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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治2年1月
481/506

箱館の子供達

 土方さんは、また桑名藩士の酒井さんの訪問を受けていた。

 今日も話し合いに特に進展がないと思ったのか、

「お前はいなくてもいいぞ」

 と、言われたので、暇になってしまった。

 フラフラしていると、沖田さんが出かけていくのが目に入った。

 どこに行くんだろう?

 ちょっとついて行ってみようかな。

 沖田さんにばれないように後をつけていった。

 五稜郭を出るまでは全然大丈夫だった。

 しかし、五稜郭を出ると同時に沖田さんの姿が見えなくなった。

 しまったっ!見失ったっ!

 あわてて沖田さんが歩いていた場所に走り出た。

 どこに行っちゃったんだろう?

 そう思ってキョロキョロと周りを見回していると、

「なにしてんの?」

 後ろから沖田さんの声が聞こえてきた。

「うわぁっ!」

 驚いて叫んでしまった。

「ねぇ、なんで僕の後をついてきていたの?」

 えっ、ばれてる?

「どこから気がついていました?」

「玄関を出る時からかな」

 最初から気づかれていたらしい。

「蒼良が僕の後をつけるなんて、百年早いよ」

 そ、そうなのか?

「で、なんで後をつけたの?」

「すみません、暇だったもので」

「なんだ、そんなことか。それなら、暇だから一緒について行ってもいいかって、聞けばよかったじゃん」

 お、おっしゃる通りです。

「一緒に行ってもいいですか?」

「嫌だ」

 えっ?

 しかし、沖田さんは笑っていた。

「冗談だよ。いいよ、ついてきても。でも、つまらなと思うけど」

 そ、そうなのか?

「じゃあ、行こう」

 沖田さんは私の手をひいて、箱館の町の中を歩いて行った。


 着いたところは、称名寺だった。

 称名寺は、箱館の新選組の屯所になっていた。

 そして、その屯所には……。

「えっ、中島さん?」

 そう、中島三郎助さんがいたのだ。

「蒼良、知っているの?」

 私はうなずいた。

 土方さんと一緒に、孤山堂無外さんの主催する年忘れの句会で会った人だ。

 箱館政権では、箱館奉行並に就任している。

「なんで知っているの?」

 沖田さんは、中島さんと私の顔を交互に見ながらそう言った。

「土方君と一緒に句会に来ていた人だね」

 中島さんの方も覚えていたらしい。

「えっ、蒼良も発句をしたの?」

 沖田さんの問いにブンブンと首を振った。

 俳句なんて、出来ないよ。

「そうだよね。へぇ、中島さんも俳句をやるのですね。土方さんみたいだ」

 ところで……。

「なんで中島さんが?」

 どうして、新選組の屯所にいるんだろう?

「竹刀をにぎりに来た。今は、砲術の時代だが、たまにこうやって竹刀をにぎりたくなるんだ」

 ちなみに中島さんは、砲術の使い手で、箱館政権でも砲兵頭並も兼任している。

「中島さんは天然理心流なんだよ」

 そ、そうなのか?

「だから、僕もたまにこうやって相手をしてもらっているんだ」

「いや、私の方が相手をしてもらっているようなもんだ」

 そ、そうなんだ。

 でも、沖田さん、まともに相手できるのか?

 見ていると、昔のように自分勝手な感じではなく、ちゃんと相手をしていた。

 沖田さんも変わったんだなぁ。

「沖田先生も変わりましたね」

 私の横に座っていた野村さんがそう言った。

「昔は、私なんて相手にならなかったのに、今は誰でもちゃんと向き合って相手にしてくれますよ」

 昔の沖田さんは、人に稽古をすることが苦手というか下手だったというか、稽古にならなかったのに。

「土方先生も変わりましたし、ここには人を変える何かがあるのかもしれないですね」

 野村さんが笑顔でそう言っていたのだけれど、人を変える何かはないと思う。

 ここが最後の戦場になると言う事と、故郷を離れてこんな遠くまで来てしまったという思いが人を変えたのかな?

