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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治2年1月
477/506

小姓の戦い

 新選組が市中大巡邏をした。

 ものすごい事件があったから見回りをするとか、そう言うものではなく、現代で言うと仕事始めのデモストレーションのようなものだ。

 でも、立派なものだった。

「新選組も立派になりましたね」

 土方さんにお茶を入れつつ私はそう言った。

「まだまだだな」

 そんなことを土方さんは言っていたけれどまんざらでもないようだ。

「お前も、気が効くようになってきたな」

 なんだか急に褒められた。

「何ですか? いきなり」

 褒めても何も出ませんよ。

「こんなにうまい茶を入れるようになるとはな」

 そ、そうなのか?

 特に入れ方とか変えていないけれど……。

「出し方とかもうまくなったな」

「あまり褒められると、照れるじゃないですか」

「じゃあ、褒めるのやめるか?」

 いや、そんな急にやめないでくださいよ。

「ただ気にくわねぇのは、お前のことをみんな小姓だと思っていることだな。小姓じゃねぇのにな」

 小姓と呼ばれるような年齢じゃないんだけれどね。

 十代の男の子が小姓と呼ばれる。

 どちらかと言うと、私より……。

「土方先生、酒井さんがいらっしゃいましたが」

 ちょうど鉄之助君が入ってきた。

「そう、鉄之助君の方が小姓って感じがするのに、なんで私なのですかね」

 そう、鉄之助君の方が年齢的にもピッタリだと思うのだけれど。

 なんで私がよく間違われるのだろう?

「酒井が来たか」

 酒井さんとは、桑名藩から来た人だ。

 私たちに協力をするために来たのではなく、桑名藩の藩主である定敬公を説得して、桑名に連れて帰るためにいる。

 ただ、説得があまりうまくいっていないようで、土方さんの所に頻繁に相談しに来る。

「ちょっと行って来る」

「私も行きますか?」

 行った方がいいのかな?そう思って立ち上がった。

「いや、今日も話は進まねぇだろう。ここにいていいぞ」

「じゃあ、火鉢にあたっています」

 火鉢にあたって温まろう。

「お前は本当に火鉢が好きだな」

 あきれたようにそう言った土方さんは、部屋を出て行った。

 それでは遠慮なく火鉢にあたろう。

「鉄之助君も、一緒にあたる?」

 立っていた鉄之助君に声をかけた。

「いや、私は土方先生にお茶を入れに行きます」

 いつもの大人びた表情をしてそう言った。

 あ、そうなんだ。

 やっぱり鉄之助君はしっかりしているよなぁ。

「じゃあ、お茶を入れたらここで火鉢にあたろう。今日も寒いし」

 誘ったのだけれど、

「私も仕事がありますので」

 と言って断られてしまった。

 まだ十六なのに、私よりしっかりしている。

「そ、そうなんだ」

 もう誘わないほうがいいのかな?

「蒼良先生」

 鉄之助君を見送ろうと思って見ていると、部屋に出る直前で私を呼んだ。

 ニッコリと微笑むと、

「蒼良先生は、土方さんの小姓ですか?」

 と言われた。

 な、なにかあったのか?突然。

「違うよ」

「じゃあ、沖田先生の小姓ですか?」

 えっ、なんで沖田さん?

「それも違うよ」

「でも、ほとんどの人が蒼良先生は土方さんか沖田さんの小姓だと言っていますが」

 そ、そうなんだけれど……。

「そう見えるって話で、もう年齢的にも小姓と言う年じゃないし。鉄之助君の方が小姓らしいと思うんだけれどね」

 土方さんも小姓じゃないって言っているし、私は小姓ではない。

「私も、土方先生の小姓として認められたいので、蒼良先生に負けません。私が、土方先生の小姓だと周りから言われるようになりますので」

 鉄之助君はそう言うと、部屋を出て行った。

 私は、火鉢にあたりつつも固まってしまった。

 なんか、宣戦布告されたような?

 されたよね?

 ええっ!小姓じゃないって言っているのに、どうすればいいんだ?


「そりゃ、受けてやればいいだろう」

 土方さんは、人ごとのように笑いながらそう言った。

「楽しんでませんか?」

「いや、楽しんでねぇよ」

 と言いながらも、たまにククッと笑っているし。

 あれから、土方さんが帰ってきたので、さっきの出来事を話したら、土方さんは笑い始めてしまい、今に至っている。

「どう見ても、私は小姓じゃないですよね?」

「年齢的に無理があるよな」

 じいっと私を見つつ、それでも笑いを止めることなく土方さんはそう言った。

 どうせ、おばさんですよっ!あ、でも男装しているから、おじさんか?

