雪まろげ
最近、新選組の人数がまた増えた。
陸軍隊と彰義隊の一部の人たちが新選組に入ったのだ。
そして土方さんは、今日も酒井さんの訪問を受けている。
まだ桑名藩の藩主だった定敬公を説得できないみたいだ。
今日は榎本さんも一緒に酒井さんに会っているらしい。
「お前は別にいいぞ」
と言われたので、部屋から出てきた。
しばらくは話に進展がなさそうだな。
部屋を出たものの、やることが特になかった。
「蒼良、暇そうだね」
歩いていると、沖田さんに声をかけられた。
「暇そうに見えますか?」
「うん、見える」
そうだよね、暇なんだもん。
「今日は久しぶりに晴れているよ。外に出てみようよ」
沖田さんに手を引かれ、私は外に出た。
外は、雪が反射して眩しかった。
目が慣れるまで、目を細めていた。
やっと目が慣れてきたので目を見開くと……。
「うわぁっ!」
目の前には大きな雪だるまがあった。
この時代の雪だるまは、現代のように雪玉を積み重ねるものではなく、雪像のように、雪でだるまを作る。
大人が、子供を驚かすために作るのだ。
それにしても、誰がこんな大きな雪だるまを作ったんだ?
「あれ? 土方先生は?」
雪だるまから、相馬さんと野村さんが顔出してきた。
「もしかして、お二人が作ったのですか?」
「土方先生を驚かそうと思って作ったのですが、土方先生は?」
相馬さんがきょろきょろと見回しながらそう言った。
「土方さんは、酒井さんと会っています」
「ああ、またあの人か」
野村さんがポツリとそう言った。
「土方さんに会ったって、定敬公をどうにかできるわけはないのにね」
沖田さんもそう言った。
そうなんだけれど。
「酒井さんも必死なんだよ。自分の為だけではなく、桑名藩のためにここまで来たのだから。それだけでもえらいことですよ」
この治安の悪い時期に、桑名から蝦夷まで来たのだ。
しかもお付きの人と二人だけで。
「で、これで土方さんを驚かそうとしたの?」
沖田さんは話を変えるように、相馬さんと野村さんが作った雪だるまを見てそう言った。
「はいっ!」
二人とも、嬉しそうに返事をした。
「これじゃあ、土方さんは驚かないよ」
そ、そうかなぁ。
「私は驚きましたが……」
「蒼良が驚いても意味ないでしょう」
確かにそうなんだけれど。
「どうすれば、驚きますか?」
相馬さんが沖田さんに聞くと、
「教えてあげるよ」
と言って、ニコッと沖田さんが笑った。
その後、沖田さんがやったことは……。
なんと、玄関の戸を開けると、雪玉が大量に落ちてくるという仕掛けをつけたのだ。
「あの……」
相馬さんと野村さんはその仕掛けを見てひいていた。
「沖田さん、これは土方さんを驚かすというより、土方さんを怒らせると思うのですが」
玄関あけて雪玉が大量に頭に落ちてきたら、そりゃ怒るだろうなぁ。
「沖田先生。土方先生の前に酒井さんが先にここを通ると思うのですが……」
野村さんが恐る恐るそう言った。
そ、そうだよね。
「それなら、その酒井って人にこの雪玉をぶつければいいよ」
そ、そうなのか?沖田さんは誰でもいいのか?
「酒井さん以外の人が通るかもしれませんよ。例えば大鳥先生とか」
相馬さんの言う通りだ。
「なんだ、だめか。つまらないなぁ。せっかくだから、蒼良がここを通る?」
な、なんで私が?
「嫌ですよっ! 雪玉にまみれたくないですっ!」
「仕方ない。仕掛けを外すよ」
残念そうに沖田さんはそう言って、仕掛けを外し始めたのだった。
「で、どうやって驚かすの?」
沖田さんは楽しそうに私たちに聞いてきた。
沖田さんは、土方さんを驚かせたいらしい。
「これじゃあだめですかね?」
雪だるまをさわりながら相馬さんが言った。
「うん、だめだね」
そんなことないと思うのだけれど。
私は十分驚いたし。
「玄関を出た土方さんに雪玉をぶつけるとか」
「それはだめですよ」
沖田さんのその言葉に、相馬さんと野村さんが即座に反応して否定してくれた。
「雪だるまをたくさん作ってみたら驚きませんかね?」
私がそう言うと、
「それなら出来そうです。やってみましょう」
相馬さんと野村さんがすぐに賛同してくれた。
「私も手伝います」
土方さんを驚かすなんて面白そうだし。
「えっ、蒼良も付き合うの? それなら僕も作ろうかな」
沖田さんも一緒に作ることになった。
最初は雪を集めてちゃんとした雪だるまを作ろうとしていたのだけれど……。
やっぱり、私の中では雪だるまはこれじゃないんだよなぁ。
雪玉を作って丸めるやつなんだよね。
と言う事で、私は雪玉を作ってそれをコロコロと転がした。
雪玉はどんどん大きくなっていった。
「蒼良のいつものやつ作るの? 僕もそっちにしようかな」
沖田さんも、雪玉を転がし始めた。
「それは、雪まろげですね」
相馬さんが私の雪玉を見てそう言った。
「雪まろげ?」
なんだ?