「あ、総司兄ちゃんがいるよ」

 子供たちの声が聞こえてきたので、見てみると、何人かの子供たちが沖田さんと野村さんの稽古をのぞいていた。

「あの子たちは?」

 野村さんに聞いたら、

「近所の子供達です。沖田先生がここに来ると、一緒に遊んでいくのですよ」

 と、笑顔で答えてくれた。

 なんか、京に戻ってきたような感じだなぁ。


「みんな、待たせちゃったね」

 中島さんとの稽古が終わると、沖田さんは子供達の方へ行った。

「総司兄ちゃん、今日は何して遊ぶ?」

 子供たちは沖田さんを取り囲んでいた。

「なにして遊ぼうか」

 沖田さんも楽しそうにみんなにそう聞いていた。

 やっぱり、京に戻ってきたような感じだなぁ。

「今日は天気もいいから、外で遊ぼうか」

 沖田さんがそう言うと、みんな、

「わーい」

 と言って外に飛び出した。

「沖田さんは、どこへ行っても子供たちに好かれますね」

「蒼良、それは僕が子供だから好かれるってこと?」

 いや、そこまで言ってないだろう。

「冗談だよ」

 沖田さんはニッコリと笑ってそう言うと、私の頭をポンポンと叩いて、外に出た。

「蒼良も、一緒にどう? 暇なんでしょう?」

 えっ、いいのか?

 わーいっ!って、私も子供と一緒だ。


 外に出た沖田さんが出してきたのは、凧だった。

「お正月にあげようと思っていたんだけれど、天気悪かったからね」

 そう、雪が降っていた。

 でも、最近は晴れの日が増えてきているような気がする。

 少しずつだけど、春が近づいてきているのかな?

 沖田さんを見ると、子供たちに凧を配っていた。

 子供たちは楽しそうに凧をもらい、あげていた。

「そう言えば、京にいた時も凧あげたよね」

 沖田さんも自分の凧をあげながらそう言った。

 そんなこともあったよなぁ。

 凧に近藤さんと土方さんの似顔絵を描いてあげたら、怒られたんだよなぁ。

 そう思いながら、私も凧をあげる。

 すると、私のあげた凧が沖田さんに近づいて行った。

「蒼良、喧嘩売ってる?」

 ええっ!

「凧が勝手に沖田さんの方へ行ってしまうのですよ」

「勝手にねぇ……」

 そう言ってニヤリと笑った沖田さん。

 な、何かたくらんでいるよね。

 沖田さんは、自分の凧の紐をくいっと引っ張った。

 すると、私の凧の紐が切れて、凧はどこかへ飛んでいった。

 ええっ!沖田さん、何をしたんだ?

「喧嘩だこだよ。会津であったでしょ?」

 確かに、会津にありましたよ、唐人凧と言う凧が。

 喧嘩だこで、凧の糸に刃をつけてあげて相手の凧の糸を切るって話も聞いたことありますよっ!

 でも、これは全然違うじゃないかっ!

「もしかして、みんなの凧にも刃が?」

 周りの子供たちを見ると、平和に凧あげを楽しんでいた。

「みんなのにつけたら危ないじゃん」

「じゃあ、自分のだけにつけたとか……」

「まあね」

 まあねってそれってずるくないか?

「お兄ちゃんの凧、飛んでいっちゃったね」

 子供たちの中には、そうやって声をかけてくれる優しい子もいたわけで。

「このお兄ちゃん、凧もあげられないみたいだよ」

 沖田さん、なんでそんなことをっ!

「かわいそうに」

 同情されてしまった。

「そう言えば、松坊は来てないね」

 松坊?

「病気がまだ治らないんだって」

 子供たちの一人がそう言った。

「そうなんだ。ちょっと前まで遊びに来ていたのに」

 沖田さんが心配そうな顔をしている。

「風邪だから、すぐ治るって、松坊のお母さんが言っていたよ」

 そうか、風邪なら治るね。

「風邪ねぇ。わかった」

 そう言った沖田さんは、少し寂しそうな顔をしていた。

 子供たちの一人が風邪で寝込んでいると聞いて寂しいのかな?

 この時はそう思っていた。


 子供たちと別れると、

「松坊の所へ行って見よう」

 と、沖田さんが言ったので、行くことになった。

「その前に精のつくものを買って行こう」

 お見舞いに手ぶらって言うのも……って言う事なのだろう。

「わかりました」

 そして、その買い物のときに松坊の病気のことを沖田さんが話してくれた。

「労咳なんだ」

 えっ?

