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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治2年1月
476/506

蝦夷の正月

 年が明けた。

 明治二年正月。

 とうとう明治二年になった、なってしまった。

 蝦夷でも、お正月は普通にお雑煮が出た。

「お雑煮が出ましたよ」

 思わずそう言っていた。

「そりゃ正月だから、出るだろう」

「ここまで来て、お正月にお雑煮が食べれるなんて思いませんでした」

 用意してくれた人たちに感謝だ。

「そうだな」

 そう言いながら、土方さんもお雑煮を食べた。

「で、今年はどこに恵方詣でに行く?」

 お雑煮を食べ終わると、沖田さんが楽しそうにそう言ってきた。

 この時代は、初詣とは言わず、この年のいい方向にある神社にお参りする恵方詣でと言う。

「今年はどの方角なのですか?」

己巳つちのとみだから、あっちだね」

 と、沖田さんが指さしたのは、南南東の方角。

 箱館の町の簡単に書かれた地図をみんなで見る。

 南南東だと、こっちだよね。

 そう思いながら指でたどってみる。

 あれ?

 私の指は海の方へ出ていた。

「もしかして、ないのか?」

 そう言いながら、今度は原田さんが確認する。

「ないみたいだね」

 原田さんと一緒に確認してくれた沖田さんもそう言った。

「京にいた時は、神社がないなんて考えられなかったのに」

 思わずボソッとそう言ってしまった。

「しかたねぇだろう。ここは京じゃねぇ、箱館だ。別な方向にある近い神社でもいいだろう。どうせ雪も降っているから、遠くは行けねぇぞ」

 そう、今日も朝から雪がぼそぼそと降っている。

「そうだな。それなら……」

 そう言いながら原田さんが地図の中から神社を探し始める。

「ここにあるじゃん」

 沖田さんが指さしたところには、亀田八幡宮と書いてあった。

「そこなら近いな。そこに行こう」

 箱館の亀田八幡宮って、何かあった場所だったような……。

「そこか。そこは箱館戦争降伏の地じゃ」

 私の横でお師匠様がボソッとそう言った。

 そうだ、確かそうだったっ!

「えっ? 何?」

 ぼそっとお師匠様が言ったので、沖田さんたちは聞こえなかったらしい。

「じゃから、は……」

 同じ言葉を言おうとしているお師匠様の口を、私は急いでおさえた。

「箱館の神社ですっ!」

 暴れるお師匠様の口をおさええつつ、私はそう言った。

 そんなこと、みんなに言えるわけないじゃないかっ!

「へぇ、降伏の地か」

 しかし、土方さんは聞こえていたらしい。

 地獄耳なんだからっ!

「そうじゃ。ここで、榎本と大鳥が降伏の誓書を出したんじゃ」

 お師匠様は、私の手をどかして得意気にそう言った。

 みんな、シーンとなった。

 ほら、正月から縁起でもないことを言うからっ!

「それじゃあ、なおさら行っておかないとね。そうならないように厄を払わないとね」

 沖田さんは、敵でも斬りに行くような顔で立ち上がった。

「そうだな。蒼良そらがいるから、本当にそうなるかわからないしな」

 原田さんもそう言って立ち上がった。

 いや、私がいても、降伏するという歴史までは変えれないと思う。

 降伏前におこる歴史を変えることに精いっぱいだから。

 そう思って土方さんを見ると、土方さんは私の頭に手を乗せてきた。

「心配するな。そんなことを気にするような奴らじゃねぇよ。ここから近いし、そこに行ってみるか」

 と言う事で、亀田八幡宮へ行くことになった。

「行って来るといい」

 お師匠様が、変にいばっていた。

「行かないのですか?」

 お師匠様は、行って来いって言ったから、行かないのかな?

「寒いから外に出たくないんじゃ。この時代の冬だけは嫌だなぁ」

 そう言いながら、寒そうに体を丸めて自分の部屋に戻っていった。


 亀田八幡宮は、越前国敦賀郡気比神社より、八幡大神の御分霊を奉納したのが起源。

「雪が本格的に降ってきたから、手早く済ませるぞ」

 土方さんが空を見ながらそう言った。

 手早くか。

 何をお願いすればいいんだろう?