 ああ、もうそんなこと、どうでもいいわっ!

「俺が女だと言っても、周りも信じてもらえねぇしな」

 そうなんだよね。

 みんな固まってから、プッと笑って、冗談ばかり言ってって言われて終わるんだよね。

「でも、鉄之助もまだ子供なのに、あんな無理に大人になったような顔しやがって。お前と小姓争いでもしたら、子供の顔に戻るんじゃねぇか」

「それはないと思いますよ」

 なんで、それで子供の顔に戻るんだ?その根拠を教えてほしいわっ!

「よし、お前、鉄之助を少しでも子供らしくしてみろ」

 えっ?

「それと小姓とどういう関係があるのですか?」

「両方とも、鉄之助が絡んでいるだろうが」

 ああ、確かに。

「あいつは、あのまま大人になったら、だめだ。子供らしいことを何もしてねぇだろう。だから、お前が少しでも鉄之助に子供らしいことを経験させてやれ」

 そんなに真剣に鉄之助君のことを考えていたんだぁ。

「わかりました。やってみます」

「お前ならできる。頼んだぞ」

 よし、こうなったら、小姓争いでも何でもやってやるっ!

 それで鉄之助君が子供らしくなればいいのだけれどね。


 次の日。

 土方さんの仕事部屋に行ったら、すでにお茶が入れられていた。

 まだ朝早いのに……。

「あ、茶か? 鉄之助が入れてくれた」

 昨日の鉄之助君の宣戦布告がよみがえってきた。

 鉄之助君、本気だわ。

 その本気に答えてあげたほうがいいのかな?

 鉄之助君の本気はこれだけではなかった。

「少し寒くなってきたので、綿入れでも持ってきましょうか?」

「おう、気が効くな」

 私は土方さんの綿入れを持って来ようと思い、部屋の戸を開けると、鉄之助君が綿入れを持って立っていた。

 しかも、私の分まで。

「今日も寒いので、そろそろ必要かと思い持ってきました」

 そ、そうだったんだ。

 他にも、用があるものとか、いるものとか、いつも私が動いているのに、それより先に鉄之助君が動いて持ってきたりとかしていた。

「今日の鉄之助はすごいな」

 こ、これは、やっぱり、私も負けられないかもっ!

 

 次の日の早朝。

 身も凍るかと思うぐらい寒い中、土方さんに朝一番のお茶を入れるために起き上がって、台所へ行った。

 台所では、お湯を沸かしていたので、沸き次第もらってお茶を入れようと思い、待機していた。

 そこに、鉄之助君もやってきた。

 相手も朝早くにやってきたか。

 お湯が沸いてからが勝負だな。

 急須にお茶の葉を入れて待機していた。

 もちろん鉄之助君も。

 お湯が沸くと急いでお茶を入れた。

 それは鉄之助君も一緒だった。

 そして、ほぼ同時に入れ終わり、後は土方さんに届けるだけ。

 どちらが早く届けるかっ!

「蒼良先生、負けませんよっ!」

 お茶を入れたお盆をもって、廊下を二人で並んでダッシュしているときに鉄之助君に言われた。

「私だって、負けないからっ!」

 負けてたまるかっ!

 私たちはほぼ同時に土方さんの部屋に着いた。

 二人で一緒に戸を開けた。

 二人分の力が入って開いた戸は、勢い良くバンッ!と音がした。

「な、なんだっ!」

 土方さんは驚いて飛び上がっていた。

「お茶を持ってきましたっ!」

 鉄之助君と一緒にそう言うと、同時に土方さんにお茶を出した。

「あ、ありがとな……」

 土方さんは、ためらいつつ二つの湯呑に入ったお茶をながめた。

 速さは同時だったから、後は味がどちらがおいしいかが勝負かもしれないっ!

 鉄之助君もそう思ったのか、土方さんがどちらのお茶を飲むかじいっと見ていた。

 土方さんもどちらの湯呑から口をつけていいのか迷っていた。

 それでも意を決して片方の湯呑を持とうとした時、

「あっ!」

 と、鉄之助君が声をあげていた。

 そう、土方さんは私がいれた方のお茶を飲もうとしていたのだ。

「何かあるのか?」

 土方さんは湯呑を置いて鉄之助君に聞いた。

「いや、何でもないです。すみません」

 鉄之助君がそう言って頭を下げた。

 そして気を取り直して土方さんが湯呑を持った。

「ええっ!」

 今度は私が声をあげた。

「なんだっ!」

「す、すみません」

 そのまま、さっきの湯呑を持ってくれればよかったのに、なんで別な方を持つんだ?