「松坊、労咳なんだ。それでも少し前までは僕のところまで遊びに来ていたんだけどね」

 そうなんだ……。

「最近、松坊が労咳だってわかったから、天野先生に薬を頼んだら、断られちゃった」

 そうだよね。

 沖田さんの薬を持ってくるのも難しかったと思う。

 処方箋とか必要だと思うし。

 たまたまお師匠さんも知り合いでお医者さんがいたからもらってこれたけれど。

「天野先生に言われちゃったんだ。労咳を治す薬を持ってこいと言われたら、いくらでも持ってこれるって」

 あれ?私の思っていたことと違っている。

「でも、それで労咳が治ったら、この先、労咳と言う病気を本気で消そうと思う人間がいなくなるだろう。そうなると、労咳の薬も無くなるって」

 そう言う事か……。

 労咳はこの時代では不治の病と言われている。

 それはこの先の時代でも続いて行く。

 色々な人が労咳で亡くなった。

 だから、この病気を治したいと思う人たちが出てきて、研究が進んで、私たちの時代に労咳、結核を治す薬が出来た。

 でも、お師匠様が薬を持ち込むと治る病になる。

 そうなると本当に労咳を治すという薬を研究しようという人がいなくなるかもしれない。

 それはあまりいいことではない。

 もしかしたら、私の時代では治らない病気になってしまうかもしれない。

「僕一人だけ。天野先生はそう決めて薬を持ち込んだみたい」

 お師匠様もたまにはちゃんとしているんだな。

「松坊の労咳も治せるものなら治してあげたいけど、それは僕にはできないことだよね」

 沖田さんは、前をまっすぐ見てそう言った。

「沖田さん……」

 沖田さんも、今までたくさん悩んだんだろうなぁ。

 そう言う思いが伝わってきた。

「自分だけ、治っていいのかな? とか、色々考えちゃったよ」

 笑顔でそう言う沖田さん。

「無理して笑わなくてもいいですよ」

 笑顔が無理しているように見えた。

「無理してないよ。僕も色々考えたけれど、僕は労咳になっても治療してもらえて生かされてもらっている。生かされたこの命は大事にしたいと思う。松坊の分も生きていきたいと思っている」

 うんうん。

 私はうなずいた。

「松坊が亡くなってしまうと考えると、何とかできないかってあせるんだけれどね」

「それはそうですよ。見ていることしかできないって、なんか悔しいですし」

「そう、そうなんだよね。何もできないのが悔しいんだよ。蒼良、たまにはいいことを言うね」

 たまにはって……。

 そんな話をしているうちに松坊の家に着いた。


 松坊のお母さんに途中で買ってきたお土産を渡した。

「松坊、元気かい? って、元気じゃないから寝ているんだよね」

 そんなことを言いながら、奥で寝ている松坊の所へ行く沖田さん。

 松坊は、透き通るような白い顔をしていた。

 これは、労咳の末期かもしれない。

「あ、総司兄ちゃん」

 松坊はニッコリと笑ったけれど、元気がない笑顔だった。

「またお土産を持ってきたよ。精の出るものだから、これを食べて早く元気になりなよ」

 沖田さんは松坊の頭をなでて、私たちは家から出た。

「今日は大量に血を吐いたのです」

 家を出ると、見送りに出たお母さんがそう話してくれた。

「そうですか」

 沖田さんは静かにそう言っていた。


「松坊は、もう長くない」

 沖田さんは帰り路にボソッとそう言った。

「やっぱり助けてやりたいけど、仕方ないね」

「沖田さん、私が薬を持ってきましょうか?」

 私がお師匠様の代わりに薬を持ってくれば……。

「だめだよ。天野先生は考えがあってそうやっていると思うから」

 そうだよね。

 わかっているんだけれど……。

「それに、僕を助けて松坊を助けてってやっていると、きりが無くなると思うよ」

 そうなんだよね。

 きっとそうなる。

 すると、お師匠様が危惧していたことが起こってしまう。

「蒼良、我慢だよ」

 沖田さんは私の方を見てそう言った。

 沖田さんの方がきっとつらいのに……。

「すみません」

 我慢だよなんて言わせてしまって。

「蒼良は何も悪くないでしょう? だから、そんな悲しい顔しないで」

 沖田さんはそう言うと、私を優しく抱き寄せてきた。

 沖田さん、なんか性格が変わったよなぁ。

 優しくなったというか、命を大事にしようと思うようになったというか。

 沖田さんの胸の中でそんなことを思っていた。


 数日後、松坊は亡くなった。

 眠るように安らかだったと松坊のお母さんから聞いた沖田さんが教えてくれた。


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