蝦夷で節分
二月になった。
二月と言えば節分だ。
節分と言えば、土方さんだろう。
あの人は鬼だから。
正確に言えば鬼だったと言ったほうがいいのかな?
蝦夷に来てから性格が鬼じゃなくなったという人が多いけど、僕から見たら、江戸にいたころに戻ったような感じだ。
京にいた時は鬼副長の名前通り、節分の鬼をやらせたけれど、蝦夷の土方さんは鬼じゃない。
節分の鬼は無理かな?
でも、僕としてはどうしても鬼をやらせたい。
何かいい方法はないかな?
「ねぇ、蒼良」
僕の隣にいる蒼良に声をかけた。
「はい、何ですか?」
笑顔でこちらを向く蒼良。
「もうすぐ節分だね」
「あ、そうですね。ここでも豆まきするのですかね。そう言えば、昨年は豆まきどころではなかったですよね」
「僕は暇だったんだけどね」
「沖田さんは病気でしたからね」
「うん、そうだった」
昨年は鳥羽伏見の戦の敗戦後で、あわただしく江戸にもどってきた後に節分があった。
僕はまだ労咳が治っておらず、薬も進行を止めるだけの物を飲んでいたけど元気だったから、暇だった。
元気だと言っても、病気なんだからとみんなと別な場所にいた。
当時は理不尽に思ったけど、病気が治った今は納得している。
労咳になってしまったら死ぬしかなかったのに、僕は蒼良たちのおかげで生きることが出来ている。
亡くなる人も多い中、僕は生きている。
もうそれだけで充分だ。
でも、欲ってものはどんどん出てくるものらしく、あれもやりたいし、これもしたい。
色々な思いが出てくる。
生きているだけでもありがたいことなのにね。
「蒼良は豆まきしたい?」
「そうですね。出来ればしたいですね。季節の行事だし」
「そうだよね。でも、節分って鬼が必要でしょう?」
「ああ、そうですね」
蒼良の反応がよさそうだから、この流れでいっきに。
「鬼って言えばやっぱり土方さんでしょう。ここはやっぱり土方さんにね」
「お、沖田さん、なんてことを。土方さん怒りますよ」
いっきに蒼良の反応が悪くなった。
「大丈夫だよ。京にいた時も土方さん鬼やっていたでしょう?」
「無理やりでしたけどね」
「だって、僕の中では鬼はやっぱり土方さんなんだよね」
「私は、土方さんが鬼とは思えませんけど……」
そう言った蒼良の表情にちょっとムッとした。
好きな人のことを話す女の人の表情だ。
蒼良が土方さんの事を好きなことはなんとなく知っていたけれど、僕はそれに納得していない。
なんとか、蒼良の心を土方さんから離さないと。
土方さんをなんとしても鬼にしてやりたい。
そのためには何をすればいいのだろう?
みんなが納得すれば土方さんは鬼になれるんじゃないか?
納得させるには……。
「入札」
土方さんたちが松前から箱館に帰って来た時に入札と言うものをやって、偉い人たちを決めていた。
「えっ、入札?」
「そうだよ。入札で鬼を決めればいいんだよ」
「ええっ! そんなことを入札で決めていいのですか? 出来るものなのですか?」
「それは榎本さんに聞いてみないとわからないけれど……」
「たぶん、だめだと思いますけど」
「やってみないとわからないでしょ。あ、蒼良も榎本さんに聞きに行くとき付き合ってね」
蒼良は、
「わ、私もですか?」
と、なんで私も?という感じで言ってきたけれど、
「当たり前でしょ。僕の補佐なんだから」
と言ったら、仕方なくだけどうなずいてくれた。
僕の補佐と言う言葉を出すと、蒼良はたいてい付き合ってくれる。
だから、断られそうな時は奥の手として出す。
蒼良と一緒だと、なんでも楽しくなる。
思わず蒼良を見て微笑んでしまった。
蒼良には気がつかれなかったけどね。
「絶対無理ですからね」
嫌がる蒼良を無理やり引っ張って榎本さんの所へ。
「やってみないとわからないでしょ」
「いや、そんな、鬼を決めるための入札なんて無理ですよ。入札は遊びでやるものじゃないのですから」
蒼良は一生懸命そう言っていたけれど、無視して榎本さんの部屋へ。
榎本さんは部屋にいた。
それは前もって調査済みだ。
「節分の鬼を入札で決めたいと思うのですが」
隣にいた蒼良は、
「無理ですよ、絶対に」
とつぶやいていたけれど、榎本さんは笑顔で、
「鬼を決める入札か。面白そうだな。うん、やってみるといい」
あっさりと許可をくれた。
蒼良を見ると、信じられないという顔をしていたから、ニッコリと微笑んであげた。
「この前の幹部を決めた入札は、幹部以上のみの入札だったが、今回は五稜郭にいる人間を全員参加させるといい」
許可くれるどころか、乗り気だ。
「ありがとうございます」
「楽しみにしているから」
これで土方さんを鬼にできるぞ。
「ただ、難問があってだね……」
節分の鬼を決める以外にも難問があったのか?
