箱館の花街
あれから原田さんと何回か馬に乗る練習をしたおかげで、何とか乗りこなせるようになった。
今日は現代の函館山の方へ行った。
ちなみに函館山は十三の山からなっているらしい。
そして、この時代の函館山は……。
「えっ、岩山?」
現代と違う函館山を見て驚いてしまった。
そう、木がほとんどないのだ。
今は、その木のない山に雪が降り積もって白い山になっている。
松前藩が燃料で使用するために木をたくさん切ったので、緑が無くなってしまったらしい。
「蒼良の時代は違うのか?」
原田さんに聞かれたのでうなずいた。
行ったことはないけれど、こんなに木がない山ではなかったと思う。
「緑豊かな山ですよ」
「そうか」
さすがに、木を切りすぎたと思ったのか、1800年代になってから植林を行っている。
この時代はまだ植林の途中って言う段階なのだろう。
「もっと近くまで行ってみるか?」
馬で?
「大丈夫ですかね?」
「行ってみよう」
原田さんと一緒に山の近くまで行ってみることになった。
「うわぁ、いい景色」
私たちが言った場所は、他の場所から少しだけ高くなっていた。
だから、町全体をを見下ろすことが出来た。
雪が太陽を浴びてキラキラと反射してとっても綺麗だった。
遠くの方には、灰色の海が見える。
「雪が町の全部を綺麗に見せているって感じですね」
「雪が無くても、景色はいいと思うぞ」
今度は雪がないときも来てみたいけれど、雪が無くなったら戦が始まる。
きっともう来れないだろうなぁ。
それから町の方へ行った。
町の中で馬を走らせるのは危ないから、原田さんと馬をひいて歩いた。
「あそこに歩いているのは、相馬と野村じゃないか?」
原田さんが指さした方を見ると、相馬さんと野村さんが楽しそうに歩いていた。
「相馬さん、野村さんっ!」
私は名前を呼びながら手を振ると、二人も私たちに気がつき、近づいてきた。
「こんな場所でお前たちに会うとは思わなかったな」
確かに。
ここは五稜郭からも少し離れていた。
「ちょっと花街に行ってみようと思って」
相馬さんが恥ずかしそうにそう言った。
「そうか。邪魔したな。楽しんで来いよ」
原田さんが笑顔でそう言うと、
「もしよかったら、一緒に行きませんか」
と、野村さんが誘ってきた。
花街かぁ。
京の島原以来行っていないなぁ。
楓ちゃんや牡丹ちゃんがいて、お酒も美味しかったよなぁ。
私は、京の島原のことを思い出していた。
ここにも島原みたいなところがあったんだぁ。
「いいのですか?」
私がそう言うと、相馬さんと原田さんが驚いた顔をした。
な、何か変なことを言ったか?
「蒼良先生、本当に一緒に行くのですか?」
相馬さんにはそう聞かれたし、
「蒼良、本気で行くつもりでいるのか?」
と、原田さんにも言われた。
「だめなのでしょうか?」
誘われたけど、行かないほうがいいのか?
「えっ、いや、蒼良先生が行きたいのでしたら、別にいいと思いますが……」
「蒼良が行きたいというのなら別にいいが……。蒼良は楽しくないと思うぞ」
「でも、お酒が飲めますよね?」
五稜郭でお酒を飲むと土方さんがうるさいんだもん。
「お酒も飲めますよ。お酒だけ飲んで帰る人は少ないですが」
ま、確かに、お酒だけ飲む人はいないよね。
お座敷遊びもするだろうし。
楽しそうじゃないかっ!
「行きましょうっ!」
「さすが蒼良先生。一緒に行きましょう。案内しますよ」
野村さんは嬉しそうだったけれど、なぜか相馬さんと原田さんは困ったような顔をしていた。
たまに二人で、
「おいどうするんだ?」
「私もどうしていいのか……。原田先生はいい考えがあるのですか?」
「いや、ない。ただわかっているのは、蒼良はこれから行く場所のことを詳しく知らないってことだな」
「確かにそうみたいですね」
なんてぼそぼそ言い合っていた。
これから花街に行くんじゃないのか?