「雪を転がして、大きくするんですよ」
野村さんが説明してくれた。
「子供がする遊びなんだけどね。だから、蒼良はまだ子供なんだよ」
そう言う沖田さんだって同じことしているからね。
「蒼良先生を見ていると、楽しそうですね」
そう言いながら、野村さんと相馬さんも雪玉を転がし始めた。
「どれぐらい大きくなるか、楽しみだなぁ」
そんなことを言いながら転がしていたら、雪玉は自分たちの背と同じぐらいの大きさになった。
「大きく作りすぎちゃった」
「大きすぎると何かあるのですか?」
野村さんが心配そうに聞いてきてくれた。
「雪玉を重ねて置くことが出来なくなってしまうのです」
重すぎて持ち上げることが出来ないのだ。
どうしようか。
これはこれで置いておくか。
あきらめかけていた時、
「島田さーんっ!」
と呼ぶ沖田さんの声が聞こえた。
「島田さんなら持ち上げられるかもしれない」
そうかもしれないけれど、これだけのためにわざわざ呼ぶのも……。
「呼びましたか?」
後ろから島田さんの声が聞こえた。
き、来たっ!
「これをこの雪玉の上にのせれる?」
沖田さんは何事もないようにそう言った。
いや、それは、悪いだろう。
「これをこの上に」
そう言いながら島田さんは軽々と雪玉を持ち上げて、雪玉の上にのせた。
さ、さすが、永倉さんも持ち上げたことがある人だ。
「あ、ついでにこれもお願い」
沖田さんは相馬さんたちが作った雪玉の方も頼んでいた。
大きな現代風の雪だるまが二つできた。
ほうきとくま手とか持ってきて、雪だるまにさし、頭におけを乗せて目と鼻と口をつけたら、本格的な雪だるまが出来た。
「面白いものですね」
相馬さんと野村さんが私の雪だるまを見てそう言った。
「これが蒼良流の雪だるまだよ」
沖田さんがなぜか得意気になって言っていた。
「へええええ」
島田さんも一緒になって雪だるまを見ていた。
「蒼良、もっと面白いものを作ろうよ」
沖田さんがそう言ってきたけれど、面白いものねぇ……。
「かまくらでも作りますか?」
これだけ雪があれば出来るだろう。
人もたくさんいるし。
「なにかわからないけれど、面白そうだね。作ろう」
「手伝いますよ」
島田さんまでそう言ってくれた。
「何をすればいいのですか?」
相馬さんと野村さんも乗り気になっている。
「雪をたくさん集めて、雪山を作ります」
「わかった。集めて来るよ」
人手も多かったこともあり、あっという間に雪山が出来た。
みんなで踏み固めてから、出入り口になる穴を掘り始めた。
「で、出来たっ!」
結構大きなかまくらが出来た。
しかし、大きいとそれだけ作るのに時間もかかる。
気がつけば、もう日が暮れようとしていた。
「中に入っていいの?」
沖田さんが楽しそうに聞いてきたので、
「いいですよ」
と言ったら、他の人たちも入り始めた。
「中はけっこう暖かいですね。雪でできているから冷たいかと思っていた」
相馬さんたちがそう言いながら中に入ってきた。
体の大きな島田さんが入ると、少しきゅうくつになったけれど、特に支障はなかった。
「こうやって、みんなで輪になって座っていると、何か話したくなってくるね」
沖田さんの言う通りだ。
「そうですね。どんな話がいいですか?」
相馬さんがみんなに聞くと、
「怪談話がいいんじゃないの?薄暗いし」
と、沖田さんが言った。
「そ、それだけはやめてくださいっ!」
なんで怪談話なんだっ!
「せっかく面白そうだと思ったのになぁ。それじゃあ、誰か適当に話してよ」
と沖田さんが言ったので、誰からとなく話し始めた。
なんてことない話だったけれど、面白かった。
そんな話も盛り上がっている時。
「うわっ! お前ら、こんな狭いところで何してんだ?」
土方さんがそう言ってかまくらの中をのぞきこんできた。
「あ、土方さん。土方さんも入りますか?」
私が誘ったのに、中の窮屈さを見てか、
「いや、いい」
と遠慮されてしまった。
「土方さん、驚いたみたいだね」
沖田さんがそう言うと、
「そりゃ、こんな狭いところで固まってコソコソやっているのを見たら、驚くだろうが」
と、驚きながら土方さんが言った。
「土方先生、雪だるまは見ましたか?」
相馬さんが言うと、
「ああ、ずいぶんとでかいのを作ったな」
の一言で、終わってしまった。
「ほら、雪だるまぐらいじゃ驚かないでしょ」
これは沖田さんの言う通りだった。
「やっぱり雪玉じゃないとね」
それは、逆に怒ると思うのですがっ!
「なにが雪玉だ?」
いや、土方さんは知らないほうがいい。
「それにしても、お前らはいつまでこの中に入っているつもりだ? もう外は暗いぞ」
「意外とこの中は居心地がいいのですよ。副長もどうですか?」
島田さんが満足そうにそう言った。
「そんなに居心地がいいのか? どれどれ」
「残念。人数がいっぱいで入れません」
土方さんが入ろうとしたら、沖田さんが入り口をふさいで止めた。
「なんで俺を入れねぇんだ?」
「だから、人数がいっぱいだって言ったでしょう?」
沖田さんと土方さんで入り口でいがみ合っている。
「あの……。そんなに入り口で力いっぱいやっていると……」
止めようとしたのだけれど、間に合わなかった。
ミシミシとかまくらにひびが入り、雪が崩れ落ちてきた。
「うわぁっ!」
という声とともに、みんなは雪にまみれてしまった。
「ほら、土方さんのせいですよ」
「総司のせいでもあるだろうがっ!」
土方さんと沖田さんは、そう言い合いをしていた。
「暗くなったし、中に入りましょうか」
島田さんのその声とともに、私たちは中に入ったのだった。
「蒼良先生のかまくら、楽しかったですよ」
相馬さんと野村さんがそう言ってくれたので、壊れてしまったけれど、作ったかいがあった。