 お願い事はたくさんあるけど、かなえたい願いは一つ。

 でも、いつもお願いするときに、お願いが長いと言って途中で帰っちゃうんだよね。

 今回もそうなりそうだなぁ。

 とにかく、手早く、手早く。

 唯一かなえたいお願い事を心の中で言い、顔をあげた。

「蒼良、終わった?」

 顔をあげると沖田さんと目が合った。

「相変わらず、お願い事が多いね。蒼良の願い事を叶える神様も大変だよ」

 いや、願い事は一つなんだけれどね。

「他の人たちは、行っちゃいましたか?」

「あっちで待ってるよ」

 沖田さんが指さした方を見ると、土方さんと原田さんが雪の中で待っていた。

 どれぐらい待たせちゃったんだろう?

「すみません、遅れてしまって」

 走って行ったら、

「いいよ。たくさん願い事があったんだろう?」

 原田さんが笑顔で言ってくれた。

「雪が降ってきたから、帰るぞ」

 土方さんがそう言い、いつも通りに私の手をひいた。

 そこまでは本当にいつも通りだった。

「やあっ!」

 沖田さんのそんな声がしたと思ったら、土方さんと私のつないでいた手を手刀で切った。

 当然、土方さんと私の手は離れた。

 そのすきに沖田さんは私の手を取って走り出した。

 ええっ!

「おいっ!」

 土方さんの声が後ろから聞こえたけれど、その声もあっという間に小さくなっていった。

 雪の中、沖田さんは私の手をひいて、ものすごい速さで走っていた。

「沖田さん……」

 す、すみませんが、息が切れて、もう、走れないかも……。

「これだけ離れれば、大丈夫かな。蒼良、ごめんね。蒼良を土方さんから離したかったんだ。作戦成功だね」

 沖田さんは楽しそうに笑っていた。

 沖田さん、これだけ走っても息が切れてなかった。

「沖田さんは、大丈夫なのですか?」

 急に走って、息が切れないのか?

「労咳が治ってから、いつでも戦に出れるように、鍛錬をしていたからね」

 そ、そうだったんだぁ。

「さぁ、せっかく二人っきりになれたし、これからどこへ行こうか?」

「雪もひどくなってきたし、帰りますか?」

「ええっ! それは嫌だなぁ」

 そ、そうなのか?

「沖田さんは行きたいところがあるのですか?」

「ない」

 えっ?

「だから、これから探そうと思っているんだぁ。行こう、蒼良」

 雪の降る中、沖田さんは私の手をひいて歩き始めた。

 これからどこかへ行くと言っても、雪もだんだんひどく降り始めてきた。

「沖田さん、本当にもう帰らないと……」

「帰りたくないなぁ」

 薄暗くなった曇り空を見上げて沖田さんがそう言った。

 そう言っても、こんなに雪が降って嵐でも来たら帰れなくなってしまう。

 この時代、前もって嵐が来るとか教えてくれる親切な人はいないのだ。

 自分で判断するしかない。

 その判断も、早め早めに。

「そうだ。いいところがある。そこへ行こう?」

 えっ、いいところ?

 それってどこ?

