うと、土方さんも隣でなずいていた。
「この木の桜が全部咲いた時、また見に来るぞ」
えっ、そうなのか?
「そう言う暇があるかわかりませんよ」
だって、きっと戦でそれどころじゃないと思うから。
「何言ってんだ。暇は作るもんだろう?」
そう言って土方さんはニヤリと笑った。
ほ、本気で言っているのか?
「暇を作ってでも見に来るからな。その時はお前も一緒だ。付き合えよ」
わ、わかりました。
私に桜の着物を着せてここに連れてきてくれたのは、私に元気をくれるためだったのかな。
そう思い、
「今日は、ありがとうございました」
と、土方さんにお礼を言ったら、
「いや、まだ用事は終わっていない。むしろこれからが本当の用事だ」
と言われてしまった。
そ、そうなのか?
これからの用事って何だろう?
「もしかして、また鴻池さんの所にお金を借りに行くのですか?」
「なんでそうなるんだっ!」
用事がそれしか思いつかないのだけれど……。
着いたところは写真館だった。
そうだ、土方さんは箱館で写真を撮るんだった。
それが今日だとは思わなかった。
「幸い、総司にも左之にも見つからなかったな。あいつらに見つかったら、一緒に写るとうるさそうだからな」
そうだったんだ。
「お前と一緒に撮りたかったんだ」
えっ?
「私も一緒に写っていいのですか?」
「一枚、一緒に撮ってもらおう」
ええっ、いいのか?
「榎本さんたちも、写真を撮ったらしいぞ。その榎本さんは写真を撮ってもらったほうがいいと、色々な人たちにすすめているから、幹部の間で写真を撮ってもらうことがちょっとしたはやりになっている」
そうなんだ。
そう言われると、箱館で写真を撮ってもらった人が多いし、現代にも残っている。
でも……。
「私も一緒に写ってもいいのですか?」
「何言ってんだ。そのために綺麗な着物を着せたんだろう」
ああ、それで。
「てっきり、鴻池さんの所にお金を借りに行くのかと思いました」
「なんで金を借りに行くのに、綺麗な着物を着ねぇといけねぇんだ?」
そうだよね。
でも、それしか思い浮かばなかったんだもん。
「ただ、この着物は借りたがな」
あ、この着物、鴻池さんの所から借りたんだ。
着物の出所が分かり、少しほっとした。
土方さんが写真館のドアを開けた。
しかし、すぐに閉めた。
「どうかしたのですか?」
「今日はやめておこう」
ええっ、何があったんだ?
「蒼良、待っていたんだよ」
今度はドアが中側から勢いよく開き、沖田さんが出てきた。
「えっ、沖田さんも写真を撮りに来たのですか?」
「僕は、蒼良を待っていたの」
なんで、私たちが来ることを知っていたんだろう?
その疑問は、中に入ったら解決した。
「そろそろじゃないかと思っとったんじゃ」
まんべんの笑みのお師匠様と、
「写真なんて、初めて撮るなぁ。魂を抜かれるとかって聞いたことあるが、本当なのか?」
と、少し不安そうな顔をしてる原田さんがいた。
「別な日に出直してくる」
土方さんはそう言ったけれど、
「何言っとるんだ。撮ろうと思った日が吉日じゃ」
と、訳の分からないことを言うお師匠様に止められ、結局、この日に写真を撮ることになった。
写真を撮る人も、準備をして待っていたみたいだから、出直しと言う事になったら迷惑をかけていただろう。
写真を撮ってくれる人は、田本研造さんと言う人だ。
この人は、現在で言う三重県で生まれたのだけれど、勉強のために長崎に来て、そこから箱館に来た。
しかし、箱館で右足が凍傷してしまい切断する。
この時に出会ったロシア人の医師との縁で、写真師となる。
最初は土方さん一人で撮ってもらうことになった。
椅子に座る土方さん。
そこに繰り広げられている景色は、私たちの知っている土方さんの写真と同じだった。
「土方さん、かっこいい」
思わずつぶやいてしまった。
写真もかっこいいけれど、本物はもっとかっこいい。
「土方さん、魂抜かれますからね」
沖田さんが椅子に座っている土方さんに向かってそう言った。
「嘘つけっ! 近藤さんだって写真を撮ったが、魂は抜かれなかったぞ」
でも、土方さんもその時に魂が抜かれるとかって騒いでいたよな?
