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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治2年2月
487/506

二人になりたい

 最近、雪がとけて土が見えるようになってきた。

「土方さん、土が見えましたよ」

 初めて土が顔を出した時は、興奮して土方さんを呼んでしまった。

「そりゃ、土が見えるだろう。雪の下は土なんだからな」

「あまりに雪が積もっていたので、もう土はないもんだと思っていました」

 これは冗談なんだけど。

「どこにでも土はあるだろう。お前だけだ、そんなことを思うのは」

 冗談が通じなかったらしい。

「それに、お前は雪が好きだっただろう?」

 そうだったのだけれど……。

「ずうっと雪があると飽きませんか?」

「なんだ、飽きたのか。お前らしいな」

 あははと土方さんは笑いながらそう言った。

 これは、いいことなのか?

「お前らしくて、いいよ」

 土方さんは、そう言いながら優しく私の頭をなでてきた。

 いいことだったらしい。

「でも、不安でもあるのです」

「何が不安だ?」

「雪がとけると、春がきます。春が来ると、戦が始まります」

「よくわかってんな」

 土方さんは、雪の間から顔出した雪を見て、そう言った。

 それから、私の頭に乗せていた手に力が入り、私の頭は土方さんの肩の上に乗っていた。

「でも、心配するな。お前は大丈夫だ。俺が守る」

 いや、土方さんを守るのは、私だから。

 土方さんが私の頭をなでるのが気持ちよくて、土方さんの肩の上もなんか気持ちよくて、しばらくされるがままになっていたのだけれど、

「お茶を入れてきました」

 という鉄之助君の言葉とともに、私たちははじけるように飛び退き、お互いの距離がひらいた。

「ご苦労だったな」

「ありがとう、鉄之助君」

 私たちは何事もなかったかのようにお茶を飲み始めたのだった。

 鉄之助君が去った後、

「お前と二人っきりになれるところに行きてぇなぁって、最近思うよ」

 と、土方さんが悔しそうに言った。

「そうですか? いまさらそう言われても……」

 ずうっと私たちの周りには人がいたし。

「そうだよな。そうだよ、うん」

 土方さんは、自分で自分を納得させるかのようにそう言った。


「おい、千代ヶちよがだい陣屋を見に行くぞ」

 土方さんがそう言って私を誘ってきた。

 千代ヶ岱陣屋は、五稜郭のやや近くにある。

 別名を津軽陣屋ともいう。

 最初は仙台藩が蝦夷地の警備を幕府から命じられて、その拠点として千代ヶ岱陣屋が作られた。

 それからこの地は松前藩へ返還されたので、この陣屋も放棄される。

 そして箱館を開港した時に、幕府は再び箱館周辺を幕府の直轄地とした。

 そして警備を津軽藩に命じた。

 津軽藩は、仙台藩が作った陣屋の跡地を修築して再び陣屋を作った。

 箱館戦争では、中島さんたちが守ることになり、中島さん親子の最後の地となる。

 五稜郭と弁天台場に次いで戦では大事な場所になるから、土方さんも戦の前に見ておきたいと思ったのだろう。

「わかりました。支度してきます」

 そう言ったのは、私の横にいた沖田さんだった。

「ちょっとまて。総司に行くとは誰も言ってねぇぞ。それにお前なら一人でも行けるだろうが」

「それは土方さんにも言えることだと思いますがね」

「俺は、これから起きる戦の重要な場所をこいつに教えてやるつもりで誘ったんだっ!」

 チラッと私の方を見て、土方さんは言った。

「僕には教えてくれないのですか?」

「お前は、教えなくてもわかるだろうが」

「でも、僕は実戦経験がないので、不安なのですが」

 そうなのだ。

 ここまで来て実戦経験がないというのも珍しいと思うのだけれど、闘病中だったから仕方ない。

 やっぱり、沖田さんも沖田さんなりに不安なのかもしれない。

「わかりました。一緒に行きましょうっ!」

 私が沖田さんに向かってそう言ったら、

「お、お前、なんてことをっ!」

 と、土方さんは言い、

「ありがとう、さすが蒼良そらだね。大好きだよ」

 とまで沖田さんに言われた。

「せっかく、久しぶりに二人で出かけられると思ったのに、お前はっ!」

 沖田さんが支度して出てくるのを待っているときに、土方さんにそう言われてしまった。

「あ、そうだったのですね。でも、ああ言う沖田さんもほっとけないですよ」

「それがあいつの作戦だ。お前はそれにまんまと引っかかったんだ」

 そ、そうなのか?


