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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治2年2月
486/506

蝦夷でバレンタイン

 最近、暖かい日と寒い日が交互にやってくる。

 たまに雨交じりの雪が降ったなぁと思っていたら、吹雪になったりする。

 こうやって少しずつ春に近づいてきているのかもしれない。

 ちなみに、今日はいい天気だ。

 原田さんと馬でイギリス領事館の方へ行った。

「今日は暖かいな」

 原田さんも馬を走らせながらそう言っていた。

 雪はまだ残っているけれど、いつもより少し暖かいと感じる日だった。

「そうですね」

 春が近づいてきている。

 戦の日も近づいてきている。

「あれ? あの人は……」

 イギリス領事館の前に日本人がいた。

 あの人は確か、通詞の人だ。

 英語を日本語に訳してくれる人だったと思う。

 五稜郭で何回か見かけたことがあるので、間違いない。

「あれは、通詞だな。困った顔しているが何かあったのか?」

「行ってみましょう」

 私たちは馬から降りて、通詞の人の所に行った。


「こんな物をもらってしまって」

 通詞の人が風呂敷に包んであったものを見せてくれた。

 そこには、茶色い塊がいくつかあった。

「なんだ、これは」

 初めてそれを見た原田さんは、怪訝な顔で見ていたけれど、私はこの塊を知っているっ!

「チョコレートっ!」

 この時代の日本ではほとんど手に入らないものだ。

「よく知ってますね。異国に行ったことある人以外で知っている人を初めて会いました」

 そ、そうだよね。

「お国の船が来て、大量に送られてきたようです。私におすそ分けでいただいたのですが、どうやって食べたらいいのかわからなくて困っていたのです」

 イギリスでは、コーヒーハウスと言う喫茶店のようなお店があり、そこでチョコレートも飲むことが出来たらしい。

 この時代のチョコレートは食べる物と言うより飲むものだった。

 味も、現代のように甘いものではなく苦い物だったらしい。

 このチョコも苦いのかな?

「ちょっといいですか?」

 通詞の人が持っているチョコを少し削ってなめてみた。

「苦いですよ」

 通詞の人が言った通り苦かった。

 このまま食べるのは無理そうだな。

「苦いから食べることも出来ないものをこんなにもらってどうすればいいんだか」

「確かに、そんな物をもらってもどうしていいかわからないよな」

 同情するように原田さんが言った。

 このまま食べるのは無理だけれど、色々手をくわえたら食べてるかも。

「私がもらっていいですか?」

 私が言うと、通詞の人は一瞬驚いた顔をした。

「本当ですか? でも、苦いから食べることもできないですよ」

「何とか、食べれるようにしてみます。もらってもいいですか?」

「どうぞ、どうぞ」

 通詞の人は、押し付けるように私にチョコを渡してきた。

「ありがとうございます」

 私が言うと、

「いや、こちらこそ、もらっていただいてありがたいです」

 と言って、通詞の人は行ってしまった。

「これ、うまいのか?」

 原田さんがチョコを見てそう言った。

「変な色しているし」

「これが美味しいのですよ」

「どれどれ」

 このままでは食べれませんがと言いたかったのだけれど、そう言う前に原田さんはチョコを少し削って口に入れた。

「うっ、苦い」

「これを何とか美味しくしますから」

「本当に美味しくなるのか?」

「そしたら原田さんにもあげますね」

 そう言えば、もう二月も中旬。

 バレンタインデーの季節じゃないか。

 お世話になっているみんなに配るだけのチョコはないけれど、原田さんと沖田さんと土方さんにはあげたいな。

「どれだけ美味しくなるのか、楽しみにしているよ。でも、本当に美味しくなるのか?」

 それはお楽しみと言う事で。


 トリュフを作ってみた。

 やっぱりお世話になった人全員分はなかった。

 全員どころか、四つしか作れなかった。

 沖田さんと原田さんと土方さんかな。

 出来たものを和紙でつつんだ。

「わしのはないのか?」

「あ、お師匠様、いたのですか?」

 最近、ほとんど見かけないと思っていたら、こういう時に出てきた。

「いたのかって、ひどいのう」

 ひどいのうって、どっちがひどいんだ?

 冬は寒いからって、ここを孫一人にまかせてほとんど現代に帰っていたじゃないかっ!

「お師匠様は、現代でもらってください」

 道場に通っている子供たちが用意してくれるだろう、多分。

「冷たいのう。そんなふうに育てた覚えはないんだがなぁ」

 なんとでも言ってくれ。

「トリュフは四つあったじゃろう? なんで包みは三つしかないんだ?」

 そ、そこまで見ていたのか?

「それは、お師匠様には関係ありませんから」

 私は三つの包みを抱え込み、台所から出た。

「一つぐらいくれてもなぁ、鉄之助」

 お師匠様は、台所にお茶をもらいに来ていた鉄之助君を捕まえてそう言っていた。

 

「えっ、泥団子?」

 最初に沖田さんにトリュフを渡した。

 包みを開けて中を見た沖田さんが一言言った言葉がそれだった。

 泥団子って……。

 確かに、飾りつけしていないから見た目は泥団子かもしれないけれど……。

 だって、飾りつけする物がないんだもん。

「いつもお世話になっているので作ったのですが」

「泥団子を?」

「泥団子じゃないですよ。食べてみてください」

「えっ、食べ物なの?」

 食べ物に見えないかもしれないけれど、食べ物なのですよっ!

「嫌ならいいですよ」

 お師匠様にあげたほうがよかったか?