「さぁ、行くよ」

 そう言うと、沖田さんは私の手をひいて、走り出した。


 着いたところは、称名寺だった。

 ここは、箱館での新選組の屯所になっている。

「雪がひどくなってきたから、ちょっと寄らせて」

 沖田さんは慣れた様子で入って行った。

「ここに来たことがあるのですか?」

 すごく慣れているんだけれど。

「蒼良はないの?」

 私は初めてだ。

「新選組なのに来たことないの?」

 土方さんと行動を共にしていると、新選組とかかわることってあまりないんだよね。

 新選組なのに。

「あ、沖田先生」

 中から数人が出てきた。

 仙台で再会した相馬さんと野村さん。

 それと、安富さんがいた。

 三人とも、今は土方さんの下で働いている。

「なんだ、みんな来ていたの?」

「正月ですから、顔出しに来ました」

 相馬さんがそう言った。

 みんな、新選組を離れていても、気にかけてこうやって顔出していたんだ。

「蒼良先生も一緒なのですね」

 野村さんがそう言った。

「じゃあ、みんないるから稽古でもする?」

 沖田さんがそう言ったので、

「正月早々ですか? やめたほうがいいですよ」

 と、私は止めた。

 沖田さんの稽古はすごいのだ。

 何がすごいって、沖田さんは剣豪と呼ばれるぐらい剣の腕がいい。

 それなのに、自分を標準に考えるから、他の人たちが出来ないのがイライラするらしい。

 出来ないのが普通なのに。

 だから、沖田さんの剣の稽古はものすごく荒れる。

 だから止めたのに……。

「いいですよ」

「ちょうど暇だったので、お願いします」

「沖田先生、竹刀です」

 三人は断るどころか、竹刀まで出してきた。

 えっ、いいのか?

「だ、大丈夫なのですか?」

 近くにいた相馬さんに聞いた。

「大丈夫ですよ」

 相馬さんは笑顔で答えてくれた。

 本当に、大丈夫なのか?


 私の心配をよそに、沖田さんは、ちゃんと三人に稽古をしていた。

 とっても親切に……。

 驚いている私に、

「沖田先生も変わりましたよ」

 と、野村さんが笑顔で言ってきた。

「確かに、稽古の仕方が変わりましたね」

「稽古をする代わりに、私たちに鉄砲の打ち方を教えてくれと頼んできました」

 そ、そうなのか?

 沖田さんは、元気になったから、戦に出るつもりでいるのか?

「さすが沖田先生ですよ。剣だけではなく、鉄砲の腕も大したものです」

 自慢げに野村さんがそう言った。

 沖田さんは、今までの戦に出ていなかった分、ここで取り戻そうとしているんだ。

 やっぱり、沖田さんはすごいなぁ。

 そう思っていると、

「おい、いるか?」

 という土方さんの声が聞こえてきた。

「げっ、土方さんまで来ちゃったよ」

 沖田さんはそう言って嫌な顔をしていた。

 そ、そんなに嫌だったのか?

 ドカドカと、数人が歩いてくる音が聞こえてきて、

「あ、いやがったなっ!」

 と、沖田さんを指さして土方さんが入ってきた。

「急にこいつの手をひいて逃げやがってっ! どんだけ探したと思ってるっ!」

「まあ、土方さん、落ち着いて」

 土方さんと一緒に来た原田さんが一生懸命土方さんをなだめていた。

「だって、僕だって蒼良と一緒にねぇ」

 いや、沖田さんここで私に同意を求めないで……。

 ほらっ!土方さんが怖い顔して見ているじゃないかっ!

「お前も、簡単に総司にさらわれてんじゃねぇよ」

「す、すみません」

「わかればそれでいい」

 土方さんは優しく笑って、私の頭にポンッと手を乗せた。

「お前が無事ならそれでいい」

 土方さん、本当に優しくなったよなぁ。

「雪がひどくなって帰れねぇから、今夜はここに泊めてくれ。お前らも泊まるだろう?」

 土方さんは相馬さんたちに尋ねた。

「はい。ご一緒させてください」

 三人は声をそろえて言った。


 称名寺にいた新選組の人たちは、土方さんが来たと言う事で、色々ともてなしてくれた。

 そんな新選組の人たちにも、

「今日は正月だから、無礼講だ。それに俺たちが勝手におしかけたんだ。そんなに遠慮するな」

 と、土方さんは何回も言っていた。

 本当に土方さんは、変わったよなぁ。

 私に対してはそんなに変わっていないんだけどね。

「江戸にいる時の土方さんが戻ってきたな」

 原田さんも嬉しそうにそう言っていた。


 久しぶりに新選組の人たちと夜通しで色々な話をしたのだった。


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