 少し不機嫌になっていた土方さんと、少し上機嫌になっていた沖田さんと一緒に千代ヶ岱陣屋に行った。

 この千代ヶ岱陣屋は、現代は残っていない。

 というわけで、現代に無い物を見てしまうという貴重な経験をしてしまった。

「蒼良、すごいあっちこっちみているね」

 沖田さんが楽しそうにそう言った。

 貴重な経験をしているんだからっ!

「総司も不安だから来たんだろう。こいつを見習って、一緒にじっくりと見ろっ!」

 土方さんはまだ機嫌が悪いようだ。

「こんなにじっくり見たら、穴があいちゃうよ」

 沖田さんは、キョロキョロをあっちこっちを見回している私を見てそう言った。

「見るために連れてきたんだろう」

 そう言って土方さんは別な所へ行ってしまった。

「土方さん、機嫌悪そうだね」

 沖田さんは土方さんを見送りながらそう言った。

 まさか、沖田さんのせいだとは言えないので、

「そうですか?」

 と、とぼけてみた。

「僕が来たせいかな。でも、蒼良と土方さんの二人で行くのが気にくわなかったんだよね」

 あ、ばれてる。

「僕がいないと、蒼良は土方さんと色々とあるでしょ」

 色々ってなんだ?

「わからない?」

 さっぱりわからんっ!

「わからないならいいや」

 沖田さんはよくても、私は気になるじゃないかっ!

「お前ら、二人でいつまでもコソコソしてんじゃねぇよ」

 土方さんが戻ってきた。

「土方さんが僕たちを置いて行っちゃったんでしょ」

「別に置いて行ってねぇよ。お前も、俺の後をしっかりとついて来い」

 最後の方は私の方を見て言った。

 やっぱり、まだ機嫌が悪い。

「はい、すみません」

 私はそう言ってから、土方さんの背中を追いかけた。

 それから箱館の町を見て帰ったのだけれど、その間も土方さんは機嫌が悪かった。


「東照宮に行くぞ」

 次の日、土方さんがそう言ってきた。

「東照宮ですか?」

 この時期にお参りにでも行くのかな?

 東照宮とは、徳川家康を祀っている神社だ。

 そこにお参りに行くと言う事は、戦勝祈願にでも行くのかな?

「ここも重要な拠点になりそうだ。家康公を守る神社があるし、守らねぇといけねぇだろう」

 そうだよね。

 一度は、日光を目指して戦をしながら北上してきた私たちだ。

 東照宮は、特別な思いがあるのだろう。

「そうだよな。それはぜひ行かないとな」

 部屋の外からそう言う声が聞こえ、思わず土方さんと顔を合わせてしまった。

 その声の主は原田さんだった。

「そう言えば、俺、東照宮に行ったことないんだよな。これを機会に一度は行っておきたいな」

 そうなのか?

「左之、お前、本気で言っているのか?」

「本気だけど、なんだ?」

「俺はこいつを誘ったんだが」

「それなら、俺も一緒に連れて行ってくれ。一人増えても同じだろう?」

 二人で行くのも三人で行くのもそんなに変わらないかな。

 しかし、土方さんは違ったらしい。

「左之、俺はこいつを誘ったんだ」

「わかってる」

「お前は総司と違って、わかってくれるよな? 理解してくれるよな?」

「総司が何かあったのか?」

「今は、総司の話をしているんじゃない。左之、わかってくれるよな?」

 原田さんは、助けを求めるように私を見た。

 いや、そんな目で見られちゃうと……。

「わかりました、一緒に行きましょうっ!」

 ってなってしまう。

「お、お前っ!」

「ありがとう。支度してくる」

 原田さんは部屋を出て行った。

「俺は、お前と二人で行きたかったから誘ったんだ」

 なんとなくそれは分かっていたのだけれど。

「また、機会がありますよ」

「そう言って、昨日も総司がついてきたじゃねぇか」

 そ、そうなんだけれど。

「なんで俺が左之と一緒に東照宮に行かねぇといけねぇんだっ!」

 さっき、重要な拠点だって言っていたじゃないか。

「じゃあ、土方さんは留守番してますか?」

「そうなったら、お前と左之の二人で行くことになるじゃねぇか。冗談じゃねぇよ」

 そう言いながら土方さんは立ち上がった。

 