「ここです」
と、野村さんに案内された場所は、京の島原より場所も建物も小さくて、寂しい感じがした。
京の島原が規模が大きくて有名なのかもしれない。
普通の花街はこれぐらいなのだろう。
「おい、とうとう着いたぞ。どうするんだ?」
「私にどうするんだと言われても……」
原田さんと相馬さんはさっきから困った顔をしてやり取りをしている。
いったい何があったんだ?
それを聞こうとしたら、
「あらいらっしゃい」
と、奥から女の人たちが出てきた。
その女の人たちの色気の高さに驚いてしまった。
牡丹ちゃんや楓ちゃんにあった色気とはまた違う色気だわ。
匂いたつ色気と言うのだろうか?
「今日は客を連れて来たよ」
野村さんがそう言うと、私たちはあっという間に女の人たちに囲まれた。
そしていつの間にかみんなと別々になり、あれよあれよという間に、私は女の人と二人っきりで部屋の中に入っていた。
「あ、あの……、他の人たちは……」
なんで二人っきりになっているんだ?
「他の部屋で楽しんでいると思うわ」
あ、そうなんだ。
みんなと一緒の方が楽しいと思うんだけどなぁ。
「ところで、ここは揚屋ですか?」
揚屋と言うのは、芸妓さんを呼んで宴会とかする場所。
どちらかと言うと、ここは置屋っていう感じ。
置屋とは、簡単に言うと、芸妓さんが生活する場所のこと。
野村さんは揚屋じゃなくて置屋に案内してくれたのかな?
でもそれって、いいことなのか?
普通は揚屋で宴会とかして楽しむんだけどなぁ。
「えっ、揚屋?」
逆に女の人にそう聞かれて驚いてしまった。
やっぱり、ここは揚屋じゃないのか?
「じゃあ、置屋ですか?」
「あなた、なんでさっきから訳の分からないことを言っているの?」
ええっ、知らないのか?
どうしよう?もしかしたら、ここは京の島原とは少し違うのかもしれない。
「そんなことより、私たちも楽しみましょう」
女の人がそう言うと、私は押し倒された。
それと同時に、屏風がガタンっ!と、音をたてて倒れた。
押し倒された時に屏風にぶつかったみたい。
って、そんなことを考えている場合じゃない。
なぜか女の人は私の服を脱がせようとしている。
な、なんでっ!
「このぼたんって言うの? これのせいで脱がせにくいのよね」
洋装のボタンの扱いになれていないみたいで、ボタンをはずすのに手間取っていた。
「ち、ちょっと待ってくださいっ!」
女の人にそう言ったのだけれど、聞いてくれない。
ど、どうすればいいのっ!
「蒼良、無事か?」
バンッと勢いよく部屋の戸が開いた。
原田さんが飛び込んできた。
「うわっ、押し倒されている」
た、助けてくださいっ!