「物資不足だから、豆も足りないと思うんだが」
そうか、物資不足か。
本州にいる敵が、蝦夷に来るはずの物資を止めている。
だから、物資不足になっている。
豆も足りないのか。
「それなら、豆以外の物を投げればいいと思います」
蒼良がそう言ってくれた。
「豆以外のものって、石?」
石を投げるなんて、蒼良は乱暴だなと思っていたら、
「石を投げたら怪我するじゃないですかっ! 書き損じた紙を小さく丸めて豆のようにしてそれを投げればどうかなぁと思ったのですよ」
紙か。
石でもいいと思ったんだけどね。
「なるほど、いい考えだ。それも君たちに頼んでいいかな?」
土方さんを鬼にできるならいいか。
「はい」
節分も何とかなりそうだ。
後は、周りの人たちに、
「鬼って言えば土方さんだよね」
と、言って回ればいい。
そうすれば入札の時にみんな土方さんにいれるだろうし。
「沖田さん、手が止まっていますよ」
蒼良が回収してきたいらなくなった紙を小さく切って丸めていた。
こんなことしている場合じゃないんだけどなぁ。
僕としては、早く周りの人たちに言って回りたい。
でも、今は蒼良との作業も楽しいからいいか。
「はいはい」
「沖田さん、楽しそうですね」
「たまにはこういう作業もいいなぁと思ったんだよね」
蒼良と一緒だし。
「そうですね。内職みたいですよね」
「お金にならないけどね」
「沖田さん、それを言ったらだめですよ。やる気がなくなります」
そう言いながらも紙を丸める蒼良。
「ところで、五稜郭内で鬼と言えば誰だと思う?」
紙を丸めながら蒼良に聞いてみた。
「鬼ですか? うーん、誰でしょう?」
「僕は一人しか思いつかないけどね」
「土方さんはだめですよ」
「なんだ、蒼良も土方さんだと思っているんじゃん」
だめと言いながらもそんなこと言っているし。
「思っていないですよ」
「思っているから土方さんって言ったんでしょ」
僕が周りに言いまわさなくても、入札が決まった時点で土方さんが鬼になることは決まったようなものかもしれないぞ。
「沖田さん、顔が笑ってますよ」
おもわずにやけてしまったらしい。
そして、節分の前日に鬼を決める入札を、僕と蒼良が中心になってやった。
僕の思い通りに土方さんの票が一番多く、鬼は土方さんに決まった。
「ちょっと待てくれっ!」
この期に及んでまだ文句を言うのか?
「俺一人で五稜郭にいる全員を相手にするのか? 鬼も俺だけでなく数人必要だろうがっ!」
「それなら」
入札でいちばん多い人から順に数人を鬼にすればいい。
そう言うつもりで口を開いたのだけど、
「それなら、あと数人を土方君が選んでいいぞ」
と、榎本さんが笑顔で言った。
それは計算外だ。
そうなったら……。
「まず、お前」
土方さんは蒼良を引き寄せた。
「ええっ、私も鬼ですか?」
と、蒼良は言っていたけれど、土方さんと一緒に鬼になることが嬉しそうだった。
せっかく、蒼良と一緒に土方さんに豆をあててやろうと思っていたのに。
こうなったら、僕も鬼になろうかな。
そう思っていたのだけれど、僕が鬼に指名されることはなかった。
蒼良と別れてしまった。
その時点で、もう僕は節分に対してやる気をなくした。
節分は無事に終わった。
もちろん、つまらない節分だった。
蒼良は土方さんと楽しそうだったけどね。
「総司」
土方さんが僕を呼びながら隣に座った。
「何ですか?」
「つまらなそうだな」
「つまらなかったですからね」
蒼良を土方さんに取られたから、つまらなかった。
「準備は楽しそうにやっていただろう」
それは蒼良と一緒だったから。
「一人で準備したわけじゃないですからね。楽しかったですよ、準備は」
最後の準備という言葉を強調して言った。
しばらく沈黙がおりる。
「お前に簡単に渡さねぇよ」
土方さんがぼそっと言った。
「何をですか?」
「あいつだよ」
「あいつって?」
誰のことを言っているのかわかっていた。
「わかっているくせに聞くな」
土方さんは照れながらそう言った。
名前を呼ぶのも照れるってやつか。
「節分で何を考えていたかなんとなくわかっていた。俺を鬼にするつもりだっただろう? 鬼になるのは構わねぇよ。でも、あいつは渡さねぇ」
渡す、渡さないって、蒼良は物じゃない。
蒼良の意志はあるのか?と、文句言いたかったけど、蒼良の意志も分かっている。
そんなことわかりきっている。
悔しい。
「僕も、簡単に土方さんに渡すつもりはありませんから」
そう言うと、僕は立ち上がってその場を後にした。
簡単に渡さないって言ったけど、もうほとんど蒼良は土方さんの所に行っている。
でも、僕はそれを認めたくないから、最後まであがいてやる。