「いや、せっかく蒼良からもらったんだから、泥団子でも何でも食べるよ」

 だから、泥団子じゃないってっ!

 そう言いながらも、沖田さんは丸ごと口の中に入れて食べた。

 もごもごと口を動かした後、飲みこんだ。

「あ、美味しい」

「でしょ」

「うん。苦みの中に甘さがあって、また食べたくなる味だったよ」

「でしょ、でしょ」

 私がそう言うと、沖田さんは微笑んでいた。

 よかったぁ、喜んでくれたよ。

「で、もう一つないの?」

 えっ?

「これで終わり?」

「ここでは貴重なものなので、これで終わりです」

「物足りないなぁ」

「すみません」

 残りの二つの包みをそろぉっと隠した。

「あ、今、何か隠したよね?」

「か、隠してないですよ」

 これが見つかった日には、全部沖田さんに食べられてしまうっ!

「隠したよね?」

 にやりと笑って言う沖田さんにブンブンと首を振る私。

「隠したね」

「えっ、あっ、またあとで」

 私は逃げるように沖田さんの所を後にした。

 このままここにいたら、残りも絶対に見つかって食べられちゃうからねっ!


「へぇ、あれがこうなったんだ」

 今度は原田さんの所に届けに行った。

 包みをとった原田さんがそう言った。

 原田さんは、トリュフになる前の物を見ているからだろう。

「味も変わりましたよ」

「どれどれ?」

 元の味も知っているせいか、原田さんは少しだけかじった。

 恐る恐るという感じで食べていたけれど、口にいれたら、

「あ、本当だ、うまい」

 と言って、残りのトリュフも口に入れた。

「あの苦かったのがこんなにうまくなるもんなんだな。異国の人間はこんなうまいものを食べているのか?」

「苦みが消えるのはもうちょっと後ぐらいだと思います」

 今、苦みを消すために一生懸命色々なことをやっている段階じゃないかな。

「あ、そうか。蒼良の時代になったら、うまいんだろう?」

「そりゃもう、美味しいですよ」

「そうだろうなぁ」

 原田さんも、物足りないような感じだ。

「すみません。この時代だと貴重な物なので、これしかないのです」

「いや、いいよ。俺はこれで満足だから」

 原田さんは笑顔でそう言ってくれた。


 最後は土方さんだ。

 部屋の戸を開けると、仕事がひと段落ついたのか、お茶を飲んでいた。

「なんだ?」

「あのですね……」

 戸を閉めて中に入ると、

「お前、なんか配っているらしいな」

 な、なんで知っているんだ?

「お前の時代だと、女が好きな男にあげるやつらしいな。それを左之と総司にあげていたようだが」

 な、なんか誤解されてる?

「どういうことだ?」

 やっぱり誤解されてるよ。

「あ、あのですね、女の人が好きな人にあげるのもあるのですが、お世話になっている人にあげたり、お友達どうして交換したりもするのですよ。私が原田さんと沖田さんにあげたのは、お世話になっているからです」

「ほお、なるほどなぁ」

 って土方さんは言ったけれど、顔が、疑っている顔だからね。

「土方さんにもあるのですよ」

 もちろん、土方さんが本命だ。

「俺のもあるのか?」

「もちろんですよ」

 包みを土方さんに渡した。

「二つ入っているぞ」

 だって、土方さんが本命だから。

 本当なら、本命だけ違うものをとかってやるんだろうけれど、材料が貴重なものだから、違うものを作れない。

 個数を多くしたのだけれど、わかってくれるかな。

「総司が、お前が美味しいものをくれたけれど、一つしかくれなかったって文句言っていたが、俺には二つあるのだな」

 あ、わかってくれた。

「土方さんだけ、二つです」

「俺は、お前のことをたくさん世話してやっているからな」

 えっ、そうなるのか?

 そうじゃないのに……。

 そう思っていたら、ポンッと私の頭に土方さんの手が乗った。

「わかっている。ありがとな」

 そう言って、一つ口の中にいれた。

「お前も一つ食え」

 土方さんは私にトリュフを一つ出してきた。

「これは、土方さんに……」

「お前も食いたいだろう? 以前に鴻池さんの所でこれを口に入れて泣いていただろう」

 そんなこともあった。

 チョコって、無性に食べたくなる時があるんだよね。

 それと鴻池さんの所でもらったタイミングがぴったりと合ったから、感動して泣いちゃったんだよね。

「いいのですか?」

「一緒に食べれば、うまいだろう」

 それでは遠慮なく。

 トリュフを口に入れた。

 自分で作っといてなんだけれど、美味しかった。

「やっぱり、美味しい」

「そりゃ、お前が作ったものだからうまいさ」

 土方さんと食べるから美味しいのですよ。

「やっぱり、土方さんは二つなんだ」

「ずるいじゃろう? わしなんて一つもないんだぞ」

 えっ、今声が聞こえたけれど……。

「総司と天野先生、いつの間に……」

「蒼良にさっきの物をもらおうと思って後をつけていたんだ」

 つけられてたのか?

「蒼良はけちじゃのう」

 お師匠様と一緒になって。

「残念だったな。俺が全部食べた」

 土方さんは嬉しそうにそう言った。

「ええっ」

 お師匠様と沖田さんが口をそろえて不服そうにそう言った。

「食ったものは出せねぇだろう」

「ずるいっ!」

「ずるいぞ、土方」

 この時に土方さんは邪魔されたくないと思っていたらしい。

 それであることを考え始めたようなんだけれど、それを知るのはもう少し後になってから。

「ずるいっ!」

「うるせぇっ!」

 


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