 東照宮は、五稜郭を作る時に当時の箱館奉行の人が請願して、鬼門にあたる場所に作られた。

 この後作られる四稜郭とともに、ここにも砲台が作られることになる。

 だから、権現台場とも呼ばれる。

 しかし、この後起きる戦で東照宮は焼けてしまう。

 現代のこの場所は、別な神社が建っているのだけれど、この鳥居は残っているらしい。

「蒼良、鳥居が好きなのか?」

 鳥居をさわっていると、原田さんに声をかけられた。

「この鳥居、私の時代にも残っているらしいです」

「へぇ、そうなんだ」

 原田さんも一緒に鳥居をさわり始めた。

「お前ら何してる。遊びに来たんじゃねぇんだぞ」

 今日も昨日と同じぐらい不機嫌な土方さん。

「はい、すみません」

 私はそう言って、土方さんを追いかけた。

「蒼良、土方さん、なんで機嫌が悪いんだ?」

 途中で原田さんに聞かれたけれど、まさか、原田さんがいるからなんて言えないので、

「さぁ、なんででしょう」

 と言ってごまかした。


「俺は、お前と二人になりてぇんだっ! なんでなれねぇんだ?」

 五稜郭に帰り、部屋に入ると土方さんがそう言いだした。

「人がいればなれないですよね」

「京にいた時は、周りに今より人がいたがお前と二人で出かけたりできたよな?」

 そう言われると、二人で嵐山に行ったりしたよなぁ。

「なんでお前との時間がとれねぇんだ?」

「今、部屋に私と土方さんしかいないですよ」

 まさに二人の時間ってやつだ。

「そう言えばそうだな」

 土方さんが優しい笑顔で、私の頭をなでようと腕を伸ばした時……。

「お帰りなさい。お二人が帰ってきたのが見えたので、お茶を入れてきました」

 という声と同時に鉄之助君が入ってきた。

 土方さんは私に伸ばした手で、なぜか自分の髪の毛をかきあげていた。

「ご苦労」

「ありがとう、鉄之助君」

「お茶のおかわりもいいし、茶碗は俺が片しておくから、お前は部屋で休んでろ」

「えっ、いいのですか?」

 土方さんの言葉に鉄之助君が驚いていた。

 今日は仕事をしなくてもいいと言われているのだから、驚くよね。

「たまには部屋でゆっくりしろ」

「わかりました。では遠慮なく」

 ペコッと頭を下げて、鉄之助君は部屋を出た。

「これでもう邪魔は入らねぇぞ。やっと二人になれたな」

 ニッコリと笑う土方さん。

「そんなに必死にならなくても……」

「必死にならなければ二人っきりになれねぇだろうが」

 確かに。

「土方さんは、京にいた時より偉くなったから、周りに人が集まってくるのですよ」

「お前はうまいことを言うな」

 そう言って、土方さんは両手を出してきて、私の顔を手ではさもうとしたその時……。

「副長っ!」

 という声とともに、バンッと部屋の戸が開いた。

 そこには島田さんがいた。

 土方さんは今度は両手で髪の毛をかきあげていた。

「な、なんだっ!」

「あ、副長じゃないですよね。でも、京にいた時の癖でついつい」

 あははと豪快に島田さんは笑っていたのだけれど、土方さんの顔はムスッとしていた。

「用件を早く言えっ!」

「あ、そうでした。甘い物が手に入ったので、一緒にどうかと思いましてね」

 そう言って島田さんが持ってきたのは、カステラだった。

「わぁ、美味しそう。食べていいですか?」

「蒼良さんもどうぞ」

 わーい。

 みんなでカステラを食べたのだけれど、土方さんはその間ずうっと不機嫌だった。

 そして、ある決意をしたらしいのだけれど、この時の私はまだ知らなかった。

 

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