そして、写真なんて御免だって言っていたよな?
人って変わるものなのだなぁ。
「本当に魂を抜かれるのか?」
沖田さんの言葉を聞いた原田さんが、オロオロしながらそう言った。
「こんなもので魂抜かれていたら、今頃、榎本たちも生きてないじゃろう」
お師匠様の言う通りだ。
私たちがワイワイと言い合っている間に、土方さんは写真を撮り終えた。
「あ、早かったですね」
「いや、お前たちが時間を忘れて話し込んでいたんだろうが」
そ、そうなのか?
写真師の田本さんを見ると、ニッコリと笑っていた。
「次はどうしますか?」
田本さんが私たちに聞いてきた。
「次はこいつと一緒に……」
と、土方さんが言っている途中で、
「せっかくじゃから、みんなで一緒に写ろう」
と、お師匠様が土方さんの言葉を消すようにそう言った。
「そうだね。せっかく来たんだし」
沖田さんがそう言いながら、土方さんが座っていた椅子の方へ歩いて行った。
「魂は抜かれないようだからな」
そう言った原田さんは、チラッと土方さんを見てから椅子の後ろへ立った。
「年寄りは座らせてくれ」
お師匠様はそう言いながらちゃっかり椅子に座っている。
「じゃあ、皆さんで撮りましょう」
田本さんが撮影の準備を始めた。
「せっかく来たのに、くそっ」
そう言いながら土方さんは、田本さんが出してくれた椅子に座る。
「お前も来い」
土方さんに呼ばれ、私もお師匠様の隣に用意されていた椅子に座る。
「じゃあ、撮りますよ」
これは、私の知っている歴史にない部分だ。
そう思いながら、カメラのレンズを見つめた。
「さて、みんなで写真も撮ったし、帰るか」
お師匠様がそう言って外に出て行った。
「ねぇ、僕たちが来なかったら、二人で写真を撮っていたの?」
沖田さんがそう言うと、
「当たり前だろうっ! 何が楽しくてお前らと写真を撮らねぇといけねぇんだ?」
と、土方さんが機嫌悪そうにそう言った。
「できあがった写真を見るのが楽しみだな」
と、沖田さんとお師匠様の後について原田さんも外に出た。
私も一緒に出ようと思ったら、土方さんに強く手を引かれた。
えっ、何?と思っている間に、私の体は土方さんの腕の中に入った。
土方さんは急いでドアを閉めて鍵をかけた。
「これで、二人になれた」
そう言う土方さんの声とともに、一瞬、土方さんの腕に力が入り、ギュッと後ろから抱きしめられたような感じになった。
でもすぐに、
「二人で写真を撮りたい」
と、田本さんに言い、土方さんは椅子に座った。
そんな、何枚も撮れるものなのか?
「いいですよ」
心配になっている私に、田本さんは笑顔でそう言ってくれたのだった。
「ひどいや。後ろ向いたら、土方さんと蒼良はいないし、戸は開かないし」
家に帰ったら、さっそく沖田さんに文句を言われた。
「俺はこいつと二人で写真を撮ろうと思ってきたのに、お前らが勝手に先に来てたんだろうがっ!」
そう、土方さんの言う通り。
「で、写真はいつ出来るんだ?」
原田さんは写真を早く見たいようだ。
「後日出来るらしいぞ」
土方さんがそう言った。
「楽しみですね」
現代では写したらすぐ見れるけど、この時代はできるまでに時間がかかるので、待つ楽しみが味わえる。
でも、出来ればすぐ見たいんだけどね。