「ったく、何なんだ、お前らは」

 再び土方さんが湯呑を持つ。

 よしっ!

 鉄之助君が声をあげそうになったので、私も、

「そ、そのまま飲んでくださいっ!」

 と私は言った。

 しかし、土方さんは湯呑を置いた。

「お前ら、何してんだ?」 

 何をしているかと問われたので、

「競争ですかね?」

 と、鉄之助君の方を見ながら私は言った。

「どちらが土方先生の小姓にふさわしいか、土方先生に認めてもらおうと思いまして。ここまでは蒼良先生と同じなので、後はお茶の味ですかね」

「土方さん、どちらのお茶がおいしいか、決めてください」

 土方さんが決めてくれれば、決着もつく。

「ばかやろう。そんなこと決められるかっ! 鉄之助、こいつは小姓じゃねぇ。こう見えてもこいつは女だ。だから小姓になりたくてもなれねぇんだ」

 いや、私は別に小姓になりたいなんて思ったことはないんだけれど。

「ええっ!」

 土方さんから衝撃の事実を聞かされた鉄之助君は、驚いてから私の顔を見て、もう一回、

「ええっ!」

 と言った。

 そ、そんなに信じられないか?

「だから、こいつと競おうなんて二度と思うな。わかったな」

「はい、すみませんでした」

 鉄之助君は深々と頭を下げた。

 頭を下げた後も、私の顔を見てまた驚いていた。

「わかったなら行っていいぞ」

 土方さんにそう言われた鉄之助君は、頭を下げて部屋を出た。

 残されたのは私だけだった。

「鉄之助は、お前が女だって言う事が信じられねぇらしいな」

「そうみたいですね……」

 あの反応は、ものすごいショックを受けた反応だよね。

「ところでお前、俺はお前に何を頼んだ?」

 あっ、確か……。

「鉄之助君に子供らしい経験をさせてやれって言ったよな?」

 は、はい、確かに。

「競争心をあおれとは誰も言っていなかったよな?」

 は、はい、言ってません。

「それなのに、あんなに競争心をあおってどうするつもりだったんだ?」

「いや、昨日の鉄之助君を見て、私も負けてられないなぁと思ったので」

「思うだけでいいだろう。なんで競い合っているんだっ!」

「す、すみません……」

「お前と鉄之助とだと、競争にもならねぇはずだろうがっ! 立場も性別も違うしな」

 おっしゃる通りです。

「いいか? もう一度言う。鉄之助に子供らしい経験をさせてやれっ! わかったな?」

「はい、わかりました」


 しかし、子供らしい経験をさせろって、いったい何をさせればいいんだ?

「子供らしい経験かぁ。急に言われても思いつかないよな」

 考えても分からないので、たまたま近くにいた原田さんに相談したら、原田さんにまでそう言われてしまった。

「そうですよね」

「ここにいることからして、子供らしくないだろう」

 確かに、原田さんの言う通りだ。

 どうすりゃいいんだか。

「雪だるまつくって驚かすか? 雪ならたくさんあるからな」

 この時代、大人が雪でだるまを作り、子供を驚かす。

「それもいいかもしれないですね」

 もうそれしか思いつかない。

「雪だるま、作りましょうか」

 松前で雪だるまつくったから、少しはうまく作れるかもしれない。

「よし、作るぞ」

 私は原田さん外に出た。

 外は、少しだけだけれど、雪が降っていた。

 雪だるまを作り始めようとした時、鉄之助君が歩いている姿を見た。

 土方さんに買いものを頼まれて出かけていたのかな?

 原田さんも鉄之助君の姿を見つけた。

「蒼良、いいことを思いついた」

 ニッコリと笑って原田さんが言った。

 えっ、いいこと?

「これも、子供らしい経験かもしれないな」

 そう言いながら、原田さんは雪玉を作り始めた。

 な、なにを始めるんだ?

「おい、鉄之助っ!」

 原田さんが鉄之助君を呼ぶと、鉄之助君はこっちを向いた。

 すると、鉄之助君の顔めがけて雪玉を投げた。

 な、なんてことをっ!