「ちょっと、あんたなんなの? 私を置いて部屋を出るなんてっ!」
原田さんの後ろからも別な女の人が文句言いながらやってきた。
それを無視して、原田さんは私の上で洋装のボタンをはずしていた女の人をどかした。
「ちょっとっ!」
女の人二人の声がそろった。
「いいか、こいつは女だ。ここがどう言うところか知らないで来たんだ」
原田さんが説明してくれたけれど、
「お金を払いたくないからそんなことを言うんでしょ」
とか、
「ずいぶんとけちな客だね」
とか、文句を言われてしまった。
信じてもらえない……。
「こんな顔がつるつるな男はいないだろう?」
原田さんは私の頬を指さして言ったけれど、
「いるわよねぇ」
と言われてしまった。
こうなったら、奥の手だ。
「原田さん、ちょっと後ろを向いていてください」
「蒼良、何をするつもりだ?」
これなら信じてもらえるだろう。
私は、女の人二人に服を脱いで見せた。
さらしをまいた胸を見て、女の人たちは驚いていた。
「なんだ、それでここに来たんだ」
ここまで来た経緯を二人に話した。
すると、二人は笑いながら納得してくれた。
「屏風が倒れた音がした時は、俺も気が気じゃなかった」
「だって、部屋を飛び出して行ったもんね」
皐月さんがそう言った。
原田さんと一緒に部屋に入って行った人が皐月さんで、私と一緒に入った人はなんと、牡丹さんと言って、牡丹ちゃんと同じ名前の人だった。
「だって、女の人がここに来るなんてそうそうないじゃない?」
牡丹さんがそう言った。
「確かにそうだな」
あははと、また四人で笑った。
相馬さんと野村さんが来るまで四人で話をしていた。
お酒も出てきたので、飲んだ。
でも、私がなんで男装をしてここにいるのかと言う事は聞かれなかった。
真っ先に聞かれるところだと思ったんだけど。
だから、こちらから聞いてしまった。
「ここに、男装をしている女がいて、おかしいと思いませんか?」
「確かに、おかしいけれど、理由があるんでしょ。あんたが話したいのなら聞くけれど」
牡丹さんが煙管を吸いながらそう言った。
それがまた絵になるぐらい色っぽかった。
「いや、話せば長くなるので」
「それなら話さなくていいよ」
皐月さんが笑顔でそう言ってお酒をついでくれた。
居心地が良くて、昼間か夜かよくわからない部屋だったというのもあったのだろう。
原田さんと寝てしまった。
布団も敷いてあったし、相馬さんや野村さんもまだ出てこなかったし。
皐月さんと牡丹さんに起こされ、外に出たらまた朝だった。
相馬さんと野村さんも出てきたので、みんなで帰ることになった。
私と原田さんは、預けていた馬を引き取った。
「またいらっしゃい」
牡丹さんが色っぽい笑みを浮かべて見送ってくれた。
「泊まってしまったみたいですね」
「そうだな。まさか蒼良と遊郭に泊まるとは思わなかったな」
えっ、遊郭?
「花街じゃないのですか?」
「花街ですよ。山の上遊郭と言うのですよ」
野村さんがはりきって教えてくれた。
遊郭と言ってくれれば私もどう言うところかわかったのだけれど……。
「そう言えば、土方さんに泊まるって言っていなかっただろう?」
原田さんに突然言われて現実に戻された。
「まさか、泊まるとは思わなかったので……」
土方さん、きっと心配しているよね……。
「た、ただいま戻りました」
土方さんのいる部屋へ挨拶へ行ったら、
「お、お前っ! どこへ行っていたっ!」
と、私に飛びつかんばかりに近づいてきてそう言われてしまった。
「お、落ち着いてください」
「落ち着いていられるかっ! 俺は心配で一晩寝ないで待っていたんだぞ」
うっ、すみません。
「もう少し帰りが遅かったら、島田に頼んでお前らを探しに出るところだったんだぞ」
本当にすみません。
「で、どこへ行っていた?」
「山の上遊郭です」
私がそう言うと、土方さんは黙り込んだ。
「お前、こういう時についていい嘘と悪い嘘があるんだぞ」
「いや、本当ですって。原田さんと相馬さんと野村さんと一緒に」
「お前……。自分が女だってわかっているか? なんでそんなところに行ったんだ?」
と言う事で、今までのことを説明した。
「で、遊郭で一晩過ごしたと言う事だな」
「はい。すみません」
「女のくせに、男みたいなことを……。また俺が女だと言っても信じてもらえねぇな」
そうなるかもしれない。
「すみません」
「ま、いいさ。無事に帰って来たことだし」
土方さんは笑顔でそう言ってくれた。
土方さんと話をしているときにすごく気になったことがあり、思い切って聞いてみた。
「土方さんは山の上遊郭に行ったことありますか?」
聞いたら、
「ばかやろう」
と、一言言われてしまった。
それって、行ったけれどごまかしているのか?
それとも行っていないのか?
すごく気になる。
「行ったと言ったらどうする?」
土方さんのその言葉に、牡丹さんの色っぽい姿を思い出し、胸が痛んだ。
嫌だなぁ……。
「そんな顔するな。行ったことねぇよ」
ポンッと土方さんの手が私の頭にのった。
私はホッとしたのだった。