 雪玉は、柔らかかったせいか、鉄之助君の額にあたるとぐずれ落ちた。

「鉄之助君、大丈夫?」

 私が駆け寄ろうとしたら、原田さんに止められた。

「鉄之助、悔しかったら、お前も雪玉作って投げてみろっ!」

 は、原田さん、挑発しているよ……。

 鉄之助君は挑発に乗らないと思うんだけれどね。

「土方さんの小姓なら、さぞかし立派な雪玉作って投げてくるだろうよ」

 立派な小姓は雪玉作って投げないと思うのですが……。

 しかし、それが鉄之助君を刺激したらしく、手に持っていた荷物を置くと、雪玉を作り始めた。

 鉄之助君から殺気を感じるのは気のせいか?

 雪玉を作ると、顔をあげて投げてきた。

 うわぁっ!私の方へ飛んできたのだけれどっ!

 目をつぶって雪玉がぶつかるのを待っていたら、いつまでたっても雪玉は来なかった。

 恐る恐る目を開けると、私の目の前で、原田さんが雪玉を手で受けていた。

「やりやがったなっ! こっちも容赦しないぞっ! 蒼良、雪玉を作れっ!」

 は、はいっ!

「二対一とは卑怯ですっ!」

 確かに、鉄之助君の言う通り、卑怯かも。

「それなら、そっちも人を呼べばいいだろう」

 原田さんは、私から雪玉をとると、再び鉄之助君に投げ始めた。

 呼べばいいって、そんな簡単に人が来るか?

 そう思っていると、タイミングよく?鉄之助君と同じ年ぐらいの男の子がやってきた。

「手伝ってくれ」

 鉄之助君の小姓仲間なのか?鉄之助君がそう一言言うと、うなずいて雪玉を作り始めた。

「人が増えたぞ。こっちも負けてられないぞ」

 原田さんも雪玉を作り始めた。

 二人で、作っては投げ、投げては作りと繰り返した。

 鉄之助君たちもそうで、お互いが雪の投げ合いをしていた。

 どれぐらい投げ合っていたのだろう?

 寒さも忘れ、というか、投げ合っていたので体が熱いぐらいになっていて、疲れてみんなで雪の上にあおむけになって倒れた。

 つ、疲れた、本当に疲れた。

 そう言えば、鉄之助君に子供らしい経験をさせてあげる予定だったんだよね。

 そう思いながら鉄之助君の方を見ると、今までで一番子供らしい顔で笑っていた。

 雪玉を作って投げるって、よく考えたら、子供らしい遊びだよね。

 この年になってやるとは思わなかったけれど。

「お前ら、何してんだ?」

 土方さんが通りかかり、雪の上にあおむけになっている私たちを見てそう言った。

 そりゃ、この状態を見たら驚くよね。

「あっ!」

 そう言って鉄之助君は飛び起き、

「すみません。頼まれたものを届けるのを忘れてました」

 と言って、さっき持っていた荷物の所まで行こうとした時、

「いや、俺が持ってくるからいい。雪の中ありがとな」

 と土方さんが言って、鉄之助君を止めた。

「何をやっていたんだか知らねぇが、楽しんでいたようだな。鉄之助、今日の仕事はもうこれで終わりでいいぞ。続きをやっていいぞ」

 土方さんはニッコリと笑ってかっこよく去って行った。

 続きをやれと言われても、続きをやる体力がないのですがっ!

「蒼良先生」

 鉄之助君が私を呼んだので、私は起き上がった。

「今日は続きは無理そうですね。また今度、誘ってください。今日は楽しかったです」

 鉄之助君は子供らしくニッコリと笑った。

 そう、この笑顔が見たかったのよっ!

「また、やろうね」

「そうだな、まだ決着もついてないしな」

 私の後ろで原田さんが起き上がる気配がした。

「はい。また誘ってください」

 ペコッと頭を下げると、鉄之助君と男の子は去って行った。

 見送っていると、鉄之助君が戻ってきた。

 何か忘れものでもしたのか?

「蒼良先生。昨日、土方先生から女だと聞いたのですが、やっぱり信じられません。本当に女なのですか?」

 えっ、それを聞くのを忘れたのか?

 あぜんとしていると、

「二十代なのに、ひげがはえてないつるつるの顔をした男がいるか?」

 原田さんは私の横でそう言った。

 鉄之助君は私の顔に近づいてきて、じいっと私の顔を見た。

 な、なにっ!

 顔を見て納得したのか、さらにショックを受けたのか知らないけど、スッと後ろに下がり、

「し、失礼しましたっ!」

 と言うと、ダッシュで去って行ったのだった。

 これはいったい、どう解釈すればいいんだろうか? 

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